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輪廻の果てに  作者: あかつきいろ
始まりの龍森
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唐突に現れる予兆

 あの乱痴気騒ぎの翌日、もう日が高くなっているような時間に俺は目を覚ました。身体は重く、それ以上に痛みのせいで立ち上がる事すらままならないような状態だ。首を傾ける事にすら身体に負担を強いている。

 我ながら無茶な事をしたものだ。まぁ、無茶というよりは無理無謀という物だがな。とにかく、早く移動をしなければならない。乱痴気騒ぎの後、動けなくなった連中は森の獣どもに捕食される。それだけは避けなければならない。


 強い奴に負けるのは良い。それは自然の定めだ。摂理と言っても良い。だけど、ハイエナみたいに弱い連中に喰われるのだけは我慢ならない。それは俺のプライドに反する。

 だが、今のままではそれもやむなしとなってしまう。家までどれだけの距離があるか分からないが、ゾーネさんもいる以上早く動かなければならない。だからこそ、ただでさえ消耗している魔力を使って痛みだけは消さなければならない。


「ふむ、起きたようだな。ならば、そろそろこの結界を通る方法を教えてくれまいか。このままだと結界を粉砕してしまうのだが」


「……あんた、誰だ?」


 目の前に現れたのは、黒髪ロングの超絶美人。今の人生になってから、いや前の人生でも見た事がないようなレベル。そんな美人が真っ黒な瞳が上から俺の事をのぞき込んでいた。しかし、この森に俺以外の人間なんている筈がないんだが……


「誰だ、とは失敬だな。つい先ほどまで戦っていた相手だと言うのに」


「なっ……それじゃあ、あんたは黒龍なのか!?」


「うむ。人化の術など久方ぶりにやったが、失敗していないようで何よりだ」


「あ、あんた……」


「うん?どうかしたのか?」



「雌だったのかよ!」



「言っておらなんだか?まぁ、些細な事であろう」


「些細な事じゃねえよ……」


 雌にあんなに圧倒されてたのか……いくら生物的に見て圧倒的な差があるとは言え、なんとも情けない。まぁ、そんな事を気にしている余裕なんてないんだけど。全然身体が動かない方が今の俺にとっては大問題だ。


「開け、風穴」


「なんという鍵だ……」


 知るか。この言葉を鍵にしたのは俺じゃなくて婆さんだ。我ながらどうかと思っているが、下手に弄ると術式が乱れて機能しなくなる。ただでさえこの家の結界は隠蔽と防御を直列駆動させている。それも矛盾がないように。これは俺でもまだできない術式だ。


「一緒に運んでやろうか?」


「いらん……そこまで世話になる訳にはいかないからな。ここまで運んでくれた事には感謝しているよ」


「そうか。なら礼代わりに応えてもらいたい事がある。上がらせてもらうぞ」


「はぁ?おい、ちょっと待て……!」


 黒龍はゾーネさんを抱き上げて、勝手にずかずかと上がっていく。なんという傍若無人、と嘆くのは簡単だが、そんな事をしている暇はない。っていうか、本当に動きにくいな。どうも、思った以上に疲弊している肉体を引きずりながら、後を追う。本当にどこに部屋があるのか分からないのに、よく堂々と歩けるな。しかも、間違えずに部屋の中に放り込みやがった。


「あんた、ここに来た事でもあるのかよ?」


「無論、ない。だが、あの娘の魔力残滓が残っておったからな。それにここの魔力は整えられておる。実に判別しやすい」


「……そうかい。ついでに言わせてもらっても良いか?」


「ふむ、何かあるのか?」


「……いい加減、服を着てくれないか?」


 そう、さっきからこいつ、何気に草で重要な部分を隠しているだけなのだ。戦闘のせいかそういう欲望は湧いてこない。疲れてるからそれどころじゃないだけかもしれないが、とにかく目に着いてしょうがない。このままだと会話に集中する事も出来ない。


「服?ああ……そういう事か。人という種は本当に些細な事を気にするのだな」


 全然些細じゃないが、龍というのは基本的に全裸だ。寧ろ服などという物を態々着る人間の方が、信じられないのだろう。種族の違いというのはこういう時、本当にはっきりするんだよな。


「ふむ……これで良いか?」


 指を一振りすると、草が掻き消え黒いドレスを身に纏っていた。魔力で練られた服なんて少なくとも人間には作れない。だって、人間は魔力を用いる生物の中で唯一、魔力を物質として(・・・・・・・・)使用できない種族(・・・・・・・・)なんだから(・・・・・)

 魔導式を魔導陣に変え、そこに魔力を注ぎ込むことでようやく使用できる。より正確に言うなら、魔力を何かに加工しなければ使う事が出来ない。だからこそ、記憶(メモライズ)なんていう術式を作る必要が生まれたのだ。


「ああ。それで、俺に何を訊きたいんだ?生物の頂点であるドラゴン、それも純色と呼ばれる色を持つあんたが分からない事なんてあるのか?そんな質問に俺が答えられるとは思えんのだが……」


 本当に強い存在は一々奇を衒ったりなんてしない。強い者はそもそも存在からして強いのだ。そこに小賢しい理屈なんて存在しない。技術なんて物は、弱い者が強い者との差を埋めるために作られた物なのだから。素の力で強ければ、技術なんて物は必要ないのだ。

 それと同じように、ドラゴンと呼ばれる者たちにも位階の差がある。より強い存在は鱗の色が純粋な色になっていく。つまり、黒龍ともなればドラゴンという種族の頂点の一角と言える。それだけの力を持っているような存在が訊きたい事に俺が答えられるとは到底思えない。


「世界広しといえども、貴様にしか答えられんじゃろう。小僧、貴様あの時一体何をしたのか分かっておるのか?」


「え?あの時って、あんたと戦ってた時か?戦闘に集中してたから、何をどうしたとかあんまり覚えてないけど……」


「では、質問を変えよう。その紋様は一体何時から存在するのだ?」


「生まれた時から、というよりは婆さんに拾われた時かな。婆さんは俺を拾った時からあったって言ってたけど、それがどうかしたのか?」


「……貴様はあの言葉を覚えておるか?」


「あの言葉って……どの言葉の事だよ」


「『肉体は土に還り、されど魂は肉体を巡る』という言葉だ。貴様、一体どれだけの生を繰り返した?」


「だ・か・ら、あの時も言っただろう?憶えてなんかいない、って。どれだけ繰り返したかなんて、もう忘却の彼方さ」


「貴様は……悲しくはないのか?かつての自分がどんな者だったのか、思い出せない事が」


「悲しい、ね……そんな感情は浮かばないよ。確かにあった物がそこには無い。でも、それだけだ。記憶喪失でもあるまいし、別に嘆くような事じゃないさ」


 これは割と本音だ。かつての自分がどんな人間だったか、思い出せないだけで困るような事はない。大体、昔の記憶なんて一般的な知識を思い出すのに役立つ程度だ。あれば役に立つが、なくても困るような事でもない。


「……そうか。まぁ、良い。私としてはこれ以上、話すような事はないが何か気になる事はあるか?」


「訊きたい事、ねぇ……」


 何もない、という事はない。それだけの実力があるのに、なんでこんな森にいるのか?とか訊こうと思えば訊ける事は山ほどある。ドラゴンと言えば多くの知恵を有する賢者としても有名だ。魔法に関する質問をしても良い。だけど、そんな事に興味はない。


「……なんで途中で怒ってたんだ?俺、何か変な事でもしたのか?」


 そう、これだ。あの時、俺は何かをしたんだろう。そして、それが黒龍の琴線に触れた。だから、黒龍は怒って本気になったんだろう。だが、俺は自分で何をしたのか認識していない。もし何か気にするような事をしたのなら、謝っておくべきなんじゃないかと思う。


「……何をしたのか分かっておらん奴に、態々謝らせるような趣味はない。それに、いつか気が付く日も来よう。その時まで待つのみだ」


「そっか……」


「……だが。だが、もし、かつての自分がどんな存在であったのか思い出せたら、その時は教えてくれ。貴様が一体、どんな存在であったのかをな」


 そう言った黒龍の顔はどこまでも美しかったが、同時に儚く感じられた。そして黒龍はこの場所を去ろうとした。そう、去ろうとした(・・・・・・)。出て行ったと思ったら、また戻ってきた。しかも、何かをぶら下げて。


「そこの結界の外に倒れておったが、こやつは貴様の知り合いか?」


 そう言いながら、明らかにボロボロの状態の騎士甲冑を身に着けた少女を連れてきた。その少女を見て俺はこう思った。――――ああ、厄介事か……と。

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