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死に際少女  作者: しめじ
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第二十八話


 シンプルな部屋の中に小さな女の子らしい小物を見つけて微笑ましくなったのは、ついさっきのことだ。

 ねえ、と呼びかけた佐良の声は空中で虚しく溶けた。

 入れすぎじゃない?


「おいしいから!」


 訳のわからない主張を始めたマリに、佐良は静かに二日酔いを覚悟した。

 ビアグラスかと突っ込みたくなるようなグラスには、昼頃見せられたお酒がなみなみと注がれている。先ほど度数を見せてもらったが、この世界の文字は読めないにせよ70という数字は確認できた。


「なにこの男らしい飲み会…」


 女の子同士のお酒ってもっとこう、度数の低いものをちびちび飲んで話に華を咲かせるもんじゃないのか。 もしかしてわたしは某酒のCMに踊らされていたんだろうか。ほろよいという甘美な響きの単語は死語なのだろうか。


「とか言って、サラもしっかり乾き物持って来てるんじゃな〜い」

「ゔっ!…だって好きなんだもん…!」

「味覚がもうオヤジじゃないの」


 返す言葉もない。佐良はおつまみを詰めてきたバスケットを抱きしめた。

 一応、一応作ったのだ。テレビで出てくる感じのオシャレなおつまみも作りはしたのだ。

 それに隠すように詰めてきた乾き物は見逃して欲しい。


「あたしにも分けてよ?」

「も、もちろん…!」

「はい、それじゃあカンパ〜イ!」


 押し付けられたグラスをカツンと軽く合わせると、マリはグイっとグラスを煽った。思わずサラもそれに続く。


「ぷはっ!おいしーい!」

「…おいしい!」

「でしょ? あたしを誰だと思ってるの」


 今日のために、レストランにお酒仕入れてくれるおじさんにおいしいの聞いといたの、と笑うマリはとびきり可愛い。


「…ねえねえ」

「ん?」


 グワンと掬うようなアルコールとちびちび戦う佐良の耳元に、マリは気分よく口を寄せた。部屋には二人しかいないのにどうして小さな声を出すんだろう。

 不思議がる佐良に、マリはにやにや笑った。


「好きにならないの?」

「…へ?! なに?!」

「もー何びっくりしてるの? 女の子同士でお酒って言ったら、もちろんそういう話でしょ!」


 さ、さっきまで男らしい飲み会一直線だったくせに軌道修正してきた…!


 ということで、憧れの「恋バナ」が始まったわけだが、少し複雑な気分だった。


「…ていうか、誰を? 相手がいなくっちゃ出来ないよ」

「とぼけちゃって! いるでしょ、近くに完璧な人!」

「か、完璧な人…?」


 誰だろう。メルヴィンはまだ子供だし…わたしの周りの男の人なんて他にはアーベルさんくらいしか思いつかない。

 でもアーベルさんはマリの好きな人じゃないか。なんだこの煽りは。


「好きなのはマリでしょ?」

「ば! ばか、アーベルじゃないよ! エヴラールさんに決まってるでしょ!」


顔を真っ赤にしたマリは手をぶんぶん振って、ぐいっとお酒を煽った。


「そんなに一気飲みしちゃ危な…ってエヴラールさんて誰?」

「…はあ?」

「え、まって、本当に知らない! 怖い!マリ顔怖いから!」

「サラってば、自分が住んでる家でしょ!」


 ぽかんと呆ける佐良には気付かぬまま、マリはナッツを口に放り投げてポリポリやった。香ばしくておいしいわねという言葉に「ローストしたからね」と心の中で返事をする。

 …エヴラール?


「まだ若いのに領主な上に、あの容姿だよ? 彼の空色の瞳、吸い込まれるかと思ったわ。女が放って置くはずない」

「…あ」


 佐良の脳内で、純白の男の子の穏やかな声が再生された。


“ご主人は小さいからね、僕が外向きにはこの家の主のフリをしてるんだよ”



「ないないないないない!!! 好きじゃないよ! いや好きだけど! 家族!」


 エヴラールさんって誰かと思ったらフーシュのことか!


「えー…そんなに大きな声で否定して…あやしいなぁ」

「家族! 本当に家族! それに…!」

「それに?」


 彼は本当の姿はフワッフワでモッコモコの綿菓子ちっくな魔獣なの〜!

 …とは言えるはずもなく。


「と、年下だし…」


 しかし苦し紛れでひねり出した言葉に、マリは身を乗り出して食いついてきた。


「え、サラって年上好きなの?! あ、でもそんな感じ! 」

「そう?」

 別に年上好きではないのだけれど。

「うん、年上の大人の男の人に守ってもらう感じの雰囲気」

「あはは、わたしそんな雰囲気なんだ」


 佐良はフォークでトマトスライスのチーズのせを刺した。冷たくて、スルリと喉を通った後が気持ち良い。オリーブオイルと塩胡椒の後味も絶妙だ。

 楽しい会話に合わせて、お皿の隙間もどんどん広くなっていった。お酒ももう何杯お代わりしたのか分からないけど、それはきっとマリも同じだ。

 ふけていく夜と、はじめての友達とのお酒、楽しい会話。


 たぶん気が緩んだのだろう。

 あっと思った頃には、もう後の祭りだった。

 

 涙が熱く、佐良の瞳から一筋流れ落ちた。


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