三十五話
寝ている間に酷く汗をかいていた佐良は、夕食前にシャワーを浴びた。全身をくまなく洗いお風呂を出ると、メルヴィンが用意してくれていたのは温かい具沢山のスープだった。
「マリと一緒に作ったんだ。作りながらおいしくなーれってマリが沢山おまじないをかけてたよ」
メルヴィンがそう差し出してくれたスープからは甘い野菜の香りがする。
「…いただきます」
こく、と一口飲んでみると、魚介の出汁がよく出たコクのある旨味に、思わずメルヴィンと湯気越しに顔を見合わせる。おいしい!
固めの野菜は食感が楽しいように、柔らかめの野菜は口の中でとろけるように、絶妙の大きさでカットされていて、それぞれのおいしさを一層引き出している。
「…あ」
スプーンでそれを掬って、思わず声が出た。元に姿に戻ったロロが、飛んでそれを見に来る。それは大輪の花を模して切られた野菜だった。
「ん、よかった気付いて。それ、マリからサラに。お店ではそんな凝った切り方しないんだけど、特別にって」
メルヴィンが向かいで柔らかく笑う。
一枚一枚、花弁さえ精巧に掘られている。大変だっただろうなぁ。わたしが気づかなかったらどうするつもりだったんだろう、もう。
「…おいしい?」
「…おい、し……っ」
口の中でほろりと崩れた野菜は、いちばん甘くて優しい味がした。湯気のせいだ、湯気が目に沁みたんだと気にせずわんわん泣いたら、途中で急におかしくなってきて、最後はみんなでよく分からないまま大笑いしたら、なんだかすごく元気が出てきた。
わたしはつくづく素敵な親友をもった。
だからわたしは、ひとつの決心ができたんだ。
ーーーカチャ
それは少し夜が更けた頃。
「…サラ?どうしたの?」
佐良は隣の部屋に押し掛けた。お風呂上がりでまだ髪が湿ったままのメルヴィンがベッドの上で不思議そうな顔をする。
「…入ってもいい?」
「全然いいよー。眠れなかった?」
にこにこ笑って、自分の隣をぽふっと叩く。ここにおいでの合図だ。優しいなぁ、昨日怒っていた強いメルヴィンは嘘みたいだ。でも助けに来てくれた時、すごく…すごくかっこよかった。
「…な、なに?」
「えっ、わ、ご、ごめん…」
じぃっとただ見つめるだけの佐良に、メルヴィンは少し照れたように笑う。
焦って佐良も視線を逸らすけれど、少し頬が熱い…恥ずかしいな。
「…え?」
そんな佐良に、正面から声が上がる。つられて顔を上げれば、目を見開いて驚くメルヴィンと目が合った。
「? メルヴィン?」
不思議に思ってどうしたの?と尋ねると、ハッとしたようになんでもないという返事が返ってきた。
そういえば、昨日メルヴィンはたくさんの魔法を使っていた。今日もマリを移動させたり、普段からちょこちょこ魔法を使う子ではあるが、いつも使わないような魔法が目立った。あれだけ魔法を使うと、さすがのメルヴィンも疲れてしまうのかもしれない。
思わず視線を落とした佐良の視界に、メルヴィンの小さな白い手が入る。
ーーー昨日、広げて、守ってくれた手。
そう思うと、無意識に手を伸ばして触れてしまった。
「え、サラ…?」
メルヴィンの手は熱い。お風呂上がりだからかな、なんだか心地よくてきゅっと握る。
「ど、どうしたのサラ…?」
「…お願いがあるの」
「え、なぁに?」
ーーーぽふん
「…えっ、ちょ…っ!」
少し体を伸ばしてメルヴィンを抱きしめる。
メルヴィンは真っ赤な顔で焦ったように声を上げるが、残念ながら、強い決心のために目を固く瞑った佐良にその声は届かなかった。
「メルヴィン、わたしに魔法を教えて」
真っ赤な血、血、血。
悲しみ、絶望。
『なんで?』
『なんでマリが死ななきゃいけなかったの?』
ーーーあんな思いは、もうたくさんだ。




