第二十二話
髪はひとつの汚れもない真っ白で、ふわふわと遊ぶようにその男の子の目元にかかっていた。
“さがしたよ?”
目元から覗く瞳は春の空の色。縁取る長い睫毛は白鳥の純白の羽のようだ。どこか人じゃないような、涼しげで刺すような美しさに納得するものがあった。
「あ…」
眠た気な目とずっと目が合っていたけれど、佐良は誰であるかは尋ねない。あえて、尋ねない。そんな必要はない。だって彼は。
“サ”
“ラ”
唇で形だけ作って、その人は柔らかく微笑んだ。途端に心にあたたかいものが流れ込んで来る。泣きたくなるような安心感だった。きっとこの気持ちも、彼には伝わっているんだろうな。
「フーシュ」
名前を呼べば、白い髪の男の子はゆったり佐良に近付いてきた。最初は、きっとわざと離れていたんだ。優しさを感じるのはこんな時。
「…よく分かったねー?」
目をまん丸にしたのはメルヴィンだった。
「分かるよ、分かる」
「サラ」
フーシュの声は年の割には高めで、だけど幼さは感じさせない落ち着きを持っていた。真っ白なシャツに真っ黒なズボンはどこから持ってきたんだろう。彼のシャツがくすんで見えるのは、きっと肌と髪が色を持ってなさすぎるからだ。
「ちょっと貸してもらうね」
かすかに微笑んで、フーシュは佐良の腕をそっと掴んだ。お店を出るまで、後ろからは誰の声も聞こえなくて、足元ばかり見ていたらフーシュの意外な足の大きさに少し驚いた。
「フ、フーシュ」
お店の門の前で、やっと佐良は声を出せば、それは腕を掴んでいた手を離すことで応えられた。振り返った端正な顔立ちに少々たじろいでしまう。
「どこ行くの…?」
「さあ」
青空を眺めて首を傾けるフーシュに、佐良は糸がほぐれるように目元を緩ませた。佐良を見上げてきゅ?と首をかしげる我が家のかわいい綿菓子に違いなかった。
「じゃあどうして出てきたの?」
「逃げたい」
考えていることが筒抜けだからなのか、フーシュの言葉には迷いが一つもなく、そしてどれもが即答だった。
「って、思ったから」
「…わたしが?」
「うん」
ふわり。
温まった朝の風がフーシュの前髪をもてあそぶようにすくい上げる。覗く優しげな目元に、水色の宝石に、佐良はパッと目を開いて、同時に世界も開けた気がした。そういえば目を伏せてばかりだったかもしれない。
「サラよりこれくらい大きいよ」
突然フーシュが親指と人差し指で慎重にこしらえた長さを突き出してきた。
「なにそれ?」
「サラと僕の足の大きさの違い」
“僕”
普段言葉を離さないフーシュの一人称を知れて、なんだか嬉しくなる。が、表情に出す前に本人にもばれてしまったようでニコリと微笑まれて若干恥ずかしい。足本当に大きいし。
「もう足元見る理由はないね」
続いた言葉で、やっと意味を理解した。
自分がどれだけ自分のことばかり考えていたのか、自分がどれだけ優しい扱いをされていたのか。意味がわからないフーシュの行動は、全部自分のためだったのだ。
「あ、ありがとう…!」
後から聞けば、ベッドで目を覚ましたところ、佐良もメルヴィンもいなくて、そのまま追いかけて家を出てきたらしい。ちなみにロロは朝が弱いらしく、まだ寝ているそうだ。
「人の姿なのって…」
「ここではこの姿の方が便利だから」
まぁ街中で魔獣は見たことがないし、綿菓子の格好だと雑踏で踏まれちゃいそうだもんね…。というか、それならロロも人間になったりするのかな。少し気になる…。
「でも、どうやって追いかけてきたの? よくユノシスにいるって分かったね?」
「ご主人の魔力は派手だからね」
「…ご主人?」
「うん、今考えた人で合ってるよ」
糸で引かれたように顔が強ばった。
なんなんだろう。
“…扉封じも目隠しも、一般人は使えない”
“んんっとね…”
“いやなんて、思うわけないよ!”
“メルヴィンんとこなら、働かなくてもいいと思うぜ”
「わかんないよ…」
あの小さな男の子がなんだというのだ。
“じゃあ家族になればいーよ”
それだけじゃだめなのか。新しいことがわかるたびにメルヴィンが遠ざかる。わたしの知らない人になっていく。臆病なわたしは信じていいのか分からなくなる。
「フーシュ、メルヴィンってなんなの…?」
「…家族じゃないの……?」
返ってきた声はフーシュのものじゃなく。
もっと幼くて、舌足らずで。
「メルヴィン…?」
振り返れば、上着も着ずに追いかけてきてくれたメルヴィンが呆然と立っていた。




