事情説明
「さて、それじゃあどういう事なのか、じっくりと説明してもらうとしようかね」
「それは構いませんが、もうちょっと威圧感を抑えてもらえます?グレイも疲れていますから」
魔物の掃討、及び撃退をした俺はそのままグレイを回収して冒険者ギルドを訪れていた。この街で最も権力を持っているのが冒険者ギルドであり、この事態の鎮圧に適しているから。理由の一つとしてあるソレもあるが、俺の目的は今回の事態の説明を行う事だ。今回の事態が突発的な物であり、毎年のように起こる事ではない事を説明しなくてはならない。
特殊災害指定地域と呼ばれる場所では、必ず自然災害が起こる。滅びの森での赤い夜がソレにあたり、白狼の森では白い夜と呼ばれる物がソレにあたる。定期的に起こる災害であり、誰にも止める事が出来ないからこその自然災害なんだ。しかし、今回は異常事態があまりにも多かった。伝説にある黄金の焔に始まり、地震でも起こったんじゃないかと思わせる連続で起きた衝撃、更には魔物たちによる大暴走。これだけあれば、その可能性を疑いたくなるのも分かる。異常事態のオンパレードも特徴の一つだからだ。その夜だけは、何があっても納得できる。
「……はぁ。私の威圧を受けても動じず、剰えその子の心配をするとはね。この短時間でとんでもない変化をしてきたもんだね」
「……必要な事でしたから。あんなの命が幾らあっても足りないとは思いますがね。少なくとも、自分はあんなの二度と経験したくないですね」
「まぁ、神話級の何かが起こっていた事は事実だしね。森で何が起こったのか、領主も宗教家連中も上から下の大騒ぎさ。魔物の対処より、そちらの方が寧ろ大変だったくらいさ。こっちも分かっていない事を、何度も訊いて来るんだからたまったもんじゃない」
「領主はまだ分かりますが……何故、宗教家が?確かに神秘的な光景ではあったと思いますが」
「『最後の勇者』伝説関連さ。説明の必要はあるかね?」
「できれば、お願いします。勇者伝説に関しては、ほぼ素人同然ですので」
「そうかい。と言っても、そんな大した話でもないさ。黄金の焔が勇者の持っていた異能なのさ。その詳細までは誰にも分かっていないが、その加護を受けた者は爆発的な戦力を有した。かの魔王討伐戦においても、加護を受けた者が総力を結集して魔王を討伐したと言う話だからね」
「それだけ力を集めなければ、魔王を討伐できなかった事の方が重要なのでは?」
「さぁてね……人は何時だって光に憧れる物だろう?斃された奴よりも斃した奴の方が注目されるのは至極当然な事なんだよ。だから、そういう部分に視線が行くのも当然と言えるんじゃないかい?」
「さぁ……俺はそういうのに興味がないのでよく分かりませんが。光を求めたがる人の心理はある程度は分かるつもりです」
「あんたは英雄なんていう光の権化みたいなもんだからね。それだけ周りに求められてるんだろうね。あんたの戦っている最中の姿はどう見ても、英雄とはとても言い難かったけどね」
「そうでもなければ、黒魔だなんて言われませんよ。明らかに敵側の異名じゃないですか。俺自身、英雄だなんて名乗る気は欠片もないので全然構わないんですけどね」
そう、英雄なんて俺の柄じゃない。俺の目的は魔導の研究であって、名誉とか権力とかには欠片も興味はない。俺は俺のやりたいようにできれば、何の文句もない。だが、それは他人の思惑に振り回される事を肯定している訳ではない。俺は何よりも自分の意志を優先させる。だから、この瞬間に置いて、俺は自分とグレイにゾーネさんぐらいしか守る気はない。この都市が結果的に滅んだとしても、俺にとってはどうでも良い。そのぐらいにしか考えてはいない。
だからこそ、俺に希望をかけるなんて気狂いとしか思えない。他の英雄がどういう連中なのかは知らないが、少なくとも人を守るという観点から見れば俺よりはよほど真っ当だろう。誰かを守る意思があるからこそ、彼らは英雄になったのだろうしな。
「そもそも、英雄なんてくだらないとは思いますけど」
「英雄が言うべき言葉ではないね、それは。自分というアイデンティティの否定じゃないのかい?」
「どうでも良いですよ。人を救う事になんて興味はないし、特定の個人に期待を寄せすぎるなんて馬鹿のする事ですよ。確かに、そいつの方が力があって強いのかもしれない。戦場をひっくり返すような力があるのかもしれない。でも、それがどうしたって言うんです?男であろうと女であろうと、戦わなければならない時がある。ならば、戦うべきなんじゃないですか?」
「……それは強者の理屈さ。この世にはどうしたって、戦えない弱者がいる。そういう人間は縋るしかないんだよ。より強い輝きに、より強い光に。子供が大人に縋っていかなければ生きていけないのと同じ理屈さ。あんたはそれも否定するのかい?」
「まさか。弱者の総てを否定する気はありませんよ。でも、急に現れた俺みたいな奴に英雄なんて称号を与えるのは愚かで、そんな奴に頼り切るなんて間違いだと言いたいんですよ。あの事件が起こる一月前まで、まったく関係ない人間がちょっと活躍した程度で英雄になる……だなんて、実に馬鹿らしい話だとは思いませんか?」
必死に努力した人間が報われなくて、いきなり現れた優秀なだけの人間が報われる。そんな道理や理屈は間違っている。不条理であり、道理に合っていない。努力して頑張り続け、結果を出した者こそが報われるという世の中こそが正しい。だって、そうでなければおかしいじゃないか。時間をかけて、努力をして、祖の成果こそが報われる。時間をかけて実力こそが正当に評価されるべきだと思えるから。
「そう言えるのはあんたぐらいのもんだよ。人間である以上、誰だって感情を抱く。時間をかけていればいるほどに、その感情は成長していく。あんたは急に現れたから分からないだろうけど、人は負の感情があるもんなんだよ」
「それでも、俺はそれが正しいようには思えない。人の感情が揺れやすくて成長している人間の足を引っ張ろうとしている物だとしても、それが正しい物だとはどうしても思えない。それは、急に出てきた俺みたいなぽっと出を称賛する理由にはならないから」
「偏屈だねぇ。ま、英雄なんてもんをするなら、それぐらいで丁度いいのかもしれないけど。そろそろ事情の説明をしてくれるかい?あたしもそんなに時間がある訳じゃないからね」
「分かりました。でも、その前に……これを」
「あん?これは……地図?中央部分が空白のようだけどって、これは白狼の森の地図かい!?」
「外縁部のみになりますが。お詫びとは言いませんが、この程度しか渡せる物がありませんので。それぐらいで勘弁してください」
「あんた、とんでもない物を渡してる自覚はないんだね。こんなの、一攫千金ものだっていうのに。冒険者ならこれを使って荒稼ぎしよう、とか考えるもんだよ?」
「金が必要な訳ではありませんから。それと、俺が斃した魔物から出た金は総て街の復興費と今回の騒動に尽力した冒険者に当ててください。細やかなお詫びです」
「お詫びって……ああ、もう良い。あんたの要望通りにしてあげるよ。今回の騒動で外壁にもボロが出てきたし、ありがたく使わせてもらうよ。それじゃあ、報告の方は頼むよ」
「はい。まずは――――」
真実は曖昧な形にぼやかしながら説明した。守護獣たる神獣と会った、なんて言われても荒唐無稽すぎて信じる気など起きないだろうからな。神獣なんて一生で一回も当たり前な存在だ。だからこそ、その詳細すら明らかになっていない超常存在なのだ。考えてみると、そんな存在に二回も会ってる俺ってあり得ないよな。どっちも直接的か間接的かは置いておくとしても、殺し合ってるし。馬鹿じゃねぇかな?
ま、まぁ、それは置いておこう。ともかく、俺は巻き込まれただけで何がどうなっていたのかは把握していない。という事にしなければならない。そういう意味では、グレイが疲労困憊の状態であり難いとも言える。こいつは口が軽いから、言って良い事と悪い事の区別がついていない節がある。限られた人間しかいない集落暮らしだったんだから、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが。
「……なるほど。あんたは外縁部調査終了後、内縁部の調査を開始しようとした。しかし、件の焔の出現により身動きが取れなくなり、そこに運悪く魔物と接敵する事になった。その対処をしていたので、戦場への到着が遅れた。そういう事で良いね?」
「ええ。大体、相違ないかと」
「はぁ……あんたが一体何を隠しているのかは問わない。あんたがこの都市に多大なる利益を齎している事は事実だからね。老骨として忠告しておくけど、あまり虎穴ばかり覗きこむもんじゃないよ。冒険するにしても、もうちょっと考えてから行動するんだね」
「さて、何のことやら。忠告はありがたく受け取っておきます。俺もそんなに毎回命を賭けたい訳ではありませんから」
「まったく、狡からい。そうだ、後日またここに来てギルド証を出しな。流石に都市を救った英雄殿に何の報奨もなし、っていう訳にはいかないからね。ランクを上げておくよ。勿論、魔物の材料費も含めてね。最低でも、青ぐらいは行くだろうけどね」
「俺は別に有名になりたい訳じゃないんですが……」
「諦めな。それにいつまでも英雄殿を銀等級にしておく訳にはいかんのさ。本当だったら、黒等級でもおかしくないって分かってるかい?」
「まったく分かっていませんね。そもそも、等級の違いがどんな物かは分かっていませんので。何かお得な事でもあるんですか?」
「そのチョイスが既にアレだね。まったく分かっていない事の証明だね。等級が高ければ高い程、国からの信頼が厚い証拠になるのさ。だから、今まで入る事のできなかった施設に入ったりする事が出来るようになるのさ……そんな顔をするもんじゃないよ」
「いや、だって……そんな物、要りませんし。そんな物があったって、活用する事自体ないですから」
そもそも、そんな資格が必要となるような場所を訪れた事など無い。教師として活動している間、研究しかしない。冒険者として活動する間もそこまで難解な事はしていない。結論として、そんな物が必要になってくる機会は訪れないだろう。今の等級ですら、困った事など特にはない。上がったところで余計な柵が纏わりついてくるだけなら、無い方がマシだろう。
「そう言うもんじゃないよ。今は必要ではなくても、いつかは必要になる時も来るさ。こういうのは事前に用意しておくのが大切なんだからね」
「そんなもんですかね……」
「そんなもんさ。こういうのは負わなきゃならない責任も大きいけど、それに見合う見返りもある物だからね。いざという時に大きい力を使えて困る事はないよ。その分、普段は大変な事が多いけど」
「その大変な事に見合えば良いですけどね。でもまぁ、一応貰っておきますよ。今は一先ず失礼しますね。俺も何だかんだで疲れてますから」
「そうかい。まぁ、ゆっくりと休みな。あんたはともかく、そこの子はあの焔が見えた途端にすごいスピードで出て行ったからね。まさか、脚力を利用して外壁の上を越えられるとは思わなかったよ。種族特性を利用した物だろうけど、もう金輪際あんなことをしないように言い含めておいておくれよ?」
「ああ、それで……道理で足の筋繊維がズタズタになりかけてる所があると訳だ。成長した龍種ぐらいの大きさの壁を越えてきたなら納得ですね」
「……はぁ!?とんだ重傷じゃないか!」
「回復術式を使っていますし、生来の自然回復力のお陰でほとんど影も形もありません。精々、起きた時に休息回復した影響で足を攣るぐらいでしょうね」
「うわぁ……地味に嫌だね」
「無茶をした代償ですよ。寧ろ、あんだけしたのにこの程度の損耗で済むなら、安いもんですよ。それでは失礼します」
「ああ。お疲れさん」
ヴェルフェンさん、いやギルド長の言葉に頷いて部屋を出た。グレイを背中に担ぎ、安心しきったその表情に苦笑を浮かべつつも取っていた宿屋に向かって歩き始めるのだった。
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