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輪廻の果てに  作者: あかつきいろ
始まりの龍森
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魔導について

「まずは自己紹介を。俺は……そうだな、ヴィントとでも呼んで下さい」


「分かりました。私はゾーネ。以後、お見知りおきくださいね。ヴィントさん」


 俺は少女――――ゾーネさんをリビングに案内した後、キッチンに向かった。俺は普段、朝食と昼食を一気に作ってしまう。後で作業する暇がない場合が存在するからだ。研究によっては一日中付きっきりで作業しなくてはいけない場合もある。

 だから食材に余裕はあるんだが……相手がどれだけ食うか分からん。俺は男だし、それなりに食うけどあのゾーネさんの方はどうなんだろう?婆さんはあんた本当に年寄りかよ?と疑いたくなるレベルで食ってたから参考にならない。


「しょうがない……目分量でやるか」


 余ったらその時は俺が食えば良い。どうせ最後は誰かの胃の中に入るんだから、一緒だろう。そう考えながら、出来た料理を器に盛っていく。それを盆に乗せ、リビングまで運ぶとそこには興味深そうな表情で本棚を眺めているゾーネさんがいた。

 料理をテーブルの上に置き、ゾーネさんが真剣に読んでいる本を確認した。何かと思えば、俺がガキの頃に使っていた魔導の教科書だった。婆さんは自分の研究に忙しかったので、俺はその本を読みながら勉強したのだ。教科書の魔導を総て習得すると。婆さん監修の元で魔導の猛特訓が始まったのだが、それはそれ。

 俺にとってはもう用済みでしかないんだが、ゾーネさんはそんなに興味があるんだろうか?確かに、魔道の基礎的な部分はキチンと押さえてある。だが、外の教育ならもっとまともな内容を教えて貰えていると思うんだがな。


「……それ、そんなに気になるんですか?」


「え?あ、ごめんなさい!助けて戴いた身で手伝いもせず……」


「それは別に良いんですけどね。どうせ勝手が分からないでしょうし、結局戻ってもらっていたと思いますしね。それより、それってそんなに面白い物ですか?まぁ、この家にある本なんてほとんど学術書ばかりですし、面白みのある物語なんてそれこそ一冊もないですけど」


「……ここにある本がどれだけ稀少なのか分かっているんですか?」


「いいえ?なにせ俺は遺産を引き継いでいるだけなので。そんなに稀少なんですね」


「稀少ですよ!メーア・アルタールの『大魔導辞典』に『六法全書』!今となっては絶版本になっているような名作なんですよ!?」


「ふ~ん……それを書いたのは婆さんですけどね」


「え?」


「だから、それを書いたのはここの前の持ち主で俺に魔導の知識を教えた婆さんだって言ったんですよ。……しかし、あの婆さんそんなに有名だったのか。知らなかったな」


 用意した飲み物を飲みながらそう呟いた。いや、本当に知らなかったのだ。あの婆さんはどちらかと言えば、外の世界に興味を持っていなかった。と言うより、どこか毛嫌いしていた嫌いがあった。だから、婆さんからはこの森で生きていくために必要な方法と魔導以外の一切の知識は教えられなかった。

 常識なんかは偶に婆さんと連絡を取っていた人から教わった。まぁ、金の使い方とか教わってもこんなところじゃ意味ないんだけどな。それでも、あの人から教えてもらった知識は俺の完成を広げてくれた。そうでなくても、聞いた話は俺にとっても楽しいものだった。

 魔導の事とは関係なくても、それを教えてもらったのは決して無意味なんかじゃなかった。余計な知識だったとしても、それが最後まで無駄に終わるかなど誰にも分からない。事実、ゾーネさんにした処置の方法なんかはその人に教えてもらった知識だ。そう言えば、久しく連絡を取っていないな。婆さんが死んだ時以来だっけ?


「…………」


「ん?どうかしましたか?」


「あの、本当にここはメーア・アルタールの家なんですか?」


「そうですよ。あの婆さんが嘘をついていなければ、ですがね。まぁ、俺にとっては嘘だろうと真実だろうと関係ないんです。あの婆さんが俺の育て親である事は確かですから」


「ここがあの大魔導師の家なんですか……」


「……そんなに読みたいんだったら、俺の許可を取ってくれれば読んでも構いませんよ。殆ど読み終わってますけど、中には読む者に影響を与えるような魔導書もありますから」


「良いんですか!?」


「え、ええ……別に構いませんよ」


 身を乗り出してくるので思わず引いてしまった。ここにある本ってそんなに貴重な物だったんだろうか。結構ぞんざいに扱ってきたんだが、それを教えたら間違いなく怒られるだろうな。実際、後でぽろっと洩らしたら凄く怒られた。

 食事を終えた後、ひとまずリビングにある本をチェックして渡した。どうせ置いてあるだけで読むこともないだろうし。ゾーネさんに渡したのは俺が昔使っていた教科書だ。もう頭に叩き込まれていて暗唱する事も出来るぐらい理解しているし、問題はないだろう。


「そんなに良い物だったのか……今の世の中に出てる物ってどれだけ分かりにくいんだ?」


 研究している部屋に向かい、そこにある本を手に取りながら机に広がっている魔導式を見た。まだ作業中で止まっている魔導式を弄り始める。その間は余計な事を考えなくて良いので、今となってはありがたい。なにせ魔導式は複雑な物が多く、下手に式を間違えると魔導陣にした時に暴走する。

 魔導式は言ってしまえばパズルと同じだ。整合性さえ取れていればどんな形でも良い。厳密にこうでなくてはいけない、なんていう縛りはない。勿論、属性によって根幹が似たり寄ったりしている物はある。だが、必ずそうでなくてはいけない訳ではないのだ。

 『完璧な魔導の創造は新たな法則の創造だ』と婆さんは言っていた。だが、こんな物は所詮何の役にも立たない。婆さんは純粋に研究者として魔導の研究をしていた。俺はそういうつもりは全くないが、この研究が世に発表される事はないだろうと確信している。


 評価とは他人から受ける物だ。その評価を下す他人がいない以上、この研究は総て宝の持ち腐れだ。この家で完結している研究は素晴らしいのかもしれない。しかし、日の眼を見る事が無いのだから何の意味も無い。強いて言うなら、知識が蓄積されていくだけだ。

 最後には無価値に落ちる運命。この場所は俺と同じ結末を迎える事になるだろう。それを悲しいとは思わないし、かと言って満足している訳でもない。ただ事実として受け止めているだけだ。


「さて、次は……」


 そもそも、魔導なんて物は猿真似に過ぎない。特別な者にしか使うことの出来なかった力を、誰にでも使えるようにスケールダウンした物が魔導だ。かつて魔法と呼ばれた異能を、魔導という学問に押し込める事で俺たちは漸く超常の力を使う事を許されている。本来、その場にいるべきだった者たちを押しのけて、だ。

 魔導は人の欲によって生まれた物。そこに美しさなどという物は欠片もなく、そこに素晴らしさなどという物は存在しない。どこまでいっても、人の浅ましさが創り上げた物でしかないのだ。ゾーネさんの様子から魔道が特別視されているのかもしれないが、俺は到底そんな視線でこれを見ることは出来ないだろう。

 どこまでいっても、道具でしかないのだから。多分、婆さんもそれは分かっていた。それでも尚、婆さんは至りたかったのだろう。魔法使いと呼ばれる、特上の異能者の領域へ至りたかったに違いない。こんな方法では至れる筈もないと、分かっていただろうに。定理に頼り続ける限り、魔法の領域には至れないのだから。


 まぁ、俺にとってはルーチンワークでしかないし、そんなに気にする必要はないだろう。手元に書かれてある少しづつ魔導式を修正しながら、目的としている構成を組み立てていく。ようやく全体の一割程が完成し、肩を揉み解しながらそろそろ昼にでもしようか、と思っているとゾーネさんが部屋の中に飛び込んできた。


「ヴィ、ヴィントさん!」


「どうかしました?昼食ならこれから用意しますけど」


「そうじゃありません!いえ、それも待っていましたけど!この家にレイスとかいたりしませんよね!?」


「レイス?いや、そもそもモンスターはこの家に入れませんよ。そういう結界を張っていますからね。……何かありました?」


「誰かが私の首に触って来て……誰もいない筈なのに声まで聞こえてきたんです。一体、どうなってるんですか?」


 本当に震えながら、俺の顔を見上げてきた。しかし、俺はその表情を見てはいなかった。その現象を起こした当人と視線を合わせていたからだ。眼を細めて扉の方を睨むと、小さく開いたそこには小指ほどの大きさの羽が生えた少女が飛んでいたのだった。俺はため息混じりに立ち上がり、扉に向かって歩き始めた。そして俺から逃げようとした少女に捕縛用の術式を使い、地面に転がった少女を摘み上げた(・・・・・)

 そしてその場には、扉の方を見て唖然としているゾーネさんと少女を白い目で見つめている俺、申し訳なさそうな表情をしている少女がいたのだった。

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