つまらない仕事
久しぶりにベッドで寝たからか、かなりぐっすりと眠れた。そのせいか知らんが少々身体が硬いが、そこまで贅沢は言わない。今日から学院でのあれやこれやが始まるまで、俺は自分で生活の糧を稼ぐ必要がある。
という訳で、冒険者ギルドに向かった。まだ金には少し余裕があるが、あの宿屋レベルの生活を維持したいなら、稼ぐ他ない。面倒と言えば面倒だが、それも人としての営みという物だろう。やはり朝が一番忙しいのか、冒険者らしき者たちも職員たちもせかせかと動き回っていた。フレアさんの人気は凄いのか、彼女の列だけ異様に人の数が多い。他の列の2倍はあるかもしれない。
邪魔するのはなんだし、ひとまず依頼が張ってあるというボードを見に行く。様々な依頼の紙が張り出されており、それを眺める冒険者とその傍に少年少女たちがいた。おそらく字が読めない冒険者に有料で依頼書を読んでいるのだろう。
首都や大きな街であれば別だが、基本的に識字率というのはそこまで高くはないそうだ。だから、字が読めなくても別に何の問題もない。だが、上に行くためには読み書きや計算の習得は必須なので、彼らもいずれ勉強をしなくてはならないだろう。
「さて、他人の事は気にせずに自分の仕事を探そうかな……」
依頼の紙を確認していると、どうもすぐ傍にある森に狼が出没するらしい。これを一体討伐する事に銅板1枚で買い取ってくれるらしい。皮の傷が少なければ、それだけ高く買い取ってくれるそうだ。これなら近いし、簡単そうだ。
「お兄さん、字が読めるんだね」
下から声がしたので見下ろすと、多少身なりが汚い子供が俺の事を見ていた。おそらく、誰もいないので取り引きを持ちかけようと思ったが、目の動きから俺が字を読めていると思ったんだろう。
「うん?まぁ、俺は魔導の研究が本業だからな。字も読めないんじゃ、おちおち魔法式も書けない。つまり、必要だったから手に入れた技能さ」
「……学者先生がなんで態々冒険者なんてしてるのさ。研究だけで食べていけるんじゃないの?」
「ここに住んでる奴はそうかもな。俺は他所から来たから、そういうのとは無縁なのさ」
「ふ〜ん……そうなんだ」
「ああ、そうなんだ。ところで、この依頼ってのはどうしたら良いんだ?破いて受付まで持っていけば良いのか?」
「……ここに置いてある奴は1年中置いてある奴だから、そんな事したら怒られると思うよ?」
「そうなのか?危ない危ない。もうすぐ持って行きかけてたな。助かったよ」
「これぐらいなら別に良いよ。お兄さんも風変わりで楽しそうだし。そう思うなら僕の事をご贔屓にして欲しいね。それじゃあ、また会おうね」
そう言うと、少年は次の顧客を探して歩き始めていた。彼も大概風変わりだと思うんだが、別に気にしないでおこう。それがお互いのためだ。記載されている依頼を頭に叩き込み、冒険者ギルドを出た。何の装備も持たずにギルドから出て行った俺に、何人かが視線を向けてきた。その視線を気にする事もなく、門番の兄さんと顔を合わせた。
「おう、あの時の兄ちゃんじゃねえか。冒険者にはなれたのか?」
「えぇ。これで良いんでしょう?」
「……おう。確かにギルドのマークが入ってんな。通っても良いぜ」
「ありがとう」
「森で薬草取りとかするんだろ?気を付けてやれよ。森には猛獣とかも結構いるからな」
「分かりました。門番さんも今日一日頑張ってください」
「ありがとよ」
門から出て森に入ると、自然に分かって来る事があった。それはこの森にいる動物のレベル。それがあの森と比べてどれほどの物か。あの森が普通じゃない事は、首都に来る途中の旅で理解している。だが、比較対象としては使える。
この森はどうかと訊かれれば――――
「低いな。いや、これでも比較的マシな方か?あの森にいた最下級の連中でも大半は殺せそうだな」
そう、レベルが低すぎる。もはやこの領域で狩りをするというのは、あの森での狩りよりも単純な作業となる気がする。しかし、探す方が時間が掛かりそうな気がする。面倒な事だとは思うが、以来なんだししっかりしよう。
「これは探査術式で探さなきゃならないか。歩きで探すのは結構大変だな」
外界の魔導がどうなっているのかは知らない。俺はまだ婆さんが遺した魔導も完全には把握しきれていない。だが、俺自身が作った魔導に関してはその別ではない。自分の作った魔導も把握しきれていないと話にならないのだが。
ともかく、今まで俺が作ってきた魔導術式は約二十個。その中で、俺が一番最初に作った術式。それが探査術式だ。どこにどんな生物がいるのか、詳しくはないが大まかには分かる。森にいる獣が有している魔力を感知し、その強さと数を把握する術式だ。
これがないと、あの森では狩りなんてできない。あの森では隠密能力に長けている者も多い。獣たちは己の生命力を操作して気を自然と同化させている。だが、魔力をその身に宿しているからこそ、探査術式が効果を発揮する。
「だが、魔導式は変更しないとな。魔力から生命力に探知式に変更して……こんな物か」
発動した魔導が隅々まで広がり渡る。土地の構造は把握しきれていないが、どこに何がいるのかは大体把握した。生命ある者しか探知できないが、それでも狩りをするだけならそれで十分だろう。
そこから気儘に森を歩き回る。特に何かを狙う事はない。というより、狙う事が出来ないのだ。どの反応がどの生物なのか分からない。もしかしたら、狼かもしれない。兎かもしれない。熊かもしれない。猪かもしれない。はたまた狩りのために潜っている冒険者かもしれない。
分からないなら、分かるまで動かない。探査術式という(冒険者にとっては)反則級の魔導を使ってどこに何がいるのか把握しているとはいえ、それは油断する要素にはならない。一切の油断なく、慢心なく、されど恐怖することもなく。
ただ自然体のまま、歩き回る。狩りをする上で注意しなければならない事は、突然の事態にも対応できるようにする事。決して慌ててはいけないし、同時に緊張しすぎてもいけない。要するに、自分にできる最大限のパフォーマンスをこなせるようにする。
「まぁ、失敗する要素なんてどこにもないけど。どいつもこいつも動きがとろいし」
後ろから襲いかかってきた獣――――狼に、すれ違いざまに肘を叩きこむ。そのまま木に向けて吹き飛ばす。木々には亀裂が奔り、狼から骨が軋むような音が聞こえた。そのまま地面に倒れ込み、息を切らしながらこちらを睨んでいた。
「……こんなものか」
そう呟きながら、首の骨を踏み砕く。骨が折れる嫌な音が響き、それと同時に草むらから複数の狼が現れた。俺を包囲していた複数の狼が同時に襲いかかってくる。そして拳で足で、蹴散らしていく。
「なんだかなぁ……」
まるで弱い者いじめでもしているような気分だ。思うに、あの森以外で俺に戦っている気分にさせてくれるような奴はいないんじゃないだろうか?少なくとも、この森の周辺にはそんな猛者はいないだろう。少なくとも探査魔法では発見できなかった。
話では迷宮と呼ばれるモンスターが湧く巣窟があるそうだが、そこにも一度行ってみたい。別にバトルジャンキーのつもりはないが、この森での戦いはあまりにもつまらな過ぎる。なんというか、戦闘というより文字通り作業をしているようにしか感じない。
「この辺りにしておこうかな……これ以上は無駄だろうし」
時刻としては、もう昼を通り越して夕暮れになりかけていた。これ以上狩りをしても、俺に得る物はなさそうだし、いい加減に腹が減ってきた。昼飯を抜いて動いているからだろうが、その分の稼ぎはできただろう。
そう決断すると、すぐさま移動を始めた。そんなに奥に行ったつもりはなかったが、割と奥に行っていたようだ。門まで戻るのに時間がかかってしまった。
「おう、稼げたか?」
「まぁ、そこそこ。そちらこそ、何もなかったんですか?」
「少なくとも報告するような何かは起きてねぇな。相も変わらず平穏その物だぜ」
「そうですか。それじゃあ、はい」
「うし、通って良いぜ。……にしても、どこに今日の収穫を持ってたんだ?」
そして冒険者ギルドの受付にいるフレアさんの所に向かった。疲れているのか、フレアさんはため息を吐いていた。思わず苦笑を浮かべてしまう。冒険者の相手をし続けるというのも、俺が想像している以上に大変な事なんだろう。
「……お疲れ様です、フレアさん」
「え、あ、も、申し訳ありません!」
「いえいえ、大丈夫ですよ。ところで獲物の換金って何処でして貰えばいいんでしょうか?」
「解体所がありますので、そちらにご案内します。ところで、獲物ってどこにあるんですか……ヴィントさん?」
「はい、なんですか?」
「何をしているんですか?」
「何って……獲物を出そうとしてるんですけど」
俺は魔法式を描き始めていると、フレアさんに声をかけられた。何かをおかしな事をしているんだろうか?あんな量、俺でも流石に持っていられない。しかし、放置して置いたら持って行かれる可能性もあるしな。こういう手法を取らざるを得ない。
「ヴィントさん、こちらが解体所の係員のムルティウスさんです。討伐をした際には証明部位、あるいは死体をここまで持って来て下さい。回収依頼の際も同様にお願いします」
ムルティウスと紹介された男性は無精髭を生やした老け顔の男性だった。いや、本当に老けていたのかもしれないが、一応そう言っておこう。そこを指摘するのはちょっと嫌なにおいがするし。
「分かりました。初めまして、ヴィントと申します」
「……なんでも良いけどよ。どっからどう見ても手ぶらにしか見えないんだけど?冷やかしが目的なら、さっさと帰ってくれるか?」
「そんな訳ないじゃないですか。これで完成、と。それじゃあ、一体ずつ出していきますね」
「はぁ?あんた、一体何を……」
魔導陣の中に腕を突っ込み、そこにある物を掴み引っ張り出す。それは、最初に戦った狼の死骸。それを台の上に置くと、二人は驚愕といった感じの表情を浮かべていた。そんな二人を無視して魔導陣から本日の成果を出し続ける。
「これで全部、と。それじゃあ、見てもらえますか?」
「あ、ああ……分かった」
「それじゃあ、お願いしますね。……どうかしましたか、フレアさん」
「い、今のはひょっとして異空間収納の術式ですか?」
「似て非なる物、と言ったところでしょうか。この魔導は結界内に物を入れたり出したりする魔導です。それに対して、異空間収納はこの世界ではない別のどこかに物を入れておく魔導です」
「えっと……つまり、どういう事なんですか?」
「つまり、今使った物はこの世界のA地点にある物をB地点に持ってくる術式。異空間収納はこの世界にはないXという地点に物を入れておく術式なんです。要するに、この世界にあるかないかという違いしかないんですけどね」
「この世界にあると何か違うんですか?」
「違いますよ。異空間収納の魔法があまり知られていないのは、単純に異空間という存在が確認されていないからなんです。この世ならざる世界を認識できなければ、異空間収納の魔法は使えません。
しかし、この世にあるならその限りではない。元々ある物を認識するのは簡単ですから。この魔導術式は要するに、事前に作った結界から物を引っ張り出す術式と認識してくれれば良いです」
「……そんな術式があったんですね」
「この魔導術式を作ったのは俺なんで、他に知られているかは知りませんけどね」
「そ、そうなんですか……特許とか申請されないんですか?」
「しないでしょうね。誰かに教えるために作った魔導じゃありませんから」
俺が自己満足で作った魔導だ。態々他人に教えるような物じゃないし、これぐらいは自分たちの手で作って欲しい。必要になってしまうような事態があるとは思わないが。この程度の事で、俺の手を煩わせられるのはご免だ。
「おーい、査定済んだぞ」
「ありがとうございます。それで、どうでした?」
「狼が三十匹だから、規定通り銀貨三枚。それに加えて、皮にも傷らしき物は一切なかった。それも加味すると銀貨六枚。あとは薬草が数束。これは銅板五枚くらいだな。状態も良いし、何より毒草が混じってなかった。新人はよく間違えるんだが、あんたはよく分かったな」
「家に薬草関係の書物がありましたから、それを読んで知ってたんです」
「なるほどね……それじゃあ、ほい。銀貨六枚と銅板五枚だ」
「……確かに受け取りました。それじゃあ、失礼します」
「お前さん、武器の類は持たないのか?」
「え?」
「いや、駆け出しは大体剣とかに憧れたりするんだが、お前さんは何も持ってないからよ。ちょっと訊いてみただけだ。拳闘家ってのは珍しいからな」
「俺は専門が魔導ですから。両手は開いていた方が良いんですよ。使えない事はないと思いますが、憧れる事はないですね」
「そうか……引き留めて悪かったな。また来てくれよ」
「いえ、それでは失礼します」
俺は受け取った金を仕舞うと、ギルドを出て行くのだった。それにしても武器か……一応買っといた方が良いのかな?そんな物を使うような事態に陥る事はないと思うが、一応用意しとくか。だけど、そういうのってどこで買えばいいんだ?
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