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輪廻の果てに  作者: あかつきいろ
試練の狼森
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交わらぬ意思

「用件は分かった」


 読んでいた手紙を仕舞いながら、ヴェルフェンさんはそう言った。とはいえ、その言葉の端からはやれやれという感情が感じられた。学園長が手紙に何と書いていたのかは知らないが、それでもヴェルフェンさんにとっては苦笑物の内容だったんだろう。


「結論から先に言うと――――あんたが『白狼の森』に入る事に関して、私たちは関与しない」


「それは……どういう?」


「分かってるんだろう?」


「それは、まぁ……」


「……ご主人、どういうことなの?」


「完全に自己責任、って事さ。ただし、ここに迷惑だけはかけるなという話だ」


 森に入る事も、そこでどんな事をしても、それこそ死んでしまったとしても関与しない。冒険者ギルド――――というより、冒険者の基本は自己責任。だからこそ、態々言うほどの事ではない。だが、そんな事を態々言ってきた事に意味がある。

 『白狼の森』が『滅びの森』と同じ災害指定地域であるなら、そこで出てくる魔物は一線を介するものが殆どだ。それこそ、他の場所と比べれば格違い或いは桁違いという言葉が相応しい。それが外に出て俺が感じた物だ。その森から出てくる魔物は有り体に言えば脱落者の連中だ。


 森にいる事が出来なくなったものは、森を出る他ない。魔力だまりである森の中は他の場所とは桁違いの恵みがある。魔力の浸透した植物も動物も、その味も効能も下から数えた方が早いような物ですら、森の外では一級品以上の物と言えるほどに。

 だからこそ、森でも十分に生きていける魔物がこの街を狙う可能性がない訳ではない。その可能性の引鉄を引く可能性が、今の俺の行動にはある。それを考慮に入れた上で行動する事が俺には強いられている。それだけ森の危険性は大きい。


「特殊災害指定地域、ってのは最低でも赤以上のチームか緑以上のランクを持った個人しか入れない物なのさ。それをアルスター学院の推薦状、本人の出身地、そして英雄の称号から見逃すという選択をしているだけさ」


「……森に入るのに、一々許可がいるの?」


「そうだよ。国や組織……というより、人間というコミュニティに生きる以上は守るべき物がある。獣のように自由に生きるという訳にはいかないんだよ。分かるかい、天狼人(ハイウェアウルフ)のお嬢ちゃん」


「……なんとなくは」


「よろしい。中々利口な子じゃないか。お菓子いるかい?」


「……甘やかしてもらっては困る。こいつは奴隷だぞ?」


「だったら何だって言うんだい?あんただって、奴隷なんてどうでも良いと思ってる口だろうに。使える物は何でも使うって主義だろうに、思ってもいない事を言うもんじゃないよ」


「あんたに何が分かる?」


「分かるさ。あんたがあの子の庇護を受けて育ったというのなら……その程度の合理的思考を行えない筈がない。心配しなくたって、取ったりなんてしないよ」


「……そんな事を心配している訳ではない。獣とは親や家族以外からの甘さを受けないからこそ、強くあれるんだ。余計な知恵を植え付けてもらっては困るんだ」


「人を人足らしめる強さを、あんたは否定するのかい?」


「それは少なくとも、今の時点では必要ではない。あんたが調査の間預かってくれるなら、存分に餌付けなり教育なりしていれば良いと思うがな」


 少なくとも、ああいう場所の経験がないこいつには動物性の直感が必要になる。滅びの森でゾーネさんを守りながら採取をしていた時とは違う。まったく知らない場所を、魔物を警戒しながら探索しなければならない。余分な手間を取られる訳にはいかないのだ。

 ついて来られる事を前提にしているが、そうでないなら話はもっと簡単だ。白狼の森がどんな生態をしているか調査するだけなら、俺だけの方が簡単なのだから。実力的に見て、こいつがどれだけ喰らいつけるかどうかが問題になっているのだから。


「実際問題、お前はどうする?当たり前のように俺について来ようとしているが、はっきり言えばお前は邪魔以外の何物でもない。俺としては来られない方がありがたいんだが?」


「行く。ご主人の隣にいる事が、私の意思だから」


「だったら中途半端に人の真似をするのを止めろ、今の状態でやっても身につく物などないし、それはお前の強度を削ぐだけだ」


 俺がこいつを預かって以来、こいつはずっと見続けていた。王都で暮らす人々を、そこで生きる強者を、それに庇護される弱者を、自分の知らない外を。見ず聞かず知らず、無知の一言で済ませていた事に興味を示すようになった。そこに、己が負けた理由があると思ったが故に。

 だからこそ、人間の強さをとんでもない勢いで取り込み始めた。無知ではあっても、こいつは愚者ではなかった。その場で最も良い選択を取る力――――『直感力』は並外れて大きい。そこに人が持ちうる『智慧』が加われば、こいつに勝てる獣はいなくなる。


 だが、こいつのソレは未だ中途半端な代物だ。未だ獣であった頃の名残を捨てられない。文献によれば、天狼人は神獣であった狼の直系存在――――神の牙としての力と血を受け継いだ眷属。それ故に、力に対する自負と矜持は途轍もなく大きい。

 それ故に、完全な形で『智慧』を取り込む事が出来ない。プライドが邪魔なのだ。本来あるべき力があれば、天狼人は素の能力で竜を屠る事も可能だろう。しかし、今のこいつにそんな力はない。だからこそ、こいつの行動は中途半端なのだ。


「お前が本来持っているべき強さは、今のお前なんて一蹴して然るべき物だ。しかし、今のお前にそんな力はない。どこまで行こうとも、今のままでは俺の役には立たない」


 どこまで行こうとも、俺は関与しない。こいつの進む人生だ。たとえ、奴隷であったとしても、その事に一々首を突っ込むのはおかしいし、そんな事に一々かかずらっている余裕など俺にはない。そもそも、他人の在り方に文句を言えるほど高尚な生き方をしている訳でもない。

 だが、その在り方が邪魔としか言えないのなら。俺は素直に邪魔だと言う。誤魔化す事などしないし、それに対して罪悪感を抱く事もない。そんな簡単な事を誤魔化そうとする奴が、まともに他人と相対する事ができる訳がないんだから。


「それは……」


「……ま、それは一概には否定しきれないだろうねぇ。あそこの魔物はそれ以外の奴とは圧倒的に違いすぎるし、英雄様ならまだしもこの子にはどうしようもないだろうね」


「なっ……」


「ああ、そういう意味ならあなたに預けた方が良いかもしれないですね。そちらの方が、よほど確実に成長できるでしょうし」


「う~ん……まぁ、何の支援もできない訳だし、それぐらいなら構わないよ?直接指導できる時間はそれほど多くないだろうけど、それでも良いんならだけど」


「時間を無駄にするよりは全然マシでしょう。それでお願いします」



「待ってよ!ご主人も、おばあちゃんも勝手な事言わないで!」



 俺とヴェルフェンさんの言葉はそこで途切れた。その声に驚いたからではない。その音量にうるさいと思ったからでもない。少しぐらいは聞いてやろう、と思ったからだ。どうせこいつの癇癪一つで変わるような話はしていない。


「私は強くなりたい!ご主人の足を引っ張る事なんてしないし、おばあちゃんのお世話になりたい訳でもない!そのためなら、なんだってする!」


「……それが出来ていないから、こんな話をしているんだろうが。それと、忘れるなよ。俺はお前を真っ当な一つの存在として扱ってきた。それはお前が未来に展望を抱いて生きているからだ。だが――――お前が奴隷であるという事実は揺らがない」


「それは……っ!」


「そして、俺は命を散らせる事が分かりきっている奴を戦場に送り込むほど愚かなつもりもない。お前は知る必要がある。この世には力だけではどうにもならない事が存在するという事を。そういう事態を打開する術があるという事を」


「ご主人……」


「それでは、暫くの間お預けいたします」


「了解、お預かりいたしますよ。早速行くのかい?」


「あの土地に朝も昼も夜もありませんから。危険度は何時でも一緒ですので、一々ためらう理由が見当たりません」


「そうかい――――汝に星の加護があらんことを」


「そうですよ――――道行く先に交わる星光があらんことを」


グレイside

 ご主人がおばあちゃんと何かを言って出て行った。おばあちゃんはご主人が言った言葉に、ちょっとだけ驚いていた。意味はよく分からないけど、どういう意味なんだろう?


「おばあちゃん、ご主人となんて喋ってたの?」


「うん?あぁ、妖精種(エルフ)の昔ながらの挨拶みたいなものだよ。分かりやすく要約すると、私は『生きて帰って来い』。あいつは『また会おう』って言ったのさ。しっかし、誤算だったね。てっきり知らないと思って言ったのに……」


「ご主人は物知りだからね!」


「よく懐いてるねぇ……さぁて、それじゃあいろいろと教えてやるとしようか。これでも冒険者としては超1流だったんだ。あんたみたいな小娘を鍛える程度、どうって事ないさ。ただ……その分きつくなるかもしれないけど、それは勘弁ね」


「……よろしくお願いします!」


 ご主人を必ず見返して見せる。言われっぱなしで納得できるほど、私は馬鹿じゃない。絶対にご主人に見せつけるんだ、私の強さを。そのためなら、どんな苦行だって耐えてみせる。私は、絶対に諦めない。


「それじゃあ、まずは模擬戦でもするとしようか。私とあんたの間にある実力差って奴を教えてあげるよ」


「えっ」

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