授業の前に自己紹介
「さて、それでは改めて授業を行う訳だが……自己紹介でもしてもらおうか。俺も顔と名前を一致させておきたいからな」
他の生徒たちが出て行き、解説を始める前にふと思いついた。誰がどいつなのか、俺分かってないなと。別に気にする必要はないのかもしれないが、確認しておいた方が良いだろう。
「そうだな……名前と学年と学科、それに専攻している物或いはしようと思っている物を言ってくれ。それではそこの君から」
俺が指したのは一番前に座っている青い髪の少女。さっきからギラギラとした目つきで俺の事を見ているので、若干気になってはいた。
「私は魔導学科三年のシーラ・マクギリスです。専攻しているのは闇属性魔導術式の研究。よろしくお願いします」
魔導の属性は基本的に火・水・風・土・光・闇の六種類。闇属性の魔法導他の属性魔導術式に比べて、あまり研究が進んでいない分野だ。それが何故なのか?それは闇属性魔導が地味である事と、その正体が分からないからだ。回復の力を持つ光属性の魔導や攻撃能力を持つ他の属性の魔導とは違い、闇属性魔導はとにかく地味だ。何のために使うのかも分からない、というのが一般的な言だ。
更に言えば、総ての属性にはそれぞれその属性を象徴する神がいるとされている。しかし、闇属性魔導の神は破壊を象徴する神だ。命を生んだとされる光の神やその他の命を育ませる神々とは違う。ただ純然と破壊を担う神が象徴する属性など薄気味悪い。そう言って、研究しようとしない研究者は多いそうだ。
「では、次」
しかし、特に言うべき事はない。寧ろ、そんな迷信めいた物で挑まない方がおかしいのだ。確かに神々はいるのかもしれない。だが、そんな存在は見た事もなければその声を聞いた事もない。そんな相手を信じるなどありえはしない。いかなる理由があろうと、そこにあるのなら。そこにあるのは確かな断片だ。誰かが歩み、進む事を義務付けられた世界だ。そこに向かって進む者に、一々何かを言う必要はないだろう。
「ガウル・クーゲル。冒険者学科の一年なんで、特に目標はないです。以上」
そう言ったのはどこかやる気なさげな茶髪の男子生徒。それにしても冒険者志望の生徒がこれを書いた、か……中々どうして面白い人材もいるようだな。だが、今はそんな事を気にしていても仕方がない。
「自分は騎士学科二年のアル・ペリミスです!この授業では魔力放出の属性付与を研究したいと思っています!よろしくお願いします!」
まるでその場の空気を換えるように、ペリミスがそう自己紹介をした。実際、どことなく感じが悪くなっていた空気が一新された。こういう時に率先して動ける奴はそうはいない。そしてこの空気を途切れさせるまいとしているかのように、自己紹介が続く。まぁ、誰もあんな空気で自己紹介なんてしたくないだろうからな。
「三年の魔導学科専攻、イシス・アリエル・フォン・クリスハイトです。私の研究テーマは治癒魔導の簡略化です。よろしくお願いします」
「……同じく魔導学科専攻の三年、サリア・エリディス。研究テーマは魔導でしか起こせない事象を魔導具でも起こせるようにする事。よろしく」
二人に関しては特に言う事などない。課題の紙に関してもきちんと考えられていた。まぁ、まだまだ及第点と言うには足りないが。それは言わぬが花という物だろう。
「俺はレオンハルト・ゲルト・フォン・レーゲン。魔導学科四年で専門は風属性魔導による移動だ」
そう言ったのは赤い髪の活発そうな少年。一見すると得意なのは火属性魔導のようだったので正直術式を見た時は意外だった。しかし、課題の方は理知的に纏められていた。これだけ考えて術式を組めるのなら、心配はいらないだろう。きちんと考えられているようで何よりだ。
「クリュセイア・リヒタス・フォン・エクセシアと申します。魔導学科二年、専門は魔導の起源です。よろしくお願いします」
「ふむ……魔導の根源とは具体的にどういった物だ?」
「文字通りの意味です。曰く、魔法とは神からの贈り物である。では、神とはどのような存在なのか。魔導を通して、それを見つけたいと思っています」
「……面白い。実に面白そうなテーマだな」
「ありがとうございます」
今思ったんだが、彼女はやたらと姿勢が良い。動きがキッチリとしていて凄く上品に見える。貴族の教育っていうのは、相当厳しいんだな。まぁ、今はそんな事はどうでも良いか。俺はその一つ後ろにいる女生徒に視線を向ける。
「アイリス・ゲルト・フォン・レーゲン。魔導学科四年、専門は属性変化。よろしく」
先ほどのレオンハルトと同じ赤い髪だが、性格は正反対らしい。レオンハルトが外向きなら、アイリスは内向き――――研究者向きと言ったところだろう。専門も相当凝ってるな。魔法の属性変化はまったく取り組まれていない訳ではない。寧ろ、積極的に取り組まれている分野だ。だが、その内容は遅々として進んでいない。それは何故か?答えは――――パターンが膨大すぎるからだ。
風は雷に、火は炎に、水は氷に、と魔法という物は派生していく。しかし、派生した先がぶつかる場合がある。土系統の魔法でも派生して雷ができる場合があったり、そういう派生形を纏めるのには相当な時間がかかる。それ故に、この研究テーマは多くの者が総がかりで挑んでいる。この研究テーマは多くの者が総当たり挑むしかないからな。婆さんでもこのテーマに関しては近道はないと断言したほどだ。
「ゾーネ・アウグスタ・イシス・エルスティーナと申します。魔導学科一年、研究テーマは……魔導を介した真理の到達です」
ゾーネさんがそう言った瞬間、自己紹介の間は静かにしていた面々が騒ぎ始めた。それはここにいる面子なら誰もが理解しているからだ。その道が、どれほど困難な物であるのかを、だ。人類が魔法を使い始めてから幾星霜。魔導――――ひいては魔法を研究する者であれば、最終的にはそれを目標とする。しかし、それを目標にしていると公言する者はいない。そこに至れる筈がないと、誰もが諦めているからだ。
人はあまりに高すぎる目標を前にすれば、尻込みする。そしてそれをできないと諦める。だからこそ、それを公言するという事は、魔導に全人生を捧げると言っているに等しい。こんな歳で、そういう風に言える奴なんて希少種と言って良いだろう。
「……それでこそ、と言うべきなんだろうな。さて、残りは二人。ゼルググ・メルガス。グラス・アウグスト。お前たちの番だ」
「はぁ……いきなり期待をかけられたもんだなぁ。俺はゼルググ・メルガス。冒険者学科一年、研究テーマは……今は特になし。追々決めて行く予定だ」
「……グラス・アウグスト。魔導学科二年、専門は魔導の軍事的利用方法」
俺の前でよく言えるなぁ……まぁ、別に構わないけどさ。いかなる目的であっても、学ぶ気があるのなら歓迎するのが当然なのだから。それが俺の発展にもつながるだろうしな。
「さて、これで自己紹介は終了した訳だ。では改めて、クリスハイトとエリディスの課題をするとしよう。他の者も好きに意見して良いからな」
そして俺は二人が書いた術式を黒板に書き込み、議論を交わしながら改めてチャイムが響くまで授業を続けたのだった。
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