紅き月の宴・後編
血をばら撒きながら、結界の壁に背中を預ける。様々な箇所の骨が折れ砕けている。これを治すのは少々骨だろうが――――そんな事はどうでも良い。何とか止血しようとしているゾーネさんを退けて、目の前に立って俺たちを見下ろしている覇者に視線を向ける。
『まだ立ち上がるか、人の子よ』
「当たり前、だ。ここで退く?おいおい、馬鹿な事をいうなよ。総ての生物の頂点よ」
立ち上がる。そうだ、ここで退くなんてのはありえない選択だ。だって、ここまで血潮が沸き立っている。ここまで俺を高揚させてくれる。死は俺のすぐ傍にあって、今この瞬間生という物を実感できる。この高揚感は、今を除けばこれから先感じられるか分からない物だ。だから、退く事なんて出来ない。
「今、俺は生きている。流れ出る生命の源泉が、この瞬間も沸き立っている血潮が、俺が生きているという事を教えてくれる。それは俺が今この瞬間、誰よりも感じ求めていた物だ。お前には分からないだろう、万物の覇者よ。何よりも強いが故に、窮地に陥った事がないお前には!」
刻印が沸き立ち、魔力が溢れてくる。この瞬間、この場に居る誰よりも生命の危機に瀕しているのに一番力に溢れていた。この森で、否この世界で最も強いであろう覇者たる老龍が目を細める。それがどれだけ異常な事か、その時の俺には理解できなかった。
それよりも、ただ勝ちたいと思った。求めている物は勝利であり生の実感。長く生きていると忘れてしまうのだ。今を生きているという事を、この瞬間俺は確かに生きているのだという事を。思いだす事も出来ないそれを、今は鮮烈に感じる事ができる。
魔力が身体を治す。それが一時的な物であっても、勝てるのならばそれで良い。この瞬間、誰も俺を阻む事はできない。たとえ、俺に親兄弟がいてその場にいたとしても止める事など叶わない。誰よりも求め欲している物がそこにはあるのだから。
『そこまで変わるか、人の子よ。その魂、何をどうしたらそこまで呪われると言うのだ』
「知らない。分からない。もう欠片ほども憶えてない。この世界に来て幾成層、俺が最初はどんな人間だったのか。どういう境遇に生まれ、どういう環境で育ち、どういう理由でここに来たのか。そんな事はもう忘却の彼方さ」
もう捨て去り消えた過去の記憶。とうの昔に朽ちて消えた過去の肉体。残滓すら残っていない過去に執着する事はもうないだろう。求めて欲してももう二度と戻る事はないだろうから。それだけの月日が経った――――経ってしまったのだ。
頭の中で垣間見えるその光景が何なのかは分からない。しかし、それが本当に重要な物であった事だけは分かる。同時に、その重要な物が何なのかを思い出せなくなっている程には、時間が経っているという事を。最早何を口走っているのかもよく分からない。
「もう戻らない。どれだけ願っても、俺はもう還る事は叶わない。それを確信したとき、俺はここで土に沈む覚悟を済ませた。肉体は土に還り、されど魂は肉体を巡る。だったら、この身は一体何だって言うんだ?」
夢か?それとも幻か?俺という存在は蝶が見ている夢でしかないのか?
「否。断じて否だ。今この瞬間、俺は生を実感している。今の俺は断じて蝶が見ている夢幻なんかじゃないんだ!」
そう実感できる。俺は誰かの夢なんかじゃない。俺は俺として、世界に存在しているんだ。それは誰にも否定なんてさせないし、されたとしても認めやしない。
「俺は今、生きている!誰に憚ることなく、そう言う事が出来るから!」
そう、だから――――
「立ち上がれる。前に進める。どんな巨大な困難が待ち受けているとしても、諦めずに立ち向かう事が出来るんだろうが!」
『……そうか』
覇者たる黒龍はそう呟いた。他には何もなく、ただ様々な感情を織り交ぜたかのように呟かれた。何を思っていたのか、何を感じていたのか、それを図る事は俺には到底できなかった。だが、少なくとも相手が俺の事を下に見ていない事だけは感じていた。
『では、愚かなりし人の子よ。ここでその生を終えたとしても、後悔はないのだな?』
まるで周辺の重力が何倍にも増したかのような重圧。この森における頂点である黒龍が本気であるかはともかく、俺の事を潰しに来た。もはや絶体絶命という言葉すら生易しい状況の中、俺は――――笑っていた。頭がいかれたとしか思えない状況を前に、ゾーネさんは俺を引き留めようとする。
「ヴィントさん……駄目です。あの御方に挑んじゃ駄目です。死んでしまいます!」
「………………」
「ただでさえ致命傷と呼んでもおかしくない。これ以上戦えばあなたは……!」
「うるさい!俺の邪魔すんじゃねぇよ!」
「……ッ!?」
「……確かに、あなたの言う通りなんだろう。アレに挑めば、俺は高確率で死ぬだろう。なにせ婆さんからも絶対に喧嘩を売ったりするな、って言われていたような存在だからな」
「だったら!」
「だけど、駄目なんだ。俺は挑まずにはいられない。生の実感を得るためには、これしか方法がない。婆さんから継いだ魔導の研究も、あの森で生きている事も、俺にとってはただ同じ事をしているだけだ。この瞬間だけが、死と隣り合わせの今だけが俺に生きている事を実感させてくれるんだ」
「…………」
「だから、俺は止まれない。俺が死んだとしても、俺は絶対に後悔なんてしない。まぁ、俺の死を嘆いてくれるような奴ももういないんだけどさ」
「…………」
「とにかく、俺は行く。でもまぁ、一応言っておくよ。――――あなたと一緒にいた日々はそれなりに楽しかったよ」
脈動する刻印が光り輝く。地面にクレーターを作りながら、跳躍する。黒龍の一撃を受ければ、地脈の魔力を使っている結界でも持たない。魔力がではなく、魔導陣が負担に耐え切れなくなる。せめて、あの家がない方角から戦闘を仕掛ける。
「この為に、用意をしてきたんだから……」
用意した百の魔導の内、約八割ほどが黒龍と戦うために用意された物だった。この為だけに多くの準備を積み重ねてきた。なんでかは分からないが、俺はこの化け物の様な強さを持つ龍に挑まなければならない。その為に努力してきたんだから、たとえ負けるとしても。
「全力を尽くさなくちゃ始まりもしない。記憶――――起動。一の二番~六の八番同時駆動」
56個もの魔導を同時に発動させる。それらの魔導は総て分別としては同じ物だ。それら総てが――――相手を弱体化させる魔導。この森でそんな物を使えば、バッシング間違いなしの代物を躊躇いもなく使用する。少しでも、土俵を近付けるためには必要な物なのだから。
そんな魔導式を使う事を黒龍は責めない。寧ろ、当然とすら思っている。龍退治において、最も重要なのは相手をどれだけ自分の同じ領域に近付けられるか。その一点に絞られている。だからこそ、そのセオリーを守ろうとしている相手を、どうして貶す事が出来ようか。
だが、だからこそ言おう。甘い、と。
『そのような使い古された手で、どうにかできると思うのか――――?』
「セオリーに従うだけじゃないさ、もちろんな」
魔力と魔導によって強化され続ける肉体と弱体化し続ける魔導によって、お互いの差を埋める。打てる手を総て打ち続ける。そうでなければ戦う事すら儘ならないのだから。
指先に魔力を集め、魔法陣を描いた。戦場では致命的な行いではあるが、相手は生物の頂点である龍。こちらの邪魔をするような事はせず、じっとこちらを見つめ続けていた。何をするのか、何が出るのか、ただ興味深げに眺めていた。
「輝け、豊穣の灯よ。大いなる罪科を犯した我に慈悲の光を与えたまえ。輝ける汝よ、我が手に大いなる力を与えたまえ。この手に勝利を与えたまえ、と紡ぎ出そう」
治癒と肉体強化の同時発動。俺が持ちうる手段の中でもそれなりの物。少なくとも、止血と折れている骨を結合させる。同時に、肉体の強度を跳ね上げる。満身創痍の状態から脱し、フルパフォーマンスを行えるだけの状態に持って行く。
「記憶――――起動。十の一番」
更に肉体強化の術を重ね着する。更に肉体を頑強に、速度を加速し、感覚を鋭敏化させる。一発でも受ければ即死亡な上に、かすった程度でも致命傷という難易度的に言えば、蟻が単体で人に挑むレベル。つまり、成功確率皆無という半ば自殺染みた行動。
「どうするか、なんてどうでも良い。ただ挑むだけだ……!」
『その無謀具合。懐かしき者を思い起こさせるな。あの者に届き得るか、この我の手で測ってやろう!』
「上等だ。誰と比べてるのか知らないけど、俺は俺に出来る全力を尽くすだけだぜ」
気力も魔力も十分ある。少なくとも、絶望なんてしていない。絶望していたって何もおかしくないのに、それでも笑いが、高揚が止まらない。我が事ながら、どうかしているとすら思う。でも、止められない。理性と感情が別物である以上、一度暴走した感情は理性にはどうしようもない。
幾つかある内の最初の難関。それはどうやって黒龍との距離を詰めるか、という事だ。山の如き巨体という事は、それに応じて腕の長さなんかも半端じゃないという事だ。こちらの魔導が届かないような距離から、一方的に攻撃する事だってできるだろう。その距離を詰める方法、それは――――
『ほう、短距離転移か。確かにそれなら私の攻撃を掻い潜りながら距離を詰められるかもしれんな。しかし――――それの欠点を私が知らないとでも?』
押し潰すように振るわれる腕。風を斬り裂きながら振るわれる腕の上に短距離転移する事で躱し、ついで放たれた腕を乗った腕を蹴る事で跳躍して回避する。
そこから連続して攻撃が放たれる。そう、これが短距離転移の弱点。即ち、必ず姿を現すので連続して放たれる攻撃や広範囲を面のように突っ込んでくる攻撃には対処しきれないという事だ。今だって何とか放たれる腕を蹴る事で回避している。
このままの状態が続けば、明らかにこちらが不利。そりゃあ、距離を詰められたからって有利になる訳ではないが、このままではジリ貧のまま終わってしまう。それは、それだけは認める訳にはいかない。
『ぬっ……?』
その時、黒龍は見た。ヴィントに起きていた、されどヴィントは気付く事もなかった確かな変化を。身体から魔力が揺らぎ、身体に刻まれている刻印が脈動し胎動している。先ほどまであれだけ存在感を発していたそれが急速に萎んでいく。否、収束していく。
『あれは……』
見覚えがある。いや、そんなレベルではない。あれを、その技を自分は見た事がある。それどころか、あの技を自分は受けた事がある。しかし、そんな事が起こりうる筈がない。アレは死んだのだ。自分の手でそれを確認もした。継承されてもいない事を聞いている。
だとするのなら、何故。あの技をあの人の子は使う事が出来る。ありえない。それだけは絶対にあり得る筈がないのだ。そんな事は、叶ってはならないのだから。しかし、この時黒龍の脳裏にヴィントの口にした言葉が浮かんだ。
――――肉体は土に還り、されど魂は肉体を巡る。
『まさか……貴様なのか?いや、ならば尚更の事だろう』
こうして考え事をしている間も、攻撃の嵐はまったく納まっていない。それどころか、逆に激しくなっている程だ。しかし、その攻撃の総てを対処されている。まともに当たる事は愚か、そもそもかすらせる事も次第に難しくなっていた。まるで失われていた物を取り戻しているかのように――――
『そのような事……認められる物か!』
すぅっ、と息を吸い込む。ドラゴンと言えば、巨大な躯体と尻尾と翼が挙げられる。それ以外にドラゴンがドラゴンだと呼ばれる理由があるとすれば――――ブレスを置いて他にはないだろう。吐かれたブレスの属性は一般的な炎。しかし、その威力は一般とは明らかに逸脱していた。光線のようにまっすぐ飛んだソレは、着弾点から少なく見積っても数十キロは破壊しつくした。地面は抉れ、木々は跡形もなく焼き尽くされ、否、消し飛ばされていた。
俺もブレスからは逃れたが、爆発の余波の暴風に身体を揉まれて吹き飛ばされた。木の天辺に足が着いたので、思いっきり蹴り飛ばして跳躍する。初めに移動した地点から半分は詰める事が出来た。ようやく魔導が使えるところまで距離を詰められた。
「記憶――――起動。十の五番・七の七番直列駆動!」
同時発動を意味するのが並列駆動。では直列駆動とはどういう意味か?それは術式と術式の融合。そして今融合された術式は氷と風。そして組み合わされたことで発動する術式は――――吹雪。
吹雪によって木々は氷つき、地面から柔軟性が失われていく。文字通り、氷の大地となったそこであっても、黒龍には何の意味もなさない。踏み砕き、何の影響もなくそこに佇んでいる。分かってはいたけど、ここまで効果がないとちょっとショックだな。
しかし、そんな事に気を取られている暇はない。そもそも訊くとは思っていなかった訳だし。それにしても、一体何を怒っているんだ?俺はそんな変な事をしたつもりはないけど……早くケリを着けたいんだろうか?まぁ、それには同意するんだが、な!
それにしても動きが冴える。相手の攻撃になんなく対処する事が出来る。理由は分からないが、今は戦う事だけに集中しよう。余計な方向に思考を割いたら、その瞬間にやられかねないからな。
そして短距離転移でギリギリ可能な距離まで転移する。そうする事で懐まで飛び込むことが出来た。これで最初にして最高の難易度を誇る難関を突破した。そして同時に次の難関が立ちはだかる。どうやって防御を突破するのか、だ。
龍の持つ鱗の硬度は普通の武器では傷一つ与える事は愚か、逆にこちらの武器が壊れてしまうような強度を誇る。それなりの鉱物で造られている物であっても、簡単に傷をつけることは出来ない。だからこそ、龍殺しというのは難関として扱われているのだ。まぁ、龍の亜種たる竜種は別なんだが。
「記憶――――起動。六の九番・六の十番・七の一番・七の二番・七の三番・七の四番・七の五番・七の六番・七の八番・七の九番・七の十番、直列駆動!」
この一撃に大量の魔導式を組み込む。11の魔導陣を合成し、右腕に練り込む。並列では負担がそれほどないが、直列させた魔法を腕に纏わせるという事はそれだけの負担を強いるという事でもある。
直列駆動は複数の魔導陣をそれぞれ別個として扱うのではなく、複数の魔導陣を単体で扱う。魔導陣が魔導式によって機能している以上、複数の魔導陣を一つにして扱うというの、はかなり無理を強いる事になる。無理に纏めている以上、そこには負担が生じるのは寧ろ当然と言える。
融合した魔導陣が腕に絡みつき、ギリギリまで練り上げられたそれを黒龍の肉体に叩き込む。収束された魔導は極光と変わり、黒龍の胸元を穿つように放たれる。七色に輝くソレはおおよそ防ぎようのない威力を持っており、命中すれば大概の生物は死に絶えるだろう。そう、大概の生物は。
『その程度の攻撃、効かぬわ!』
「知ってるんだよ、そんな事は!」
いくら負担が大きかろうと、たったこの程度の攻撃がこいつに通用するはずがない。そんな事は分かっている。理解している。だって、この程度で斃れるのならあの婆さんが態々忠告なんてする筈がない。
だから、分かっている。こんな物じゃ終わらないって事も、この程度で勝てるような敵じゃない事も理解している。これこそまさしく、神話に登場するような英雄が挑戦するような偉業だろう。だが、だからこそ――――この血が湧き立つのだ。
簡単ではないどころか、一筋縄ではいかないどころか、そもそも届くかすら疑問という相手だ。それほどの強者。それほどの覇者。それほど圧倒的な差が存在する相手。どれだけ小細工を弄しようとも、それを真正面から叩き潰せるほどの力を持っている。
そんな相手に挑む。それがどれほどの難業であり、どれほどの無茶無謀であるのか知っている。知っているからこそ、挑む。誰よりも俺に生きている実感を与えてくれる存在だからこそ、挑むことに大きな意味が生まれてくる。
「だから、あんたに挑む価値があるんだ!届き得ない高みだからこそ、あんたと戦う意味があると、そう信じられる!」
『ッ!貴様は本当にそう、なのか?』
黒龍は困惑しているかのように、そう言いながらこちらを見てくる。しかし、次の瞬間には首を横に振り自ら言っている事を否定した。
『そんな筈はない。奴は死んだのだ。ならば、貴様がどうか私自身の手で測ってやろう!』
口内に再び光線のブレスが蓄えられる。先ほどと同じ威力だとすれば、今から逃げても間に合いはしないだろう。さっきは距離があったのに、余波で吹き飛ばされた。だって言うのに、これだけ距離が近ければ転移も無駄な物に変わるだろう。
だから、生き残るには迎撃するしかない。先ほどのブレスと同じか、それ以上の威力を叩き出さなきゃならない。難しいと言わざるを得ない。先ほどのブレスの規模からいって、四段階で分類される魔導の中でも二段階目の上級魔導十数発分の威力があるだろう。
「燃えるなぁ……!」
そう、燃える。そんな無茶苦茶な代物を迎撃しなきゃならない。できなきゃ死ぬだけだし、俺にはやる以外の選択肢なんて存在しない。だったらやるしかないけど、それに挑戦するなら難関な方が燃える。それが男ってもんだろう。
「記憶――――起動。八の一番~九の十番・十の二番、直列駆動!」
21もの魔導陣を合わせる。腕にかかる負担は先ほどとは比べ物にならない。これを放ってしまえば、少なくとも暫く右腕は使い物にならなくなるだろう。だが、その事を一切恐れてはいなかった。寧ろ、これで十分かと思うくらいだ。
そして黒龍のブレスと直列駆動させている魔導が衝突する。お互い強烈な閃光を撒き散らしながら、引くことなく膨大な魔力を放出していく。数秒か、それとも数十秒か、或いは数分はたまた数十分か。とにかく時間という概念が消えうせた世界の中に俺たちはいた。
その時、俺の体勢が崩れた。魔力の使用中に起こる立ちくらみ。これは魔法を習ったばかりの初心者が調子に乗って魔力を使いきった時に起こす現象だ。それが意味するところはつまり――――魔力の限界。
立ちくらみに応じて、こちらの攻撃がどんどん押されていく。このままでは押し負けてしまう。いくら魔力によって威力を削っているとはいえ、熱線と化しているブレスだ。まともにくらえば間違いなく死ぬ。だが、限界の状態でこれ以上魔力は使えない。
「ヴィントさん!」
「なっ……どうしてこんな所に来てるんですか!?死にますよ!?」
「ヴィントさんだってそうじゃないですか!勝手な事ばかり言って、私のことを無視して!挙句の果てにうるさいって何ですか!」
「そんな事を言ってる場合か!?いいから、さっさと逃げろ!道連れにでもなる気か!?」
「望むところです!」
「はぁっ!?」
何言ってんだ、この人は!?
「大体、ヴィントさんが死んでしまったら私、この先この森で生きていく自信ありませんよ!飢え死にするか、或いはここでヴィントさんと一緒に死ぬか。どうせ死ぬなら一緒に死にますよ!」
「なっ……」
無茶苦茶だろう。って言うか、何気にこの人森に定住する気でいないか?帰る気ゼロになってるような気がするんだが……。
「だから……諦めないでください。あなたが死んでしまったら、少なくとも私は悲しいです」
「……ッ!そう、そうですか。なら……俺も諦める訳にはいきませんね」
俺の死を悲しんでくれる人がいるなら、俺は諦める訳にはいかない。我ながら短絡だとは思うけど、誰かを悲しませるのは嫌だから――――もうちょっと抗おう。
「記憶――――起動。一の一番」
左腕に魔導陣が現れ、しかし発動はしない。これが発動するためには、とある条件が存在するからだ。一定以上の魔力が大気中に存在している事。これはクリアしている。だが、もう一つの条件である魔導陣に注ぎ込むだけの魔力が足りない。
大気中の魔力を変換するのにも、幾らか時間がかかる。その間、このブレスに耐えきれるかは賭けになる。だが、やるしかないだろう。そうしなきゃ死ぬだけなんだからな。
「集え、再生の焔。今一度、立ち上がる力を我らに与えたまえ!」
「これは……」
幾らかではあるが、魔力が回復していた。左手に回せる魔力の量を一気に増やす事が出来た。しかし、後ろで誰か――――まぁ、ゾーネさんだが――――が倒れる音が聞こえた。おそらく残存魔力のほぼ総てを渡して来たのだろう。まったく、本当に頼られた物だ。
「まぁ、嫌いじゃないけどさぁ!」
右腕の術式の維持を放棄する。こうする事で、魔力の途絶えた攻撃は消える。それは同時にブレスを遮る物が無くなるという事でもある。そうなれば、俺が取れる手段は一つしかない。
「大いなる光。集い集いてこの身に恩恵を与えたまえ。かくも愚かなる我が身に、守るための力を与えたまえ。その大いなる光輝を持って、罪障を打ち払いたまえ!」
誓いを立て、その為に全力を尽くす事でようやく発動する術式。婆さんから教えられた願掛けの様な術式。俺も記憶したは良い物の、使う事はないだろうなと思っていた術式だ。それがこんな所で役に立つとは、どうなるか分からない物だ。
黄金の閃光がブレスと衝突し、またも拮抗する。二の轍を踏むだけだと黒龍は思ったが、その瞬間おかしいと思った。何故、周りの魔力が取り込まれている?
それこそが、この術式の力。空気中に存在する魔力を取り込み、際限なく取り込み強化し続ける一撃。その一撃がブレスと拮抗し、それどころか上回ったその一撃が押し切ろうとしていた。
「ぶ、ち、抜けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
黒龍はブレスが打ち破られる寸前で顔を逸らし、黄金の閃光を躱した。この魔導は事前に誓約を立てる事で発動する事が出来る。今回に限って言えば、ブレスを打ち破る事を誓約にした。だから、これ以上術式を機能させることは出来ない。
ついでに言えば、俺ももう一度撃てるような余裕はない。この時もギリギリで意識を保っているに過ぎない。言ってしまえば、ただの意地だ。せめて一言言ってやらなければ気が済まない。
「……俺たちの、勝ちだ。ざまあみやがれ……」
その言葉を最後に、俺は意識を失ったのだった。
ヴィントside out
黒龍side
『あれを打ち破るか……恐ろしき人の子だ』
全力ではなかったとはいえ、それでもそれなりに本気で撃った一撃だった。それを拮抗は愚か、打ち破ってみせた。もう一人の少女の力があったとはいえ、それでも自分の一撃を上回った。これは驚くべき事だろう。
『紋様は……消えているか。あの人の子もこんな子供を育て上げるとは。げに恐ろしきは人の子よな』
かつて見た事がある、この森の中でも上から数えた方が良いぐらいの力量を持った人の子。もう死んでしまったのか、それともこの森から出て行ってしまったのか。それは分からないが、少なくとも今この場にはいないようだ。
この子は本来、ここで殺すべきなのだろう。しかし、我が試練を見事打ち破った者を殺してしまって良いものか。そう悩んでいると、私の顔に光が差した。
『もう朝か……刻限だな』
この森での乱痴気騒ぎは紅い月が出現している一晩だけ、開催される。朝が来たら、乱痴気騒ぎは終わり。そう決まっているのだ。それは私も例外ではない。
『仕方あるまい。せめてこの者たちの住処に連れて行ってやろう。このまま放置するのも寝覚めが悪いからな』
そう言って、私はとある力を使った。そして眼を開けると、人の子と同じサイズになっていた。そして2人の人の子を背負うと、そのまま歩きだすのだった。
黒龍side out
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