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輪廻の果てに  作者: あかつきいろ
試練の狼森
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奴隷の待遇

 奴隷市場に行った翌日、授業を行うために学園に向かった。まぁ、授業があろうがなかろうが学園には行くのだが。今日は特に気が重い。


 授業のために教室に入ると、既にいた生徒たちがギョッとした表情でこちらを見ていた。その姿に額を抑えつつため息をつくと、後ろに視線を向ける。


 そこにはそれなりに上質の服を身にまとう、銀髪の少女がいた。その少女は件の天狼人ハイウェアウルフにして、今の俺の奴隷……という事になっている。なんかさっきからこっちを睨みつけてくる。


「あぁ〜……あそこの席に座ってろ」


「……分かりました」


 幸いと言うか何と言うか、俺の指示には従った。まぁ、抗っていたら強制的に教室の外に放逐していたからその対応は正解だったが。とにかく、大人しくしているのならなんでも構わない。


「あの、先生……彼女は?」


「うん?あぁ……まぁ、気にしなくて良い。個人的な事情で預かっている奴隷だ。邪魔だけはさせないようにするから、お前たちは無理に接しなくて良い」


 というか、何もするな。こんな場所で厄介事など起こされては堪らない。奴隷が何か事件を起こせば、それは主たる俺の責任になってしまう。火種すら俺としてはゴメンなのだ。


「まったく……面倒な事になってきたな」


 数日後には白狼の森に行かなきゃならんというのに、こんな面倒事を抱き込む事になるとはな。まぁ、自分から抱き込む事を選択したんだ。今更グチグチと文句を言っていても仕方がない。なるようにしかならんだろうしな。


 それから教室に入ってきた生徒たちは見知らぬ少女に驚き、授業中もチラチラと視線を向けていた。気になる気持ちは分からんでもないが、もう少し授業に集中できんものか。あまりにも生徒たちの集中力が欠いているので、チョークを置いた。


「今日の授業はここまで。来週の授業は諸事情により休校とするので、そのつもりでいるように」


「せ、先生。もう終わりなんですか?まだ始まって三十分程度しか経ってませんけど」


「集中力を欠き過ぎだ。そんな状態では何をしても無駄だろう。勉学は誰にでも共通して与えられる物だが、やる気がないのなら何の意味もない。いつもとは違う事があるからと言って、それが真面目に取り組まなくて良い理由にはならない」


 片付けを済ませると、少女に視線を向けた。すると、椅子から立ち上がって近付いてきた。そして何の用かとばかりに、じっと視線を向けてくる。


「どうせこれからもここに来る事はあるのだ。自己紹介ぐらいしておけ」


「……ショウルド族、グセルとアマンティアの娘グレイセウス。グレイで良い」


 これで良いか?と視線を向けてくる。その姿に眉間を少し揉み解した後、頭に手を置いた。突然の行動に目を閉じて頭を下げた。


「まぁ、そんな訳だ。これから会う事があれば、よろしくしてやってくれ。では、終了」


 さっさとこの教室から出て行きたい。そう思った。あの視線、というか目を見れば分かるからだ。この教室にいるほとんどの者が、少女――――グレイのことを下に見ている。それはあの森で、紅い夜を何度も過ごしてきた俺には分かる。


 なぜなら、あの森は本当の強者しかいられない。弱者はただ死ぬしかない世界で、俺という存在は異端でしかなかった。そもそもとして、人間というのは弱い種族だ。だからこそ、相手は俺を見下していた。その視線は不快でしかない。たとえそれが俺に向けられた物ではなかったとしても。


 俺は人を差別しない。どんな種族だろうと、どんな身分だろうと、平等に扱うことを心がける。それは慢心を抱かないという行為でもあったからだ。あの森で生きていく中で、余分な慢心は死に繋がっていく可能性が高いからだ。


 だからこそ、自分はお前よりも上なのだという視線がむかつく。それが自分よりも下の存在であればあるほど、殺したくなってくる。お前は何様のつもりなのだ、と言いたくなってくる。まぁ、面倒なので言いはしないのだが。


 それはグレイ(こいつ)にも分かっているのだろう。明らかにイラついている。生来、血統としては尊い血(ブルー・ブラッド)に匹敵、或いは凌駕する。いかなる理由で奴隷になったのかは分からないが、それでも今の立場は不本意だろう。


 不本意な立場に押し込まれ、更には見下される。たとえプライドが高い者でなくとも、苛ついても仕方がない。まぁ、理解できるからと言って、俺が何かを言えるわけではないんだが。


 それから飯を食っている間も、どこかしらに移動している間も、不躾な視線を向けられる。これはグレイでなくても苛つく。実際、俺自身苛ついているからよく分かる。


「……グレイ、大丈夫か?」


 こんな事を訊いてしまうぐらいには、俺もこいつに同情していた。訊いたって俺には何もすることは出来ないのに。訊いた後になって、ようやく何をしているんだか俺は。と思ったレベルだ。


「……大丈夫」


「そうか……まぁ、鬱陶しい事もあると思うが、少しは我慢しろ。我慢しきれなければ、その時は言え。俺が何とかしてやる」


「……どうして?」


「あん?何がだ」


「ご主人様はどうしてそこまでしてくれるの?私を預かるなんて嫌だったんじゃないの?」


「……一応訊いておくが、どうしてそう思う?」


「そういう臭いがするし、そういう雰囲気だったから。ご主人様は、私のことなんて嫌いだと思ってた。あんまり覚えてないけど、私はご主人様を襲ったから」


 その姿は親に捨てられた子供のように脆く、儚かった。触れれば砕けてしまうのではないか?そう思わせられるほどに、今のグレイという少女は華奢だった。……だからと言って、何とかしたいと思う訳ではないのだが。


 それにしても、獣人種というのはとんでもないな。体臭だけで感情を読めるなんて相当だ。いくら獣人種の中でも高位種にあたるハイウェアウルフといえども、だ。戦う訳ではないが、もしそうなったら気を付けなくちゃならんかもしれん。その必要があるのかはともかくとして、だが。


 その日の夜、俺とグレイは偶々バダックたちと食事を共にしていた。奴隷は主と食卓を共にしない、とかいう意味の分からん共通認識があるらしい。なので、一応バダックたちには訊いておいた。快くOKしてくれたので、酒を片手に喋り合っていた。


「あぁ、奴隷市場のチャールズか……敵に回さないで正解な相手だな。なにせあいつはあそこの元締め。貴族とか危ない連中とも平気で取引している奴だ。敵に回せばどうなるか、分かったもんじゃない」


「よく知ってるな」


「そりゃあ、知ってるさ。あれで第一級冒険者だぜ?今じゃあ、あんまり活躍は聞かねぇけどな」


「……あいつは強いよ」


「何か知ってるの?グレイちゃん」


「うん。私があそこにいたのは、あいつに負けたからだもん。そうじゃなかったら、あんなところでご主人様を待ってたりしてないもん」


「あんなところで……?」


「うん。最初はご主人様のところに行こうと思ったんだけど、あいつに止められた。天狼族において、勝者の言葉は絶対守るべき物。だからあいつに負けた私は、あそこで待ってたの。ご主人様が来てくれるのを」


「……何故?何故、俺を待っていた?」


「ご主人様は私に勝った。あの時、正気のなかった私でもそれは分かった。だから、ご主人様を待ってた。ご主人様に会うために」


 グレイのその言葉に誰かがヒュウッと口笛を吹いた。苦笑しつつ、酒を口にする。しかし、久しぶりに飲むからか、それとも疲れている所為かアルコールが回るな(・・・)


「おいおい、随分楽しそうだな?英雄さんよぉ」


「あん?」


 後ろから聞き覚えのない声がしたので、何かと思って振り返ってみると顔も知らん男がいた。その恰好からして、おそらくは冒険者だろう。だが、態々何の用だ?こっちには微塵たりとも用事などないんだがな。


「英雄さんよ、なんでまた奴隷と一緒に飯なんて食ってんだ?話を聞くに、その奴隷はお前さんのなんだろう?」


「だったらどうした?というか、そもそもお前誰だ。ああ、いや、名乗らなくて良い。欠片も興味ないし、教えられてもすぐに忘れる自信がある」


「そ、そうかよ。英雄さんよ、お前さんだって知らねぇわけじゃねぇだろう?奴隷と主は同じ卓を囲まない。というか、奴隷は地べたで飯を食ってりゃいいんだよ。奴隷なんて俺らより隠したなんだか……!?」


「……どうした?言いたい事があるんだろう?だったら言えば良い。ただし――――自分の命が消える覚悟はしておけ」


 殺気をなんかベラベラと喋っている奴に向ける。はっきりと言ってくる分、他の奴よりははるかにマシだ。しかし――――タイミングが悪かった。胸倉を掴み、空中に浮かび上がらせる。


「酒で良い具合に酔って、会話でそれなりに良い気分だったんだけどな――――なぁ、分かるか?俺の言いたい事が」


「あ、あ、あああぁぁぁ…………」


「お、おい、ヴィント!その辺にしとけって!」


「おいおい、止めてくれるなよ。良い機会ではあるし、言っておくだけさ」


 恐慌状態に陥ったその男を他所に、バダックにそう言った。実際、これはまたとない機会だ。この場に限定されるとはいえ、言っておいて損はないだろう。


「どうも、お前らは奴隷を下に見るのが好きなようだがな?こと、俺の奴隷をそのように見る事は赦さん。俺が選んだ訳ではなくとも、俺の元にいる者だ。それを貶す事も、貶める事も、俺は決して容認しない。認めさせたいというのなら、力尽くでしてみせろ!」


「は、はぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 胸倉を離して男を地面に落とし、改めて椅子に座って酒に手を伸ばそうとした瞬間――――俺の意識はぷっつりと消えたのだった。

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