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作者: ほみち


 休日のショッピングモールはやけに人が多くて、まるで人間の巣のようだと思った。店内の眩しいほどに鮮やかな色達は、人々の気分を高揚させるようで、行き交う人は皆嬉しそうにしている。

 ここにいる数だけの人生と、それだけのドラマがあるのだと思うと、独り者の俺は少しムシャクシャした。

 遠くで子供が泣きわめいていて、尚更鬱陶しい。

 爆弾でもつけて、爆破してしまおうか。そんな物騒なことを思いながら、俺はワゴンセールのカートを横目で見た。


 そこには、一発屋と言われたアーティストのCDや、一世を風靡した書籍なんかが、雑に詰め込まれていて、どれも二束三文で売られていた。言わば、廃棄する一歩手前。最後の最後の救済手段として設けられたものだということが、一目瞭然である。

 好きじゃない、こういうの。でも、これだけ安いなら……とそこで初めて手を出すに値すると思うような作品があるのもまた事実。その気持ちも分かる。

 でも好きじゃない。こんな、お情けみたいな値段で売られる為につくられた作品なんて、本当はひとつも無いはずなのだ。

 ざっと目を通して、俺は贔屓のアーティストの作品がそこに並んでいないことに安堵する。もう誰かが買ってしまって、偶然そこには無かっただけかも知れないが、とにかく俺は安堵した。


 腹が減ってきてレストラン街を歩いていると、寿司屋の前に生け簀があった。子供が水槽をバンバン叩いていて不愉快だ。水槽の中では、鯛がゆらゆらしていて、そのうち食べられて死ぬのに呑気なもんだなと思った。

 子供が居なくなったのを見計らって、俺は鯛に中指を立てた。深い意味はなかった。


 その時、鯛がぐるりとこちらを向いて「それは、どういう意味だ?」と口を聞いた。

 思いもよらない出来事に、俺は「うおっ!」っと声が出た。魚だけに? と、脳内で自分にツッコミを入れ、恥ずかしくなる。

 鯛はやはりこちらを見ている。

「お前を怖がらせている訳じゃない。僕は知りたいだけなんだ。さっきの小さい人間のように、叩かれることはよくあるが、今お前がやったそれは、初めて見た。どういう意味だ?」鯛が淡々と問い詰める。

 俺は少し迷ったが、「死んでしまえってことさ」と答えた。

 「なるほどな」鯛は真っ直ぐ俺を見ている。「やはり、僕がここに入れられたのは、そういう訳なんだな」

 俺はなにか言おうと口を開いたが、上手く言葉にならなくて、「ごめん」と小さく呟いた。

 「なぜ謝る。お前は使うべき時に、使うべき意味のことをしたまでだ。それもお互いが理解する為に。お前達が使う、言葉というやつはそう言うものだろう?」

 俺は何も言えなかった。

 「なあお前。僕は、大小の違いは分かるが、人間は皆同じに見える。お前、気が向いたらまたそれをやってくれないか。そうしてまた、今日みたいに言葉を交わそう……」

 どこからともなくやってきた子供が、またバンバン水槽を叩いたので、鯛は俺のほうを見るのを止めて、普通の鯛に戻った。


 俺はというと、まだ心臓がバクバクしていて、逃げるように水槽を離れた。また言葉を交わそう? 中指を立てろ? 空腹も忘れて、俺はショッピングモールを飛び出した。


 


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