表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輪廻の果てに  作者: あかつきいろ
試練の狼森
52/81

試練の守護者

 『何か』の力が身体に満ち溢れ、魔力によって強化された刀身で襲い掛かる魔物の総てを斬り捨てる。その力が遍く総てを蹂躙し、殺した魔物の力を取り込んでいるかのように上昇していく。殺した魔物の意志を(・・・・・・・・・)取り込んでいる(・・・・・・・)かのように(・・・・・)、その輝きと猛威はとめどなく昇っていく。俺の意志を呑みこみ、何かを為そうとする。

 俺の意志を越えた何かが、この身に何かを植え付けていく。それが何であるのか、さっぱり分からない。だが、少なくとも分かる事がある。この力は(・・・・)俺が死ぬ事を許さない(・・・・・・・・・・)。俺の魂に刻み込まれた物が、俺の意志を切り刻みながらその傷を抉りつつ、その傷に『何か』を流し込む。

 まるで、傷にポーションを塗り込んで傷を癒すが如く、『何か』が俺の身体を支配せんとする。刻印を制御した経験を活かし、激流に身を任せるようにその支配から逃れる。支配を超越し、逆にその『何か』を支配せんと抗い始める。この身に流れ込む毒とも薬とも呼べる黄金の輝きを、この身を燃やし尽くしても尚足らぬ、天壌の煌焰は総てを燃やし尽くそうと荒れ狂う。

 その威光こそが、世界を呑み尽してもまだ足りないと咆える『何か』の正体。天壌の煌焰は己という存在を越えて、周りの人間を魅了する。その命すらこの炎の薪とする。既に多くの命を取り込んだその焔の奔流は、今ある俺自身を呑みこむ事で漸く完成を迎えようとしている。あるべき『何か』をその焔にくべなかったからこそ、この焔は今ある己を焼き尽くそうとしている。

 魂が燃やされる。この一瞬すら、俺自身を燃やしながら輝こうとしている。刻印に吞み込まれかけた時とは違う、まさしく命という物を脅かしている。俺の中にある力は、そういう危険を有していた。それは長き時に渡る事で生まれてしまった物で――――ひいては俺の責任だったのだろう。本来、踏むべきであった手順を踏む事を放棄した俺の、■■■■のせいで。


「ぐっ……ガァッ!?」


 頭痛がする。俺は一体何を考えていた?魔物を総べて斬り殺してからの記憶がない。だが、何かを見たような気がする。俺が持っていた筈なのに失ってしまった何かを、見つけたような気がする。何はともあれ、一先ずこの鼻につくぐらい濃厚な血の臭いをどうにかしよう。撒き餌同然だったが、ここまで行くと流石にきつすぎる。これでは逆に近寄って来ないだろう。

 素材を取るのは面倒くさいので、回収だけしておく。後で解体して貰えばそれで良いだろう。状態保存の魔法を使った後、空間倉庫に放り込んでいく。そして最後の一帯を放り込んだ瞬間、空間倉庫に仕舞っていた剣を引き抜いて後ろに向かって叩きつけるように振るう。襲いかかってきた何かに剣は砕かれたが、攻撃を防ぐことは出来た。そこにいたのは――――


狼人(ウェアウルフ)……いや、天狼人(ハイウェアウルフ)か」


「警告する。王の安寧を妨げる者よ、早急にこの森から出て行け。さすれば、命までは脅かさないことを約束しよう。しかし、警告を聞けぬ場合は……」


「殺す、か?さっきの攻撃だって、俺の事を殺す気満々だったじゃないか。あんたらは俺の事を排除したいと思ってるんだろう?その警告に従ったって、どれだけ効力があるか分かったもんじゃない」


 明らかに話し合って分かり合う気は向こうにはない。こうして話している間でも、周りから殺気を向けられている。殺気の数を正確に数える事はできないが、少なくとも十人はいる。俺が隙を見せた瞬間に殺しに来るだろう。何故かは知らないが、相手はそれだけ殺る気に満ち溢れている。こんな状況で警告に従える奴は間抜けそのものだ。まぁ、そうさせるためにやってるんだろうが。


「……つまり、従えぬと?」


「従わせたければ力を見せてみろよ、天狼人。力も見せずに他人を従えようだなんて、おかしいとは思わないか?」


「なるほど……貴様は早死にするタイプだな」


「無駄にだらだらと生きていくつもりなんてないさ。今という時間を鮮烈に生きていく。そう考える事ができなきゃ、生きてないける訳ないだろ」


 無駄にだらだら生きていくって事は、死人と何も変わらない。それでは生きている意味がないんだ。生きているからには、その時を鮮烈な物にしたい。他人から見れば退屈と思えるかもしれない魔法の研究ですら、俺にとっては鮮烈な一時だ。確かに前に進んでいると思う事ができるから。変わっていく事こそが、人間の本質。不変なんて物は到底受け入れることは出来ない。

 生きているなら変わってしまうのは当然だ。始まりがあれば終わりがある物だし、子供は大人になる物だ。どうしたって不変な物は生まれ得ないのはごくごく当たり前な話なんだ。変わっていないように見えて、変わっている。それが自然の摂理になっている。そこからはどうしたって逃げられない。だからこそ、それを受け入れる。変わってしまうのは当たり前で、不変な存在こそありえない。


「俺だっていつかは死んでしまう。お前らも、お前らが慕う王ってのもそうだ。そこに時間の長短はあっても、その結果だけは変わらないんだ」


「馬鹿な。我らはともかく、王が死ぬ訳がない。貴様のような不遜な輩が蔓延っているから、王は絶望なされているのだ。希望だけを植え付ける存在など、傍迷惑な存在でしかない」


「希望も絶望も与えない安穏とした平穏しか与えられない者こそ傍迷惑だ。そういう奴には何も変える事が出来ない。一歩を踏み出す事は怖くても、立ち向かっていかなければ意味がない。お前は一体何のために生きてるんだ?その王とやらは何を望んでいるのか、お前は考えた事があるのか?」


「……黙れ。もはや貴様となど語るに及ばず。警告を無視した汝はここで死ぬのだからな」


「殺せると良いな?今の関係を変えてしまう事が怖くて、縮こまっているようなお前らにな。俺もただではやられんからな」


 先程のように刻印が脈動し、黄金の力を注ぎ込む。しかし、先程とは違いほぼ身体強化に注ぎ込んでいる。先ほど大量に注ぎ込んだ影響か、剣の強度が先ほど使っていた時とほぼ変わっていなかった。啖呵を切ったが、そんなに簡単に勝てると思えるほど俺も甘くはない。ここは奴らのフィールドで、俺にとってアウェーの土地なのだ。それだけあいつらは慣れているのだ、ここの狩りを。

 獣人全体に言える事だが、竜人族のように魔力がほぼない代わりに身体能力が極めて高い。ただ種族ごとに強化されている能力が異なっている。狼人は特に速度に秀でており、鋭利な爪や牙を利用する事で狩りを行う。先ほどの一撃は極めて発達している蹴りによる一撃。たった一撃で強固な金属でできている剣を叩き折った。その身体能力は警戒して余りある。

 それは分かっていたし、ギルドマスターの言葉もある。大人しく従っていれば良かったのかもしれない。森の守護者共がいて、そいつらに睨まれたと言えば学園長も納得するだろう。だが、見てしまったから。ほとんど覚えていないが、総てを諦めてしまったかのようなその瞳を見てしまった。ならば、黙する選択肢はありえない。らしくはないと思うが、何かが全力で叫んでいる。放っておいてはいけないと。


 その感情に呼応するように、黄金の熱が上がり始める。身体を内から焦がしているのではないかと思えるほど、力の代わりに激痛を与えてくる。だが、その代わりに先程のように我を忘れてしまう事もない。この痛みが俺を俺として縛り付ける。強烈な速度で俺の能力を上げながら、黄金は輝きを増していく。その意味を忘れ、ただ力として振るう者に痛みを刻み付けながら。

 しかし、それでも構わない。俺は確かに何か大事な事を忘れてしまっている。俺はこれからそれを探すために行動していかないといけない。俺には婆さんから託された言葉がある。俺の生きていくための指針――――失くしてしまった何かを探す事こそがまさにソレだ。それを為しうるまで、俺は死ねない。

 だから、燃えろ。高らかに、世界にその存在を主張するように。その為なら、どんな激痛だろうと耐えてみせる。この身を燃やし尽くして、俺が俺であると叫び続けよう。誰であろうとこの歩みを止めることは出来ない。こんな場所で引き籠っている王を守るだ何だとほざいているような、間抜けな連中に負ける事など言語道断だ。総て、黄金の煌焰に包まれて灰になれ。


 身体の内側から俺を燃やしている焔が肌を舐める。その姿は連中の眼にさぞ異様に映った事だろう。これから殺そうとしている相手の身体から、黄金の焔が噴き出す。うむ、我が事ながら意味が分からん。焔の色もそうだが、そんな焔を纏って尚平然としている奴なんて普通は化け物としか言えない。

 しかし、それを黙って眺めさせている程、俺も暇ではない。この戦闘をそれほど長引かせるつもりなど毛頭ない。短期決戦こそが、今の戦場で最も必要な物であるからだ。痛みをねじ伏せて強く踏み込むと、足元から黄金の焔が火柱のように高く上がる。それに負けぬと言わんばかりに、刻印から魔力の波動が放たれる。漆黒の色であった刻印が今は茜色に変化していた。

 まるで対抗しあっているかのようで、その間で板挟みにあっている俺の負担は途轍もなく重い。だが、そんな事に一々構っている余裕など俺にはない。今は可能な限り最短でこいつらを蹴散らしていく。秒刻みで増していく焔と魔力に俺の身体が耐えられなくなってしまう前に、さっきの瞳の主に会いに行かなくてはならない。それが俺の果たすべき役目だ。


「だから――――!」


 さっさと退けよ、貴様ら。そんな様で俺の前に立とうなんて百年早い。そんなあり様で、よく俺の前に立とうなどと思えたものだ。こんな俺を中から燃やさんとしている焔に比べれば、まったく及ばないような熱量に怯えてどうする?

 そう言うのは酷だと言う奴もいるかもしれない。だが、それだけの覚悟を持って守護者を名乗っているのだろう。殺す者は殺される覚悟も持たなくてはならない。好き勝手やるんだから、好き勝手やられる事も想定していなければならない。そうでなければ、辻褄が合わない。命が平等である以上、それもまた平等であるべきだ。それがあるべき形という物だろう。


「あぁ、邪魔だぞお前ら。前を進んでいこうとする意志を削ぐその在り方、まこと疎ましい。お前らみたいな奴が天狼人だなんて信じられん。まだ進もうとしているだけ、あいつの在り方の方が『らしい』と言えるだろう」


「……何を言っているか知らんが、我らの役目とは即ち王を守る事。その役目を放棄した者など、同族にあらず。いや、こうして王の安寧を脅かそうとする者ならば殺してやるべきであろうな。王の御前で死ぬなら、真っ当な死に方と言えるだろう」


「……はぁ?殺す?お前が?俺の奴隷を殺すって?――――笑わせんじゃねぇよ。貧弱野郎が」


 黄金の焔がその熱量を爆発的に跳ね上げる。目の前に立つこの男を燃やし尽くさんとばかりに猛る。それだけ俺の怒りは上昇していた。あいつは俺の物だ。誰にだって譲らないし、渡す事なんてもっての外だ。あいつは俺の庇護下にある。そんな奴を殺す事は愚か、傷つける事だって許しはしない。そんな事を、俺が認める訳がない。同時に、そんな事をほざいた奴を生かしておく筈がない。この男だけはこの場で燃え散らせてやる。だが、それをする為には周りの連中が邪魔すぎる。


「邪魔だな!」


 剣を地面に叩きつけ、焔を放射状に放つ。地表の総てを舐めつくすように黄金の焔が奔る。それを回避しようと天狼人たちは空中に跳びあがる。地表を埋め尽くした焔が尻尾状になって貫きにかかった。その焔を蹴りだけで掻き消し、空中を蹴りつける事で移動しようとした。

 普通の獣人種とは違い、天狼人を始めとした上位の獣人種は身体能力が桁違いになっている。地面のない場所を移動するなんて事も容易い。その力は圧倒的で、常軌を逸した域にまで上り詰めている。それは神獣や魔獣と呼ばれる極点に近い血を持っているからだ。だからこそ、強化された身体能力によって敵を圧倒する事を可能にしている。

 しかし、だからこそ忘れている。天空という場所は奴らの居場所ではない事を。天空は翼を持たざる者を許容するほど甘くはない事を。その事を忘れ、ここもまた我が領土と主張する愚か者を叩き伏せる。この地を支配する者は抗う者には決して優しくない事を。それを忘れた愚か者たちに鉄槌を下す無慈悲なる焔は今この場にある。


「なに……これは!?」


 躱した筈の焔は脚に絡みついていた。焔は貫くために放たれたのではなく、拘束するためにあったのだ。その事実に気付いた瞬間には既に遅く、焔が時を巻き戻したかのように奔流に戻ろうとする。それに抗う事は叶わず、焔によって焼き尽くされる。悲鳴を上げる時間すらなく、その命が黄金の煌焔に捧げられる。

 その一撃によって過半数は死に、残されたのはたった三人。それすら黄金の魔人(・・・・・)は逃さない。何もかもを焼き尽くす黄金の焔と総てを圧倒する圧倒的な魔力。相反するが故に急速に力を増し続けるそれらを前に、王の守護者たる天狼人であろうとも敵う事はない。いや、今の魔人を前にして立ち向かえる者などあり得ない。

 そう、あり得ない。あり得る筈がないのだ。それこそが道理であり、そうでなければおかしいのだ。この森の王を長年に渡り守り続けてきた守護者を前にして、児戯の如く滅ぼしてみせるこの魔人を前に立てる人間などいない。そうであるから――――魔人に抱きついている少女の姿はおかしいと言わざるを得なかった。

茜色は夕暮れを表現する時に使われる色です


小説を書く励みになるので、感想・ご意見をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ