探究心
今の時代、答えを見つける為であれば、
インターネットで十分。
答えは、ほぼ世の中に存在してるかのように思う。
考えて答えを見つけ出すことが、時間の浪費だと
思うこともある。
実際に、急いで答えが必要で、それで助かることも
あるから悪いことでもないように思う。
ただ、自分にとって未知の出来事や発見をしたい
場合、時間をかけることが大事だ。
それが、世間では一般的な常識であっても
考えてみることが大事だ。
そう思う。
その時間の分だけ、自分の中に入れ物ができる。
それは、広く大きくなっていく。
分からないことを、直ぐにインターネットで調べることは
小さな引き出しに物を入れるような感じがする。
大量の情報という物は、小さな入れ物には入りきらない。
大きな物を入れようとすれば、その分、入れ物も
それなりの大きさが必要。
そのために、時間をかけて考えていくことだと思う。
無意味な問いをしていると、思う時もあるかもしれない。
他に有益な答えを見つける方法があると迷うかもしれない。
もしかしたら、自分の一生では見つけられない答えかもしれない。
それでも、その考えた時間と内容は、同じように悩んだ人たちが後を継いで考えてくれる。その問いとあなたの情熱を感じ取った人たちが、答えをあなたの代わりに見つけ出してくれる。
だから、たとえ今は答えが見つからないからといって、焦る必要もない。
僕らも同じように、先人が残した偉大な問いを前にしながら、答えを探してる。
問いの中に、人のバトンがあり、僕たちはその問いのリレーの中でいつも生かされている。