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輪廻の果てに  作者: あかつきいろ
始まりの龍森
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事前準備

 鹿の死体をバラして肉に変え、集めた薬草を薬にし、瓶に詰めて送る。いつも通りと言えば、いつも通りの作業を終えると俺は外に出た。

 もう時間は夜だ。ゾーネさんも寝静まり、そこにあるのはただ静寂だけ。まるで何もかもが忘れ去られたかのような空間で、俺は1人空を見上げていた。そこにあるのは飽きるほどに目にしてきた満天の星空。


「あぁ……もう、そんな時期なのか。めんどくさいな」


 主語などないその言葉をゾーネさんが聞いていたとしたら、間違いなく『何が?』と尋ねていただろう。他人に向かって言っている訳ではないので、説明する気はないが。

 空に浮かぶのは八分月。明日には満月となるだろうその姿。見る人が見れば口説き文句にでも使いそうなほどに美しいその月は今────赫灼とした綺麗な紅色に染まっていた。


 そのゾッとするほどの美しさを前にして、恐れを抱かない者は1人としていないだろう。まるで血濡れの証であるかのように、その光は降り注ぐ。そんな不気味な美しさを称える月を俺はじっと見つめていた。

 総ての物事には総じて何かしらの意味がある。何の意味もない事はありえない。気紛れでもなんでもそれは理由に当たるのだがら。だからこそ、あの月の光にも意味がある。そしてその意味を、俺はよく理解していた。


 そしてしばらく月を見つめた後、家に戻った。面倒な事になったものだと思いながら、しかしだからと言って抗うような事もなく。流されるまま、その事態を諦めて受け入れるのだった。


■◆■◆■◆■◆■◆■


「唐突で申し訳ないんですけど、今日1日は家から出ないようにしてくださいね」


 翌朝、俺は朝食の場で単刀直入にそう言った。それに対して、ゾーネさんはキョトンとしていた。口にしていた果物を咀嚼して呑みこんだ後、ようやく口を開いた。


「え?それはまぁ、良いですけど……何かあるんですか?」


「まぁ、ちょっとね。と言っても、家にいる限りは危険なんかはないので大丈夫です。だから、余計な行動はしないでくださいね?」


 好奇心旺盛なのは結構だが、今回ばかりは下がっていて貰いたい。俺としても相手をしている余裕はあまりないし、余計な事をされて面倒な事態に陥るのは俺の方なのだから。


「……分かりました。それで、今日はどうするんですか?」


「少し作業をした後は普段通りにする予定です。何か用事でもあるんですか?」


「少し魔導式を作ってみたんですけど、どうもしっくり来ないんです。後で見てもらえませんか?」


「それぐらいなら別に良いですよ。婆さんが書いた本繋がりの魔導式ですか?」


「いえ、メーア・アルタール様は関係ないです。ただパッと浮かんだだけの代物なので」


「……へぇ、それは面白い」


 魔導式というのは、パッと思いつくほど簡単な代物では決してない。研究者が魔法の開発を行うのに一般的には数年がかりが当たり前なのだ。俺だってそんな簡単には組めない。それをパッと思い浮かんだ、で組んでしまう。もしちゃんと出来ているのなら、恐ろしい才能だ。いや、この場合は才能と言うより能力と言うべきだろうか?


「分かりました。後で見せてもらいますね」


「はい、よろしくお願いします」


 食事を終えた後、俺は家の外に出て庭の方に向かった。ここは婆さんが用意した普通は生えてないような貴重な薬草、それについでのように果物なんかも育てている。だが、それ以外の物もここに置いてある。最も重要と言える物――――結界式魔導が刻まれた板だ。

 これがこの家が安全な理由なのだ。線で繋げばちょうど魔導陣となるように配置されている八本の板。一組は隠蔽、もう一組は防御の術式をそれぞれ刻まれている。これによってそもそも森をうろつく獣はこの家に気が付かないし、気付いたとしても侵入することは出来ない。


 だが、今日ある事を考えれば今の状態のままでは不安が残る。だからこそ、供給する魔力量を増加させる。そうする事で、魔法陣の効果をより強力な物に変える。その作業を終えた頃、おかしな臭いがした。


「これは……血か?」


 しかし、一匹二匹殺した程度ではここまで強烈な臭いはしない。それこそ大量虐殺レベルで殺さない限り、ここまでの臭いはしないだろう。そう思えるほどに血の臭いは凄かった。


 あまりに凄い臭いだったので向かってみると、そこには――――十数人の死体が転がっていた。


「うっ……臭い。鼻が曲がりそうだ。誰だよ、これやった奴……」


 そう思いながら周りを見渡すと、そこには死体の肉食っている一匹がいた。俺に気付いたのか振り返ったそいつは、額に鋭利な剣を生やした虎だった。


「ブレードタイガーか。お前ならこの惨状も納得だけどさぁ……もうちょっとどうにかならなかったのかよ」


 獣にそんな事を言っても無駄なんだが、そう呻かずにはいられない。鼻が曲がりそうになるほど強烈な臭い。こいつが食い荒らした後、その後片付けをやらなくてはいけないのはこちらなのだ。文句の一つや二つは言いたくなる。

 だが、相手はそんな事なんのその。新たな獲物を見つけたとばかりに向かってきた。その突進を躱しつつ、剣の横の部分を思いっきり殴りつける。もちろん、そんな事では剣は折れはしない。


 だが、体勢を崩すことは出来る。そこで身体を蹴り飛ばす。そして木々に叩きつけられたブレードタイガーはよろよろとしながら、俺に向かって唸ってくる。それに対して、俺は見下すようにブレードタイガーを睨む。すると、ブレードタイガーはよろよろとしながらその場を去った。

 後姿が見えなくなるまで見つめた後、俺は魔導陣を組んだ。術式は火と転移。血と死体を同時に処理しようと思ったら、これが一番良いからだ。そして発動させようとした瞬間、地面に転がっている物に目が行った。


「うん?なんだ、これ?鉄や鋼じゃないし、銀って感じでもない。って言うか、そもそもこの連中は何でこんな所にいるんだ?」


 連中が持っていたのは少なくとも、今の人生ではお目にかかった事がない物だった。その正体が何なのか、喉元辺りまで来ているんだが出てこない。ついでに言えば、この連中がここにいる理由も分からない。こんな装備を持っていたんだし、何か目的があって入ってきたんだろうが……


「ここは『滅びの森』だぞ?どれぐらいの実力があったかは知らないけど、そう簡単に歩き回れる訳ないだろうに」


 婆さんからの受け売りでしかないが、ここにいる生物は外の生物とは比べ物にならないらしい。まぁ、ここで育った俺としてはあんまり分からないんだが。


「まぁ、良いか。装備だけ回収して死体は一緒に燃やしておこう。せめて一緒に送ってやる」


 装備を一塊にした後、死体も一ヶ所にかためておく。転移の術式を消し、火を一段階上の炎の術式に変更する。そして死体を纏めて燃やし始める。せめてもの慈悲として手を合わせ、冥福を祈るのだった。

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