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輪廻の果てに  作者: あかつきいろ
試練の狼森
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祭りの夜

 冒険者ギルドでの話し合いから数日、都市は完全にお祭りモードになっていた。俺も住民に囲まれたりして、あまり行動する事が出来なかった。まぁ、疲労のせいで眠りこんでいるグレイの看病をしたりしていたから、全然暇ではなかったんだが。その間に報告書も書き終わり、俺は窓を開けてお祭り気分の抜けない街を見下ろしていた。

 ここまでぶっ通しで騒ぎ続けられる人の熱にため息を隠せない。よくもまぁ、これだけ騒ぎ続ける事が出来るもんだ。良くも悪くもこの都市の気質も影響しているんだろうが、俺にはこんな風には騒げないな。そういう点から見ても、俺はこの都市に身を落ち着けることは出来ないんだろうな。一瞬に命を賭けられるあり方とはこんなにも素晴らしく、同時に恐ろしい物なんだ。


「それでも、これこそがこの都市の流儀って奴なんだろうな」


 即ち、この瞬間こそを何よりも楽しんで過ごす。いつ死んでしまうかも分からないからこそ、いつ死んでも自分の人生を誇る事が出来るように生きる。未来という物を一切見ていないその生き方は刹那的だと言われるのかもしれない。実際、その生き方はあまりにも危うい物であると俺ですら思ってしまう。だが、その生き方が悪い物だとは到底言えないだろう。俺とてそのあり方を好ましい物だと思っているのだから当然だ。きっとこの都市に暮らしている人々ですら、そのあり方を誇りにしているんだろう。


 そういえば、学園の学外演習だが中止になったらしい。まぁ、ここまでの異常事態が起きてしまった以上は仕方ないとも言える。その代わりだが、冒険者のチームを幾らか雇って実戦形式の模擬戦をする事になったらしい。魔物との実戦経験には劣ってしまうかもしれないが、それでもここの冒険者たちは海千山千の猛者たちだ。下手な事にはならないだろう。

 酒場から持ってきた瓶を呷り、喉を潤す。傍に置いてある皿からつまみを取って食べる。外から聞こえてくる喧騒とは異なり、この部屋は静寂に満ちていた。精々、俺が食事をしている音とグレイの寝息が聞こえてくるぐらいだ。それ以外には何もなく、ただ乏しい光源があるだけの場所だ。けれど、俺にとってはそれだけで十分心地いい場所だった。

 偶には何も考えずにゆったりとした時間を取るのも良いもんだ。誰と顔を合わせる事もなく、たった一人でいるとあの森にいた頃の気分になれる。婆さんがいなくなってしまった時から、俺の時計は動いてはいなかった。だから、大きな変化という物を嫌っていた。なんて事はないのだ。俺は、置いていかれてしまった事を認めたくなかったのだ。婆さんは俺にいた唯一の家族だったから、俺は他人という物を基本的に認めようとはしない。

 例外と言えば、ゾーネさんとかバダックたちぐらいの物だろう。学園長も生徒たちも、人間としては認めていない。必ず俺と彼らの間には一本の線が引かれていた。でも、きっとそれはこれからも変わる事はないのだろう。俺にとっては彼らも俺が生きる上では必要ないと思える存在でしかないからだ。どれだけ素晴らしい聖人君子であろうと、俺はきっとそう言うに違いない。俺にとっては、その程度の存在でしかないのだから当然と言えば当然だ。


「俺が恐れているだけ、か……あいつもこの短期間で言うようになったもんだ。まさかそんな指摘を受ける事になるとは思わなかった」


 俺はずっと自分でも分からない領域で俺を騙してきた。命とは終わる物であり、いかなる道筋を辿ろうともそれは変わらない。不死であることを義務付けられた生物でもない限り、基本的に生と死は不可分な物なんだ。それを分ける事は出来ないし、そこから逃げる事も出来ないのだ。それが生物の営みという物である以上、上手く付き合っていくしかない。その事を俺は理解していた。その筈なのに、俺は自分を騙し続けたのだ。あの森でたった一人で生きていくという事が途轍もなく辛い物だったから。

 誰も俺がそこに生きていたという証明をすることが出来ないからだ。誰にも認識されず、誰からも理解されず、誰とも触れ合わずにいるような奴を認める人間がいる訳がない。だからこそ、俺はたった一人で死ぬはずだった。その事を運命だと思っていたし、当然の事だと思っていた。当たり前の事であるのなら、寂しいなんて思う訳がない。思って良い筈がないんだ。そう思ってきたんだがなぁ……。


「思いっきり俺の独りよがりだった訳だ。まったく、情けないにも程がある。勝手に拒絶してたんじゃ世話ないな。それに自分が思っていた以上の寂しがり屋だった、っていうのも新発見だな。自分の事は自分が一番よく分かっているとは言うが、案外そうでもないんだな」


 まだ残っている酒の瓶を振りながら、空を見上げる。そこには満天の空にて輝く満月があった。輝く星の光を押し退け、月光は己の存在を主張している。届く筈もないのに、手を月へと目指して伸ばす。太陽とは違うその輝きに焦がれてしまう事がある。それはきっと、月の輝きは決して誰も脅かす事はないからなんだろう。誰も傷つけない光だからこそ、誰かを傷つける事でしか生きていけない俺は焦がれるんだ。お前のようになりたいと、つい思ってしまうんだろう。何とも女々しい事だ。

 でも、そんな自分も悪くない。女々しいだけもどうかとは思うが、雄々しいだけでは駄目なのだ。陰陽が交じり合わなければ人ではない。恐怖も人が宿す当然の感情であるのなら、それを否定するべきではない。だったら、俺ももう人間ではない英雄(バケモノ)のように振る舞うのは止めよう。我が事ながら、些か人間離れた事をしすぎているしな。


「……ううん……ご主人?」


「ん?……漸くお目覚めか。また随分とお寝坊さんだな」


「…………………まだ眠い」


「ハハハハハハハッ。まぁ、そんだけ眠っていれば逆に眠くなってしまうのも無理はないな。栄養補給はちゃんとやってるし、もう一回寝ても良いんだぞ?急がなくちゃいけないような理由もないしな」


「……ううん、良い。そんなに楽しそうなご主人を見るのは初めてだから」


「そうか。なら好きにすると良い。これから街に出るのも良いだろうな。未だ街は祭り騒ぎの真っ最中だ。多少なら金を工面してやるから楽しんでくるのも良い。まぁ、俺が顔を出すと向こうからおまけしてくるから金は要らんかもしれんがな」


「……ご主人も行ってくれるの?」


「そんな状態のお前に一人だけで行け、とは流石に言わんさ。それに、偶にはこういう事を楽しむのも良いだろうさ。そうそうある事ではないし、何よりお前は俺の最初の眷属となった。そのお祝いを、まだしていないからな」


 こんな事をお祝いとしてしまうのもどうかとは思うが、滅多にない事であるのは事実だ。だったら、俺もこいつと一緒に楽しもう。俺もこの一瞬の光に身を投じてみよう。心の底から楽しいと思えた事がない俺でも、グレイと一緒なら楽しいと思えるかもしれない。それなら一緒に行く価値があるってもんだろう。俺もいい加減魔導や戦闘から離れた者も経験するべきだろう。

 これまで、戦いこそが俺の日常だった。そんな中で、平穏という物を楽しむ心を持てるようになったのだ。ならば、一度平穏という物に浸ってみるのも良いだろう。こういう機会でもなければ、俺はきっとそういう物を楽しむ事が出来ないだろうからな。これまで一度として平穏に楽しさを見出した事がない俺だ。きっと何事も経験していかなければどうにもならないと思う。


「う~ん、外も楽しそうだけど……やっぱり良いや」


「良いのか?お前が暮らしていた所だって、これだけの規模の祭りなんてなかっただろう?」


「うん。一族の皆でご先祖様にお祈りするお祭りの時も凄かったけど、ここのお祭りはそれ以上の物だと思う。でも、ご主人がお礼とかで連れて行こうとしてるんだったらいいんだ。私はご主人が行きたいと思った場所に一緒に行きたいんだから」


「ふっ、そうか。主思いの下僕を持てて俺は幸せだな。しかし、そうなるとどうした物か……」


 俺は窓枠に肘をついて、ベッドに座り込んでいるグレイを見る。長時間寝ていたせいか、まだ目元がぼんやりとしていて無防備その物だった。これまで言及する事はなかったが、グレイの身体つきはそんじょそこらの娘よりは全然発達している。黄金の焔で成長した時ほどではなくとも、十分女と呼ぶことのできる身体つきをしていた。つまり、何が言いたいのかというと――――グレイに欲情していた。


「――――グレイ、俺はお前が欲しい」


「……うん、いいよ。来て、ご主人」


 そう答えたグレイを前に、俺の理性は完全に無くなった。残っていた酒とつまみを一気に呷り完全に空にする。酒瓶を床に投げ捨て、一気に上がった体温に鬱陶しくなった上着を脱ぎ捨てた。そしてこちらを見つめるグレイに近付く。そこからどうなったのか。それを語るのは野暮なので、特に言うつもりはない。ただ言える事があるとするなら……あの夜の俺は獣同然だった。

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