街散策
結局、強制的に街を案内される事になった。どうせそんなに知りたい場所なんてほとんどないんだが、これも付き合いだ。それに気分転換にはちょうど良いかもしれないな。
この街は国の主都というだけあって、とてつもなく広い。この街を隅々まで見て回ろうと思ったら、それこそ一週間以上かかるだろう。いろんな店が各所に点在し、昨日あった店が今日にはなくなっている。そんな話がざらに存在する場所だ。
要するに、競争が過激なのだ。誰もが競い合い、有名になりたいと思っている。いや、別に名誉だけでもない。金か女か知識か……誰もが何かを求めてこの街に来ている。この国の縮図とも言える首都がどんな物か聞けば、大体の事は分かった。
この世界には大まかに分ければ人族、エルフ、獣人、魔族に大別される。魔族は殆ど確認されていないのでノーカウントとするが、他の種族は互いに固まって国を形成している。実はこの三種族、それほど仲良くはない。互いが互いを下に見ているのだから、当然の事だろうが。自分たちが最高だと信じ、それ以外の連中を下に見ている。アホらしくなるが、これは事実だ。前に行った奴隷市場に行けば、大半は人間だろうがエルフや獣人も大勢いるだろう。
これで戦争になっていないのは、魔獣という脅威があるからだ。つまり、戦争をしている間に魔獣の騒動があったりするとそれどころではなくなってしまう。皮肉な事に、人々に多くの被害を齎している魔獣の存在が戦争の抑止力となっていた。
「そう言えば、ギルドランクはどれくらい上がったんだ?授業がない日は依頼をこなしたりしてるんだろ?」
翌朝、一緒に食事を取っているとバダックが急にそんな事を訊いてきた。生活費を稼ぐためだけではないが、多くの獣や魔獣を狩ってきた。まぁ、それもどちらかと言えば剣に慣れる事を目的とした狩りなんだが、わざわざ言う必要もないか。
「これか?」
懐からギルドカードを取り出した。ここに記載されているのは今まで討伐したモンスターの数、そして評価額が記載されている。それがどうした、という気もするかもしれないがこれが高い程信用されるらしい。胡散臭い事この上ないな。
「もう銀等級か。お前、ちょっと早すぎないか?」
「あんたみたいにパーティーで動いてる訳じゃないからな。報酬は基本的に俺だけ。だったら、早く貯まるのも当たり前じゃないか」
「パーティーを組む気はないのかよ?お前だったら、高ランク冒険者にもなれるだろ」
「俺はそんなことを目指して冒険者をやっている訳じゃない。俺の本業は魔導の研究。冒険者はあくまでも副業でしかないんだ。それに今の段階で俺が必要以上にこの場所から離れる訳にはいかないんだよ」
「……教師ってのは大変だな。そうそう簡単に首都からは離れられないんだもんな。そういう所は大変だと思うぜ」
「そんな風に思われる事じゃないさ。俺はこの道を選んだ事に後悔なんてしていない。だからそんな事を言う必要はないよ。俺がこの道を進むと決めた。人が決めたことに口を出すほど、あんたは野暮ではないだろう?」
「そりゃそうだ。じゃあ、少ししたら出るとしよう。俺たちはまだしも、他の奴は用意できてないみたいだしな」
今の時刻は朝といっても結構早い方だ。元々、俺は起きるのも行動するのも早い。だから、普段は一人で食事を取っている。誰かと一緒に取ったりすることは今までなかったんだが、今日は何故かバダックが早めに来ていた。
「そう言えばなんでこんなに早く起きてるんだよ、あんた。普段はこんなに早く起きてないだろ?」
「それを言ったらお前さんだって早いじゃねぇか。お互い様だろ?」
「俺はいつもこれぐらいには起きてるよ。女将さんだって知ってるさ。ねぇ、女将さん?」
「そうだねぇ。うちのお客さんの中では起きるのが一番早いね。そういう意味ではバダックさんは珍しいね。こんな早かったのなんて初めてじゃないかい?」
「ああ……まぁ、そりゃそうか。俺も正直眠いしな。ただ、なんとなくあんまり寝れる気がしなかったんだよ。何が、って訊かれても答えられる訳じゃないんだがな」
「冒険者の勘とかいう奴なのか?」
「どうなんだろうな?俺自身、説明できるわけじゃねぇし。今までこんな事はなかった。命の危機があった時なんて腐るほどあったがよ、こんな気持ちになった事は一度もねぇんだ」
「ふぅ~ん……そんな事もあるもんかね。俺もそういう勘がある訳じゃない。あったとしても戦闘系しか機能しないからな」
今まで戦いか魔導の研究しかしてこなかった。掃除なんかの家事なんて魔導具に任せきりだったからな。そういう知識に関しては一切ない。冒険者の仕事もほとんど採集か狩りだけだ。そんな勘なんて養いようがない。
「まぁ、お前と俺じゃあ年季の差があるからな。最近やり始めたお前と長年やってる俺とじゃあ、経験は比べようもねぇよ」
「それで、そのベテランの冒険者様が何か嫌な予感がすると?」
「嫌な予感とまではいわねぇよ。ただ、なんというか気持ち悪い感じって言うのかね?小骨が喉に引っかかってるというか……まぁ、とにかくそういう感じだよ」
まぁ、何となく何を言いたいのかは分かった。言葉にしがたい感覚であるという事はな。そういう感覚なら俺も経験がある。昔、薬草集していた時に間違ってとんでもない毒草を取っちまった時だ。結局その時はその毒草を魔物に奪われて、その魔物はその毒で死んだ。いや、あれはとんでもなかったな。流石の俺も顔が引きつるのを止められなかったし。それにしても、俺はそこら辺のことは本当分かんないな。どういう事かもあんまし理解できないし。
「気にしすぎてもしょうがないんだけどな。こういう時はなるようにしかならねぇし。それに個人で動く訳じゃねぇんだ。まぁ、何とかなるだろうよ」
「適当だなぁ……」
「こんなもんは適当で良いんだよ。深く考えすぎてもしょうがねぇ。どうせ俺らにはどうしようもないんだからな」
「本当に適当だなぁ……」
もう呆れかえるしかない。自分で煽っておいてこの言い方はどうなんだろうか?不安を煽るだけ煽っておいて、適当すぎるだろう。
「ハハハハハッ!まぁ、気にすんなって!なんかまずい事が起こったって俺らでどうにかするし、大抵の相手はお前さんの敵じゃねぇだろ?だったら考えすぎず、適当にやっとけばいいんだよ。違うか?」
「……まぁ、それもそうか」
そういう意味ではバダックたちの戦力を測れるからちょうど良い。戦闘になるかどうかは分からないが、どうなっても大丈夫なように準備だけは整えておくか。そう考えながら、部屋に戻った。準備を整えて食堂に戻ると、他の面子も食事を取っていた。口々に挨拶を交わし、食事が終わると少し休憩を取って街に出た。もう完全に朝と言って良い時間であるためか、多くの人々で賑わっていた。
「やっぱり首都は朝から景気が良いよな」
「そうだね。ここまで多くの人が集まっている場所もそうはないだろう。こういう場所では大抵掘り出し物を探して歩き回るのが醍醐味なんだ」
「掘り出し物ね……」
「そうそう。別になくても構わないんだよ。こういうのはワイワイ騒ぎながら見て回るのが楽しいんだから。お金ぐらいはあるでしょ?」
「そりゃあ、宿屋以外で使う事はないんだからあるけど。でも、いたずらに物を増やすのは俺の趣味じゃないんだよ。あっても使いどころに困るからな」
「まぁ、そう言わずに。それに見て回るのも楽しいわよ?たまに魔道具が出回る事もあるしね」
魔導具は基本的に専門のギルドでしか製作・販売はされていない。それは魔導具の製作には基本的に金がかかるからだ。魔獣の素材は当たり前のように使われるし、何よりも手作業な上に魔導陣を正確に書ける繊細さを持っていなくてはならない。そんな技術者を囲むには国の協力が必要不可欠なのだ。だからこそ、魔導具を製作している魔導具ギルドは国が直営で運営している。国から一定の自由を約束されている冒険者ギルドとはその点で異なっている。
ギルドというのは、どこであっても必然的に国家の干渉を受けている。それでも、魔導具ギルドほど国家の干渉を受けているギルドは珍しいそうだ。他のギルドはギルド同士で提携する事で何とか回っているらしい。国からの干渉を受ける事などほとんどないし、命令を受ける事などこれまで一度もないそうだ。
魔導具ギルドが国の直営なのは、求められる資材が貴重である事もそうだが、何よりも国の人間に使用される事が多いからだそうだ。今では国を移動するために、飛行船とかいう空を移動する魔導具の開発が行われているとかいう話もあるそうだ。
閑話休題。
魔導具は多くの金を必要とする。それ故に魔導具は信用も必要とする。中にはアマチュアが作った贋作も存在するからだ。その為、ギルドが販売を許可した物には特殊な判が押される。それがギルドの保証となるからだ。逆にこれで不良品をつかまされれば、ギルドの信用問題になる。創るのには時間が必要で、壊す時は一瞬で壊れるのが信用だ。なので、ギルドは細心の注意を払って判を押す。
ここで売られているのはおそらくアマチュアの作品か、判が消えてしまうほどに長く使用された物だろう。前者はあまり信用がなく、後者はまともに機能するかどうか怪しい。小遣い稼ぎ程度の感覚か、或いは日銭を稼ぐためにやっている事だろうからな。
「まぁ、露店で売ってる物だし、そこまで凄い物は珍しいよ。普通にギルド認定されている物はギルドで買ってもらった方が高く売れるからね」
「当たりでも外れでも良いじゃない。こうやって見て回っているのが楽しいんだから」
「君はそうかもしれないけどね……」
「まぁ、良いじゃない。それよりもほら、行くわよ!」
それからいろんな所を歩き回った。武器や防具、生活用品などなど様々な露店を歩いて回った。途中で食事を取り、そのまま歩いていると机と椅子だけが置いてある店があった。屋台などが置いてあるほかの店に比べて、あまりにも飾り気のないその店に思わず視線を注いでしまった。
「あら、どうかしたの?」
「……いや、あの店は何かと思っただけだ。別に気にする必要はない」
「気になるんだったら行ってみれば良いじゃない。どうせ今日は休むって決めてるんだし、羽目を外せばいいのよ。すいませ~ん」
何の変哲もない店だ。何かおかしな点がある訳じゃない。商品がない事が変と言えば変だが、そんな事は些末な問題だ。まだ開店していないと言われれば、納得するだろう。だが、そんな事は重要じゃない。
何も感じないのだ。今イリーナさんが近づいても、何も感じない。強いとか弱いとか、そういった事を感じないのはまだ良い。別に戦闘をしている訳ではないのだから。だが、魔力も生命力も何も感じないのだ。そこまで行けば普通は誰もいないと考えるのが当然。しかし、目の前に確かに誰かがいる。フードを被って髪も目元も隠しているが、それでも占い師らしき姿がそこにはあった。いるのは間違いない。しかし、何も感じない。これは一体……どういう事なんだ?
「このお店って何のお店なんですか?」
「占いじゃよ。お客さんの運勢を見て教える。それくらいの職業じゃよ」
「へぇ~……それじゃあ、私の運勢を見てもらおうかな?」
「お安い御用じゃよ。……ふむ、お嬢さん。あんたは数日中に命の危機に陥るじゃろう」
「へ?」
「しかし、案ずることはない。お嬢さんはそんな場面で死ぬような器ではない。お嬢さんは助けられる事じゃろう。その時、助けられた相手はお嬢さんの生涯のパートナーになるやもしれん。手を離すことなく傍に居続ける事ができれば、お嬢さんは必ずやその相手をものにできるじゃろう。精進する事じゃ」
「あ、うん。分かった……」
「うむ、頑張り給え」
そう言うと、占い師は俺に視線を向けてきた。俺は思わず身構えてしまい、一歩距離を取った。逆に占い師の男はというと――――
「――――馬鹿な」
そう呟きながら、大層驚いたように俺を見つめていたのだった。俺には何を驚いているのかさっぱり分からない。少なくとも、俺はこんな占い師とは何の面識もない。今世でも、ましてや前世からの顔見知りという訳でもない。自分で言っていて、正直意味が分からないが。
「お主は……いや、そんな筈はない。そう、ない筈じゃ……」
だからこそ、分からない。この占い師は何をそんなに困惑しているんだ?そんな感情を抱く理由なんて欠片もないと言うのに。俺と占い師の間には何の関わりもないのだから、困惑する理由などどこにもないというのに。
「なぁ、何をそんなに考え込んでんだ?」
「……少し知り合いと似ていた物でな。困惑してしまった。不快な思いをさせてしまって申し訳ないな。お詫びと言ってはなんじゃが、お主もどうかね?」
「……俺は占いとかには興味ないんだが。聞くからに胡散臭いしな」
「ほぅ……言うてくれるではないか」
「気分を害したのなら謝るが。俺はこの自論を変える気はないよ。未来を見通す事なんて誰にも出来ない物だ。それこそ、そういう鍛練を積んだ者でもない限りはな。そして俺は、お遊びで未来がどうのこうのと語る人間はそれほど好きじゃないんだ」
この世界には未来を見通す役割を持った巫女がいるらしい。本当に世界の危機と呼べるような事柄しか見ないため、あまり人には知られていないそうだ。しかし、その権力は絶大と言えるだろう。なにせ世界の危機を見る事ができるのだから。まぁ、姿を見れないせいでとんでもない年齢の婆さんだとか、いろんな噂が立っているらしいが。そこまで詳しくはないが、そんな奴でもない限り占いなど信じる気にもなれない。
「まぁ、良いじゃねえか。そんな深く考えたってしょうがねぇんだしよ。何が出たって、それで信じまう訳じゃねぇんだ。気楽にやれよ」
「はぁ……まぁ、良いけど。俺はこいつの話を聞いてるから別の所を回って来てくれよ。どうせ暇だろうしな」
「ま、そうだな。何を言われるのかは気になるが、聞くのも野暮だろうしあの辺で待ってるわ」
バダックたちが別の屋台の方に行く姿を視界の端に収めながら、占い師の方の視線を向ける。占い師は先ほどまでの感情を消し去り、手元にある水晶玉に視線を向けていた。俺がその姿を無感動に眺めていると、占い師は俺に視線を変えた。
「……ふむ。お主、よほど酔狂な運命におるな。ここまで捻じれきった者は相当珍しいぞ」
「……それで?」
「未来は様々な形に分岐する。という話を知っておるか?」
「並行世界の概念か?知っているが、それがどうした」
「それは誰もが逃れえない事。人はそれぞれ様々な未来を持っておる。しかし、お主はそうではない。と言っても、一つだけと言う訳ではない。ただ、極端に選択肢が少ない。選択が数少ない幾つかの未来に収束されるようになっとる」
「……それはつまり、俺がどんな道を辿ろうともそういう未来にしか行き着けないという事か?」
「そうなるの。しかも、特大の試練が待っとる。それも一般的に英雄と呼ばれるような連中が挑むような試練じゃな。しかも逃げられずに八方塞がりときておる。まさに絶体絶命じゃな」
「なんだ、そりゃ……」
「しかし……その試練によって、お主は自分が心の底に存在する願いを果たす事ができるじゃろう」
「俺の……心の底に存在する願い?」
なんだ、それは?俺が心底願っている事だと?そんな物……そんな物、ある筈がない。こいつは一体何を言っているんだ。あまりにも意味が分からず、今度は俺は困惑しきっていた。そんな俺の返答に応えるように、占い師は頷いた。
「そうじゃ……とはいえ、お主がどんな願いを持っているかお主には分からんがな」
「分からんくせによくそんな事が言えたな……」
「お主に分からずとも、それぐらいは分かる。お主が心の底から渇望している物、それが無意識的な物か意識的な物か。どちらにしても、そういう時は輝きが違う物じゃ。そしてそれは、表情に現れる」
「あんたは……一体何者だ?」
「なぁに、しがない占い師じゃよ。そんなしがない占い師から一つ贈り物をしてやろう。腕を出せ」
正直、こいつは一体何者なのか。何を知っているのか。気になる点は多いが、今はそれを気にしていても仕方がない。少なくとも、完全に信用できない訳ではない。
「今のあんたにできるのか?そんな身体で」
「……お主」
「義体か何かは知らんが、魔力による遠隔操作だな。少なくとも、あんた本人はここにはいないんだろう?」
「……あきれた。よくそのような事が分かったな」
「そんな事を言うぐらいなら、分かりやすい所に魔導陣を書かない事だ」
首の根元に魔導陣が見える。身体を巡っている魔力がその魔導陣に収束している。魔導陣を中心とし、魔力を循環させる。その技法は義体を操る際に行われる物だ。遠隔操作式のゴーレムなんて見たことはなかったが、こんなにも精巧だとは恐れ入る。
「まぁ、そんな事は良いか。貰える物は貰っておくとしよう。それが、あんたの言う運命とやらにどんな影響を及ぼすのかは知らんがな」
「偉そうな奴じゃなぁ……」
「あんたには言われたくない。というか、あんたは喋り方が爺臭いぞ」
「お主、本当に容赦ないな。……まぁ、良い。それより早く手を出せ」
「ああ、はいはい」
左腕を出すと、そこに何かの術式を刻まれていた。魔導陣の効果を初見で見抜けない、という事は俺が見たこともない術式であるという事だ。しかし、嫌な感じはしなかった。事実、何か変化が合ったようには見えない。
「これで終いじゃ。お主は本当のお主を取り戻すべきじゃろうからな。これはその一助となるじゃろう」
「……あんた」
「それでは儂はこれで去らせてもらうとしよう。……いつか、機会があればアティウス神聖王国を訪れるが良い。今度は生身で会わせてやるからな」
そう言うと、占い師の身体も机もイスも跡形もなく消え去った。まるで泡沫の夢であったかのように。それを見た後、その場を離れてバダックたちを探して歩き始めるのだった。
一ヶ月以上投稿が遅れて申し訳ありませんでした!できる限り早く投稿していきますので、これからもよろしくお願いします!




