愚痴を漏らした結果
先日の教頭との戦闘以降、煩わしい干渉が増えた。
人々にとって、魔導師というのはどうも絶対の代名詞だったらしい。距離を取られたが最後、あとは相手の赴くままに蹂躙されるだけ。それが必然であり、当然である。という話を後で生徒たちから聞いた。大袈裟すぎるだろう、とは思うが一般の魔導士はそれが普通らしい。どう見ても弱いと思うんだけどな。
馬力は凄いのだろう。そこは純粋に認めよう。だが、それを扱うための下地ができていない。いくら素晴らしい名剣を持っていても、相手が素人では怖くないのと同じ理屈だ。強いのかもしれないが、怖くはない。
その道のプロが知識も能力もないアマチュアを怖がるだろうか?才能だけ凄いような相手に引け目を抱くだろうか?そんな訳がない。それほど愚かな訳がない。だから、やる気など湧く訳がない。魔導師?固有術式の使い手?それがどうしたと言う。そんな物に一体何の意味があると言うんだ。馬鹿馬鹿しいにも程がある。
知識と力が伴っていない相手の何を恐れろと言うんだ。畏敬の念を向けるべき存在はその行動で、力で、知恵で、自らの価値を示す。権力などに縋り付いている間は誰であろうと三流だ。その上で力をひけらかす輩はド三流と言って良いだろう。
「こういうのは嫌いなんだけど……どうしようもないよな」
少なくとも愚痴っていなければやっていられない。なんで俺がこんな面倒な目に遭わなければならないのか。本当に都会というのは面倒な事が多すぎる。なんで高々数日でこんなにも面倒事に直面させられてるんだ。正直、訳が分からんという他ない。
「いや、お前さんみたいな面倒には普通遭わねぇよ。何をどうやったら魔導師と決闘することになって、その上で勝っちまうような事になるんだよ?」
あまりに大変な事態が続いていたため、酒でも飲まないとやっていられなくなった。そこで女将さんに酒を注文すると、バダックが大慌てで向かってきた。そこで無理矢理バダックたちのいるテーブルに連れて行かれた。そこで何があったのか訊かれたので愚痴混じりに説明した。今がここだ。
「魔導師に勝った、ですか……」
「魔導師って国の誇る大戦力だよね?そんな人に勝つなんて凄すぎるわね……」
「あのですね、話聞いてた?教頭は魔導師だなんて言われても、それほど強くはなかったよ。魔導士全般に言える事ですけど、基本的に魔導術式を構築させなければ魔導士なんてのはただの人なんですよ」
「それはそうなんだろうけど、普通はそんなことは出来ないと思うよ?」
「どうしてだ?距離を詰めた上で、何もさせずに封じ込む。それぐらい、バダックたちなら出来ると思うけど?」
目の前にいる面子は決して弱くない。基準になるかは分からないが、あの教頭を相手にしたとしても劣りはしないだろう。確信ではないが、それぐらいの実力はあるように思う。少なくとも、バダックたちは俺よりも対人戦の経験はあるだろうしな。
「それは少なくとも私には無理ですね。それにルーカスも難しいでしょう」
「そりゃあ、バダックやイリーナ、それにディルと比べれば見劣りするのは事実だけど。そもそも僕は近接戦闘なんてほとんどしないし」
「まぁ、そもそも魔導士と争う事なんてないけどな。優秀な魔道士は基本的に国や貴族に囲い込まれてるから、盗賊に落ちる理由なんてない。あえてありそうなのは戦争ぐらいだけど、今はどこの国もやってないしな。必然、ぶつかり合う機会なんてないのさ」
だが、それはぶつからない理屈にはならない。一体何が起こるのか分からない以上、その対策をしておくのは当たり前だ。ある意味で、この状態は危険すぎるだろう。安穏と考えすぎている。
――――どこの誰が、魔導士とは絶対に戦う機会はないなどと言ったのだろうか?
婆さんや俺のような例が他にあっても何もおかしいとは思わない。野良の魔導士がいない確率は決して零じゃない。そしてそんな相手と戦う可能性もまた、零ではない。いくら零に近くとも、零ではない。零でないのなら、その可能性は憂慮してしかるべきだろう。
「まぁ、何にしてもだ。そんなに大変だったら数日位、気晴らしでもしたらどうだ?」
「気晴らしねぇ……」
そう言われても何をすれば良いものか。基本的に魔法の研究ばかりしてきたからな。そうやって時間を過ごすのは嫌いじゃなかった。あの頃は別に娯楽なんてなくても、生きていく事にだけ集中していればよかった。だが、ここではそうではない。ただ一つの事に集中する事ができるほど、ここは自由ではない。多くの人間が暮らし、それ故に多くの思惑が交錯する場所だ。かつてのような自由はもはや俺の手の中にはない。
「お前さんは深く考えすぎなんだよ。そりゃあ、考える事が学者の仕事なのかもしれんがよ。偶には頭を動かすのを止めて、身体を休めるのも手なんじゃねぇか?」
「そうだな。身体を休ませることは必要な事だな。ずっと動かしているより一度しっかりと休んだ方が、何か変わってくるかもしれないからな」
「というか、今までずっと休みなしだった事の方が驚きだよ。私だったら五日も経ったら休んでいると思うし」
「イリーナさんの言葉はともかく、バダックさんの意見には賛同します。疲労とは見えない場所に溜まっていく物ですからね。リラックスは必要な事です」
なんか総出で休めと言ってくる。そう言われても休み方なんて知らないしな。そう思っていると、バダックがよし、と言いながら立ち上がった。
「明日は俺がこの街を案内してやるよ。どうせろくに知らないんだろうし、いい機会だからな!」
「バダックだけに任すのは少々不安が残る。僕も付き合おう。明日はクセルさんの所に行こうと思ってたしちょうど良い」
「ええ~……男だけに任すのも不安ね。ディアナ、私たちもついて行かない?」
「私は構いませんけど……ルーカスさんはどうしますか?」
「僕は部屋でゴロゴロするつもり。最近、忙しくてあんまり眠れてなかったしね。休みだって言うんならちょうど良い。僕も身体を休めるとするよ」
「おいおい、何言ってんだよ!部屋でゴロゴロするだけなんてつまらんだろうが!お前も一緒に来い!」
「はぁっ!?何言ってんだよ!さては、あんた酔ってるな!?」
「酔ってなんかいねぇよ!って言うか、お前もちびちび飲んでないでぐいっと行け!ぐいっと!」
「強要するなよ!僕はそんなに酒は好きじゃないんだからさ!」
なんかいきなり騒がしくなったんだが、これって俺に選択肢はまったくないのか?まぁ、楽しくない訳ではないし、別に良いんだけどさ。
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