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輪廻の果てに  作者: あかつきいろ
試練の狼森
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いざ、試練の森へ

 冒険者ギルドを出た後、腹ごしらえをするついでに『白狼の森』の印象を尋ねた。俺にとって、特殊災害指定地域とは弱肉強食の坩堝。強き者が生き、弱き者が淘汰される。自然界の概念を濃密に凝縮させた場所だ。では、その近くで生きる人にとってはどうなのか?


――――『白狼の森』はこの土地に住まう者にとって、豊穣と災厄の象徴である。


 結論としては、こうだろう。『白狼の森』から出てくる魔物は強さが安定しない。強いから生き残れるという方程式が通用しないからだ。『滅びの森』とは異なり、この土地を支配している白狼に負ければそこを出て行かざるを得ないからだ。『滅びの森』が黒龍の支配地域であったように、『白狼の森』は白狼の支配地域となっている。より正確に言えば、特殊災害指定地域にはそれぞれの支配者たる神獣が存在する。放任主義の黒龍とは異なり、白狼は積極的とは言わずとも魔物を追い出す。まるで、何かを守ろうとしているかのように。

 それ故に、森から出てきた=弱いとは限らない。どれだけ強くとも、白狼からすれば芥に過ぎないからだ。絶対的な強者にとって、強さの大小というのはさして気にならない。黒龍からすれば、あの森にいたどんな生物であろうと、似たような印象を受けるだろう。そんな環境であるからこそ、魔物の強さが安定しない。同じような姿をした個体なのに、強さが段違いだった、なんて話もざらにあるそうだ。だからこそ、そこから齎される利益も途方もない。強いという事はそれだけ優れた個体であるという事を意味するからだ。


 そういう経緯があるからこそ、この場所には安定的な供給という概念がない。その日に取れた物を売って生きていく。ある意味で刹那的という表現がお似合いの場所だ。永遠という物が存在しない事を、この場所にいる者は理解している。そういう生活を送っているのだから、当然といえば当然。

 今を懸命に生きる。それだけを胸に抱いて、生きている。それこそがこの都市に住まう者たちの基本理念であるからこそ、この場所はこんなにも笑顔が絶えない。刹那的な生き方しかできないから、終わる時は笑って終わらせると決めているのだ。


「こういう気質の方が、俺にとっては生きやすそうだな」


 その日暮らしの生き方。それはあの場所で暮らしていた俺にとっても、好みの生き方だ。次の瞬間には死んでいるかもしれない。どのような形であっても、力こそが絶対という考え方。弱きは淘汰され、強きは栄える。この世で最も簡単で明解な理屈だ。

 だが、きっと俺がここで暮らす事はないだろう。生きやすくはあっても、それは永住したいという意味ではない。というより、そもそもとして俺は人里が好きではない。俺もまた、婆さんのように人のいない場所で死を迎える事になるのは明白だ。本質的に、人の中に迎合する事が出来ない。そういう人間がいるのはどうしようもない事で、そういう奴は人の中で生きていてはいけない。身を滅ぼすか、一人で死を迎えるか。どちらにしても、真っ当な死に方なんて期待してはいけない。一人ぼっちで死ぬ事なんて当たり前で、ベッドで後悔しながら死ねれば最上だろう。強盗に襲われて死ぬ事も、魔物に襲われて死ぬなんて事も当然あるだろう。弱い生き物が群れることなく一人になれば、当然そういう事も起こってしまう。

 そういう人間は、それを覚悟して生きていかなければならない。そういう意味では婆さんの死に方は、ある意味で最も良い物だった。後悔していたかもしれない。至らない人間でも、傍に誰かがいてくれたことには意味があるのだから。


「……馬鹿馬鹿しい。俺は一体何を考えているのやら」


 久しぶりに一人になった所為か、どうも繊細になっているようだ。そんな余計な事を考えられるとは、俺も余裕だな。まぁ、実際まだ負担になる事にはなっていないんだけどな。襲い掛かってくる魔物を片手間に殺しながら、俺は森に入った。遠めに学園の生徒が見えるが、考えすぎてもしょうがないだろう。

 後に聞いた話だが、この段階で既に十名の犠牲者が出ていたそうだ。そんな中、乱雑に魔物を殺しながら森に入っていく俺の姿は、何やら俺の株を上げたらしい。自分で言っていて意味が分からないが、決して倒せない相手である訳ではない、と考える事ができたらしい。そこから死者の数も減っていったそうだ。例年よりもずっと犠牲者は少ない、とは学園長の言だった。


 森の中に入った瞬間、心地良い感覚に襲われた。まるで森自身から殺意を向けられているかのような、むせ返りそうになるほどの殺意が充満している。あの場所にいた時は常に感じていた感覚であり、俺が最も落ち着くことのできる感覚だ。ここで息をする度に蘇ってくる。あそこで過ごした時間とそこで感じてきた想い出と――――力を振るう事のできる快楽が。

 婆さんから教わってきた知識の中で、「魔法使いは感情や衝動に動かされてはいけない」という物がある。その時々の感情や衝動によって行動するという事は、魔法使いなどにとって改めるべき悪徳だ。真理を探究する事を胸にしている者からすれば、その時の想い程度で動くことなく思慮深くなければならないというのは至極当たり前の事だ。

 その婆さんから半ば叩きこまれたその教えによって、暫くの間――――数日の間は耐える事が出来た。その間に森の外縁部と呼ばれる部分の調査を終え、ある程度の情報をレポートにして収めた。それを空間倉庫に収めた後、魔物たちがまったく近寄ろうとしない内縁部と呼ぶべき部分に入った。


 その瞬間、ドクンッ、と心臓が鼓動するように、刻印が鳴動する。どうも制御できるようになって以来、この刻印が力を振るわせたがっていたのは理解していた。俺の身体に染み入るように、この刻印は俺に衝動を与え続けていた。赤い夜にだけ訪れていた凶暴なまでの攻撃衝動が、今は常時襲いかかってくる。考える必要はなかったが、それだけを理解して暮らしていた。

 振るう機会がないからこそ、今まではまだどうとでもなる範囲だった。しかし、ここまで行くと流石に抑え続けるのは苦しい。苦しいのなら、いっそ吐き出してしまえば良い。あのギルドマスターが何か言っていたような気がするが、気にする必要はないだろう。今はこの衝動をどうにかする方法を考えた方が良い。これ以上溜めこめば、俺がどうなるか(・・・・・・・)分からない(・・・・・)


襲い掛かってきた魔物の顔面を掴み、地面に叩きつける。本来、精々地面がへこんでしまうレベルが関の山の所業。しかし、叩きつけられた魔物の顔面は潰れ、地面に血の染みが広がってきた。従来であればあり得ない現象に、それでも戸惑う事はなかった。それどころか、それぐらいは当然だという想いが自分の中に広がっていた。

 身体の中に広がる全能感とも呼べる何か。魔力でもなく、生命力の象徴たる気でもない。形容する事の出来ない別の『何か』が身体の中にある。今なら、黒龍とすら五分の勝負ができるのではないかと思えるほどに強大な『何か』が、身体の中に広がっている。それが一体何なのか、今の俺に説明する事は出来ないだろう。それでも、これは決して悪い物ではない。それだけははっきりと断言する事ができる。


「まぁ、時間はあるんだ。ゆったりと慣れて行くとしよう」


 刻印によって増幅された魔力、そして身体から発生している得体の知れない力。それだけで森に潜む魔物を刺激していく。この力が何かは知らないが、力には慣れておく必要がある。そのためには多くの場数を熟す事こそが一番の近道と言えるだろう。だからこそ、普段は最小限の量しか漏らしていない魔力を戦闘に支障のない範囲で漏らす。

 魔力を大量に保有している事は、同時にその肉の栄養価と身体に及ぼす影響の大きさを意味している。大量に魔力を保有している物を摂取すれば、肉体の魔力量を増幅させる事ができるという事でもある。まぁ、肉体への負荷を鑑みなければ、という話だ。人間がそんな事をしていれば、普通は蓄積された不可に耐えられずに魔物に変貌してしまう。そうなった人間は最大の討伐対象となってしまう。下手をすれば、大損害を与えかねないからだ。

 しかし、魔物はそんな事は一切考えたりしない。生きるために喰らい、強くなるために喰らう魔物は喰らった魔物の分だけ強くなる。最下級の魔物が何の間違いか上位の魔物を喰らった事で、とんでもない強さを得たなんて話もあるぐらいだ。魔物はそういった事にはまったくとして頓着しない。だからこそ、特殊災害指定地域(ここ)の魔物は強いのだ。

 弱肉強食の坩堝という言葉こそが相応しいこの場所は、そんな話はありふれている。強い者こそが生き残るというが、それは何も実力だけを指し示す事ではない。というか、実力がある事は当たり前だ。あそこではそれ以外の要素こそが重要なのだ。見極める眼や聞き分ける耳は基より、様々な要素が強くなければ生きてなんていられない。その中には運だって含まれる。


「ハハハハッ……そうだ。そうでなきゃ、こんな事をしている意味がない。もっと、もっとだ。こんな物じゃ足りないんだ。さぁ、俺の踏み台になれ」


 数えるには両手では足りない。飢えた獣が俺の肉を求めて襲い掛かってくる。強くなるために、生きていくために喰らいに来ている。本能を全開にして挑んできている。誰も彼もが必死だ。余計な知識がないからこそ、一瞬に命を賭けている。あの街とはまったく違った、これこそが本来の在り方だと思えるほどに鮮烈で、その生き様を見るだけで分かる。こいつらの方が正しくて、俺のやろうとしている事はおこがましい事だと。だが、それでも――――


「俺はお前らを殺す。お前らの生を否定して、俺の糧にする為に。それを悪いとは言わない。ただ、無様には死んでくれるな」


 引き抜いた剣に魔力を注ぎ込み、身体に『何か』を注ぎ込む。肉体が劇的に強化され、同時に剣の強度を高める。自分という存在の強度が途轍もない速度で上がっている事を実感する。感じた事のない感覚のはずなのに、何故か自分には懐かしい(・・・・)という感情があった。まるで、昔はこんな力を持っていたかのような考えだが、不思議とそれを否定する事は出来なかった。

 ただ、一つだけ分かっている事がある。この現象には何かが欠けているという事が。それが何であるのか、俺には分からない。でも、今はそれを気にしている余裕はない。確かな自分を得るために、今は戦う以外の選択肢など無いのだから。余計な事に思考を移している余裕はない。目の前にいる敵を殲滅して、俺は漸く得る事ができるのだ。それが何なのか、考える事もせず俺は戦い続ける。


第三者side

 そこにいたのはまごう事なき、血に塗れた修羅の姿だった。何かを求め、しかし何を求めているのか分からない哀れな虜囚の姿がそこにはあった。それほど時間をかけず、集まった魔物を殺したその虜囚は血に惹かれた魔物に対して、挑発する。集まってきた魔物たちもまた、その挑発に応じた。ここには強者と弱者を淘汰するルールしかないのだから。

 弱きは強きに淘汰され、強い者はより強い者に淘汰される。物語のように弱い者が強くなって、強い者に打ち勝つなんて事はない。至極当然の論理であり、だからこそ例外など存在しない。もし、例外がいたとするならば――――それはきっと、■に選ばれた存在だけだろう。それほどまでに、この世界を縛るルールは強固で頑丈だ。

 それを理解しているからこそ、かの王は動かない。庭が何やら騒がしいようだが、そんな事はいつもの事だ。普段よりも多少大きいかもしれないが、大小の話をしても仕方がない。これ以上の騒ぎが起こった事など幾らでもある。自分が動くにはまったく値しない。そこでふと思考が別の方向に動いた。はて、自分が動いたのは何時の事だったかと。

 その答えはほぼノータイムで沸き上がった。千年前、あの男(・・・)が自分に会いに来た時だ。世界によって選ばれ、世界の運命に従い、けれど己が我を貫き通さんとした男。結局死んでしまったが、それでもあの男の存在は自分にとっては大きかった。あぁ、だからこそ自分は動く気がしないのか。そう思いながら、気紛れで視線を騒ぎがする方に向けた。


 王の眼とは即ち千里を飛び越え、世界を見つめる瞳。目と鼻の先で起こっている事態を見る事が出来ない程、耄碌してはいない。事実、本来存在する木々や魔物といった障害を飛び越え、その瞳は騒ぎの中心を捉えていた。黒髪の男が数多の魔獣を相手に八面六臂の活躍をしている姿が、その瞳に移っていた。しかし、そこにあった感情は無感動の一言だった。

 黒髪の男、という部分に一瞬反応したが、それもほんの一瞬。すぐに興味をなくしていた。ほんの一瞬、興味をなくすことが早ければ、きっと王は動かなかっただろう。騒ぎの中心たる男の瞳に黄金の光を垣間見なければ。


『馬鹿な……そんな、そんな筈はない!あの男は死んだのだ!』


 王が動揺している。その感情は即座に森に広がっていく。その理由は何であるのか、王の眷属たる彼らには一瞬で分かる。王の眠りを守り、貴きその身を守る事こそが彼らの役割なのだから。王の心を揺るがせる存在などあってはならない。だからこそ、眷属は動く。王の眠りと安寧を守るために。

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