またも騒動。いい加減にしてくれ!
武器を買ってから酒場の後ろにある広場を借りて、剣を振っていた。最初は単純に身体の動かし方を確認するように、振り降ろしを続ける。
足の動かし方や腕の動かし方、それに身体の動かし方。総てを効率よく運用するためにはどうすれば良いのか。それを考えながら素振りを続けて行く。ただ思考をそれのみに集中させる。すると、視界から一気に色が抜け落ちる。こういう時、自分は一つの物と考えた方が良い。ただ一つの事をする物。だからこそ、その行動に全神経を集中させられる。筋肉繊維の1本1本が一定の方向に動くのを確認すると、思いっきり剣を振り降ろした。
剣風を撒き散らしながら、素振りを止める。それと同時に視界に一気に色が戻る。一気に様々な情報が濁流のように頭に流れ込み、ちょっとフラフラとする。
「チッ……やっぱり、これは頭にかかる負担が途方もないな」
時間はあまり経っていないようだが、これ以上は続けられないだろう。少しは休憩しないと、何もできないだろう。魔法の研究も幾らかは頭を使っている。こんな状態でやったら、どこかでしくじりそうな気がする。
剣を鞘に納め、地面に座り込み空を眺めていた。ただ流れるままに存在する雲、そしてただそこに存在する青空。穏やかなその空を見ながら、なんで俺ここにいるんだろう?と思っていた。あまりにも場違いだ。俺という存在が、こんな場所にいる事そのものが。あの森から出てきて、こんな場所で剣なんて振って。俺は一体、何をしようとしてるんだろうか?
「俺みたいな奴がこんな場所で生きていられる訳がないのにな……」
どう考えても、俺という存在は破綻している。人がまったく寄らないような場所で育ち、そこで今まで生きてきたのだ。婆さんが死んでから誰とも関わらず、接する事もなくたった一人で生きてきた。そんな俺が。死ぬまでずっと一人で生きていくんだと、そう思っていた俺が。何を間違えたか、こんな人の集まる場所にいる。何を考えているんだろうか。どうせ適応などできる筈がないのに。外れるのが目に見えている。
「考えても仕方がない……どうせ死ぬまでここにいる訳じゃないんだ。いつかはここを離れて、あの森に戻る。今はそれで良いじゃないか」
思考放棄と言ってしまえばそれまでだが、実際考えてもしょうがない。現状を受け入れた上で、諦めて生きていくしかない。それ以外の選択肢などないのだから。
「さて、もうちょっと散歩してこようかな。まだ時間もある事だし」
そう呟くと、立ち上がった。まだ頭には鈍痛が残っているが、問題はないレベルだ。少なくとも、散歩をしている間には治まっているだろう。そこまで酷くはないみたいだし、それにまだ夕飯には早すぎる。する事がないというのは思いの外暇だ。まぁ、普段から暇と言えば暇なんだが。あんまり過度に動くとこういう事があるから面倒なんだよな。自業自得と言えば自業自得なんだが。
前にこんなに暇を持て余したのは何時だっかな?……ああ、そうだ。狩りをしていた時に下手を打って、動けなくなった時か。あの頃はまだ婆さんも生きてて、でも回復魔法で治療してくれなかったんだっけ。治すのに何十日もかかったんだよな。ずっと寝たきりで、あの時は本当に暇だったな。森の中だから暇潰しの道具もほとんどなかったし、婆さんもほとんど俺の事は気にしなかった。精々、飯を持って来てくれるぐらいだろう。おかげで一つ魔法ができてしまった位だからな。
「さて、どこを歩いてみようか……貴族街なんて端から興味ないし、かと言って商店街に行っても仕方がないしなぁ」
まぁ、とりあえず歩き回ってみよう。ごちゃごちゃ考えずに気の向くままに行くとしよう。どうせ何がどこにあるかなんて、欠片も分かってないんだから。この機会に何がどこにあるのか、ぐらいは覚えるとしよう。どうせ使う機会はないだろうけど。そうしてしばらく何も考えずに歩いていると、横から誰かがぶつかってきた。相手も誰かがいるとは思っていなかったのか、ぶつかった反動で尻餅をついてしまっていた。俺は何とか耐えたけど。
「……大丈夫か?」
別に俺が悪い訳じゃないけど、放っておくのもどうかと思う。俺が手を差し伸べると、相手もおずおずとその手を掴んだ。そして引っ張って立たせると、改めて相手を見た。プラチナというよりはシルバーとでもいうべき色の髪を持つその相手は、絶世とは言わないがそれでも十分美少女と呼べる少女だった。何を怯えているのかと思ったら、少女が来た方向から誰かが走ってきているような音が聞こえた。
それと同時に俺を巻き込むように結界が張られた。さらに何か肌に張り付くような魔力を感じた。すると周りにいた大勢の人間がここから離れて行った。多分、これはアレだな。人を結界で覆った範囲から離れさせていく術式
「人払いの術式か……初めて見た。しかも、なんだこの魔導式。対象者と関係のない人間を遮断する術式?そんな物まであるのか。思いの外、勉強になるな」
「……へ、平気そうなんですね」
「悩んでもしょうがないからね。だったら、学べる事は学んでおくよ。ところで、何が起こってんの?」
「それは貴様が知る必要はない。大人しくその少女を渡してもらおうか」
少女に訊こうとした瞬間、ちょうど俺たちの正面に何やら黒づくめの怪しい格好をした奴が現れた。なんで夜でもないのに、こんな格好をしてるんだろう?こういうのってその時に応じた格好をする物なんじゃないのか?
「よ、余裕そうですね……」
「いや、困惑ぐらいはしてるけど。ところで、何の用だよ。おっさんがいたいけな少女を追いかけるなんて犯罪臭がプンプンするんだけど」
「先ほども言ったが……貴様には関係ない。黙ってその少女をこちらに渡せば、見逃してやる」
「ハッ!他人に信用されたいなら、もう少しその殺気を抑えるんだな。……数は六、ってところか。どいつもこいつも殺気をばら撒き過ぎだ。渡したってぶっすりと行く気だろう?おいおい、何を驚いてるんだよ。その程度も見破れないと思ったのか?見縊るなよ」
あの森で生きていれば、殺気を感じ取るなど朝飯前……というか、必須事項だ。探査魔法がなかった頃は殺気を感じ取って、そいつを殺してその日の糧を得てたし。こいつらの殺気はあの森で生きていた連中よりも素直に過ぎる。
多分暗殺者の類なんだろうけど、おざなりすぎるだろう。それとも、こんなレベルの相手が通用するぐらい暗殺者って弱いのか?いやいや、そんなまさかとは思うが、そうだったらなんだかなぁという感じがする。
「まぁ、なんでも良いや。俺も殺すつもりなんだろう?ほら、かかって来いよ。――――完封してやる」
「……ほざいたな。その大言壮語、後悔せぬ事だな……!」
左手で剣を抜き、眼を閉じながら右手で魔導陣を描き始める。同時に周辺の地理から見て、相手の位置を把握する。同時にそれだけの事をしながらも、俺にはまだ余裕があった。それは婆さんから叩き込まれた特殊技能――――複数並列同時思考があるからだ。
複数並列同時思考というのは、複数の事柄を並列化し同時に思考するという技。つまり、本来は同時にできない事を同時にやっていると思えば良い。こうする事によって、意識を複数の対象に向ける事ができる。相手の数は六。俺の相手をしようと思っているのが二。少女を狙っているのが四。まともに俺と戦う気がある奴はいないらしい。まぁ、当然なんだけどさ。でも、それを俺が赦す訳がないよな?
身体に身体強化の術式を施し、向かってきた二人を文字通り蹴散らす。蹴散らされた二人の身体から嫌な音が聞こえたが、無視した。二人は何回かバウンドした後、地面に倒れ伏していた。多分気絶したんだろう。
即座に少女の身体を引き寄せ、飛んできたナイフ(おそらく毒塗りの物)を剣で斬り砕く。それに硬直していた連中の内、二人の首を半分ほど斬った上で蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた二人は置いてあった木の箱に埋もれていた。
「貴様……本当に剣士か!?」
「俺の本業は魔法の研究でね。俺が剣士だと思った?残念でした」
ちなみに、魔導の研究を本業とするのが魔導士で、魔導による戦闘を本業とするのが魔術師というそうだ。教えてもらうまで一緒だと思ってた。要するに、同じ分野だけど研究者と戦士ぐらいの違いがあるという事になる。そして抱きしめていた少女から離れ、最初に話しかけてきた男に声をかけた。
「まだ続けるのか?負傷者も出たし、帰ってくれるとありがたいんだがね」
「戯けた事を。まだ仕事は終わっていない。それだけは完遂せねば、我らの名誉に関わる」
「……そうかい。まったく、これだから名誉とかそういうの嫌いなんだよな」
正常な判断をしなくなるから。得るに難く、失うに易い。名誉だの名声だのはそういう物だが、そんな物のために命を賭けるなんて馬鹿げている。ここで失敗しても、次で成功させれば良いだろう。と言うのは素人意見なんだろうが。それでも、命無くしてそんな物に一体どんな価値があると言うのか。俺には皆目見当もつかない。
「はぁ……まぁ、どうでも良いか。あんたらの事なんて知ったこっちゃないし」
術式に更に魔力を注ぎ込み、今度こそ終わらせるつもりで身体を強化する。そして残り二人が動き出そうとした瞬間に踏み込み、一人の鳩尾に加速こみの拳を叩きこむ。その流れを利用し、回し蹴りを最初に話しかけてきた男の首に放つ。
「チィ……ッ!」
「へぇ……」
しかし、男は回し蹴りを躱してそのまま逃走した。その思い切りの良さに唖然としながらも、一息ついた。そして結界が解除されるのを確認した。この中の誰かがやってたのか、それともあの男がやってたのかは知らない。それでももうすぐ人が来るだろう。
「それで、そちらは大丈夫ですか?」
「ひぇっ!?……あ、だ、大丈夫です」
「……本当に?」
顔、真っ赤なんですけど。興奮か緊張か知らないけど、本当に大丈夫なんだろうか?まぁ、本人が大丈夫って言ってるんだし、大丈夫なんだろう。気にしても仕方がないしな。
「自警団の人が来ると思いますし、それまで待ってもらっても良いですかね?俺だけだと説明できないし」
「は、はい!分かりました」
「あ、俺はヴィント・アルタールって言います。よろしく」
「私はクリュセイア・リヒタス・フォン・エクセシアと申します。よろしくお願いします!」
また貴族のお嬢さんかよ!いい加減にしろ!思わずそう言いたくなる衝動が出た事に、文句をつける事は俺には出来ない。
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