授業開始①
あの模擬授業から2日後の昼、俺は割り当てられた教室に向かった。ここの教室はそれなりのサイズがあり、最大でも2~300人は入れるような教室も存在するそうだ。俺に割り当てられた教室は一般的な物で、精々50人ほどの規模だそうだ。因みに俺は二十人も取る気はない。そこは俺も多くの生徒を相手にする気がなかった事。そして生徒がそんなに多く集まる訳がないと思っている事。他にも幾つか理由はあるが、基本的にはこんな物だろう。
この学院には普通科、魔導学科、騎士学科、冒険者学科など様々な専門分野を持っているらしい。それを選ぶのは仮決定が2年、本決定は3年でするらしい。それとこの学院は4年制なので、授業を受けるのは基本的にそれ以下になるだろう、という話だった。俺はそれほどドタバタしている訳ではないので、教室にも早めに着いた。教室にはまだ生徒はいない────かと思いきや、既に1人その場にいた。まだ昼休みは始まったばかりなんだがな……。
そう思っていると、教壇で用意をしていた俺のところに近づいてきた。その少年は茶色の短髪で鍛えられている事がありありと分かった。特徴的な話だが、騎士科の生徒は普段から鍛える必要があるので動きやすい髪形とか服装をしている生徒が多いらしい。
「あ、先生!自分は騎士学科専攻のアル・ペリミスです!よろしくお願いします!」
「……ペリミス、君は何故この授業に参加するんだ?騎士学科の生徒がこの授業を受けるメリットなんてないだろう?」
この授業はあくまで魔導を研究する授業だ。騎士学科のように身体を鍛える事を主眼に置いた連中には、魔導は使う場面などない。そんな学科にいる奴が俺の授業を受けても、仕方がないと思う。魔導騎士とか言うのを目指すのなら、別だとは思うが。
「……自分は魔力を放出する事しかできないんです」
「なに?」
人は魔力を魔導としてしか用いる事ができない。だが、中には魔導として用いる事すらできない者もいる。そういう者にできるのはただ、魔力を魔力として放出する事だけなのだ。分かりやすく言えば、水を火を消すためにしか使えない性質なんだ。道具を用いて水をお湯に変えるとか、そういう事が出来ない性質と言えば分かりやすいんだろうか?
「自分は魔力放出しかできません。でも、だからこそ、魔力放出にも変化を持たせたいんです。いろんな属性を使えるようになれば、それだけ戦法も変わると思うんです」
「ふむ……」
魔力放出というのは基本的に無属性。火とか水とか、他の属性を持つ事はない。持っている者がいるとすれば、先天的にそういう体質の人間だ。少なくとも属性付与などの例外を除けば、様々な属性に変更させる事ができる者はいない。これは結構な難題だな。普通なら匙を投げるレベルだ。
「……面白いな」
今まで誰も挑戦せず、それ故に未開拓の分野。誰も挑戦していないという事は、それだけ挑戦する意義があるという事でもある。それは即ち、挑戦するだけの価値があるという事でもある。そう聞かされて、滾らない研究者などいないだろう。魔導の研究には限らないが、研究というのは基本的に道への挑戦なのだから。
「まぁ、やるかやらないかは授業の時にする試験で決める。お前はお前なりに頑張ってみれば良い。どんな理想を持っていようと、俺は他人の心情など斟酌しないからな」
魔力放出であっても式は存在する。と言うか、魔力に関わる物にはほぼ総て式が存在する。この世にある総ての存在には式が存在している、というのは知られているだろう。だから、こいつでも俺の試験を突破する事は出来る。ならば、手加減などは一切しない。
「が、頑張ります!」
俺がそう言うと、ペリミスは元いた席に戻っていった。そうして時間が過ぎていく毎に、席は次々と埋まっていった。そして最終的に8割ほどが埋まっていた。ただ、一つだけ驚いた事があった。この学院では学年はネクタイで判断する事ができる。赤は1年、黄色が2年、緑色が3年、青色が4年となっている。この場にいる面子はほとんどが2年と3年。1割ほど1年。これはまだ良い。だが、何故か授業を受ける必要がない4年生が2人いた。
「さて、それでは授業を始める訳だが。この授業では教科書などは必要としない。何故なら、この授業では魔導式の研究を行うからだ」
『………………』
「暗記をする必要はない。新たな物を創る意志とやる気があれば、勉強など必然的にするからだ。だから俺はお前たちに態々勉強をしろなどとは言わない。勝手にしろ。それでも分からない事があれば訊きに来れば良い。暇があれば答えてやる」
1人だけの知識では限界がある。だからこそ、複数の人間が関わり完成へと導く。1人で創った物が常に正解とは限らない物だ。思わぬ間違いがあったりするからな。まぁ、俺が創った物は例外だが。なにせ、完全に完成するまでは魔導とは認めないのだから。
「さて、それでは授業を始める訳だが────何人かは知っているだろうが、俺の授業ではまず魔導式を描いてもらう。何も使える物を書け、と言っている訳ではない。だが、暗記した物を書いた奴は速攻で叩き出すからそのつもりでいろ」
ザワザワと騒ぎ出した生徒たちを無視して紙を配り始める。紙を配り、全員に行き渡ったのを確認し終えると、置いてあった本を手に取った。そして椅子に座り込んで本を読もうとページを開こうとした瞬間、とある生徒が手を挙げていたのを見つけた。
「どうかしたか?」
「先生、書く魔導式の種類は決まっているんでしょうか?」
「ああ……説明し忘れていたな。種類は自由。暗記した物は禁止。制限時間は50へルテス。採点はその場で行う。他に質問はあるか?」
「これは失礼だと思いますが……できるんでしょうか?」
「……俺を誰だと思っている?その程度もできずにこんな課題を出して、悠々と居座っている訳がないだろう」
「……ッ!」
そう、その程度もできない訳がない。俺は婆さんから様々な魔導を学び、俺自身も魔導を創り上げてきた。そのために多くの書物を読んできたのだ。そのレパートリーの数からして、ここにいるどんな人間よりも多いと自負している。だからこそ、分からない筈がない。分からない物があったのなら、それは歓迎すべき事だとは思うが。
「早く書き始めた方が良いぞ。時間内に書き終わらなければ、採点もできんからな」
「は、はい!」
「クリスハイトとエリディス、お前たちの課題は後で確認するので用意しておくように」
「分かりました」
「……はい」
返事を確認すると、再び本を手に取り読み始めた。俺に視線を向けている連中が何人かいるようだが、そいつらはきっと落ちるだろうな。そう思いながら本のページを捲っていく。そして教室には紙に式を書いていく音だけが響いてくる。そして制限時間終了後、髪を回収して確認し始めた。そして全員分を確認し終わると、名前を挙げ始める。
「魔導学科一年ゾーネ・アウグスタ・イシス・エルスティーナ。
魔導学科二年クリュセイア・リヒタス・フォン・エクセシア。
魔導学科二年グラス・アウグスト。
魔導学科三年シーラ・マクギリス。
魔導学科三年イシス・アリエル・フォン・クリスハイト。
魔導学科三年サリア・エリディス。
魔導学科四年レオンハルト・ゲルト・フォン・レーゲン。
魔導学科四年アイリス・ゲルト・フォン・レーゲン。
冒険者学科一年ガウル・クーゲル。
冒険者学科一年ゼルググ・メルガス。
騎士学科二年アール・ペリミス」
『……………………』
「今挙げた者以外は出て行って良し。さて、これからクリスハイトとエリディスの課題の答え合わせをするとしよう」
「ま、待ってください!」
「……なんだね?」
「納得できません!何故、この俺が落とされなければならないんですか!?」
「君の名前は?」
「クルト・ティエス・フォン・ゼリウスです」
「ふむ……ああ、これか。この術式はアーリウス・トリエステル著の魔導聖典の1部に書かれていた魔導式をアレンジした物だな?」
「それは……」
「これが何の術式かも分からずにアレンジしたな?根幹とも言える物を書き換えて……これではそもそも魔導陣として機能しないだろう。こんな失敗作を書くような奴を合格にする訳がないだろうが」
「ぐっ……で、では、何故こいつが、騎士学科の学生が合格になるんですか!」
「ペリミスが合格の理由だと?それはな……こいつがまだ未開拓の分野に挑もうとしているからだ」
「未開拓の分野?」
「彼の研究分野は魔力放出の属性付与。今まで多くの者が匙を投げてきた物だ。少なくとも、他人の研究成果を理解もせずに流用しようとした君よりは好感が持てる。提出された術式もまだまだ拙い物こそあれど、磨けば輝く原石だ。その時点で比べる事すら烏滸がましい」
「…………」
「質問は以上か?ならば出て行け。他人の学びを妨害しようとするような輩に、俺は微塵も用はないからな。他人を貶める暇があるなら、もっと柔軟な心を養い給え。」
俺がそう言うと、ゼリウス某は黙って出て行った。他の生徒もばらばらと出て行き、最終的に俺が名前を呼んだ者たちだけが残った。
「さて、授業を続けるとしよう」
ご意見・ご感想をお待ちしております
 




