輝ける光焰の中で
本年最後の更新となります。割とダラダラと進めてきましたが、ここまでお付き合い頂いた皆様ありがとうございます。これからも当作品をよろしくお願いします。
それでは、来年が皆様にとって良い年であることをお祈りしております。それでは、良いお年を。
ヴィントとグレイが焔に包まれた瞬間、真夜中であるが故に降りていた暗黒の帳が消え去った。その光景はまるで絶望の世界を切り拓く希望の顕現の様で。かつて存在した勇者がいたとするなら、それはきっとこんな光景だったんだろう。そう思えるような光がその場にはあった。そして、その輝きで最も影響を受けた者がいるとするなら――――それは『王』に他ならないだろう。
何故なら、その光輝が今だ心に残しているから。いや、彼女が立ち会った時ですら、ここまで鮮烈な物ではなかった。これよりも劣る輝きであっても、その輝きは彼女の心を掴んで離す事を知らない。この人になら総てを捧げても構わないと、そう思わしめた煌焰はそこにあった。だが、だからこそこの胸を掻き毟りたくなるほどの激情もあった。
あぁ、何故そこに立ち会っているのが自分ではないのか?何故その場に自分はいないのか?その尊顔を見る事が自分には出来ないのか?あの熱にも劣りはしない感情が、動かす事すら忘れて久しい肉体に熱を灯す。獣の本質を忘れ、悲しみと諦観に浸っていた身体を動かさんと焦がし始める。足に刻まれた何かの跡がそれを後押しするかのように、熱を身体全体に広げていく。
「あなたの顔を見られるなら、この程度の痛み……何するものぞ!」
黄金の煌焰に呑みこまれた二人は、一本の道の上に立っていた。一歩でも横にずれれば、跡形も無く焼き尽くされる――――そんな光景がありありとイメージできる煌焰に挟まれた道の上に。そんな危険極まりない道の上を二人は悠々と進んでいた。一切として躊躇う事はなく、その道を進む姿にグレイは疑問を覚えた。
「ねぇ、ご主人。ここはどこなの?」
「……お前は馬鹿か?いや、元からか。ここが何処かだと?決まっているだろうが。焔の中だ」
「そんなの分かってる。でも、なんで焔の中に道があるの?」
「そんな事か……お前はあの焔を見ていて、何か思わなかったのか?」
「え?う~ん……分かんない」
「考えてないだろ……この焔には意志がある。感情に反応する意志がな。そして、そんな珍妙奇天烈な焔が俺たちを受け入れた。そこには何か意志がある筈だ。その答えがこの先にある。立ち止まっていた所で、何も変わりなどしない。それとな、後ろを振り返ってみろ」
グレイが後ろを振り向くと、今まで歩いてきた道が――――なかった。周りにあった焔が歩いてきた道を梳かしていたからだ。逃げ場などないと言わんばかりに、道を焼き払っている。その在り様にグレイはけち臭いとすら思った。別に逃げる気など更々ないが、そこまで追い詰める必要があるのだろうか?と思えてしまうからだ。
それは分からなくもなかった。ヴィント自身、逃げる気など更々ない。というか、ここまで来て逃げるぐらいなら大人しく焔に焼き尽くされた方が万倍マシだ。だが、ここまでする必要があるのかとは思う。だが、同時にそこまでしなくてはならない物が待ち構えているんだろう、とも思った。執拗なまでに追い詰めるという事は、そうせざるを得ない状況が待ち構えているという事でもあるのだから。
思えば、初めて赤い夜を前にした時も婆さんにしごかれていた。普段の修行など目ではないぐらいに、佳境に放り込まれ続けた。魔力濃度がアホみたいに濃い場所に放り込まれたり、気が立っている魔物の巣に放り込まれたり、一瞬でも気を抜けば死が待っているという絶望的状況で戦わされたり……少なくとも、ろくでもない事しか待っていなかった。当時の俺の身長は今の半分ぐらいだったかな……?
「どちらにしても、碌でもない事が待っている事だけは確かだろうな。覚えておけ。絶望なんて物は大体が特別な場所で待っているもんだ。それが自分にとってのか、相手にとっての物かは知らないが、な……」
道の先には光の門らしき物があった。それに戸惑うことなく歩き続け、光の門を潜ると――――見た事もない大都市の姿があった。少なくとも、王都よりも発展していて生活の規模も間違いなく比べ物にならない。大規模な領域で発展している都市だったが、住人の姿は一人たりともいなかった。文字通りの幽霊都市といった雰囲気なのは、これが黄金の記録でしかないからだろう。
本来存在していた栄華は既に過ぎ去った。かつて存在した栄光は既に過去の遺物と成り果て、最早何の姿もない。この物悲しい姿を見れば、それなりの感想が生まれる物なのかもしれない。だが、俺には何の感想も生まれない。いや、人の姿がまったくない事が殺風景だとか、そんな感想なら浮かんでくるのだ。しかし、これを悲しい光景だとかそんな風には思わない。
だってこれは、総ての者が辿るものだからだ。生まれる事、栄える事、滅びる事。それらは全て等価でありイコールなのだ。どんな存在であろうとも、それこそ生物だろうと非生物だろうと同じ事だ。この世にある物は総てそういう運命を辿る。それこそが、生まれてしまった物の宿命なのだから、それを否定する事は生きるという行為を否定する行為だ。
それだけは、それだけは赦すことは出来ない。それを赦す事が出来ないから、『俺』はこうして生き恥を晒しているんだから。次に繋ぐことの重要性と生まれるモノの滅びを肯定しているからこそ、『俺』は永遠という言葉が嫌いなんだ。亡くすことを恐れていては前になど進めない。死んだ者を取り返そうとするのではなく、死んだ者に報いる事こそが必要だと思うから。
「永遠なんて、求めるべきじゃないんだよ……そんな物、碌でもない結果しか招かないんだから」
「ご主人……?」
傍に居る筈なのに、とても遠くに見える。グレイはそんな不思議な感覚に襲われる。一度、眼を擦って改めて見てみれば変わる事のない姿がそこにはあった。首を傾げていると、何やら呆れたような視線を向けられていることに気付いた。そして、やれやれと言わんばかりにグレイを置いて城に向けて歩を進めていた。それを必死になって追いかけている最中、城の中から視線を向けられている事に気が付いた。
城のどこから見ているのかは流石に分からないが、それでも見られている事は分かる。そして、ヴィントが分かっているように王城に向かっている事も不思議だった。確かに、王城まで一直線に繋がっているように見えるが、本当に繋がっているかなど分からない。だというのに、その歩には一切の迷いがなかった。
「ご主人、どうやって行くのか知ってるの?」
「知らん。だが……知っている」
「……?どういう意味?」
「ここがどういう場所なのか、俺はまったくとして知らん。ずっと森で暮らしてきた俺にとって、こんな場所は最も縁遠い場所だ。知っている筈がない。だが……どう行けばあそこに辿り着けるのかは知っている。それが何でなのか、までは俺にも分からんがな」
そう、何でなのかは分からない。だが、理解できるという事実だけがある。それが事実である以上、否定する事の方が間違っている。理解できないが知っているなど珍妙奇天烈極まりないが、事ここまで至ればもはやそんな事など些事でしかないだろう。事実を事実として受け入れる事が重要なのであって、その理由を探る事など後でも出来る事だ。
それに先に待ち構えている存在も、そんな事を教えるための存在ではあるまい。あれは待っている。こんな誰もいない大都市の中で、たった一人になっても誰かを待っているのだ。それが誰なのかは分からないが、誰かがあそこまで到着するのを待ち望んでいる。その為なら、どれだけの月日が経ようとも耐えられると信じて。あそこまで行くと狂信の域だろう。
何がそこまであの場にいる存在を駆らせるのか。それは分からない。だが、あいつの待ち人にはきっと俺も含まれているのだろう。あいつは俺に対して多大なる関心を向けてきている。そんな意志があの城からは感じられる。どういう意図なのか、までは理解できないが。
城門の前につくと、誰もいないにも関わらず勝手に城門が開いた。そして城門を潜り抜けると、そこには城の外にあった街よりもはるかに豪勢な内装をしていた。グレイはその余りの美しさに声を失くしていたが、ヴィントは一瞥する事もなく城内に入っていった。まるで、こんな光景など見飽きたと言わんばかりに。
そして城の中の構造を事前に把握しているように、すいすいと歩いていく。そして最終的に巨大な扉の前に立っていた。その扉もまた城門のように開き、その先には立派な服を着たまるで王族のような姿をした存在が玉座に座っていた。まるで、世界の王だとでも言わんばかりの威光に、グレイは立ち竦んでいた。
「……来たか。我が宿主とその眷族よ」
「なるほど。お前、黄金の煌焰が擬人化した姿か」
「えっ……?あれが?」
「そうだ。というか、お前にはアレがどう見えるんだ?」
「えっと、なんかキラキラした服を着ている人」
「そうか……俺には黄金色の焔が人型をしているようにしか見えない。というか、いきなり喋ってきたから内心驚いている」
「なんだ、宿主にはこの外見は見えないのか?汝と因縁浅からぬ相手だろうに」
「……なんだと?」
「まぁ、良い。この外見など、所詮は話を円滑に進めるために用意した物に過ぎない。擬態が効かぬのなら、このような姿をしている意味などあるまい」
人型が崩れ、黄金色の獣が現れた。いかなる獲物であろうとも、嚙み千切らんと言わんばかりの威光。先ほどとは打って変わった敵意に満ちた威光を前にしても、ヴィントの表情は一向に変わらない。何をしてきても、そんな物に大した違いはないという事が分かっているからだ。そう、獣であろうと人型であろうと、その本質が黄金の煌焰の物と同一である事には変わりない。
であるならば、この焔は不必要な危害など加えてこない。この焔にとっても、宿主というのは必要不可欠な存在である事に変わりないからだ。必要でもない限り、宿主に危害を加える事が出来ない。それこそが、煌焰の信念であり誓いでもあるが故に。
「……そうやって、余計な過程を踏まなければ会話する事も儘ならないのか?存外面倒くさい奴だな、お前も」
「ふむ……一歩たりとも動じる事なし、か。かつて見た可愛げもどこへなりと失せてしまったようだな」
「可愛げ、か……そんな物を男の身である俺に期待していたのか?少々気持ち悪いと言わざるを得んな。どんな存在であろうが、成長にせよ退化にせよ変じていく物だ。貴様が抱いている感傷を俺が何時までも抱えている訳がなかろう。そんな事も分からんのか?」
「無論、分かっているさ。我も汝の長い旅路を共に過ごしてきたのだ。汝の考えなど熟知している。しかし、知っていようとも言葉にせざるを得ない時もあろう。ただでさえ、今の汝は色々と忘れているのだから」
「忘れている……?俺がか」
「そう、汝がだ。新たな眷属を得た事で、封印に幾らか衝撃を与えたようだが――――その程度ではまだまだ封印を破るには足らんだろう?」
「お前は……一体何を知っている?」
「何もかもを。汝が忘れてしまった、否、封印する事で思い出せなくさせた事の何もかもを、我は知っている。汝が自ら施した封印術も、我には影響しないからだ。まぁ、施されたところで私は勝手に焼いてしまうがな。この身に魔法なる物は通用せん」
「ならば、お前は語れると言うんだな?この俺自身が封じたという真実を、閉じてしまった殻の中身を!」
「無論だ。我なら語れる。否、我以外に語る術を持つ者などいまい。我が焔はいかなる魔的干渉であろうとも、その総てを焼き払う事ができる。魔に属する総てを焼き払う、祓魔の焔こそが我が焔なれば汝の封印を今すぐに焼き払う事も出来よう」
「なら――――!」
「しかし、無償でするという訳にはいかんな。汝は我が宿主である以上、我には汝が必要だ。言い換えれば、汝以外は不要なのだ。分かるな?我が言わんとしている事が、一体何であるのか」
「それは……」
分かる。いや、分からない筈がないのだ。こいつが動き出した原因を考えれば、決して不自然な事ではない。こいつは魔とは対極に位置する存在。即ち、善と悪で例えれば圧倒的な善側の存在。光は光であるからこそ、闇の存在を赦す事が出来ない。善と悪を切り離す事が出来たなら、善と悪は互いを滅ぼし合うだろう。それこそ、どちらかが滅ぶ瞬間まで。
その理屈で行けば、こいつの願いは――――
「その忌々しい刻印を脱ぎ捨てよ。汝には我がいれば十分であろう?そのような余分な物を、汝が背負う必要などどこにもないのだ。それさえ出来れば、我は汝の求めに応じよう」
――――刻印の破却に他ならない。
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