第二話
生い茂った木々の場所から少し移動し、周囲よりも開けた場所にある、その中でも大きな木の下でフラマと黄金色の髪をもつ少女は座っていた。
大樹を背にして座るフラマの前に、少女は、ニコリと笑みを浮かべ正座をする。
「もー、次は話の途中でどっか行かないでよ」
「……その話を聞きたくないからどっか行ったんだよ」
「聞きもしないうちから聞きたくないというのはどうかと思います!」
と、よくわからない言い合いをし、しばし沈黙の睨み合をする。
しかし折れたのはフラマの方で、ため息をついて少女を促した。
「で、なに。手短に頼むよ」
「では、まずは自己紹介から。わたし、イリスといいます。あ、あなたの名前聞いてもいい?」
「いやだ」
「あなたの名前聞いてもいい?」
渋るフラマに対し、笑顔のまま同じことを繰り返す少女ことイリス。
再び二人の間に沈黙が落ち、やはりため息をついたのはフラマの方であった。
「……フラマ」
一言答えれば、イリスは満足げに頷いた。
どんな内容の話かはわからないが、フラマからすれば彼女と出会った瞬間から嫌な予感しかしない。彼女とは少し前に近くの小さな町で出会ったのだが、間違いなくめんどくさいことになるとしか思えない。
そう直感したから、ろくに話も聞かず彼女の前から立ち去ったのだが、結局追いつかれ今に至る。
どうにも、イリスという少女はフラマの苦手なタイプに当てはまるみたいだ。
「フラマ……、フラマね。最初から素直に答えてくれればいいのに。ま、いいわ」
ぱん、と手を叩き、イリスは指を二本立てて前へと突き出した。
「あなたに頼みたいことがあるの、二つ」
「ほらきた……、しかも二つと」
「予感的中」と内心で呟き、フラマは顔を盛大に顰める。
昔からなにかと厄介ごとに巻き込まれる体質らしく、今回もその口だと薄々と感じ取っていた。
「一つめは、あなたについてきて欲しい場所があるの。そして二つめは、わたしはあなたについていくわ」
「どっちも意味がわからんが、断る!」
「だーめー」
「だめじゃない!」
「話を聞き終わる前に断るのは失礼だわ!」
「厄介ごととわかってて聞く気はない!」
完全に聞く気はないとアピールをするフラマに対し、イリスはきょとんとした表情になる。
「なんで厄介ごとって決めつけちゃうのよ?」
「その、意味のわからん始まりからして厄介ごとなんだよ」
「へー、そういうもの?」
妙な感嘆の声をもらすイリスだが、「それはそれとして」と、勝手に切り出して話を続けようとする。あくまでも自分のペースを崩すつもりはないらしい。
「ついてきてほしい場所というのはね、ここから一番近い町、カリアスってところなの」
「いや、ちょっとまて……」
フラマの制止を軽く無視し、イリスは続ける。
「そこでね、わたしちょっと行きたいところがあるから一緒に来てほしいってわけ。で、わたしの用が済んだらあなたについて行くから」
「……いや、もうほんと。わけわかんないから。そもそも、なんで俺が、あんたについて行く必要があって、あんたが俺についくる必要があるんだよ」
全くもって至極当然の疑問である。
イリスは勝手に話を進めていくが、フラマからすればこれっぽっちも理解できていない。
理由がわからない。
そして、はっきりいって迷惑すぎる。
「なんでって、あなたフラマ、クロッカスでしょ? クリムの弟よね?」
「なんっ……!!」
なんでそれを知っていると、言い切れずフラマは本日二度目の驚愕の表情をする。
彼女に対し、フラマはファミリーネームを名乗っていないし、ましてや兄のことなど一言も話していない。
「髪の色もそうだけど、容姿もどことなく似ているし。名前も。うん、そうね。聞いていた通りだわ」
「……聞いていた通り? おまえ、いったい」
嬉しそうに頷くイリスに訝しがるフラマ。
話は未だ見えないが間違いなく只事ではない。
何しろあの兄、クリム・クロッカスが関わっているとなると相当厄介だ。
嫌な予感は拭えないが、しかし兄が関わってくるとなると邪険にできない。
少しでも兄の情報が得られるかもしれないのであれば、話をきちんと聞くしかないのだ。
「クリムが関わっているとなると、聞く気になるのね。やっぱりあなたはクリムを探していて、まだ見つかっていないのね」
「なんで、兄貴のこと知っているんだ?」
「まあ、あの人はいろいろと有名だから、ねぇ?」
イリスに意味深に笑みを浮かべられると、フラマは言葉を詰まらせた。
クリム・クロッカスは実力を備えた王国騎士であり、彼の武勇伝は一部の間ではちょっとした有名な話だ。
フラマ自身もいろいろとその武勇伝を人づてに聞いたことはあるが、どれもこれも、凄いと言ってしまいたくなる。いろんな意味で。
「それ以外に、わたし自身彼に何度か会っているの。その時にあなたの話は聞いていたから。容姿とか、性格とか」
「……全く嫌な話だ」
「そう? でも、あなたにとって貴重な情報じゃない?」
「否定できないのが、尚更嫌な話なんだよ」
本当に嫌そうに吐き捨てるフラマの様子にイリスは思わず噴き出した。
フラマは兄であるクリムを探している。
多数の武勇伝をもつクリムであるが、四年前、突如失踪した。
何か事件に巻き込まれたとか、突然に旅にでたとか、いろいろと憶測が囁かれているが、どれも確証がない。
唯一の肉親であるフラマもクリムの行方を知る術はなく、仕方なく旅をしながら情報を集めているのが現状である。
「フラマはお兄さんのことが心配なんだね」
「べつに、……心配してるわけじゃない」
「素直じゃないなー」
「あのな、」
ニヤリと笑うイリスにフラマは睨みながら言い返そうとするが、すぐに遮られてしまう。
「ま、それはどっちでもいいとして。実はわたしもクリムのこと探しているの。で、同じ人を探すのなら一緒に探したほうがいいと思わない?」
「まあ」
「だからわたしもあなたについていく。でもわたしはカリアスの町にも用事があるから、あなたはわたしについてきてほしいってこと。どう? わかってくれた?」
軽くウインクをしてイリスは立ち上がる。
どこまでも明るい笑顔を見せる彼女を見上げ、フラマはなんとも言えない表情をする。
理屈はわからなくもないが、同意する理由がない。
そんな心情を読み取ったのか、彼女はフラマの手をぎゅっと握りしめた。
「ちなみにあなたに拒否権はありませーん。わたしは勝手にフラマについて行くわ。そして、カリアスまで一緒に連れていきまーす!」
そう言ってイリスは握りしめたフラマの手を思いっきり引っ張った。
***
結局、渋りまくるフラマであったが、イリスに半ば引きずられる形で近くの町までやってきた。
王国の中の西部地方、そのなかでもど田舎とまではいかないが、どちらかと言えば田舎にあたるのがこの辺りで、コウヒーヌ領という。
穏やかな気候と土地柄からか、一部の貴族の避暑地として成り立つ町がいくつかある。その為か、田舎といえど、貧しい田舎というよりかは、裕福な田舎という印象が一般的だ。
二人がやってきたカリアスという名の町もその例にもれず、栄えた町並みではないが、閑静な住宅街の中に数件の豪邸が並んでいる。また歩道も綺麗に整備されており、人工的に手入れされた木々や花壇が町のいたるところにあることからも全体的に小綺麗さを感じることが出来た。
しかし、だからといって特別目を止めるような光景も、立ち寄る場所もない。
コウヒーヌ領ではよく見かける町の一つにすぎない。
「いったいここになんの用があるっていうんだよ」
とりあえず言われるがまま、イリスの後をついていくフラマはぼんやりと周囲を見渡した。
フラマ自身の当初の予定ならば、この町には立ち寄らず、ここよりもさらに東の町まで行くはずだったのだ。
しかし、そんなフラマの思惑など知るよしもないイリスは、何かを探すようにゆっくりとした足取りで周囲を見ている。
「えーとね、この町には有名な薬師がいるって噂できいてね」
「薬師?」
「うん。ハーミルさんって言ってね、昔は王宮の専属薬師だったみたいだよ」
「今は違うんだ?」
「ずいぶん年寄りみたいだからね、隠居してるって噂だね」
特例でもない限り、基本的にはどんな職業でもある程度年を取ると引退するものだ。一部では生涯現役、と言い張る者もいるみたいだが、王宮の仕事となると、そういうわけにはいかない。規律も厳しく、年齢による失敗は絶対に許されない、そういう場所なのだから。
「じゃあその隠居した薬師に会ってどうすんだよ。なんか薬でももらうのか?」
「違うよ。というかですね、関係なさそうな顔しているけど、フラマにも十分意味のあることなんだからね」
「……へ?」
イリスの言う意味がわからずフラマは惚けた声を出す。
「どういうことだよ?」
「実はね、クリムはハーミルさんに会っているらしいの。四年前、失踪ではないかといわれだしてすぐの時期にね」
「……本当か?」
「失踪する直前、王都でハーミルさんの居場所を聞き出していたらしいから可能性は高いと思うけど」
そこまで言うと、彼女はふいに眉を寄せて、振り返る。
「あなたは王都には行ってないの? 王国騎士の兄を探すのに?」
広い王都といえど、有名なクリムを本気で探していれば辿り着く情報のはずだ。
少なくても王都内で調べればわかることなのだ。実際、イリスは王都でクリムの同僚数名からの証言も得ているし、王都にある巨大な王立図書館ではクリムがこの町を調べた形跡もあった。
「兄貴が失踪してるって知らなければ行くつもりだったよ」
その物言いに彼女は意味がわからず首を傾げる。
すると、フラマは投げやり気味に説明を付け加えた。
「兄貴が失踪したとされているのが四年前だろ? でも、俺が実際にその話を知ったのが二年前で、旅を始めてまだ一年と経ってないんだ。失踪のこともたまたま近くまで遠征に来ていた同僚の一人が親切にも教えてくれたってわけ」
「なにそれ。連絡とか、やりとりしてなかったの?」
いくら離れて暮らしていたとはいえ、身内ならばそれなりの連絡を取り合うものなのではないだろうか。それとも何らかの理由があり疎遠となっていたのか。
しかしイリスが知るクリムは、弟を溺愛していたように思えた。
「もともと筆無精だからか、年に一、二通手紙が来るくらか、来ないかなんだよ。だからか、そんなに気にもしてなかったっていうのがほんとのとこ。でも俺が十五歳を迎える年にさ、騎士になるのに王都に行く予定だったから、久しぶりに手紙を送ったんだ」
王国騎士団の入団試験は十五歳の年から可能となる。フラマも兄と同じように王国騎士団に入団するつもりでいたし、それをクリムも承知しているはずだったのだ。
「けど、いつまで経っても兄貴から返事はない。仕方がないから、入団試験の本部の方に問い合わせたら試験の日取りの連絡と一緒に兄貴の消息に関する問いが返ってきた。その時はじめて失踪しているって知ったんだ。で、同じ頃合いに兄貴と比較的仲が良かった同僚がたまたま近くまで遠征に来ていて、もしかしたら実家にかえっているのでは、と思って訪ねてきたことで俺はやっと事態を把握したってとこだ」
同僚が訪ねてきたとき、フラマが余り事態を把握してない様子を見て、憐れみの眼差しで説明してくれたのを思い出す。
あのとき、ひどく間抜けな顔をしていたのではないかと、今になって思うものだ。
「そのあと、なんやかんやあってさ、ごたごたしているうちに一年が過ぎちまって、やっと旅に出たのが半年以上前の話」
ちなみに、このなんやかんやのごたごたがきっかけでフラマは兄の行方を探す旅に出ることになるのだが、その話を今する必要はないだろう。
しかしそういった理由でクリムの消息が不明になってからずいぶんと年月が過ぎてしまい、今更王都に行く気にはなれなかった。王都には騎士になるために行く、と以前より決めていたこともあるのだが、フラマとしては兄がいない王都に騎士になりに行く意味をあまり感じられなかったということもある。なんとなく、兄を見つけ出してから王都には行きたい、と考えるほどだ。
それほどフラマにとって、兄とは目指すべき存在なのだが、それを口にすることはなかった。
「それに、俺自身旅に出てみたい気持ちもあったからな。正直、兄貴を探すついでに旅に出たのか、旅をするついでに兄貴を探すのか微妙なとこだな」
なんてことを言うが、実際はどうなのか。兄の失踪を気にし、心配しているのも確かだが、あのクリムのことだからきっと大丈夫なのだろうと気もしている。
しかしそんな心情を初対面のイリスに事細かく話してやる気はないので、そこで言葉を噤んだ。
一方で彼女の方は、ふうん、と気のない返事をするだけだ。
なのでフラマは逆に問うてみることにする。今、一番の疑問を。
「で、おまえはなんで、兄貴を探しているんだ?」
彼女がクリムを探す理由。フラマはもちろん心当たりはない。
そもそも彼女とクリムの関係とはなんなのか。
フラマにそんな疑念の眼差しを向けられていることに気が付いたイリスは、再び満面の笑みを浮かべ言い放った。
「想いを寄せている人を探すのは、乙女の義務よね!」
それはもう、フラマが思わず逃げ出したくなるような笑みだった。