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輪廻の果てに  作者: あかつきいろ
変化の王都
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宿屋にて

 あの狼少女との1件の後、傷口を光属性の治療系魔法で塞いでいると奴隷商人が頭を下げ始めた。突然の奇行に首を傾げ、何やってんだと訊いたらあそこまで戦えて回復魔法も使えるなんていうのは普通、宗教大国と呼ばれるアティウス神聖王国の神殿騎士だけらしい。

 神殿騎士の地位は宗教が一つしかないこの世界において、ただの騎士を上回る社会的な地位がある。まぁ、時には災害が起きた場所にも救助の名目で入る騎士たちが、瓦礫撤去しかできないんじゃ話にならないだろうな。なんにしても、俺はそんな大層なもんじゃないが。


 そうこうしている内に人が集まってきた。しかもその場には、なんか絡まれている男とその男にすがりついている奴隷商人。あからさまに怪しい状態の中、俺は巡回の騎士に身柄を抑えられた。思わず不幸だな……と呟いてしまった俺は悪くはない。

 奴隷商人の男が俺は無罪だと証言してくれたからなのか、日が暮れたあたりで解放された。右肩にはまだ若干痛みが残っているが、それでも動かすのに支障はない。とは言っても、若干バランスがズレているので、普段通りとはいかないのだが。


 宿に戻ると、相も変わらずというかより激しくどんちゃん騒ぎになっていた。女将さんが俺の事を見つけると、カウンターの方に案内してくれた。酔っ払い共を躱しながら進み、ようやくカウンターに座って一息つけた。

 来て早々に面倒な事が起きすぎだ。自然の掟の中で生きてきた俺としては、もうちょっと生温い環境かと思ったら結構人外魔境じゃないか。思わずため息が出るのも仕方がないだろう。


「なんだい、ため息なんて吐いて。あんまり辛気臭いと、幸せが逃げていくよ?」


「ついさっきまで、絶賛逃げられてましたから。ここの料理で補充できると良いですね」


「期待が重いねぇ。まぁ、美味い飯を食ってる間は幸せなものさ。あんたの口に合うか分からないけど、楽しんでいっておくれ!」


「はい。堪能させていただきます」


 目の前に置かれたのは白いスープにがっつりした肉、そして少し硬めのパンにサラダだった。できたてだからか、美味そうな匂いがしてくる。その匂いを嗅ぐと腹減ったな、という感想が自然と湧いてくる。こういう食事をする機会なんて、そうはなかったからな。


「……美味そうだな」


「美味そうだ、じゃなくて美味いんだよ。さっ、たんとお食べ」


「えぇ、それでは……いただきます」


 もう覚えていない過去から使われていた食事の挨拶。せめてそれだけは忘れまいとその挨拶を使い続けている。これを忘れてしまったら、自分は本当に後戻りできなくなってしまうような気がするから。まぁ、この頃はそんな事まったく考えていなかったんだけど。


「……美味い。これが人が作る温かさか」


 焼いたりしただけではできない、人の温かさという物を感じていた。スープをしみじみと味わい、肉をがぶりと食らいつき引きちぎる。家ではしないような食い方で食べていく。自分で作るより圧倒的に美味いと思える食事を心の底から堪能していく。


「……ごちそうさまでした」


「はい、お粗末さま。中々いい食いっぷりだったねぇ」


 俺が食い終わった皿を回収しながら、女将さんはそう言った。しかし、実際美味かった。こんな美味い料理を食ったのはかなり久しぶりだ。少なくとも、今の人生が始まってからは初めてだろう。婆さんは料理にも特に気を配らなかったし、食えれば何でも構わないという主義者だった。

 しかし、やはり美味い物は良い。食っているだけで幸せになれる。別に美食主義に変わる訳ではないが、人間としてまっとうな暮らしをしているような気がする。そんな物に気を配った事はないが、それでもこういう気分を味わえるというのは良いもんだ。


「それにしても本当に美味そうに食べるね。見てるこっちとしても、嬉しい限りだよ」


「いつも肉を炙った奴とかしか、食べてきませんでしたからね……こんなに手のこんでいる料理を食うの初めてかも」


「そんなにかい?」


「ええ。何分、人としては外れた生活をしていましたから。ここまで文化的な生活じゃありませんでしたね。その日の糧を自分で手に入れる。文字通り、獣を狩ったり山菜を取ったりしてね。それ以外は基本的に魔法の研究ばっかりしてましたから」


「へぇ、学者さんだったのかい。それにしても、その食事はどうなんだい?身体に悪いとしか思えないんだけど……」


「悪かったと思いますよ、実際。でも、そんなの指摘する奴はいない。そんな環境にいれば、食事のバランスが崩れるのも当たり前です。でもまぁ、気にした事もなかったんですよね。今まともな食事を取るまでは」


「そりゃあ、良かった」


 と言っても、ここにいる間だけだろうけど。やるべき事を済ませたら元の生活に戻る。基本的にどこでも暮らしていけるだけのスペックはある。それに加えて、食事に関して特にこだわりはないともなれば、元に戻るのは寧ろ必然だろう。

 だが、改めて俺の食事って考えてみると悲惨だよな。炭水化物って肉とか偶に捕る魚ぐらいのものだ。パンも何もないし、野菜だってそんなに取らない。脂肪とかに変わってデブになっていないのが不思議なくらいだ。


「おいおい、兄ちゃん!なにしけた面してんだよ!俺が奢ってやるから、一緒に飲もうぜ!」


 俺が食後のお茶を飲みながら我ながらどうかしている食事に頭を悩ませていると、後ろから声をかけられた。一応礼儀として振り向くと、そこには笑いながらこちらに近付いてくる割と強面の男が立っていた。周りを見ても、兄ちゃんと呼べるような容姿をしているのは俺しかいなかった。


「一応訊きますが……俺の事ですか?」


「おうよ!寧ろあんた以外に誰がいるんだ?」


「人自体なら、周りにいくらでもいますけど。というか、なんでまた」


「ここの料理を食う時は酒を飲むのが流儀なんだぜ?美味い飯を食い、美味い酒を飲んで騒ぐ。それが良い酒場の流儀ってもんだ」


「なるほど。それもそうなのかもしれませんね」


「話の分かる兄ちゃんだ。ほら、酒は奢ってやるからよ。俺らと一緒に飲もうぜ?」


「良いんですか?名も知らない相手にそんな事をして」


「構うもんか。そんな程度の事を気にしてちゃあ、冒険者なんてやっていけないぜ。おっと、名乗るのが遅れたな。俺はバダックってんだ」


「……なるほど。中々に勉強になりますね。俺はヴィント。ヴィント・アルタールだ。よろしく、バダックさん」


「さんは要らねぇ。あと敬語もな。こちらこそ、よろしくだな。それじゃあ、ついて来いよ。俺の仲間も紹介してやるからよ」


 そうして連れて行かれた先には、一つの大きなテーブルとそれを囲むように四人の男女が座っていた。テーブルの上にはいくつかの料理と酒の入ったジョッキが置いてあった。


「また始まったよ。バダックのお節介焼きが」


 そう言ったのは、髪が灰色のどことなくひょろっとした感じの青年。


「まぁ、らしいと言えばらしいけどさ。困惑しきってるよ、彼」


 そう言ったのは、青色の髪に身体に合わないサイズのローブを羽織り、全体の輪郭を判りにくくしている女性。


「良いじゃないですか。それもバダックの良い所ですよ。ねぇ?」


 そう言ったのは、金髪のシスター服を身に纏った女性。そうして声をかけられたのは同じく金髪に右目の傍に泣き黒子がついた青年。


「そうだね。まぁ、僕らのリーダーはバダックなんだ。それに、この酒場で暗い顔をされるのが嫌だ、っていうのは僕も同感さ」


「そりゃあ、僕だって嫌な訳じゃないよ。でもさ、これで何回目だと思ってるんだよ」


「ゆうに十回は超えてますね」


「うるせえよ。ヴィント、そこのひょろっちいのがルーカス。そっちの青い髪の奴がイリーナ。シスター服の奴がディアナ。そんでもって今酒を飲んでる奴がディル。俺らは同じパーティーで組んでる冒険者なんだよ」


「へぇ……確かに、皆さん強そうですね」


 これは世辞ではない。周りにいる連中と比べて、明らかにこの集団は幾らか抜きんでている。冒険者として、それなりのレベルにいるんだろう。だが、向こうは世辞だと思っているようだ。無理もないと思うが。俺も素性も知らん他人にそんな事を言われても、世辞としか思わないだろうし。

 結局、その後はドンチャン騒いだらしい。俺は一口酒を飲んだ後の記憶がなかったので、確かな事は分からないが後で女将さんにそう聞いた。ついでに『あんたはもう酒を飲まない方が良いね』と言われたが。そんなに酒癖が悪いんだろうか、俺は?


――――閑話――――


「それで、どういうつもりなんだい?」


「あん?何がだよ」


 一口目で酔っ払い騒ぎまくったヴィントを女将さんに教えてもらった部屋に放り込み、バダックたちは酒盛りを再開した。そしてバダックが料理をつまんでいると、ディルに話しかけられた。要領を得ない質問に、バダックは首を傾げる。


「何が、じゃないよ。バダックが誰かに声をかける時は、そいつに才を見出した時だけだろう?だから、何か見たのかな?と思っただけさ」


「確かにね。あの子、何かあるの?」


「……これは今日あった話なんだよ。奴隷市場であった騒ぎは知ってるか?」


「ああ、なんでも奴隷の一人が暴れ出したとか?でも、確か被害者は出なかったんじゃなかったっけ?」


「ああ、被害者はいなかった」


「でしたら、それがどうかしたんですか?」


 被害者が一人もいなかったのなら、それは良い事だ。だが、そんな話を態々する意図が見えない。今はヴィントがどういう人物なのか話しているのであって、その話とヴィントの関係性など無いにも等しいはずだ。だからこそ、バダックの言葉に思考がフリーズしてしまった。


「あいつだよ」


「え?」



「あいつが、その奴隷を抑え込んだんだ。天狼人(ハイ・ウェアウルフ)の嬢ちゃんをな」



「なっ……それは、本当かい?」


 天狼人(ハイ・ウェアウルフ)――――一般的な狼人(ウェアウルフ)の上位種であり、その戦闘力は下級とはいえドラゴンをも単体で凌ぐほどの力を持っている。だが、それ以上の問題がある。それは――――上位の獣人種は奴隷売買を禁じられている事だ。


天狼人(ハイ・ウェアウルフ)の奴隷なんて……取り引きは禁じられている筈です。戦争の可能性だってあるんですよ?」


 常軌を逸したと表現しても良い天狼人。そんな連中を奴隷になどすれば、同族が黙っていない。この事実が向こうにバレれば、それだけで戦争になる可能性がある。獣人種は同胞の繋がりがとても強く、あながちその疑いもあって当然なのだ。


「そこまでは流石に俺も何とも言えねぇ。だが、本題はそこじゃねえ。分かるか?子供っぽかったが、それでも天狼人を抑えたんだぜ?これがどういう意味か分かるだろ?」


 天狼人を抑える。それは即ち、単体でドラゴンを上回り得る力を持っているという事の証明だ。そんな相手と近づけるなら近づきたい。そう思うのは自然な事だろう。冒険者が力という物を資本としている以上、力のある存在というのはそれだけで近付く利益がある。


「なるほど……確かにそれはそうですね。この出会いもまた機会、という訳ですね」


「そういうこった。そんじゃ、解散するとしようか」


 女将に追加料金を払うと、それぞれ自分の部屋に戻って行った。この時、バダックは他にも言いたかった言葉を呑みこんだ。これでも、バダックたちは高位の冒険者だ。そんな連中のリーダーを務める男が、そこまで必死に力を求める必要はない。

 だからこそ、バダックがヴィントの事を気に掛けたのは、別にそれだけが理由ではない。ただ単純に思っただけだ。あの少女が倒れた瞬間のヴィントの姿が、まるで取り残された子供のようだった。だから、見捨てられなかった。ただ、それが決め手だったのだ、と。

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