泣く子も黙る…
「キュ〜」
雰囲気が変わった劔を見て心配そうに見つめる。
「ごめんなフー、少しの間静かにしていてくれ」
大丈夫だ、という意味も込めてぽんぽんと頭を軽く叩く。
劔はいじめや喧嘩が嫌いだった。
いじめられている側にも問題があるというのを全否定するつもりはないが、それはいじめを肯定する理由にはならない。
劔の祖父や祖母は厳しくも優しい人達で小さい頃から良くしてもらっていた。祖父は戦争経験者だったらしいが無事生還。その時の話をしてくれたり鍛錬を指導してくれた。祖母はそっと見守り、怪我をした時などはすぐに手当てをしてくれた。ちなみにお菓子なんかもよく貰い、劔の甘い物好きに一役買っている。そんな2人に少しでも恩を返せるようによく買い物や家事の手伝いなどをしていた。
そして成長していくにつれて、困っている人がいたらお節介かもしれないがとりあえず声をかけ、女・子供・老人など特に肉体的に不利な者を助けたい、護りたいという思いに昇華した。
そんな劔の目の前で、見た目で人を判断するなとは言えないような外見の男達が抵抗できないモノに暴力を振るっている。
許せるはずがなかった。
もしかしたら理由があるのかもしれないが無抵抗なモノに暴力を振るってしまった時点で劔視点でギルティだった。
「djszgcovryeuqkx」
「mgsatdmtgwckry」
「zcqkmfiujpyixnec」
「「「「「ガッハッハッハッ」」」」」
男達は相変わらず馬鹿騒ぎしている。
「見た感じだとそんな強そうじゃないけど慎重にいこう」
劔は小学1年生から現在まで学校の部活や外部のクラブで剣道を習い、高校生・大学生になっても部活は違うスポーツをやり始めたがクラブは辞めておらず現役選手として活動しており、長年鍛えてきたお陰で絶対とは言えないが見ただけである程度の強さは把握できる。
筋肉はあり体格はいいが実は見せかけで弱かったり、逆に華奢なのに強いという者も見てきたので、それなりに自分の感覚は信用しているが人の命がかかっている可能性もあるので心は熱く頭は冷静にする。
「一応殺すような感じではないから暫く様子見で、あいつらが寝たら行動開始だ」
劔は見た目とは裏腹に普段は心優しい気性で喧嘩と言えるものは唯一度だけしかしたことがない。
その喧嘩は大学1年生の時に兄との喧嘩で、機嫌が悪かった兄が理不尽に喧嘩を売ってきたので思わずキレて反撃し、ボコボコにしてしまった。
小さな頃はよく兄に泣かされていたが高校でラグビー部に入部し鍛え上げた体はロクに鍛えてもいない兄をボコボコにするには十分だった。
その喧嘩で兄は鼻の骨を折り、身体中痣だらけになったが、劔の心は晴れなかった。
それは殴った時の感触が不快だったからだ。
兄とはそれ以降喧嘩はしなくなったが暴力は苦手だ。
ボクシングやプロレスなどスポーツとして殴り合うのはいいが見ず知らずの他人の喧嘩を見るだけで不快感が湧き上がる。
それでも今は暴力が必要な時だ。
気持ちの切り替えは上手いつもりで、必要な時に尻込みする気はない。
やらないといけない時は迅速に行動するように常に心掛けている。
視線は男達から外さず、フーを撫でながら心を落ち着かせ、その時が来るまで待つ。
刻が経ち、辺りは真っ暗で焚き火のパチパチという燃えている木が弾ける音だけが聞こえる。
「あいつら見張りもせず皆寝ちまってるけど、ここの森はよっぽど安全なのか?まぁ都合がいいから助かるけどよ」
少し呆れ気味に溜息をつきながらも念のために全員が寝ているか確認する為もう10分程待つ。
「ふぅ〜、そろそろ行くか」
緊張と興奮で目をギラギラさせていたが目を瞑り深呼吸をして落ち着かせる。
「フーはここで少し待っててくれ」
キュ〜と不安そうにするが大人しくお座りして待ってくれるようだ。
「・・・」
なるべく自然体で気配を感じさせないように行動する。
周囲は男達の汚いいびきが聞こえ酒の匂いもする。
まずは袋の中の子の安全を確保しなければならない。
気配を消し音を消し近づいて行く。
幸いにも男達は酒でベロベロな様で気づかれることはなく袋まで行けた。
袋を抱えたが寝ているのか気絶しているのかは分からないが中の子が動く気配がしなかった。
暴れられると困るのでその点は良かったのだが、
(死んでいなけばいいが)
一瞬このような状態にした男達に殺意を覚えるが今はこの子を連れてこの場から離れるのが1番だ。
槍もどきなどは使う機会はなかったが脇に抱え移動する。
無事にフーがいる所まで着く
「よし、フーここから離れるぞ」
キュと鳴きついてくる。
急に起きて騒がれるのも面倒なので中の子には悪いが袋のまま移動する。
暗い中方向も分からないが歩き続けること数時間、袋の中の子が動き出した。
(良かった、生きてたか)
安堵すると共にゆっくり袋を地面に降ろし、袋から出してやる。
「っ⁉︎」
出てきたのは男の子で歳は10歳くらいだろうか。
見たことのない男がいてびっくりしたのだろうが、騒いだり暴れるようなことはなかった。
劔は落ち着いているものだなと意外に思ったが、よく見るとビクビクと震えているのが分かり、もしかしたら騒ぐとまた暴力を振るわれると思っているのかと思い至り、またしても奴らに怒りが湧き上がるが、そんな空気を感じたのか一層怯えた表情になってしまった。
しまったと思い、溜息を吐きながら頰をぽりぽりとかく。
自身でも自分の顔が恐い部類に入ることは理解しているのでどうしたもんかと思うがここで強力な助っ人が眼に映る。
劔は膝を折り、膝立ちの状態で少年と目線を合わせる様にし、少年の両腕を手に取り(触った時にビクッとしたことはこの際スルーさせてもらい)前に出させる。
そして劔の傍にいたフーを少年の手に乗せる。
「…?htnt!」
少年は一瞬なにが起こったのか理解できなかった様だが、フーがペロっと少年の顔を舐めると、なんと謎かわ生物が腕にいるじゃないか⁉︎という感じ(劔主観)で、おずおずとフーに手を伸ばし撫で始めた。
少年はフーを気に入った様で撫で続けながらも笑顔が少し見える。
(うんうん、やっぱモフモフは正義だな)
そろそろ大丈夫かなと思い劔は少年の頭に手を伸ばし優しく撫でる。
その際も少年はビクッとしたが劔と誘拐をした男達が違うと思い最初よりは怯えた感じはしなかった。
劔はそのまま優しく抱きしめ撫で続ける。
少年は恐々と劔の胸に頭を預けていたが、暴力を振るわれたりはしないし恐いことはされないと分かってきたのだろう、安堵し今まで我慢してきたものが溢れてきたのだろう。次第に涙声が聞こえてきたが、そのまま撫で続ける。フーは少年の肩に乗り頰を舐めている。恐らくは元気だしてとか慰めているだろうという姿に劔の頰が緩む。
そのままにしていると少年は泣き疲れたのだろう眠ってしまった。
「話はできなかったが一先ずは安心かな」
少年をおんぶし再び森の中を彷徨い歩き始めた。