精霊
「とりあえず謝れ。調子に乗ってやりすぎるのはお前らの悪い癖だ」
「…………ごめんなさい」
「あ、あの、ヴィントさん?あの子は一体……?」
「風精霊ですよ。分かりやすく言うとシルフです」
精霊。それは世界に存在する自然が宿す魔力によって生み出される存在だ。秘境にでも立ち寄らなければ会えない存在だし、よりによってこの時期に挨拶もなくいたずらを仕掛けてくるとは思わなかった。
普段はいたずらをする対象が俺しかいなかったし、それだけに見慣れないゾーネさんに興味を示したんだろう。だけど、ゾーネさんが思った以上に怯えてしまったので落ち込んでいるらしい。シルフは本当に人にいたずらをするのが好きな精霊だからな。
精霊は自分の属性に関与する場所なら、割とどこでも現れる。水の精霊であるウンディーネを綺麗な湖畔で見かけたと思ったら、その辺の水溜まりで遭遇する……なんて話もざらにある。って言うか、俺の事なんだけど。
唯一、火の精霊であるサラマンデルにはまだ会った事はない。この辺には火を象徴する物が存在しないからだ。自然界に存在する象徴する物質のある場所でしか、精霊は現界する事が出来ない。逆に言えば、象徴さえあれば精霊は現界する事ができるという意味でもある。
しかし、その事を完全に頭から抜いていた。久しぶりに来ている、という点もあるがそれ以上に俺も乱雑にしか構わないからシルフもそのうち飽きて帰るのだ。精霊を相手にする時は、まともに相手をしてはいけない。適当なぐらいで丁度いいのだ。
「ゾーネさん、シルフの事を教えてなかったのは俺のミスだ。すみません」
「え、あ、いえ、突然触られたので驚きましたけど、今は大丈夫です。だから2人とも頭を上げてください」
「本当にすみませんでした」
俺がもう一度深く頭を下げると、ゾーネさんは苦笑を浮かべていた。我ながらしつこいとは思うが、けじめはきちんとつけておくべきだと思う。法なんてあって無きが如しだけど、だからこそ通すべき物があると思っている。
「もう良いですよ。それより、なんで精霊がいるんですか?精霊は人の寄り付かない秘境にいるって聞いてましたけど」
「……そもそも、精霊が寄りつく条件って何か知ってますか?」
「自然の豊かなところではないんですか?」
「違います。自然の豊かな場所に精霊がいるのは、単純に自然の魔力が溢れているからです。精霊は基本的に豊富な魔力がある場所ならどこにでも寄りつくんですよ」
自然とほぼ同義の存在である精霊は、自然から発生した魔力によって存在を保つことが出来る。だからこそ、霊界から出てきた精霊はそういう場所を渡り歩く。幾つかの例外を除いて、精霊が人と接するような事はない。
「え、それじゃあ、どうしてここにいるんですか?」
「そりゃあ、ここは魔力だまりの土地ですから。精霊だってそりゃあ来ますよ」
「えっ!?ここって魔力だまりだったんですか!?」
魔力だまりっていうのは、文字通り魔力の溜まる土地の事だ。自然の魔力というのは世界中を巡っており、そうすると必然的に魔力が溜まる場所が出てくる。そういう場所の事を魔力だまりと呼ぶのだ。では、何故ゾーネさんが驚いているのかと言うと――――
「魔力だまりは人が住めるような環境じゃない筈ですよね!?」
そう、魔力だまりの土地は基本的に人が住む土地に適していない。それは自然、というより世界に流れる魔力は人の身体に適応していないからだ。魔力によって身体を侵蝕されるし、そもそもとして嘔吐を始めとした状態異常に襲われる事になる。
人間が生きるという意味では、この環境はまったく適していない。逆に言えば、ここで暮らしていれば煩わしい人付き合いなどしなくても良いし、研究に没頭するために必要な魔力は外部から簡単に供給する事ができる。
「それは考えられてますよ。この家の動力は全部魔力で賄われているんですよ。そこの明かりとか、暖房や冷房の調節機器とかいろんな物に使われているんですよ」
「それでどうにかなるんですか?どう考えても足りないと思うんですけど……」
「確かに、一般的に魔力だまりの土地は一つの国の半分のエネルギーが賄える……でしたっけ?まぁ、それぐらいの量はあるかもしれませんね。身体に害はないので一先ず大丈夫ですよ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。……下手な事をしなければ」
「え?」
「いえいえ、なんでもありませんよ。それじゃあ、俺はそろそろ昼食の準備をしますね」
「あ、あの、ちょっと待ってください!今のはどういう意味なんですか!?」
「まあまあ」
「まあまあじゃないですよ!?ちょっと待ってくださいよ!ヴィントさん!」
こればっかりは説明してもしょうがないし、理論的に説明しても意味がない。相当勉強しないと全然分かんないしな。俺も教えてもらった時はさっぱり分からなかったし。少なくとも婆さんが書いたあの本を読んでいる間は分かんないだろう。
分からないなら説明する必要はないだろう。この理論に関してだけは、俺も説明するのが面倒くさいのだ。なにせ、いろんな分野の魔導を研究しつくした婆さんの力作だからな。片手間で説明できるほど簡単な物ではないのだ。
それに……こう言ってはなんだが、俺は別に彼女の事を信用も信頼もしていない。ただ悪い人間ではない、という事が分かっているだけだ。だから、少なくとも現段階で彼女に説明する気はしない。
どれだけ人柄が良くても、どれだけ人当たりの良い性格をしているとしても。付き合いの浅い人間を簡単に信用するほど、俺は簡単ではない。俺の本質は疑念で出来ているのだから。疑ってかからなければ、こんな場所では生きてはいけない。
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