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輪廻の果てに  作者: あかつきいろ
来たる異世界人
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冒険者ギルド長

 ヴィントは他人に振り回される事を嫌う。自分の思い通りにならない事が嫌なのではなく、自分にとって納得のいかない理屈で何かをさせようとする事が嫌いなのだ。自分勝手と言えるかもしれないが、ヴィントからすれば他人に振り回されてホイホイと従う方が信じられないのだ。

 彼の生まれ育った環境では総て、自分自身で決めなければならないのだ。戦う事も殺す事も、生きていくために必要な事は総て自分自身で選択しなければならない。たとえ相手が子供でも、必要であるのならば躊躇せずに殺す。それができなければ生き残れない。


 そんな環境で生きてきたからこそ、ヴィントは誰かに振り回される事が嫌いだ。異世界人たちに魔導を教えたのは彼らが被害者であり、生きるために必要な力だと判断したからだ。そんな風に自分が納得できない理由の行動に巻き込まれるのを彼は非常に嫌う。


「……で、まだ納得できないってのか?黒魔の英雄殿よ」


「納得などできる訳がないだろう。説明が杜撰すぎる。そもそも何故、俺が他の冒険者の面倒を見なければならない?」


「冒険者としては慣習みたいな物なんだがな……ある程度成長した冒険者が後輩の面倒を見るってのは」


「そんな意味の分からん慣習に従うつもりはない。そんな事を態々実地で教える意味など、欠片もないだろう。冒険者としてのノウハウを書物なり何なりにしてまとめて、配るなりしてやれば良い。それだけで双方共に手間が省けるという物だろう」


「そうは言うがな……冒険者なんて荒い職業につくのは何らかの事情がある連中だ。そういう連中は総じて勉学が出来ていなかったりするもんだ。だから……」


「だから、実際に教えてやるしかないってか?ふざけるな。誰だって何かしらのハンデを持っている。それが当然なんだ。文字が読めないのなら、それこそ教えてやれば良い。そうしてやった方がよほど当人たちのためだろう」


「それはそうだがな。中々、そんな時間のある冒険者は……」


「ならば引退した冒険者なり仕事のない奴に募集でもかければいい。それとも……あんたが平等なんて謳うのか?どうなんだ?『黒の六英傑』――――世界中に六人だけ存在するチームとしても個人としても黒位の冒険者である高位冒険者様が?」


 ヴィントは目の前にいる金髪の青年――――ルーベウス・アルクレーヴェンは頬を掻いていた。ヴィントの言葉が否定しきれない物だったからだ。ヴィントの言葉は厳しい物ではあるが、それが真理である事も変わらない。

 知識の無い者、知ろうとしない者は等しく無知のままに死んでいる。それは知る努力をしようとしないからだ。自分で穴を埋めようとしない者がどのような目に遭おうが知った事ではない。それは努力をしようとしない者が悪いのだから、当然とも言える。


「とはいえ、俺もこの風習で助けられた部分はある。一概には否定しきれないさ」


「そんな事が他人の時間を奪ってまでする事は思えないな。知る努力をして、それでもまだ分からない所を他人に訊くというのなら分からんでもないがな」


「確かに、お前さんの言い分も否定しきれん。だがな、パーティーってのは互いに存在する穴を埋めるために作るんだ。たとえば、お前さんの場合は協調性が欠けてる。そして、今回の先導役に求められている要素を持っている高名な冒険者ってのはお前さんぐらいしかいないんだよ」


「馬鹿馬鹿しい。俺は確かに協調性がない。俺は俺が納得できない事柄に従うつもりは欠片もないからな。世情とか慣習だとか、納得できない物に従う意味が欠片も理解できない。俺は俺の理屈でしか戦わない」


「お前さんみたいに強い人間ならそう言えるだろうさ。だがな、世界を支えてるのはお前さんみたいな強い人間じゃなくて、それ以外の大多数――――弱い人間だ。それはお前さんも否定しきれまい?」


「それはそうだ。俺のような人間が支える世界?そんな物、早晩壊れ果ててしまうのがオチだ。己と己が認めた人間以外、総てどうでも良いという人間が世界など支えられる物か」


「そうだな。だからこそ、時に強い人間は弱い人間を守ってやらなきゃならんし、時には導いてやらなきゃならん。それが、偶々今回だったというだけの話さ。分かるだろう?」


 英雄は弱者たる民衆を守るために存在する。だからこそ、英雄は見返りとして与えられる特権を行使する事が許される。それも総ては強者が強者たる由縁をまっとうするからこそ。強者は己の持つ力に責任と同時に義務を負うのだ。


「……理屈を理解はしよう。しかし、やはり俺が受けるメリットを感じない。俺はな、愚図が嫌いだ。自らの力のほどを理解せず、こちらの足を引っ張る。そう言った輩はな、須らく生きている価値がない。だからこそ、そういう輩の相手をしたくはないのだよ」


「そうだな……お前さん、地位とか金の類には一切興味がない類だろう?まぁ、常日頃から英雄の地位を邪魔といったり、高難易度のクエストどころかそこら辺の獣を狩って金にするぐらいしかしてねぇもんな。当然か」


「過度な虚飾や強欲は身を滅ぼす要因だ。最低限、己の欲求を満たしていれば生きていく分には何の問題もない。クエストを受けないのは、単純に受けている時間が俺にとってはもったいないだけだ。俺の本業は魔導士だからな」


「研究のためには金も必要だろ?そうなれば金が要りようなんじゃないのか?」


「くだらない。高度な触媒に金をかける必要性など欠片もないし、この国の魔導技術はそれ以前の問題だ。基本を蔑ろにしているような国に、これ以上滞在する気はない」


「という事は、もう教師生活は終わるのか?」


「あと二ヶ月は続けるさ。それで俺がまっとうすべき領分は終わりだ。それ以上は知らん」


「知らん、って言ったって国の面子は認めないだろ。あんたは国家を代表する英雄だ。そんなあんたが国から抜ける事を早々認める訳がない」


「英雄の位は俺から返還するさ。そもそも、俺にとっては最初から不要な物だった。その権利を行使した事など無いし、受ける栄誉も何もかもが俺にとっては分不相応だったのさ。ならば、いつまでも持っている方がおかしい」


「そう簡単に国の連中は認めないさ。なんだったら他国に危険視されたとか理由つけて暗殺……の方が可能性としては高いと思うが?」


「それは好都合。暗殺者が来たならこれ幸いと止めてやるさ。そんな国に長居などそれこそ御免だからな」


 ヴィントはルーベウスの言葉を聞いても柳に風と言わんばかりの対応を取り続けた。ルーベウスが何とか受けさせようと挙げている理由が、そもそもヴィントにとっては欠片も意味のない物だったのだ。地位も名誉も命の危機も英雄としての責任も、ヴィントには毛ほどの価値もない。

 ヴィントにとって重要なのは、己の役割と周りの者たちの命だけ。それ以外は余分な物でしかないし、ヴィントの心には欠片ほども響かない。だからこそ、ルーベウスの言葉はヴィントには届かない。


「はぁ……まったくよぉ。あんたは何だったら納得するんだ?何が欲しいのか皆目見当もつかん」


「決まっている。何もいらん。少なくとも、俺が求める物は冒険者ギルドにも国にも用意することは出来ん。求める物があるとすれば――――放置だな。俺に構うな。お前たちが俺に関わりを持とうとすればするほど、俺にとっては目障りでしかない」


 歯に衣着せぬ言いぶりに、ルーベウスは思わず笑ってしまった。ヴィントのその口振りが、かつて自分と共に世界中を渡り歩いたパーティーメンバーのようだったからだ。しかし、そこで納得していられないのも彼の仕事の役目なのだが。


「なるほど。しかしな、こちらとしてもそれじゃあ困るんだよ。あんたはどんな理由であれ、冒険者ギルドに所属している。だったら、最低限はこちらの要求も呑んでもらわなくちゃな。それが最低限の義理立てってもんだろう」


「義理立て、ね……分かった。そこまで言うなら受けても良い。だが、こちらにも条件がある」


「叶えられるかどうかは知らないが、とりあえず聞いておいてやるよ。なんだ?」


「条件は幾つかあるが、その中でもこれだけは譲れない事がある。端的に言うと、愚図の相手はごめんという事だな」


「才能がある奴が良いって事か?」


「あんたから見て、成長しそうと見えた相手ならば構わん。育て甲斐もあろうし、成長もするだろう。俺は冒険者としてのノウハウなど知らんから、戦闘者としてのセンスを磨くぐらいしか出来ないだろうがな」


「まぁ、そりゃそうだろうな。あんたは大規模戦闘で戦果を挙げて今の地位にいるんだからな。そんなあんたに冒険者としてのイロハなんて期待しちゃいねぇよ。元々、あんたには戦闘に関して教えさせるつもりだったさ」


「ほう。気が合うな。そうやってハッキリ言ってもらった方が、俺としてはやり易いしな」


 ある意味で罵倒されたにも関わらず、ヴィントは笑みを浮かべる。ヴィントは腹の探り合いという行為が好きではない。痛くない腹を探られるのが目障りとかではなく、さっさと用件に入れと思ってしまうからだ。単純に限りある時間を無駄に使われるのが嫌いなのだ。


「……変わってんな、あんたは。いや、元々かそれは」


「当然だろう?俺みたいな人種が変わっていない訳がない。異常な存在だからこそ、俺は注目されているんだからな」


「なるほど、それも道理だな。んで、だ。これがお前さんに見て貰いたい冒険者のリストだ。期待の新人だからよ、よろしく頼むぞ?」


「まだ他の条件を話してないんだが……」


「分かってるっての。依頼に同行させてあんたの時間を削るような事はしないし、あんたは指定の時間に冒険者ギルドに来て裏の訓練場で相手をしてくれるだけで良い。もちろん、興が乗れば座学をしてくれても構わないがな」


「それなら俺に頼む必要などないだろう。期待の新人とやらがどれほどの者か知らないが、信じんなら金ランクでもどうにかなるだろう?」


「そりゃあ、否定しきれないがな……今回はそういう訳にもいかねぇんだよ」


「……?」


 ヴィントは訝しげな表情を浮かべながらテーブルに置かれていた紙を取り、それに目を通した。そして、ルーベウスの言葉の意味を理解した。確かに、これはそこらの冒険者に頼むるような物ではないなという事を理解できた。

 同時に、何故ルーベウスがここまで執拗にヴィントに拘るのかも理解できてしまった。それ故か、ヴィントの視線は同情的な物に変わり、ヴィントの視線の変化に気付いたルーベウスは空笑いをしていた。お茶の交換に来た受付嬢がそんな光景を見て引いたとしても、それは無理らしからぬ事だろう。

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