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私と彼の未来のお話

作者: 畜ペン

 7月13日午前10時


 まだ太陽が真上に来ていないにもかかわらず、照りつける日差しとじめじめした空気のせいで外はサウナと化していた。セミの合唱や焼けたアスファルトの匂いも相まって不快指数(ふかいしすう)が上昇する分、まだサウナの方がマシかもしれない。

 地球温暖化の影響を肌で感じながら私は額の汗を拭った。


「暑い…」


 まだ家を出たばかりなのにもう帰りたくなる。きっと20年前の私だったらここで(きびす)を返して家に帰っていただろう。だが大人になった今はもう逃げるわけにはいかない。私には行かなくてはならない場所があるのだ。

 憎き暑さなんかに負けるものか!…でもちょっとここで休憩。 

 私は近くにあった公園のベンチに腰を下ろした。ベンチの後ろには大木が立っており、丁度いい感じに日の光を防いでくれている。


「ふう。小学校まではあともう少しね」


 古木宵(ふるきよい)小学校。私が20年前に通っていたところであり今向かっている場所でもある。

 久しぶりに通学路を歩くと、この20年で街並みがだいぶ様変わりしていた。当時あった建物が無くなっていたり、逆に新しい店が作られたりしていて当時の面影(おもかげ)が全くない。まあ20年も経てば当然なのだが…。

 

 少し物哀しい気分になりながら公園で遊んでいる子供を見た。今日は土曜日なので小学生ぐらいの子供が多く、5人ぐらいで走り回っている。猛暑日(もうしょび)に公園でよく遊べるなあと感心する。私は体が弱いので絶対に無理だ…。

 子供たちを見ながら自分が小学生だった頃を思い返した。


「そういえばあの日もこんな猛暑日だったなあ…」


 小学6年生の時、私は体育の授業中に軽い貧血になり倒れたことがある。それ自体は嫌な思い出なのだが、その後に保健室で同じクラスの男の子に看病をしてくれたことがあった。

 

 今でもあの時のことは鮮明に覚えている。

 

 あの日がなければきっと私は…。

 

 

 子供たちのはしゃぎ声を聞きながら、私は彼と過ごした保健室での時間を思い出していた。






――――――――――――――――




「お……や!お…み…!聞こ…るか!?」


 遠くで誰かが叫んでいる…。


「せ…せー!大宮…んがま…倒れ……たー!」


 私の名前が聞こえる…。


「す…に…けん室へ………んだ!」


 声が途切れ途切れに聞こえてくる。

 ああ、そうか。私また倒れたんだ…。たしか水泳の授業で見学をしているときに急に意識が無くなって…。

 

 私は朦朧とする意識の中で必死に言葉を紡いだ。


「お」

「「お?」」

「おやすみ…」

「「大宮ー!!!」」


 そして私の意識はまた暗闇に落ちていった。







 私―大宮(おおみや)夏香(なつか)は夏が嫌いである…というより暑さが苦手だ。

 幼いころから体が弱く、体育の授業も見学をすることが多かった。特に夏の暑い日は貧血で倒れることがあり、入院も何回か経験している。冬の寒い日は服を着込んだり対策はいくらでもできるけど暑さは防ぐのが難しい。つまり、わたしにとって暑さは天敵なのである。おまけに肌が焼けるしね…。

 

 そんなわけで夏の時期は保健室で過ごすことが多い。職員室の隣にある保健室は教室と同じぐらいの広さで、窓の外にはグラウンドが広がっている。3つあるベッドのうち、入口から一番奥にあるのがいつもの私の特等席だ。いや、特等ベッドかな。

 私が倒れるといつもこのベッドで目が覚める。そして「ああ、また倒れたんだ」ってなる。そう、今みたいに。


「ああ、また倒れたんだ私…」 


 ベッドの周りには白いカーテンが引かれているが、真っ白な天井と仄かに香る薬品の匂いで今の状況が大体わかる。


「水泳の授業で…見学してて…」


 見学してるときに倒れるって、我ながら情けないな…。

 時計を見るともう体育の時間は終わっており次の授業が始まる時間になっている。今は誰もいないがおそらく先生か保健委員に保健室まで運んでもらったのだろう。



「目が覚めたかい?」



 不意にカーテン越しから声を掛けられた。少し驚きながら見てみると黒い人影がカーテンに映っている。


「誰ですか?」

「誰だと思う?」 

 

 快活そうな明るい少年の声で尋ね返された。


「変な人ですか?」

「さあ、どうだろうね」


 カーテンに映るシルエットは楽しそうに体を左右に揺らしている。声と体格から私と同じぐらいの年に見える。 

 

「………」

「あれ?もしかして本当に僕のことを不審者だと疑ってる?」

「はい」

「即答!?いやいや君と同じ学校の生徒だよ!」


 カーテンの奥にいる不審者は急に雰囲気を変えて慌てだした。

 楽しんだり慌てたりと忙しい人だな…。


「すみません、携帯の1と1と0のボタンを押してもらってもいいですか?」

「君は人の話を聞かないタイプかな?僕は不審者じゃありません」

「ならどうしてカーテンに隠れているのですか?」

「ここが落ち着くからさ!」

「………」


 不審者ではなく変人だった。

 …もうそろそろ飽きてきたから茶番を終わらせよう。


「さあ!僕は誰でしょう!」

池谷(いけや)君でしょ」

「!」


 私が答えた瞬間、カーテンに映るシルエットが固まった。と、同時に保健室内の時が止まった…かのように感じた。カチッカチッと時計の秒針が鳴らす音だけが響いている。


 

 池谷(いけや)修二(しゅうじ)。私と同じクラスの男子だ。

 誰とでも仲良くできる社交的な男で、困っている人を見つけるとすぐに駆けつけるような正義感を持った人間である。見た目はイケメンというわけではないが、人当たりのいい性格のおかげで女子の間では人気が高い。おまけにテストでは毎回高得点をたたき出している。

 そんな完璧人間な彼は、いつも病弱な私のことを気にかけてくれている。


「ど、どうして僕だと分かった…?」

「声、シルエット、喋り方、仕草、他にも―」

「うっ、少し声を変えたりしていたのに…。さすが大宮さんだ…」


 池谷君は少しがっかりしたかのように肩を落としながら、カーテンを開いて近くに寄ってくる。


「体調はもう大丈夫?」

「うん。あなたと話していたら大分体調が戻ってきたわ」

「それは良かった」

「そんなことよりも今は授業中なのにここにいて大丈夫なの?保健室の先生も見当たらないし」

「サボってきたから大丈夫」

「えっ!?」


 どうやら今の時間は自習らしく、体調が悪いと嘘をついて抜け出してきたらしい。そして保健室に行くと先生が丁度会議に出るところで、私のことを任されたみたいだ。


「僕は授業よりも君の方が心配だったんだよ」


 真っ直ぐな瞳で私を見つめてくる。こういうところがモテる要因なんだろうなといつも思う。


「どうしてそんなに私のことを心配してくれるの?」

「君が辛そうに見えるから…かな」


 今まで私は何度も倒れてきた。そしてそのたびに池谷君は駆けつけてくれる。不安になる私を元気づけてくれる。

 いつの間にかそれが当然のように感じていたけど、私が中学生になったら池谷君とも離れてしまうかもしれないんだよね。そうなったら私は…。


「私、ちゃんと大人になれるのかな…」

「………」


 ふと思ったことを口に出しただけなのに池谷君は腕を組んで真剣に悩みこんでしまった。


「あ、別に変な意味はないんだけど」

「よし!」


 池谷君は当然何かを決心したように意気込んだ。


「ど、どうしたの?」

「大宮さん、将来の夢を言い合おう!」

「将来の…夢?」

「うん!」


 将来の夢…。将来があるかも分からないのに夢なんて…。


「それだけじゃないよ。僕たちが大人になった時に本当にその夢が叶っているかを確認する」

「確認?」

「そう!これは勝負だ。どちらが本当に夢を叶えられるかのね」


 池谷君はいつも私が考えもしないことを思いつく。面白い話やワクワクするような遊びを教えてもらったり、今みたいに勝負事もたくさんしてきた。そしてそれはいつも私を楽しませてくれる。まるで私を別の世界に連れ出してくれるような魅力が彼にはあった。


「将来の夢って他の人に教えると叶えなきゃって思うだろう?だからその夢に向かって努力をする。それにお互いが目標を知っていると応援もできる」

「でも今すぐに将来の夢って言われても…」

「漠然としたことでもいいよ。例えば人を助けるような仕事がしたいとか」

「うーん」


 将来したいことかあ…。確かにしたいことはあるけど、それは…。


「教えるのは少し恥ずかしいかなあ」

「じゃあさ、当てっこしようよ。お互いが考えてる将来の夢を推理して当たったら教える…のは駄目かな?」

「うん、それならいいよ」

「よし!」


 そういって池谷君は腕まくりをした。意外と筋肉がついている日焼けした腕が(あらわ)になる。

 

「まずは僕の夢からだ!さあ当ててみるがよい!」


 まるで勇者を待ち構える魔王のようなテンションで言い放つ。

 池谷君の夢か…。多分あれかなあ。

 私の中ではすでに一つ思い浮かんでいる。いつも池谷君を見てきた私は彼の行動をよく知っているのだ。


「お医者さんでしょ?」


 保健室にいるときに薬品たちを興味深く見ていたことを知っている。しかも保健室の先生と仲が良いらしいし。

 池谷君は少し驚いたように私を見た後、首を横に振りながら答えた。


「うーん、医者には興味ないかなあ」

「えっ!?」


 違うのか…。絶対にそうだと思ったのに…。

 私は改めて池谷君を見た。小学生にしてはがっちりとした体形でスポーツが得意そうな雰囲気がある。そういえば去年のマラソン大会で上位に入っていたっけ。私は参加をしていなかったからよく分からないけど…。


「もしかしてマラソンの選手?」

「あはは、それはかっこいいね。僕も足が速かったらなりたかったかも」


 池谷君は笑いながら答える。これも違うのか。私は今までの彼の行動を思い返していたが全然思いつかない。

 はあ、池谷君のことなら少しは分かると思っていたのに。ショックだ…。


「ヒントを教えてあげようか?」

「うん!教えて」


 池谷君の提案に私は即答する。いつの間にか私は夢を当てることに熱中していた。

 何としてでも彼の夢を当てたい…。


「じゃあ1つ目のヒントです。僕は体を鍛えています」


 鍛えているということはやっぱりスポーツ選手かなあ。でも池谷君ってスポーツクラブには何も入っていなかったような気がする。彼の話にスポーツの話題が出ることもなかったし…。

 池谷君は頭を抱えて悩んでいる私を見ながらいたずらっ子のようにニヤニヤしている。


「2つ目のヒントです。基本的に外で働いています」


 うーん、外で働いている職業か。もしかして農家さんとかかな?農業って体力いるらしいし。でも池谷君が畑を(たがや)している姿が想像できない…。

 こうしてみると、まだ彼について知らないことがたくさんあるということに気が付かされる。それと同時に彼についてもっとよく知りたいという気持ちが高まるのも感じる。この気持ちは彼について分からないのが悔しいからだけなのか。

 それとも…。


「3つ目のヒントです。僕は努力が嫌いです」


 池谷君は悩む私を見ながら淡々と言った。

 えっ?努力が嫌い?そんなことを聞いたのは初めてだ。

 私は驚いて池谷君を見たが、彼は相変わらずニヤニヤした顔で私を見ている。

 努力が嫌い…。普段の彼からは想像もできない言葉だ。もしかして努力をしなくても大丈夫な天才型なのかな…。あっ、努力といえば彼とセミの話をしたことがあったっけ。

 

 私は彼と知り合って間もないころに話したことを思い出した――。




『ねえ、大宮さん。セミはどうして鳴いているんだと思う?』

『えっ?考えたこともないなあ。お腹が空いているからとか?』

『あはは、腹の虫が鳴くってことかい?でもちょっと違うなー』

『うーん、セミって一週間ぐらいしか生きられないって聞くから悲しくて泣いているのかな』

『セミの成虫って1ヵ月や2ヵ月も生きることがあるらしいよ。だから泣いているわけでもないんだよ。実はね、セミは子孫繁栄(しそんはんえい)のために鳴くんだ』

『子孫繁栄?』

『そう、子供を作るんだ。オスのセミは鳴くことによってメスのセミを見つける。そして子供を産んで短い生涯を終える』

『へえ、なんかロマンチックね』

『そうかな?僕は少し悲しいと感じたかな』

『えっ?どうして?』

『だって幼虫から成虫になってやっと地上に出れたのに子供を作るだけで終わってしまうなんて可哀想じゃないか』

『でも仕方ないじゃない、セミは長くは生きられないんだから』

『僕がセミなら鳴く前に長く生きられるように努力をするかな。もちろん子孫を残すことも大事だけど、それだけじゃいつまでもセミは長くは生きられない』

『努力をして長く生きられるの?』

『分からない。でも努力をすることが大切なんだと僕は思うよ』




 そうだ…、彼は努力をすることが大切って言ったんだ。

 なら努力が嫌いというはずがない。


「嘘ついてるでしょ?」


 私は少しむすっとした表情で彼に問い詰める。池谷君は私の顔を見ると笑いながら謝った。


「ははは、やっぱり大宮さんにはかなわないなあ。すまない、君の言う通りだよ」


 やっぱり…。でもどうして嘘なんかついたんだろう。

 池谷君は両手を大袈裟(おおげさ)に上げた後、高らかに言い放った。


「さあ!これが最後のヒントだよ。今まで言ったのは嘘です。僕が本当になりたいのは何でしょう?」

「えっ!?今までのは嘘!?」

 

 体を鍛えてるってことも外で働くことも嘘ってこと!?じゃあまた振り出しに戻るよね!?

 私は何を考えているか分からない彼にジト目を向けた。しかし彼はそんな視線を受け流し、楽しそうに体を左右に揺らしている。

 もしかして、最初から教える気はないのかな。まあそうだよね…。他人である私に将来の夢を言えるわけがないよね。もしもそれが大切な夢ならなおさらだ。もっと信用ができる家族や友人に言うべきで私なんかに…。

 考えれば考えるほど私の気持ちは落ち込んでいく。

 今まで彼とは信頼のおける仲だと思っていた。

 だがそれは私だけだったのかもしれない。

 彼は病弱な私を鬱陶(うっとう)しく思っていたのかもしれない。


 ネガティブに考えることが得意な私は嫌なことばかりが頭に浮かんでくる。

 そんな考えから逃げるように池谷君の顔を見ると、彼は笑顔で私を見ていた。そして、ある言葉をふと思い出した。


『僕は授業よりも君の方が心配だったんだよ』


 出かかっていた涙を拭いて考え直す。

 そうだ…。池谷君はそんな薄情な人ではない。困っている人を見つけるとすぐに助けに行くような素敵な人だ。それは私が一番知っているはずではないか。今まで何回も助けに来てくれたのだ。彼のことはクラスの人の誰よりも知っている。

 そんな彼がなりたい職業なんて…。

 私に分からないはずがない…。






「池谷君のなりたい職業はお医者さんだよ」


 今度は確信をもって答えた。

 笑顔だった池谷君は一瞬だけ驚いた後、より一層満面の笑顔になった。


「おめでとう大宮さん、正解だ」


 拍手をしながら私を称えてくれる。それと同時に頭を下げて謝ってきた。


「ごめん、最初に嘘をついてた」


 やはり最初に私が言った答えが正解だったのだ。最初に答えられるとは思っていなかった彼は嘘をついた。そして最後のヒントの『今まで言ったのは嘘』というのは私の答えへの返事も含まれていた。『医者には興味ないかなあ』は『医者に興味がある』ってかんじに。


「いやあ最初に当てられるとはね」

「私は結構池谷君について詳しいんだよ?」

「みたいだね。嬉しいよ」


 池谷君は無邪気な笑顔を私に向けた。

 うっ…少し恥ずかしい…。

 私は少し赤くなった顔を見られないように視線を落として頭を伏せた。


「よし!じゃあ次は大宮さんの夢の番だ」


 あっ、そうだった…。私の夢かあ。私の夢は…。


「私の夢は当てるのが難しいよ」

「望むところだ!」


 池谷君は(あご)をさすりながら私の顔を凝視してくる。

 うっ、また私の顔を見てる…。顔が赤くなってるのを感じる…。


「学校の先生!」

「違うよー」


 ―ああ、楽しいな。こんな時間がいつまでも続けばいいのに…。


「料理人!」

「全然違うー」


 ―いや、違う。続けるために努力をするのだ。彼が言っていたように。


「ヒントを教えてください!」

「駄目です」

「ええっ!?」

「あははは、さっきの仕返しだよー」


 ―いつまでも彼が助けに来てくれるわけではない。だからこそ病気になんて負けずに夢に向かって努力をするのだ。


「ううん、わ、分からない…」

「ふふっ。まだ池谷君には分からないよ」


 

 私が落ち込んでいるといつも変な登場の仕方で私を和ませてくれたり、私を一人にしないために授業を抜け出してきたり、勝負事で私を楽しませてくれたり、誰よりも私を心配してくれる彼には、まだ私の夢は分からないだろう。


「でもね…」


 その夢に向かって努力をしていこうと思う。叶うかは分からないけれど努力をすることが大事なのだから。



「いつか君に伝えるよ。私の夢を」


 




 それはクラクラするような暑さの日の午後。

 私が初めて夏を好きに思えた日の出来事だった。 











―――――――――――――――


7月13日午前10時30分


「ふう、もう少しか」


 僕は真夏の炎天下の中、目的の場所へ車を走らせていた。仕事が終わった後ということもあって疲労がたまっている。しかし、休んでいる暇はない。

 先ほど携帯を確認すると公園で待っているというメールが来ていた。

 やはり一人では危険だったか?

 今日は書類整理だけですぐに帰る予定だったのに急患が入り、仕事が長引いてしまった。職業柄とはいえ、大切な日に勘弁してほしいものだ。そのせいで一緒に行く予定だったのが別々に家を出る羽目になったのだから。 


「公園ってあそこのことか?」


 しばらく走っていると近くに木が生い茂っている広場を見つけた。駐車スペースに車を停めて公園内に入る。

 あまり遊具が設置されていない公園では5人の小学生たちが楽しそうに走り回っていた。

 元気だなあ、熱中症にならないか心配だ…。

 子供たちを見守りつつ、彼女を探す。すると近くのベンチに座っている女性を見つけた。女性も同じように子供たちを見守っている。


「おーい」


 僕は手を振りながら彼女のもとへ向かった。彼女は僕の顔を見ると笑顔で手を振りながら出迎えてくれる。


「ごめん、遅くなった。一緒に家を出る約束をしていたのに…」

「いいわよ、まだ時間は大丈夫だから」

「体調は大丈夫か?」

「ええ。さっきまでね、昔のことを思い出していたの」


 彼女は楽しそうに話す。初めて会ったころは暗い表情ばかりだったのに最近は笑顔を見せることが本当に多くなった。それは彼女の体が以前より強くなったからなのもあるだろう。

 

「昔のこと?」

「私たちが小学生だった頃、お互いに将来の夢を教えようとしていたこと覚えてる?」

「ああ、君は大人になるまで教えてくれなかったけどね」

「ふふっ、そうだったわね」


 あの日の頃はよく覚えている。よく倒れていた彼女を見てこの仕事に就こうと決心したのだから。


「でも本当にあなたがお医者さんになるなんてね」

「信じてなかったのかい?」

「いいえ。絶対にお医者さんになるって分かっていたわ。だってたくさん努力をしてきたあなたを見てきたのだから」


 いつも彼女は医者になることを応援してくれていた。そのおかげで今の僕がいる。彼女には感謝をしてもしきれない。


「そして君の夢は―」

「もう、恥ずかしいんだから改めて言わないでよ」

「ははは、ごめんごめん」

 

 彼女は恥ずかしそうに顔を伏せた。

 この仕草は昔と変わっていないな。


 彼女は僕たちが高校を卒業した時に初めて夢を教えてくれた。


 『あなたのお嫁さんになりたい』――と。


 僕は当然OKと返事をして、数年後に結婚をした。

 

「まさか20年後に僕たちが本当に夢を叶えているとは…あの頃の僕に言ったら驚くだろうな」

「そうね。でも少し違うわ」

「えっ?」


 夏香は立ち上がりながら僕に言った。


「今はお嫁さんではなく―『お母さん』だわ」

「ははっ、そうだな」


 僕たちは公園を後にする。古木宵(ふるきよい)小学校へ向かうために。

 そして僕たちの子供を見に行くために。





 たしか今日の授業参観は将来の夢を発表する日だったな。

 


 

 

 

 








 

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