表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輪廻の果てに  作者: あかつきいろ
始まりの龍森
13/81

旅立つ時

 荷物を整えて出発────とはいかず、ひとまず疲労をなくす事に専念した。あの騎士甲冑を着た少女はごねていたが、森の中に放りこむぞと脅したらすぐさま黙った。あいつ、この脅し文句に過剰に反応しすぎなんじゃないだろうか?

 幸い、と言うべきか。疲労自体は1日ゆっくりしていれば治る範囲だ。その間に荷物をまとめておこう。と言っても、持っていく物なんて服ぐらいしかないのだが。あとは何か狩りで得た材料でも持っていくか。いくらか金にはなるだろう。

 会ったこともないような相手に、敬意を払う事はない。そういう性格である以上、不敬を働く事になるだろう。どんな人物かも分からないのに、頭など下げたくない。そういう処世術が必要なのだとしても、俺がそれに従う義理はない。


 それは不敬と取られるだろうが、それを赦すことができるのか否か。そこが分水領と言ったところだろう。平民の分際で王を試す。場合が場合であれば、即刻処刑に処されても仕方のない行いだ。まぁ、その場合は逃げるだけなんだけど。

 それにしても森の外に出るなんて、考えてみたら初めてだな。この森は実力さえあれば、生きていくのに不便はなかったし。外だとそうはいかないだろう。魔法を考えたり、研究者みたいな事をしてるが俺は基本的にシンプルなのが好きだからな。

 まぁ、それが人の柵って物だ。諦めるとしよう。具体的にどうしたいとも思わないしな。くだに巻かれてやって行くのが1番楽だしな。ごちゃごちゃとしているのはやっぱり面倒くさい。


「まぁ、そんなのは婆さんから魔導を習ってた時から分かってたけどな」


 どうにもできない問題だ。一々気にしても仕方がないと言える。そうしてごちゃごちゃと作業をしていると、上から何かが落ちてきた。何かと思って見てみると、そこには手紙が落ちていた。それを拾い上げるが、なんでこんな所にあるのか分からない。

 俺は手紙など書いたこともなければ、受け取った事もない。という事は、これは婆さんの物だろう。いくら故人とはいえ、他人の手紙をわざわざ見るような趣味は持っていない。だが、その手紙の宛先を見て気が変わった。


「俺宛てだと?」


 そう、宛先が俺だったのだ。こんな物を書くとしたら婆さんしかいないが、あの婆さんがこんなまどろっこしい事をするだろうか?まぁ、それは置いておくとして、内容を確認しよう。そこにはこう書かれていた。


『ヴィントへ


 これが読まれてるって事は、私はもう死んでるんだろう。私としては百数十年は生きるつもりだったんだけど、それも無理だったって事か。

 そんな事はどうでも良いんだけど。とにかく、これを見つけたって事はあんたもこの家を出ていく事にしたって事なんだろう。そうじゃないと見つけられない場所にスイッチがあったし。あんたがどうしてそんな決意をしたのかは知らない。でも、そういう決断をしたのは良い事だと思う。ここにいても見えない物が外にはあるからね。

 私は散々外の魔導士や魔女を貶してきた。だけど、あの連中が今もそうなのかは分からない。そうであったとしても、あんたが信頼できる人を見つけなさい。あんたは本当に誰も信用しようとしないから。一人で生きていく分には良いけど、これを読んでいるって事はそうじゃないんだろうし。

 あんたはこれから生きていく指針を見つけなさい。目標や目的がないと人は生きてはいけない。生きていたとしても、それは生とは呼べない。だから、本当に生を謳歌するためにそれを探しなさい。

 多分死ぬ前に言ったとは思うけど、この家に関しては好きにしなさい。放置するも良し、そのまま利用するのも良し。私にとっては無用の長物だからね。

 でも、もし放置するのが心苦しいなら一緒に入ってる紙に書いてある魔導陣を使いなさい。私の唯一の弟子であるあんたならきっと使えるから。それと私と同じアルタール姓を名乗る許可をあげる。

 それじゃあ、あんたの旅路に幸多からん事を祈っておくわ。


メーア・アルタールより』


「……そうか、婆さん。あんた、分かってたんだな。こういう日が来るって事を。俺がおかしいって事を」


 婆さんには本当にお見通しだった、という訳か。まったく稀代の魔女という触れこみは本当だったのかね。それにしても、置き土産に名字を送るとはよく分からん気の使い方だ。慎んで受け取るが。婆さんは俺に負い目でもあったのか、そう思ってしまう。

 あの婆さんは昔から、俺が両親から捨てられた事を気にしてた。どうしようもない事なのに、気にしてたんだ。孤児だったから、俺は婆さんに拾われた。その事を気にはしてなかったし、どちらかと言えば感謝していた。まぁ、お世辞にも子育てが得意だとは言えなかったが。それでも、風邪をひいた時には世話をしてくれたり優しくはあったのだ。

 そんな婆さんが教えてくれたから、俺はこんな場所で研究を続けてきたのだ。そうでもなければ、とっくにどこかへ旅に出ていたと思う。具体的にどこかと訊かれると返答に困るが。我が育て親ながら不器用な事だ。


「ヴィント・アルタールか。俺には不釣り合いかもしれんが、ありがたく受け取っておこう」


 手紙の入っていた袋を覗くと、もう1枚紙が入っていた。これが婆さんの言っていた魔導陣だろう。婆さんらしい複雑な魔導式が書かれていた。普通は解読に時間がかかるが、知っている術式が大半だったのでそれが何の術式なのか解読するのに、そう時間はかからなかった。


「これは……まったく、末恐ろしい物をポンと残してくれたもんだ。そこはやっぱり婆さんらしいな」


 婆さんは研究はしても、それを残す事には無頓着だった。いや、残すというより管理が杜撰なのだ。使えば首都をまるっと吹き飛ばすような危険な術式の書かれた紙が、そこら辺に無造作に置かれていた。そりゃあ見るとしても俺以外にはいない訳だが、それでも杜撰すぎる。

 婆さんにとって、1度作った魔導式という物には興味がなかったのだ。それよりは新しい魔導を作る事で魔法に関する知識を蓄える事に執心していた。三度の飯より魔法の研究という、いわば魔法バカだった。その馬鹿っぷりは割と常軌を逸していたが、そこは割愛しておこう。


 使い方によってはかなり危険な魔導だ。婆さんは俺を信頼してくれていたのかもしれないが、遺す魔導の規模が相当な物だ。いつこんな物を書いたんだろう、と思いながら見てみると────婆さんが死ぬ1日前だった。

 死期を悟っていたのかどうかは知らないが、本当にギリギリだな。これ、ひょっとしたらなかった可能性もあったのか?本当にその辺り適当なんだよな。遺されたこちら側としては間に合って本当に良かった、という感じだ。


「ともかく、これで心配はなくなった訳だ。それなら後はゆっくりしておこう」


 疲労が完全に抜けきった訳ではないのだから。歩き慣れた道とはいえ、危険はそこら中に溢れている。油断する理由などどこにもない。疲労はない方がいい。肉体的な意味でも、魔力量的な意味でも。

 晩飯を食い、ゆったりと休めば翌朝にはもう全快の状態まで行っていた。これなら出ても大丈夫だろう。朝飯を食った後、準備を整えた俺達は結界の外に出た。そしてそのまま進んだ────のではなく、結界に手を当てた。そして昨日、婆さんから受け取った手紙に書かれていた魔導陣を書き始める。


「集い結べ、時空の鎖。我が呼びかけに応じ、我が手の中に納まれ」


 魔導陣を完成させ、そう唱えると凄いスピードで結界が圧縮され始めた。婆さんから受け取った手紙に書かれていた魔導式は、結界の内部にある物を圧縮する事で持ち運びできるようにする物だったのだ。圧縮と言っても、物理的に圧縮している訳ではない。

 そもそもこの結界は時空結界という物らしい。時間と空間が外の世界とは隔絶された場所であるが故に、最高の防御性能を誇る────らしい。詳しい理屈なんかは、俺にはまだ分からないのだ。

 ともかく、空間的に圧縮しているだけなので、結界の内部にある物が壊れるような事もない。状態保存の魔導も結界の内部の時間が凍結されている事で、同等の結果を起こす事ができる。そしてキューブ状になった結界を拾い上げ、胸元に入れた。


 驚きを通り越して固まっている2人を放って歩き始めると、2人とも慌てて走ってきた。さて、どんな光景が待っているのか。今からちょっとワクワクしてきたな。しかし、その前に言っておくべき事があった。


「――――行ってきます。精々、楽しんでくるよ」


ご意見・ご感想お待ちしております

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ