歓迎会
「ダンスパーティー?」
街を探索して変な占い師と出会ってから数日後、俺が授業後に解説を行っているとレーゲン兄がそんな事を訊いてきた。あからさまに俺とは縁遠い単語だが、一応訊いておくとしよう。
「ダンスパーティー、って言うか、要するに新入生との交流会ですよ。学校にもぼちぼち慣れてきたところで、上級生や先生方と関わりと作っておこう……みたいな会ですよ」
「くだらん。そんな不必要な物をやっている暇がよくあるな?」
「まぁ、平民には関係ないですけどね。俺みたいな貴族だと派閥とか色々とあるんですよ。我ながら面倒くさいとは思っちゃいるんですがねぇ……ま、貴族の習性みたいな物っすね」
「本当に下らんな。どうせ利権がどうこうとか言って争うくせに。そんな狡からい連中の相手など、俺はゴメンだな。俺は必要最低限の物が保証されていればそれで良い。必要以上に利益が欲しいとは思わんよ」
「先生はそういうとこハッキリしてますよね。かくいう私も、パーティーには参加しないといけないんですけどね。新入生は参加する義務がありますから」
「先生も今年は逃げられない。着任したての教師は新入生と同じように参加する義務がある」
「そんな無駄な事のために時間を浪費しなくてはならんとは……忌々しい。何故そんな下らん催しに参加せねばならんのか……」
まったくもって時間の無駄だ。ダンスをしている時間も、繋がりを作っている時間も、俺にとっては邪魔でしかない。そんな物、俺には何の必要もない物だからだ。魔導の研究。それ単体にはそれほど金は掛からん。錬金術や薬学など、実際の物品が必要な物はその別ではないが。では、何故魔導士には金がかかるのか?それは単純な見栄の部分が大きい。
見栄が必要な貴族でもあるまいし、何かと格好をつけねば気が済まない連中なのだ。どれだけ稀少な物品を持っているのか、その一点を気にしている。アホらしいにも程がある。魔導士の目的はそんなところにはないだろうに。だと言うのに、こんな無駄な事に時間を使えるのだから奴らは余裕だな。思うに、婆さんがこの場所を離れたのはそういう一面もあったのではないだろうか?そう思えてくるほどだ。本当に無駄遣いも甚だしいという物だ。
「参加さえすれば良いのだろう?だったら大人しく諦めよう。駄々をこねても仕方がないからな」
こういった事は諦めが肝心だ。必要以上に抗いすぎてもどうしようもない。どうなるにせよ、なるようにしかならないんだから。それに、俺みたいな奴に人が群がってくるような事はないだろう。
その後、学園長からも出席するように命じられ、教えた覚えもないのに寸法がピタリと合っている服を押し付けられた。正直恐ろしいと言うしかないが、それでも助かったのは事実なので礼を言っておいた。一般的な礼服の類ではあったが、動きやすさも考慮されている。まるで非常事態も考慮されているかのような、そんな気配も漂わせている服に嫌な予感が絶えない。これは準備をしておけという意味か?
顔を顰めながら準備を整える。準備を終えた後、パーティー会場とやらに移動した。まだ若干早すぎるのか、人はまばらにしかいなかった。俺はする事もないので、少し離れた場所で壁に凭れ掛かった。そして段々と会場に入っていく人を眺める。やはりと言うかなんと言うか、集まってくる生徒は貴族が多かった。平民の生徒はつまらなそうにしているか、或いは場違いさを感じて周りをきょろきょろと見まわしていた。
貴族と平民の違いを見抜くコツは歩き方だ。貴族は基本的にそういう教育を受けている者が多い。当然だろう。今までも、そしてこれからも、こんなパーティーに出るのは日常茶飯事だろうし。逆に平民はそうではない。これからは分からないが、これまではこんなパーティーに出た事がある者はいたとしても限りなく少ないだろう。だからこそ、身体の動きもどことなくおかしい。それは歩き方についても同じだ。
そうして何の意味もなく眺めていると、誰かが近付いてきた。そちらに視線を向けると、エクセシア名誉伯爵殿が何人か取り巻きを引き連れて現れた。流石に壁に凭れ掛かったままで相手をする訳にはいかない。いくらいけ好かないとしても、相手は貴族なのだから。
「久しぶりですな、アルタール殿。壮健そうで何よりです」
「エクセシア伯爵もお変わりないようで。まさかこのような場所であなたにお会いする事になるとは思っていませんでした」
「なに、娘が参加するのだ。親の私が参加するのは当然だろう?……ここだけの話、この学園で婚約を決めるという話も決して珍しくはないのだよ」
「なるほど……後ろの方々はそういう関係者、という事ですね?」
「そうなのだよ。おっと、紹介が遅れましたな。皆さま、こちらは今年この学園に赴任してきたヴィント・アルタール氏です。私の娘と個人的な繋がりがありましてな。その縁で知り合ったのですよ」
何故、そんな喧嘩を売るような言い方をするんだ。一気に取り巻き連中の眼が鋭くなったぞ。貴族のごたごたに俺を巻き込まないで欲しい。そういう面倒はもう二度と御免なんだから。
「初めまして、皆様方。紹介に預かりました、ヴィント・アルタールです。伯爵の娘さんとは生徒と教師の関係ですので、邪推はなさらないようにお願い致します」
と言っても、その言葉をそっくりそのまま信じてなんてくれないんだろうけどな。伯爵に視線を向けると、ニヤリと笑っていた。思わず眉毛がぴくっと動いてしまった。そうやって睨み合いをしていると、更にその後ろの方から声がかかってきた。
「お父様?何をしておられるのですか?」
「おお、クリュセイア。なに、アルタール先生を見つけてな。少し話し合っていただけだよ」
そこにいたのは落ち着いた色のドレスを纏っているクリュセイアさんの姿があった。その色は髪とよく合っていて、選んだ人間のセンスが伺えた。少なくとも俺のセンスではそういうのは無理だ。基本的に着られれば服なんてなんでもいいしな。それから一言、二言言葉を交わすと伯爵は取り巻きを連れて去っていった。そしてその時になってようやく、クリュセイアさんは俺に話しかけた。
「こんばんは、ヴィント先生。先生はてっきり来ないかと思っていました」
「学園長に命じられましたので。流石に学園の最高権力者に逆らうほど愚かではないつもりですよ。どれだけ無駄だと思えてもね」
「ふふっ、そうやってハッキリ言えるところは先生らしいですね」
「言い淀んでも仕方がない。俺は必要な事以外はあまりしたくない人間ですからね。本当はこんな行事にだって興味はないんです。挨拶が終わった後に出て行っても良いなら、出て行くんですがね。まぁ、許してくれないでしょうね……あの様子では」
俺が視線を向けると、こちらを見ながらニコニコ笑っている学園長がいた。あからさまにこっちをけん制している。あの様子じゃあ、こっちも下手な行動はとれないと見て間違いないだろう。勝手に退出しよう物なら、後で何と言われるか分かったもんじゃない。
「まったく……学園長もよくこんな催しごとに黙って参加できるものだ。退屈でしかないでしょうに」
「それが義務ですから。学園長先生はこの学園の最高戦力と名高いお方ですし、それだけの地位と権力を与えられています。それだけ束縛が多いという事でしょう」
「やはり色々と面倒くさいですね。そんな物がそんなに重要ですか?」
「私にだって分かりませんよ」
「違いない」
そりゃそうだ。彼女が知っているなら是非とも教えてもらいたいところだが。貴族の社会がどんな物かなど、彼女の年齢で知っている筈がない。そんな分かりきっている事を態々訊こうとするとは、俺も大概だな。そんなに疲れている訳ではないんだがな。
「そちらはこういう経験はおありで?」
「パーティーですか?それなりに、と言ったところでしょうか?お父様に連れられてそういう場所に行った経験はありますよ」
「そうですか……俺はそういうのは縁遠い身でね。それほど好ましくはないんですよ、こういう場は」
「……何でしたら、お付き合いいたしましょうか?」
「ひょっとしたら足を踏みかねませんが、それでも良いのなら」
「約束ですよ?」
胸に手を当てて、軽くお辞儀するように身体を動かす。そして唇の端を浮かせながらこう言った。
「仰せのままに。お嬢様」
それから暫く談笑していると、他の面子も続々と会場に入ってきた。知り合いがいたのか、クリュセイアさんはそちらの方に行った。壁に凭れ掛かりながら眼を瞑った。ようやく一人になった――――という事はなかった。
「初めまして、アルタール先生」
聞き覚えのない声に、閉じていた片目を開いた。そこには胸元に見たことのないバッジらしき物をつけた、金髪の青年がいた。何の用かは知らないが、面倒くさい臭いがする。
「……申し訳ないが、どなたかな?」
「申し遅れました。僕は今年の総代を任されたアステル・メルク・カラウスティと申します。先生のお噂はかねがね耳にしていましたので、お会いしたいと思っていたんです」
「ほう……総代殿が態々俺に?」
「先生は何かと有名ですから。教頭先生との決闘騒ぎもそれなりに有名ですよ。風変わりな授業も結構な評判の様ですしね」
嫌な言い方だ。教頭の一件は俺も嫌々な面が大きいし、俺の授業に関してはそれこそ知った事じゃない。他人の評価を一々気にしていては、する事も出来なくなってしまうだろう。他人の事にそんな興味を示していられる程、俺も暇じゃない。
「そうか。俺も出来る事ならひっそりとやりたいんだがな」
「生徒を選別するやり方、というのは本当に珍しいそうです。先生もできる限り、多くの生徒を集めたいと思いますから。それだけ人気が出れば、それだけ権威も得やすいそうですから」
「下らないな。俺はそんな物、求めていやしない。俺は魔導士であり研究者であり、真理の探究者だ。権威も金も地位も興味なんてないんだ。そんな物あったって、何も変わりやしないんだからな」
金など幾らあろうと、来世には持って行けない。死んでしまえば、そんな物は総てただの紙と同じだ。いや、使い道がない癖にかさばるだけ紙よりも性質が悪いだろう。そんな物は欲しくなどない。宵越しの銭は持たない、ではないがそれでも必要以上のお金など要らない。少し余裕のある生活ができれば、文句など出ようはずがない。必要以上の金など持て余すのがオチだろう。
「俺にとって重要なのは魔導の、世界の真理に至る事。有力貴族などとのパイプを築く事ではない。出来てしまった物は仕方がないが、率先して作ろうとは思わないよ」
「……なるほど。それが先生の理屈ですか」
「不満か?君も貴族側の人間なんだろうが、俺には君を特別扱いする気も必要もない。それが気に入らないなら、俺には近づかない事をお勧めしよう。と言っても、最初から君の周りの面子が止めてくるだろうがな」
俺みたいな得体のしれん奴に近付いてくる奴は相当な物好きだろう。ゾーネさんやクリュセイアさんなんかは個人的な付き合いがあるから別として、他の連中は物好きか俺を利用しているような奴ばっかりだからな。総代みたいな多くの生徒に囲まれているであろう生徒が、俺みたいな風変わりの教師に近寄る事はないだろう。それこそ、周りから忠告を受けるであろうレベルだ。そんな生徒は俺の傍に近寄ってくることはないだろう。
さっきからこっちを見てる女子生徒らしき姿もある。これ以上一緒にいても仕方がないだろう。俺はその場から立ち去る事にした。だが、その前に一つ忠言をしておこう。
「まぁ、あまり関わる事はないだろうが、頑張っていきたまえ。俺は特に何もしないがな」
その場から離れ、少し食事を摘まんでいると学園長が壇上に上がっていた。全員の視線が自然とそちらに集まり、会話をしていた者たちも自然と会話を止めた。
「……こんばんは、皆さん。今日は新入生歓迎パーティーにようこそ来てくださいました」
やっぱりそういう名目なんだ。学校側もよくこんな面倒くさい行事をやりたがるものだ。新入生の親睦を深めるなど、お互いで勝手にやっていれば良い事だろうに。
「皆さんが入学されてから今日でちょうど一月が経過しました。学校生活にも少し離れてきたところでしょう。これから皆さんは目的のために様々な事を学び、いずれはここを卒業していく事でしょう。その時、ここで過ごした日々が、最良の物となる事を祈っています」
まぁ、挨拶としてはそんな物かな。当たり障りがないと言えば当たり障りがなく、当たり前と言えば当たり前の内容だな。
「皆さんが行き着く果てがどこなのか……それは分かりません。しかし、それがより良き物である事を願っています。そしてどうか願わくば……世界の発展に貢献できるように頑張ってください」
それだけ告げると、学園長は壇上を下りて行った。あの時、学園長が本当はどう言いたかったのかは分からない。だが、少なくともこの場で言う事ではないと思ったのは確かだろう。あの学園長は良識派の素晴らしい人物のように思われているが、根本はそうではない。あの人はどこまでも知識を欲している、一歩間違えれば狂人コースまっしぐらな人物だ。それほどまでに、あの人は知識を求めている。
例えばの話、人間である事を捨てればこの世総ての知識を得られる。と言われれば、あの人は何の躊躇いもなくそれを実行する。帰属心は皆無であり、いざとなれば必要な物以外は総て捨てられるような人物だ。そんな人が言い淀んだ。その事に一抹の関心はあるが、態々訊きたいと思うほどでもない。俺としては、これから話しかけてくるであろう人物と、その取り巻きの相手をどう捌くかにすぐに思考を切り替えるのだった。
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