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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

童話集

カルキノス君の最後~お星様になった悲惨なカニの物語

少々の戦闘描写や、カニが死ぬシーン等を含む為、R15 残酷描写ありに設定しています。


 昔々、ギリシャだかどこだかにカルキノスと言う名の大きな蟹が住んでいました。


 カルキノス君は、ヘーラーと言う美人だけど恐ろしい女神の家来でした。とは言え、カルキノス君は只の大きな蟹だったので特に難しい用事を言いつけられる事も無く、日がな一日中、棲み家の沼地でエサを取りつつゴロゴロして、身体だけはどんどん大きくなって行きました。


 そんなある日、カルキノス君はヘーラーに急ぎの用事と言う事で、彼女の住まう天上に呼び出されました。


 ヘーラーは不機嫌な顔をして、カルキノス君に命じました。


「今、ヘーラクレースと言う男が、レルネーでヒュドラーと戦っているがどうもヒュドラーの方が負けそうだ。 お前は今すぐレルネーに行って、ヒュドラーの加勢をして来るように」


 いやいやいやいや、カルキノス君は驚きました。


 ヘーラクレースと言えばヘーラーの夫ゼウスが浮気をして出来た子で、ヘーラーはこの男の事が大嫌いなのはカルキノス君も知っていました。

 一方で、ヘーラクレースはとても力の強い英雄としても有名で、ついこないだも刃物が通じないネメアーのライオンを、棍棒で殴り倒した上に絞め殺して、全身の皮をはいで服にしたほどの怪力男でした。


 そのヘーラクレースと戦っているヒュドラーも、九本の首を持つ大きな蛇の怪物で毒の息を吐き、首を切り落としても次々と新しい首が生えてくる、とても強力な怪物でした。


 そんなのが戦ってる中に、自分が加勢に行っても出来る事は何も無さそうなのはカルキノス君にもわかってましたが、明らかに機嫌の悪いヘーラーの顔を見ては怖くて何も言えずに、大人しく命令に従うしかありませんでした。


 さて、そのレルネーの沼では今まさにヘーラクレースとヒュドラーの死闘が繰り広げられていました。


 ライオンの革を服のかわりに身体に掛けた、全身が岩で出来たような筋骨隆々たるヒゲの大男……ヘーラクレースが、剣で次々とヒュドラーの首を切り落として行きます。

 ヒュドラーも負けじと残った首から毒を吐いて攻撃しますが、ヘーラクレースは毒を吸い込まないように口元に布を巻いているので、思うように毒が効きません。


 ヘーラクレースの隣には助手の男が松明を手にしていて、ヒュドラーの切り落とされた首の傷跡を器用にその松明で焼いていました。

 これでは新しく首が生えてくる事が出来ません。今の状況はヒュドラーに不利でしたが、彼も負けじと残った首でヘーラクレースに襲い掛かりました。


 どうしろと……


 無茶振りもいいところでした。 大男の英雄と巨大な怪物との激闘の間に入ってカルキノス君に出来る事など、本当に何もありませんでした。

 なにせ、カルキノス君はネメアーのライオンの様に刃物が効かないとか、ヒュドラーの様に毒があるとか切られても元通りになるとか言う力も無い、本当にデカイだけの只の蟹だったのです。


 でも出来ることが無いからと、おめおめ逃げ帰っては今度はヘーラーの怒りを買ってしまいます。

 ヘーラーと来たら、いくら気に入らない愛人の子供とは言え、生まれたての赤ん坊だったヘーラクレースの元にいきなり毒蛇を二匹も送り込む様な、相手が赤ん坊でも一切容赦しないおそろしい女神でした。


 もっともその毒蛇は、赤ん坊の頃から怪力だったヘーラクレースにオモチャ代わりに首を折られて、あっけなく死んでしまいましたが。


 ともあれ、もしもヘーラーの命令に背けば家来をクビになるだけでは済まずに、最悪の場合茹でられて美味しく食べられてしまうかもしれません。

 進退が窮まったカルキノス君は本当に泣きたくなりましたが、どうする事も出来ずにただ戦いの成り行きを見守るしかありませんでした。


 すると状況が変わりました。ヒュドラーが残った首でヘーラクレースを捕らえて締め上げ始めたのです。ヘーラクレースはヒュドラーを振り解こうとするものの、なかなか上手くいきません。


 これは……好機(チャンス)ではないか!? 


 カルキノス君は素早く考えました。今、後ろから襲えばヘーラクレースと言えども、運がよければ殺せるのではないか? 少なくとも怪我だけでも負わせられれば加勢はしたとの言い訳は立つ。もし重症でも追わせられれば、後はヒュドラーに任せればいい。


 とにかくヘーラクレースが動けない今がチャンスだ。


 カルキノス君は横歩きでこっそりとヘーラクレースの足元に近寄ると、大きなハサミでヘラクレスの脚を狙いました。ヘーラクレースが着ているネメアーのライオンの革は刃物を通さない力を失っていないので、狙うとすれば革が守っていない脚しかありません。


 もっとも、平べったい蟹であるカルキノス君には、脚しかハサミが届かないと言う理由もありましたが……


 ともあれ、ヘーラクレースはヒュドラーに掛かりっきりで、足元に忍び寄るカルキノス君に気付いてない様でした。()るなら今しかありません!


 今だ!!


 カルキノス君が力を込めて、ヘーラクレースの脚を切り落とそうとハサミを振り上げた瞬間、ヘーラクレースは自由だった脚でカルキノス君をあっけなく踏み潰してしまいました。


 そして、ヘーラクレースはヒュドラーの締め付けを力づくで振り解くと、剣を構えて戦いを再開しました。


 彼は、カルキノス君を踏み潰した事には全く気が付いていませんでした。


 その後、ヘーラクレースは激戦の末にヒュドラーを倒し、更なる冒険に赴くことになりますが、これは死んでしまったカルキノス君には何の関係も無い話でした。

 ヘーラーは死んだヒュドラーとカルキノス君の死を悲しんで、その魂を天に昇らせて星座にしました。 それが“うみへび座”と“かに座”です。


 そしてヘーラーは天に輝くかに座を見上げて、深くその死を惜しんで溜息を吐きながら呟きました。


「カルキノス……惜しいカニを亡くしてしまった。 あんなに大きくなってたのに、ヘーラクレースに踏み潰させるくらいなら茹でて食べてしまえば良かった」


 ヘーラーは己の思いつきの命令で、大きなカニを食べ損ねた事を深く嘆くのでした……まぁ、すぐに忘れますがね。




【おうちのかたへ】


・大きな敵に立ち向かうのも勇気ですが、上司の無茶振りに“NO”を言うのもまた勇気だと教えましょう。


・とは言え、会社勤めや宮仕えの身では“NO”が言えない場合がほとんどです。 カルキノス君の悲惨な最期は、明日の我々の姿かもしれません。 身の振り方はしっかりと考えましょう。

子供の頃に読んだギリシャ神話の全キャラクター中、もっとも印象に残ったのがヘーラクレースvsヒュドラーに出てきたこのカニでした。

激闘の最中に唐突に現れて、唐突に死んでいったカニに対して子供心に「コイツ、何しに出てきたんだ?」と強烈なインパクトを残して行きました。


時は流れ、最近連載しているハイファンタジーの長編で、主人公をヒュドラーと戦わせているシーンを書いているときに不意にあのカニの事を思い出して、カニを主人公にした話を書きたいと思って書いたのが、このお話です。


で、参考にウィキペディアでかに座の事をざっと調べ直したら、あのカニ名前があったんですね。

おまけにもう少しキャラ設定が厚くなってる話のバージョンまであったりして。


ともあれ、カニの設定は子供の頃に読んだ呆気ないほうのバージョンに遭わせました。

子供の頃に親しんだカニの話を書けて嬉しい限りです。 今夜はカルキノス君を偲びながら、カニ缶で一杯やろうかと思ってます。


それでは。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 蟹座って不思議な存在感がありますよね。 [一言] なお私は、カルキノスとヒュドラの間に友情又は愛情があった説の信奉者です。 ヒュドラの負けがほぼ確定した頃に動いたあたり、「死ぬと解っていて…
[良い点]  面白かったです。  ただでさえ、可哀想で救われないカルキノス君を、食べるために飼ってただけという、さらに救われないオチを持ってきたところがよかったです。 [一言]  私も最近、ウィキペデ…
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