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ナリヤとヘン

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「ここまでくれば大丈夫だろう」


 黒い竜巻がグルグルと風を切り、闇夜の森の中に発生し、そこにモルドーとナリヤが現れた。モルドーは長寿だからだろう、隷属の契約の効果が、1km以上離れるとなくなる事を知っていたようである。


「……私は助かったのか」小さく呟きながら地面にペタンとへたるナリヤ。


「とりあえずは、ですが」まだ隷属の腕輪は外れていないので、完全に助かったとは言えない。


「ケーラ様よりナリヤ様を探すよう、ご指示をうけておりました故、お助けしました。ナリヤ王女」そして恭しく、左手を胸に当て、右手を後ろに回し、執事が行うような丁寧な礼をするモルドー。


「ありがとう、モルドー」そう呟くと、ようやく陵辱され続けてきた日々が終わった事を実感したのか、目に涙を溜めるナリヤ。そしておもむろにモルドーに抱きつく。


「う、うう。済まない。済まないモルドー。このまま、このままで……」


 そしてウッウッと嗚咽しながら泣き続けるナリヤ。恐怖と不安から開放された安堵をモルドーにぶつけるナリヤ。モルドーは黙ってそれを受け入れている。それよりもモルドーは、ナリヤが真っ裸なのが気になっている。虫刺されを心配している模様。そっと黒い翼を広げ、ナリヤの体を覆う。


「ヒック、ヒック。恥ずかしい姿を晒して済まなかった」


 ようやく落ち着いたナリヤが、赤く目を腫らしながら、モルドーに頭を下げる。


「気になさらず。この事は誰にも多言致しませぬ」モルドーも頭を下げる。その言葉に涙を拭いながらありがとう、と答えるナリヤ。


「といいますか、『ヘン』はどうしたのです?」


「それが、隷属の腕輪のせいなのか、ずっと見当たらないのだ。この腕輪を付けられてから、一度も私の元に現れていない」


 そう言いながら、左腕につけられている木の腕輪を見るナリヤ。そこで、ガサガサ、と、二人のいるそばの茂みが動いた。


「来たか。お前は主を守らず、何をしていたのだ」呆れた様子でモルドーが、その茂みから現れた魔物に悪態をつく。


「ナリヤ様の仰られた通りなのだ。近づけず、本当に辛かった」申し訳なさそうに返事しながら現れる、一匹の骸骨の魔物。


「ヘン。久々だな」ナリヤが声を掛ける。少し嬉しそうな表情で。


「ナリヤ様。ずっとお助けできず、誠に申し訳ありません」恭しく片膝を付き、頭を垂れる、ヘンと呼ばれた骸骨の魔物。


 その魔物は、ナリヤが使役している魔物だ。体全体が骸骨で、体には麻の生地で出来たような大きな布を纏い、右手には大きな黒い鎌を持っている。


「お前のせいじゃない。正直何度か助けてほしいとは思ったが、隷属の腕輪が邪魔していたのなら仕方ない」ヘンの言葉に微笑で返すナリヤ。さすがケーラの姉。微笑んだその笑顔はケーラに負けず劣らず美しい。


「本当に、誠に、申し訳御座いません。ですが、隷属の腕輪の効果が薄れた今なら、お傍にいる事が出来ます」相変わらず片膝をついたまま、土下座するくらいに頭を下げるヘン。


「ヘンよ。提案がある」ナリヤの傍らにいたモルドーが、おもむろにヘンに話しかける。


「何だ? 吸血鬼?」チラっと頭を上げて見上げるヘン。骸骨なので目がどこを見ているのか良く分からないが。


「ふん。名前で呼べ。リッチー如きが。お前は今から魔族の都市へ向かえ。私はこのお方をケーラ様の元にお届けする」


 モルドーが言った通り、ヘンはリッチーという、スケルトンの姿をしたアンデッドの最上位種だ。特有の魔法が使え、更に魔法攻撃や物理攻撃への防御力が物凄く強い、吸血鬼やデーモンに並ぶ、高レベルの魔物である。


 実は、ケーラには吸血鬼モルドー、ナリヤにはリッチーのヘン、という、高レベルの魔物を使役させ、彼女達を護衛させる事が、人族へ行く条件としたパパ、もとい魔王。ただ、ヘンの場合はナリヤを守るのに失敗してしまい、モルドーはケーラを護衛せずお使いとしてこき使われているが。


「何故お前がナリヤ様をケーラ様の元へお連れするのだ? 私が行けばいいだろう?」ヘンがモルドーの言葉に訝しむ。


「ケーラ様は今、人族とパーティーを組んでいる。その人族のうちの一人が光属性持ちなのだ。その人族に、ナリヤ様の隷属の腕輪を解除して貰うのだ。私はその人族に顔を知られている。そして私ならケーラ様の居場所が分かる。だから私がお連れする方が都合がいいのだ」


 使役されている魔物は、主がどこにいるのか、いくら遠くでも分かるようになっている。なので、ケーラはいつもモルドーにお使いを頼んでいたのだった。一方ナリヤが使役しているヘンは、隷属の腕輪のせいで、ずっとナリヤの居場所が掴めずにいた。そして蓋骨という見た目なので、人族に遭えば魔物として襲われかねず、中々人族のいる都市などには行けなかった。なので、ずっと森を彷徨っていたのである。勿論襲われてもヘン程の魔物であれば撃退するのは可能だが、人族と無駄に争ってはいけない事をヘンは知っているので、人族に遭うのを避けていたのだった。


 一応ヘンは、見た目を人族に变化する事は出来るのだが、さすがにアクーの五倍は広く、人が多いメディーで、伝手がないナリヤを探すのは難しい。だが、今回ようやく、隷属の腕輪の効果が薄れたため、ナリヤの居場所を辿る事が出来、接触する事が出来たのである。


「確かに、魔族であるナリヤ様が、神殿に行って隷属の腕輪を解除して欲しいなどと言っても、誰もやってくれないだろう。しかし、その光属性持ちは信用できるのか?」ナリヤは光属性持ちの神官に騙されてしまった。ヘンは同じ事が起こるのを心配しているようだ。


「その光属性持ちはリリアム王女だ。だから全く問題ない」モルドーが光属性持ちの持ち主の名前を伝える。魔族でも知っている有名人だった。


「……ちょっと待て。ケーラはリリアム王女とパーティーを組んでいるのか?」ナリヤが呆気に取られた顔でモルドーに確認する。


「左様で御座います」恭しく答えるモルドー。


「それは、大丈夫なのか?」魔王の娘と人族の王の娘がパーティーを? とても信じられない。


「存外、うまくやっておられるようです」


「そ、そうか」うまくやっているならいいだろうが。まさかケーラが王族と共にいるとは思っておらず未だ信じられないと言った様子のナリヤ。


「モルドー。お前の言いたい事は分かった。提案を受けよう」思案していた様子だったヘンが、モルドーに声をかけた。


「で、私は魔族の都市に、何をしに行けばいいのだ?」


 ※※※


「ふむ。ケーラ様は、メディーに向かっているようですな。以前はアクーにいたのですが。なら、思ったより早く会えそうですな」


 ケーラの位置を確認しているモルドー。今二人がいるのは火の都市アグニの近くの森の中だ。アクーはここアグニより、メディーを越えて更に西に行かねばならないが、メディーであれば、そこまで遠くない。メディーで落ち合えば然程時間はかからずケーラと合流できるだろう。


 因みにナリヤは今、ヘンが以前山賊から奪った服を着ている。それを聞いたモルドーが、「山賊がいたなら、何故私に言わないのだ」と怒っていたが、何が目的かはヘンにもナリヤにも分かっていたのでスルーしておいた二人。ケーラに一旦お伺いを立てようとしていたのはどうなったのだろう。


「私の事は一切言わないように頼む」魔族の都市に向かおうとしているヘンに声を掛けるナリヤ。


「主の意のままに」恭しくしゃれこうべを垂れるヘン。そしてそのまま踵を返し、闇夜に消えていった。


「よし。では私達も参りますか」そう言ってボン、と音が鳴り、モクモクと白い煙が出て、コウモリに变化するモルドー。


「……」だが、振り返って動こうとしないナリヤ。


「どうされたのです?」コウモリが訝しんで質問する。


「アヤカが、な。気になって」


「ふむ。あのデュアルの黒髪の娘ですか」そう言って近くの木の枝にぶら下がるコウモリモルドー。


 モルドーのその言葉を聞いて、フッと笑うナリヤ。


「モルドー。信じられないかも知れないが、彼女はクアッドだ。本人曰く勇者らしい」


「ク、クアッドですと? ……だが、ふむ。勇者ですか」


 クアッドとは四属性持ち。四属性を使える者がいるなどと、長く生きてきたモルドーでさえ聞いた事がない。だが、勇者は多分に漏れず人外だろう。なら、そういう特殊な能力を持っていてもおかしくはないのかも知れない。そう思ってとりあえず納得したモルドー。


「それにしても、様子がおかしかった気がしますが」


「……そうだな。それに関しては、私にも責任がある。仕方なかったと言えばそうなのだが。だから気になるのだ」


「しかし、もう戻るのは難しいかと。ナリヤ様をあの男に近づけるわけには参りませぬので。それに私は、ナリヤ様を探し出す事もケーラ様より言付っております。僭越ながら、ナリヤ様をケーラ様の元へお連れする事を優先致したく」


 そう言って恭しく頭を下げる、いや、木の枝にぶら下がって逆さまなので、実際は頭を上げているコウモリモルドー。


「そうだな。まあ、ギルバートも悪いようにはしないはずだ。時期を見て会いに行くとしよう」


 そして二人は、闇の中に消えていった。


 ※※※




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