争いの予兆
パーティーが進んでいくと、音楽の音が響き始めた。と言っても、会場にいる者に積極的に訴えかける物ではなく、自然と耳に入って来る物だった。相当な練習を繰り返さなければ、こんな音は出せないだろう。その音を静かに聞いていると、こちらに近付いてくる気配がした。その気配の方向に視線を向けてみると、そこには白に近い銀色――――というより白いドレスに所々銀色の装飾をあしらった――――ドレスを纏ったゾーネさんがいた。
「こんばんは、ヴィント先生。ご機嫌如何でしょうか?」
「こんばんは、ゾーネさん。音楽は聴いていて気分が良いですね。これほど上手い音楽はそうそう耳にできる物ではありませんから」
鳥たちが奏でる音の調べとはまた一風違った物だしな。人工的な物であるのに、それをまったく感じさせない音の調べは美しい。それを耳にしていて気分が悪くなる事は早々ないだろう。
「それでは一曲、お付き合いいただけますか?」
「……俺にですか?そんな軽はずみな真似はしない方がよろしいのでは?」
ゾーネさんは王女だ。そんな相手が自分から誘いをかけるなど、どんな勘繰りをされるか分かった物ではない。俺的にも御免被りたいが、ゾーネさんにも面倒な事態になりかねないだろう。王族ともなれば、権力闘争とか色々面倒な物があるんじゃないだろうか?
「構いませんよ。私は王位継承権を持ち合わせていません。どんな勘繰りをされても、困る事などありませんから」
「王族なのに継承権を持ち合わせていない?……よく分かりませんが、良いでしょう。ここで誘いを断ったら明日からまた面倒な事になりそうですからね」
持っていたグラスを空にしてウェイターに渡す。そしてゾーネさんの手を取り、踊り始める。こういう場合、そういう練習も必要だがそれ以上に重要なのは次に相手がどう動くかを理解する事にある。そういう部分は戦闘と何も変わらない。目の前の相手の行動を理解し、それに対して自分がどういう風に動けばいいのか。それを理解する事が重要なのだ。そう、かつて教えられた事がある。
それを思いだした瞬間、頭に刺すような痛みが奔る。思わず眉を顰めてしまい、ゾーネさんに不審がられたが何でもないと告げた。だから、こういう事はやりたくないのだ。こうなる事が分かっていたのだから。婆さんにこの手の事を叩きこまれた時、何故か俺は踊り方を知っていた。だが、それを思い出そうとしていると何故か頭に鈍痛が走っていたのだ。その理由も何でなのかはさっぱり分からない。
頭に奔る鈍痛を堪えながら踊っていると、いつの間にか曲が終わっていた。ひとまずその場を離れ、知らぬうちに渇いていた喉を潤す。そして一息つくと、ゾーネさんがこっちをじっと見つめていた。
「……なんですか?」
「……ヴィント先生、何も考えずに踊っていませんでした?」
「……すいません。どうも俺が踊ろうとすると、何故か頭が痛くなってくるんですよ。本当に原因は何なのか、さっぱり分からないんですけどね」
「そうなんですか?それなら無理にされなくても良かったんですけど……」
「……別に良いんですよ。ゾーネさん、どこか楽しそうでしたから。ゾーネさんが楽しんでくれたのなら、俺はそれで良いんです。寧ろ、そうやって心を痛められる方が俺としては心苦しいんです」
「でも……」
「痛むと言っても、しばらく休めばどうとでもなります。それよりは楽しんできてください。俺にかかずらうよりはそちらの方がよっぽど有意義な時間の使い方ですから」
流石に俺がそこまで言うと、ゾーネさんは歩いて行ってしまった。俺はその後ろ姿を黙って見送った。俺があそこまで言った以上、流石に納得してくれた。不承不承という感じではあったけれど。鈍痛は少し休めば、ほとんど影も形もなくなった。その事に安堵のため息を吐いた瞬間だった。俺の身体を、いや建物のその物をすり抜けるように現れた魔力の波を感じた。これが何による物か分からない程、俺は鈍ってはいない。森にいた頃は何回か経験した感触なのだから。
「転移魔法か……」
そう呟いた瞬間、右手に見えていた壁が崩れた。土煙が消えた先にいたのは、全長五、六メートルほどの大きさの翼竜だった。
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