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死に際少女  作者: しめじ
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第六話

 とりあえず佐良がサキュバスではないと言い聞かせてから、目についた小ぶりの鍋にミルクを注いで二人分のホットミルクを作った。


「熱いから火傷しないようにね」

「…わかったぁ」


 といっても、口を尖らせてカップを受け取るメルヴィンが本当に説得されてくれたのかは不明だ。佐良は放置作戦に移行した。

 ふと、窓枠に落ちる影が濃くなっていることに気付いた。


「なんだかんだ薄暗くなってきちゃったね」

「…あちゅい」

「熱いからねーっていったでしょー」


 窓辺を眺める佐良に、カップを持ってはふはふするメルヴィンがしゅんとした。それからは必死に息を吹きかけてはチビチビ飲んでいる。

 …猫舌なのかな。


「そういえば、アーベルさんって何のお仕事してるの?」

「んー?アーベルはね、ごはんつくるの」


 …コックさん、とかかな?

 若干意外だけど口には出さない。

 

「ごはん、どうやって置いて行ってくれたんだろー…何も持ってなかったのにね。魔法みたい」

「? 魔法でしょ」

「え? なに?」

「魔法。ねーサラ、暗いねぇ。おひさま、おちちゃったんだねぇ」

「う、うん」


 んんん?

 なんか今、さらっと変なこと言わなかったか?

 …聞き間違いかな?


「ね、ねえ、メルヴィン。さっき」


 なんて言ったの。

 そう言おうとした口は、開いたまま動かなくなった。


 メルヴィンの小さな、小さなきゅっと結んだ真っ白い手。

 小指から順に、そう、まるで花が咲くように。

 ―――光を零しながら開いていった。


「これで暗くないねー」


 部屋全体に光が散らばったあたりでメルヴィンがのんびり笑い、佐良はそれでようやく生き返ったように呼吸を再開した。


「そういえば、さっき何か言った?サラ」


 さっきより格段に明るくなった部屋を見回す。なにか光の粒のようなものが空中で踊るようにゆったりと揺らめいていた。

 滲むような、優しい光。

 夢を見ているようだった。幻想的なその光景に、息をすることさえ忘れてしまっていたぐらいだ。


「メルヴィン…魔法、使えるの…?」

「? つかえるよ?」


 当たり前でしょと言わんばかりの口調に眩暈がする。

 目を逸らしていたものが真正面から迫ってきた。

 玄関から荒っぽくドアを開ける音が響いてきたのは、ちょうどそのときだった。まっすぐリビングに向かってきたその人物に、佐良は呆然と声をかけた。


「アーベルさん…ここ、どこですか?」


 片眉を上げたアーベルは、机の下にいたらしいフーシュを拾い上げて佐良の胸元に放り込んだ。


「俺もそれを話しにきたんだよ」


 腕に抱えた黒いジャケットを椅子の背に乱雑にかけてから、朝の食事のままである食卓を一瞥する。

 もっとちゃんと片づけておけばよかったと後悔しても遅い。

 彼が指をパチンと鳴らすと食べ終えた食器は跡形もなく消え去って、代わりに透明なポットと若草模様のカップが三つ現れた。みずみずしい葉が湯気をあげながら舞っている。

 思わずフーシュをぎゅっと抱きしめる。


「これ、ハーブティー。飲める?」

「あ、はい。ありがとうございます…」


 目の前に置かれたカップにとぷとぷと琥珀色の液体が注ぎ込まれていき、ハーブ独特の香りが漂ってくる。


「なにこれー。はっぱ?」


 同じようにカップを受けとったメルヴィンが不思議そうにポットをのぞき込んでいる。


「葉っぱじゃねーよ、ハーブ」

「ふぅん…サラ、これおいしー?」


 ハーブティーは初めてらしく、不安そうに佐良を振り返る。

 もしかするとアーベルさんはわたしに合わせて用意してくれたのかもしれない。


「ほっとする味だよ。熱いから気を付けてね」

「じゃあ…のむ…」


 しょんぼりした様子でカップに口をつけたメルヴィンは恐る恐る一口飲んだが、首を傾げてもう一度さっきより沢山飲んだ。

 それを見届けてから、やっと佐良も自分のカップを口に運ぶ。


「あ、おいしい…」


 体の内側からじんわり温もっていくのが分かる。

 率直な感想にアーベルはフッと笑った。


「そう、なら良かった」


 メルヴィンも納得のいかない顔はしているが、ごくごく飲んでいるところを見ると嫌いではないのだろう。


「サラ~、すぅってするねーこれ」

「それがハーブティーの味なんだよ」

「ふえー…ふしぎだね」

 

 メルヴィンがおかわりをしたところで、アーベルさんは話を切り出した。


「じゃあ始めるか」

「アーベルー」

「あ?なんだ、お前は別に喋んなくていいぞ」

「サラのこと…」

「わかってるって、いじめねーよ」

「じゃあ、お話してもいいよ~」


 緊張感が一切なくなった空気にアーベルさんも苦笑いする。


「まず…サラのことが聞きたい」

「…はい」

「迷子っつったって、来た場所と行く場所があるはずだろ?どっから来たのか教えてくれ」


 送ってやれるぞ、とアーベルさんは言う。魔獣も知らないわたしをどこかのお嬢様だと思っているのかもしれない。彼なりに気を遣ってくれているのが伝わってくる。

 だけど佐良は首を振った。

 

「わたしはたぶん、違う世界から来ました」




 

 


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