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輪廻の果てに  作者: あかつきいろ
来たる異世界人
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招かれし者

 王都に戻った翌日、俺は王家から送られてきた使者の用意した馬車に乗り込んだ。用意されていた礼服に着替えさせられ、向かったのは王都から少し距離のある草原だった。そこでは俺以外にも多くの人間が集められており、俺と似たような礼服を着せられている連中が大量にいた。


「これの総てが英雄という訳か。ピンからキリまで意外と多い物だな」


 そう、俺の視点から見ても大英雄と呼ぶに相応しい者もいれば、英雄の端辺りにギリギリでしがみついているかのような奴もいる。英雄と呼ばれる連中の基準という物がどういう物かは分からないが、それでも英雄という連中にも色々とあるようだ。俺には分からないところで彼らなりの葛藤があるのかもしれないが……まぁ、どうでも良い事だろう。


「初めまして、黒魔の英雄殿」


 その俺にとっては忌々しいにも程がある呼び名を聞くと、俺は背後を振り返った。そこには絹のように細く柔らかそうな銀色の髪に、しかしそれとは真反対の強い意志に満ちた瞳を持った女が立っていた。見ただけで分かる。この女は、大英雄の類の実力者なのだと。だが、そんな事はどうでも良かった。


「……すまないが、俺はまだ世俗に疎くてね。よければ、どこのどなたか伺っても良いかな?」


「そうか。そういえば、君は特殊災害指定地域から出て来たのだったな。私はクルスティア・ド・ベテルギウス。分かりやすく言えば……嵐空の英雄、だよ」


「嵐空の英雄……イングバール同盟が誇る屈指の大英雄か」


「大英雄ね……そんな称号に意味なんてないと思うけどね。戦場であれば、力の大小に関係なく死ぬ時は死ぬ。そういう意味で言えば、私はただ運が良かっただけの小娘だよ」


「随分と悲観的に語る。常勝不敗の大英雄がそんな言いようで良いのか?」


「他人の評価なんて私にとってはどうでも良い物だからね。それは君も同じだと思うけど?魔族の撃退に貢献したとはいえ、英雄などと言う称号を与えられても困る……そういう感じがする。ちょっと前までいた子と同じだ」


「へぇ、その子とやらは?」


「つい一年ほど前までいたんだけどね……今は冥府にいるんじゃないかな?」


 冥府にいる。それは死んだという事の暗喩だ。英雄だろうと何だろうと、死ぬ時は死ぬ。なるほど、確かにそれはその通りだ。それを理解しているからこそ、この女の事が末恐ろしいとすら思える。この女はその理屈が誰にでも当てはまるという事を理解しているのだ。それは即ち、殺す事に一切の躊躇いがないという事なのだ。

 弱者も強者も、どれほどの存在であろうと殺しつくす。こういう類の存在は持っているのだ。努力や才能と言った人が従来持っている物を越えた文字通りの天運と呼ばれる物を。そして、天運を持っている者は俺でも恐ろしいと思える。そういう連中は常軌を逸した何かを保有しているのだ。世界に選ばれたそいつらは……世界を変えてしまうのではないかと思わされる。


 数少ない大英雄であろうと持ちえないソレは、言葉にするなら一種のカリスマだ。だが、それはただのカリスマなんかじゃない。世界を塗り替えてしまうような、世界の流れを一変させてしまう王者の力だ。大勢の人を振り回す嵐の目だ。こいつは英雄で満足しているからこそ、今の状態で落ち着いている。だが、もしやる気になれば――――世界はこいつの望むとおりに一変する。そんな確信すら抱かせられる。


「あんたは……」


「そうそう、こんな話をしに来た訳じゃないんですよ。先日はうちの部下が粗相をしたようで。大変申し訳ないと思っていました。ここで謝罪させていただきますね」


「ほう……どうしてそう思うんだ?」


「分かりますよ。話を聞いただけでは分からなくとも、こうして顔を合わせて言葉を交わせば理解できます。あなたが何を気に入らないと思っているのか。そして、何を不満に思っているのかも。あなたはこの儀式が、そしてそれを自信満々に行おうとしている魔導士共が気に入らないのでしょう?」


「逆に訊くが、貴女は気に入っているのか?こんな儀式を」


「さぁ?私はどちらでも。先ほども言ったでしょう?実力のある者だろうと、そうでない者だろうと死ぬ時は死ぬでしょう。どれだけ手塩をかけようが、死ぬんです。ならば、呼ぼうが呼ぶまいが同じだと思いませんか?」


「――――違う。それは違う」


 どちらを選択したとしても、結局は死んでしまうから意味がない?いいや、そんな訳がない。もし、そうであると言うのなら、俺はここまでこの儀式を忌み嫌ってはいない。これほどまでに、あそこに立っている術者たちを憎らしいと思う筈がない。


「何が違うと?どちらにしても死ぬなら同じではありませんか」


「確かに、あなたの言う事は確かに間違っていない。だが、そもそもこんな事をする事自体が間違っている。俺たちは俺たちの問題に関係ない他人を巻き込もうとしている。俺たちの利益のために、外の世界の者を巻き込もうとしている。これが正しい事であってたまるか。俺は断じて認めない」


「それは、自分の利権のためですか?」


「まさか。自分でも思っていないような事を態々口にする程、愚かな事はないと思わないのか?」


「確かに。それはその通りですね。では、何故?」


「俺たちは大人だ。いや、子供であろうと自分がなした結果は受け止めなければならない事を知っている。だと言うのに、ここに集まっている連中は何だ?稀代の研究成果?あぁ。それはそうなんだろうさ。勇者召喚の陣が消滅して以来、初めての快挙だ。だが、それがどうした?」


 あぁ、くだらない。頼る事が前提でどうすると言う。俺たちは俺たちの責任という物がある。少なくとも、この世界の事を俺たち自身が受け止めないでどうする。最初からそんな逃げの体勢でどうすると言うのか。この世界は俺たちの世界だ。それ以外の何物でもないのだ。だと言うのに、そこからも逃げていてどうする?俺たちには俺たちなりの果たさなければならない役割がある。それは受け止めなければならない。


「何の関わりもない他人を巻き込む事の、何が素晴らしいんだ?何が嬉しいんだ?何が快挙だと言う。そんな物に魅力など感じる筈がない」


「……なるほど。あなたという人間が少しは理解できました。魔導士らしくない人であるという事もね」


「ふん、当然だ。俺は魔導士でありたいと思って魔導の研究をしている訳ではない。俺が魔導を通して世界を見たいと思ったから、そうしているだけに過ぎない。人々の発展など考えた事もない」


「魔導士の理屈の否定ですね。人々の発展に貢献してきたからこそ、魔導士は社会的な地位が認められていると言うのに」


「知った事ではないな。俺たちの目的はそんなところにはない。魔導による社会の発展など、本来は魔導研究の副産物でしかなかった。それが何時しかそちらの方がメインとなってしまった。しかし、俺たちはあくまでも魔導によって世界を見る者なんだ」


 名誉とか栄光とか、そんな物が受け取りたくて俺は魔導士になった訳ではない。最初は婆さんがやっていた事に興味が湧いて、魔導の齎す奇跡に感動を覚えた。そして婆さんの夢を聞いて、俺は憧憬を抱いたんだ。あぁ、俺もそんな風に生きてみたいと。決して、こんな風に関係ない他人を巻き込むためにやってきた訳じゃない。


 英雄たちが囲む中心に立ち、魔導陣を操作している魔導士たちを睨みつける。純粋に気に入らないのだ。俺たちは世界に潜む神秘を暴くためにある人種なのに、世界に栄華を齎すために外の世界の住人を利用する。こんな事があって良い筈がない。そんな事が認められる筈がない。


「ふふふっ……思っていた以上に面白い人ですね。あぁ、やっぱり私は……いえ、事を急ぎ過ぎては意味がない。それではまた後ほど会いましょう。黒魔の英雄、我らの誇る最新の英雄よ」


「……これ以上、俺に同じ事を言わせるな。その名前で、その呼称で、俺の事を呼ぶな。俺にはヴィント・アルタールと言う名前があるのだから」


「そうですね。それではまた後ほど、ヴィント・アルタール殿」


 そう告げると、ベテルギウスは立ち去っていった。他の英雄たちも自分たちの好きな所に立って儀式を眺めている。他の英雄をナンパしている奴もいるし、立ったまま眠っている奴もいるし、逆に興味深そうに術式を眺めている者も存在した。ただ、この場にいる英雄たちの共通できる意見はただ一つだった。

 召喚される人間には興味がないのだ。この世界において、絶対的な力を持つ存在であるからこそこれより来たる英雄の芽となり得る者たちに興味がない。ある意味、彼らは本当に平等な存在だ。これから来る者たちも、他の者たちと同様に扱うだろう。彼らにとって、召喚される者たちは他の者たちと同様に弱者なのだから。


「強者故に、上位主たるが故に齎される平等……か」


 それは理解できる者からすれば、途方もない傲慢なのかもしれない。しかし、真実報われない弱者からすれば救いの一言なのだ。狼砦都市で俺が行った戦いで、俺が魔物どもを返り討ちにした事で住民たちが歓喜の声を挙げたように。強者の勝手な理屈は、弱者にとっては救いであり暴力でもあるのだから。

 魔導陣の方に視線を向けると、徐々に完成に近づいていた。地脈に奔る魔力を利用した術式であるソレは、白色の輝きを放ち始めていた。そこまでいくと、総ての英雄が魔導陣に視線を集中させていた。これから来たる者たちを見ておこうと考えて。


 自分たちが関わる事がなかったとしても、この世界に招かれた客人である事に変わりはない。勇者ではなくとも、招かれた客人を無碍にするほど野暮ではないのかもしれない。どちらにしても、彼らも無関心ではいられないという事だ。これが世界を変える一手だという事を理解している。


「それがどうした」


 それがこの儀式を認める理由になどなるか?なる訳がない。無関係でしかない客人を、結局は戦闘に巻き込んでしまうのだ。そんな事が許される筈がない。そんな事が認められて良い筈がないのだ。

 それが分かっているのに、こうして見ているだけで止めようともしない。今の俺はあそこで儀式をしている魔導士たちと同じだ。俺一人で止められる筈がないとか、そんな理屈を抜きにして止めようと行動する事すらしない俺は同じ穴の狢だ。何が英雄、何が人々を救ったヒーローだ。そんな物は俺には不釣り合いな称号だ。


「まったくもって、くだらない……」


 呼ばれる異界の者たちに興味を示さない英雄たちも、この儀式が世界を動かしうる大業なのだと喜んでいる魔導士たちも……そして、こうして黙って儀式を眺めている俺自身も。関係のない他人を巻き込もうとしているのに、一切動こうともしないまさしく人間の屑たちがここには集っている。

 人は英雄たる俺たちの事を光と呼ぶ。遍く弱者を救ってみせる光の救世主なのだと信じている。いや、この(・・)場合は(・・・)信じたがって(・・・・・・)いる(・・)、が正解なのかもしれない。だって、そうでなければ彼らは頼れなくなってしまう。弱い自分を認める事が出来なくなってしまう。そんな事が彼らに出来る筈がない。


 強い光があるからこそ、彼らは己の中にある闇を肯定できるのだ。弱くて、脆くて、みっともない……そういう自分がいる事を肯定する事が出来る。良くも悪くも強い光である英雄の存在が、弱者の存在を肯定するのだ。英雄とは、その存在を求め欲している弱者がいるからこそ、存在することが出来るのだから。


「はぁ……そろそろ、か」


 そんな益体もない事を考えていると、魔導陣の輝きが最高潮に達していた。これなるは世界に新たな変革をもたらす輝き――――未だ無色なる白光なり。そう言わんばかりの純白の輝きが世界を包みこむ。そして光の消えた先には――――三十人に及ぶ男女の集団がいた。


「ここは……?」


「おいおい、マジかよ」


「異世界来たー!」


 困惑しきっている者、思いがけない事態に驚愕している者、逆にこの世界に来た事を喜んでいる者……様々な人間がいた。見た所、獣人などはいないようだ。完全に人間で構成されている集団のようだ。そんな人間たちを見て、周りの者たちは――――


「へぇ、結構可愛い子もいるんだな。今度、お茶にでも誘ってみようかな?」


「あまり勝手な事をするな。我が国の品位を疑われるだろうが」


「あれが異世界人……良いですね。実に興味深い。あんなにいるんですし、一人ぐらい分けてもらえませんかね?」


「そういう発言を此処でするな。お前が何をしようが知った事ではないが、不快だからな」


「あのような幼子たちを戦場に招くとは……モルティーチェ様、どうか彼らに平穏をお与えください」


「さてはて、これからどうなる事やら……」


 実にどうでも良さげだった。興味や関心は抱いていても、彼らの生死についてはどうでも良い。そういう意見がありありと窺える態度だった。彼らからすれば、そうであるとしか言えないのだから、仕方ないのかもしれない。だが、不謹慎に過ぎるのではないかと思えてしまう。俺が言えた義理ではないのだろうが。

 どちらにしても、これで確実に世界は変わった。世界の流れが変わった事は、力のある者であれば気付くだろう。少なくとも、大国と呼ばれる三ヶ国、獣人が統べるクルウルフ帝国・宗教大国であるアティウス神聖王国・エルフたちが統べるゼウシリア魔導王国にはバレている。もしかすれば、魔族たちにもバレているかもしれない。


 もはや賽は投げられた。これから彼らを待っているのが天国であるのか、それとも地獄であるのか。それは分からない。どうか願わくば、彼らがこの世界で幸せと思える時間を過ごせることを祈るしかない。

お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。これからも当作品をよろしくお願いします!

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