第二十七話
フリルが沢山のドレスも、ようやく皺をつけずに洗濯できるようになった頃のこと。
その日の佐良は薄紫のドレスを着ていた。
「お、お酒…?」
「もちろん」
お昼時を過ぎ、客は疎らになってきたものの少しざわめきが残るレストランの隅の机に、マリは琥珀色の液体が入った透明な瓶をドンッと載せた。
佐良はマリと定期的に会っていたし、仕事に忙しいマリに合わせて佐良が会いに行くことが多かったため、自然と彼女らの話場所はレストランになったのだった。
「飲もう!」
未開封の瓶口を強く掴んで、マリは口をきゅっと一文字に結んだ。言葉が簡潔すぎて佐良は少し怯む。
「な、何かあったの?」
「あるっちゃあるし、無いっちゃないわ!」
ハキハキと言いきって、マリは鼻を鳴らした。ああ、つまり無いんだな。
「仕事は好きだけどね、やっぱあたしも偶にはパーッとしたいんだ!」
マリは袖をまくった調理服をばっと宙に広げて見せた。なんだなんだと向けてくるお客さんの優しい視線はいつものことで、マリはすっかりレストラン公認の元気っ娘だった。
「わ、わたしでいいの?」
そんな天真爛漫なマリが、佐良は大好きだったし、誇りだった。憧れの女の子だ。
「当たり前でしょ! おいしい食べ物とお菓子を並べて、楽しくお酒を飲むの!最高でしょ!」
「た、確かに楽しそう…!」
マリの口調に、佐良もついついその気になってくる。パーティーというか…女子会みたいだ! 一度も参加したことは無いけれど、少しそういうものに羨んでる自分はいた。
「どうせならお泊まりでやらない?! 可愛いドレスもいいけど、パジャマで飲んでさ、眠くなったら寝るとか!」
「…!!!」
もう声も出ず、佐良はこくこくと頷くことしか出来なかった。なんて魅力的なアイデアなんだろう。
佐良の反応に、マリも満足したようだった。
「じゃあ決定! 明日の晩とかどう?」
「大丈夫だけど…どこでやるの?」
うちはメルヴィンっていう子供もいるし、魔獣も二匹いるからなぁという佐良の懸念は、マリのにこやかな笑顔にかき消された。
「あたしの家よ!」
お菓子や料理はそれぞれ持ち寄って、明日マリの仕事終わりに落ち合うこと。お泊まりの用意持参。それだけ決めると二人はいつもより元気に別れ、佐良は家に帰り、マリは仕事に励んだ。
青い屋根の家に帰ると、すぐにメルヴィンが階段から駆け下りてきた。
「サラ、おかえり!」
いつも出掛けには送り出してくれるメルヴィンは、帰りにも明るく迎えてくれた。今日はロロも一緒だ。
「ただいま、メルヴィン、ロロ」
佐良はロロの顎をちょいちょいと掻いてあげた。最近ロロが撫でられて気持ちのいい場所が分かってきたのだ。表情豊かなロロは行動も分かりやすく、気持ちのいい場所を撫でるとまとわりつくように甘えてくれる。
「ふふ、可愛い」
「…サラ、今日いいことでもあったー?」
ふかふかのロロを堪能していると、メルヴィンが不思議そうな表情で首を傾げた。
…鋭い、というか。わたしが分かりやすいのかな。
「あの、あのね、メルヴィン」
「うん?」
「わたし、明日マリの家に泊まってもいい?」
「え」
にこにことだらしなく笑う佐良に、メルヴィンはスッと表情を落っことした。瞬間、呼び止める声も聞かずに階段を駆け上り、同じペースで階段を駆け下りてきた。
真っ白な綿菓子の魔獣を抱えて。
「…きゅ」
「いいから!」
なにやら揉め(?)ているようだ。
作戦会議のようにコソコソやっていたと思ったら、メルヴィンは佐良にフーシュを押し付けてきた。
…この体験には覚えがある。
「…明日の晩が何?」
にこっと無邪気にメルヴィンが笑った。さっきの無表情は何だったんだろう…いや、気にするものか。
「あ、明日マリの家に泊まりたいなあって…」
シンと一瞬玄関が静まり返った。
「…うん、いいよ!」
静寂を受けて、メルヴィンはにこやかにオッケーを出してくれた。
嬉しいけど…嬉しいけど若干複雑だ。
「メルヴィンったら…フーシュは嘘発見器じゃないんだから」
呆れたように言えば、同調したようにフーシュもきゅっと鳴く。だけどメルヴィンはちっとも気にしていないようだった。
「だって相手が女の子じゃなかったら、僕困るんだもん」
まるで一人娘の父親だ。こんなにピュアな見た目なのに。「困る」の意味が理解できないが、なんとなく聞くのはやめておく。
「…たのしみ、だな」
とりあえず、初めて誘われたお泊まりに、佐良は喜びを噛み締めた。




