調査依頼
「学外演習?」
「えぇ。毎年恒例の行事なのですが、今年は安全のために冒険者にも護衛してもらう事が決まりまして。ヴィント先生もご同行戴けませんか?」
「嫌です。冒険者業は身分証明が必要だったのと、食うに困らない環境作りの為ですから。余計な事はする気ありませんので」
急に学園長が来たから何かと思ったが、思った以上にくだらない話だった。そんな話を振ってくるなんて何を考えているんだろうか?俺がそんな話に乗る訳ないだろうに。
「学園長、そんなおんぶに抱っこでは誰も成長しないでしょう。頼りきりになって面倒な事になるだけですよ」
「分かっていますがね。安全確保のためには仕方がないのですよ」
「安全、なんて言葉はどこでも通用しませんよ。弱者は死に、強者の糧になる以外ないんですから」
「ヴィント先生らしいお言葉ですね。しかし、彼らはあまりに弱い。少なくとも、今の急変する状況下では彼らの力は余りにも無力だ」
「それが分かっているのなら、力を付けさせてやれば良い。どちらにしても力を付けなければ、彼らはいずれ死にます。それが自然の成り立ちという物でしょう?」
弱ければ死ぬ。そう、それが単純にして明解な答えだ。ルールは世界を難解な物に誤解させていくが、本当はその程度の物しか存在しない。それが絶対にして唯一のルール。
「死ぬのが嫌なら戦うしかないし、戦うなら強くなるしかない。簡単な理屈じゃないですか」
「……ヴィント先生、誰もがあなたのように強くあれる訳ではないんです」
「強くなる意志があれば、どうとでもなります。自分の生命ぐらい、自分で護るべきだ」
「……先生。ここだけの話ですが、この学外演習には生徒に経験を積ませる以外にもう一つの役割があるんです」
「もう一つの……役割?」
「えぇ。学外演習の行き先は白狼の森と呼ばれる場所の近くなんです」
「勇者伝説で有名なあの?」
勇者伝説────それはこの世界に伝わる最も有名な話だ。かつてこの地に現れたとされる勇者が今のように魔族が台頭しつつあった時代に現れ、仲間を集めて人々を救う。そして最後には魔王を倒す事で人々を救った。
そんなどこにでもあるような英雄譚だが、一つだけ他の英雄譚とは違う部分があった。それは────勇者の事を『最後の勇者』と称している点だ。
何故『最後』なのか、それは誰にも分からない。今でもその事で論争が起きる程度には、ポピュラーな論点だ。それほど迄に『最後の勇者』の話題は人々の心に根強く残っている。
そして学識のある者なら誰でも知っているが、『最後の勇者』というのは実在の人物だ。理由は歴史に名を記した偉人たちが記した書物に、その存在を書き記しているからだ。
白狼の森はそんな『最後の勇者』の物語に登場する森だ。多くの生物が生きているそこは、一種の狩場。だが、そこに入って狩りをする狩人はいない。それは伝説以上に、総ての狼の祖である大白狼とその子供である白狼が生息している森だからだ。
獲物を狩るどころか、こちらが狩られかねないような場所に行きたがる者は普通いない。『滅びの森』と同じように災害指定地域と呼ばれている場所であり、何よりその伝説故に侵入を禁じられている。
「そんな場所の近くで演習って、死ぬ気ですか?」
「まさか。毎年、モンスターの活動が森内部に限定される時期にしか行きません。ですが、近付くだけで分かるのですよ。殺意に満ちた獣の争いから、危険度という物が」
「……それで?俺に一体何をさせる気なのですか?そんな話をするからには森に入って何かをしろ、という事なのでしょうが」
「ええ。というより、森の内部調査ですね。凡その広さは分かっていますが、内部がどうなっているのかは分からないですからね。なにせ気付いた瞬間には死んでいる、なんて事態が簡単に起こる場所ですから」
「まぁ、伊達や酔狂で災害指定地域とは呼ばれないでしょう」
『滅びの森』で何年も生きてきた俺が言うのもなんだが、そこに生きる連中は必死になってこちらを殺しに来る。生きていくためなのだから、それも当然だ。ああいう場所は普通の環境よりも何倍シビアにできている。腹を空かして力が出なければ、死ぬ以外に方法はない。
そういう自然闘争が日常茶飯事で行われている。俺のように結界で囲まれた場所にいないのなら、四六時中気を張っていなければ生きてはいけない。眠った瞬間、その眠りが永眠に変わるなんて事も当然のようにあるからだ。
そんな場所に行け、というのは普通死ねと言っているのと同義なんだがな。しかし、まったく気にならない訳ではない。未開領域とも言える白狼の森に何があるのか、興味はある。余分な行動だとは分かっているが、余計な行動であるとは到底思えない。
「それで、どうでしょう?調査に行って貰えませんか?」
「……報酬次第では行っても構いません。何の興味も抱かないと言うと嘘になってしまいますからね」
「ふむ……それでは報酬は出来高払いという事で。普通の冒険者なら金で十分ですが、ヴィント先生は物欲がありませんからね。調査の進み具合で報酬を決めるとしましょう」
「……分かりました。森の中を歩き回って記録の魔法を使って記録していけば良いんでしょう?」
「ええ、それでお願いしますね」
「了解しました。それで、その学外演習とやらは何時あるんですか?」
「今日から丁度十日後にあります。ああ、調査のために使用した金額はこちらが負担しますので、報告の際に一緒に教えてください」
「分かりました。それでは、これから準備に移りますので失礼させていただきます」
「えぇ、お願いしますね」
そう言うと、学園長は部屋から出て行った。俺も荷物を纏めると、部屋を出て鍵を閉めた。そうして街の方に向けて歩き始めた。なにせ実地調査だ。必要な物はそれなりに存在する。その為に、早く準備を済ませておいた方が良い。
「さて、まずは何を準備するべきか……」
そうぼやきながら、足を進めるのだった。