幕間
「……ふぅ。やれやれ、とんでもない小僧もいたもんじゃな」
穏やかな日が照らしている神社のような場所で、水色の髪に赤い瞳をした一人の少女がそう呟いた。年齢的に見て15歳ほどになるだろうか?知らない他人が見れば面食らう事は間違いないだろう。なにせパッと見美少女と呼んで差支えないような少女が、年寄りのような言葉使いをしているのだから。思わず首を傾げてしまっても、誰もおかしいとは思うまい。
「あのような運命の渦を見たのははてさて、一体どれほどぶりじゃったかのう?」
少女はつい先ほどまで会っていた青年に思いを馳せていた。いや、その言葉は正確ではないだろう。正確に言うとすれば、つい先ほど見た青年の運命を。少女は相手の運命を見る事ができる。その形は人によって様々。木のような形をしている者もいれば、湖の水面のような形をしている者もいる。それこそ区別するのも大変なほどに。しかし、そんな形をしているという事にはそれなりの理由がある。運命の形はその先にある道行きによって変化する。それこそ木であれば、それだけ多くの選択肢があるという事。水面であれば、穏やかな未来が待っているという事。
そんな中で、青年の運命は渦だった。渦の形をした運命――――それは、その者を待っている未来がそれだけ困難に満ち溢れている証拠だ。それこそ、常人であれば人生に一つあるかないかレベルの物から、世界でも稀有としか表現できない物まで。こんな運命を持っている者は世界でも極めて珍しい。ここ数百年では一人も存在しなかった程に。それほどまでに、そんな運命の形をしている者は少ない。そんな運命の形をした者を最後に見たのは――――
「いや、それはありえん。それだけはありえん」
少女はそう断言する。数多くの運命を見てきた少女だからこそ、断言する事ができる。それだけはありえないのだと。そう自分に言い聞かせるように呟いていると、誰かが入ってくる気配を感じた。少し瞑想をする事で心を落ち着かせ、声をかけた。
「……何用じゃ?今日は誰も来ぬように言っておいたはずじゃが?」
「申し訳ありません。しかし、神殿長から急ぎ報告するように、との命を仰せつかって参りました」
「ほう?態々儂の楽しみの邪魔をしてまで伝えたい事か。生半可な事であれば、ただで済むとは思うなよ?」
「……漆黒領域にて魔力による空間の歪みが活発化しているそうです。近日中に動きそうな気配が窺えると。そこで姫様には急ぎ、彼らが行う一手を読んでいただきたいそうです」
「……魔族が、か。すると、あの噂は本当だったんじゃな。魔王が出現したという噂は」
魔族。人種やそれ以外の種族の共通の敵と呼べる存在。人間種を始めとしたこの大陸で生きている者たちの上位種と呼べるような存在。そして度々、世界に危機を齎し続けてきた存在でもある。
エルフを上回る魔力量にドワーフ謹製の武器を上回る武具を作り出す能力。人間を上回る作戦構築能力と指揮能力。さらに魔獣を操作する技術。それぞれの特技に特化した魔族の軍団。そして何より、総ての種族を上回るモチベーション。どれを取っても、我々には勝てる見込みなど欠片もない。そんな連中と数万数千年――――それこそ神話と呼んで差支えないような昔から戦ってきた。魔族との戦いとは即ち興亡期に突入したという事に等しい。
「しかし、魔族といっても木っ端から大物まで数えきれんほどおるだろう。どやつの事を言っておるのだ?」
そう、魔族といっても木っ端の兵士から将と呼ばれるような者まで様々だ。木っ端のやる事を一々占っていては少女の身が持たない。未来を占う事は少女の肉体にそれなりの負担を強いる。それが未来に関わる事である以上、仕方のない事でもあるのだが。
「それが……少なくとも将級の物ではないかという疑いが持たれています」
「……その根拠は?」
「……軍団規模のワイバーンが確認されたそうです。その軍勢の中には魔族の姿も確認されたそうです」
「ワイバーンを威力偵察に使う、か……今度の魔族は随分と大盤振る舞いじゃな」
「それだけ我々の同行を気にしているのか。或いは――――」
「ワイバーン程度の損耗は気にする必要もないから。どちらにしても厄介な事には変わりはないか……」
前者であれば、それだけ相手は慎重に行動しているという事。後者であれば、それだけ相手に余裕があるという事を示している。ワイバーンは本来、戦争で用いられるほど重要な存在であるにも関わらず、こんな使い方をしてきたのがその証左だろう。
「まぁ、良い。見てみるとしよう。それは儂でなければ見れんじゃろうしな」
「お願い致します」
それから少女は着替えや禊ぎを済ませた後、少女は巨大な鏡の前に座り込んだ。深呼吸をしながらゆっくりと閉じていた瞳を開いていくと、まるで水晶のように透き通った蒼色に変化していた。
まるで総てを見通すかのようなその瞳を誰かが見たのなら、彼女を教祖とした宗教ができてもおかしくはない。それほどまでに、少女の神秘性は際立っていた。鏡を媒介とする事で、彼女はありとあらゆる物を見通す事ができる。
「……ッ!ハァ……ハァ……見えた……」
しかし、その代償として数百キロを走らされたかのような疲労感に襲われる。地面に倒れ伏し、胸を上下させながら知り得た情報を整頓していく。その中で恐ろしくタイムリーな事を理解してしまった。先ほど見た青年が魔族と戦っている姿が見えた。それはつまり、この一件も青年の運命の一部であるという事だ。
「……これすらも……あやつの試練の内の……一つと……いう訳か……」
恐ろしく感じてしまう。これから起こるであろう、彼に引き寄せられるように巻き起こる試練の数々が。まるで神々の掌の上で踊らされているのではないか?そう思ってしまうほどの、彼に課せられる戦い。これほどの物ですら、彼にとっては序章の内の一つでしかないというのだから恐れ入る。
「やはり……あやつは……■■なのか……?」
それだけはないと思いつつも、そうではないかと思ってしまう。しかし、自分でもありえないと分かっている。何故なら――――少女の考える人物は、とうの昔に死んでいるのだから。
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