第十八話
なんだ、この反応は。
青い小さな洋館のドアノブを回したアーベルを待ち受けていたのは、驚愕の表情を浮かべる家の住人たちだった。
「ア、アーベル…いつからいたの…?」
腕を中途半端にこちらに向けてあげているメルヴィンが強張った声を出す。奥にいるサラも微妙な表情で固まっている。今日のドレスは薄いピンクなんだな。よく似合う。
「いつも何も、今来たばかりじゃねぇかよ」
なんなんだよとぼやくアーベルに、彼らはぎこちない動きで顔を見合わせた。息ぴったりだ。やがてアーベルの怪訝そうな顔に気づいたサラが取り繕うように「違うんです」とまくし立てた。いや、何がだ。
「い、いま、メルヴィンがドアに魔法をかけてて。解いた瞬間にアーベルさんが入ってきたのでびっくりしちゃって」
「ドアの前でアーベルが待ってたらどーするって言ってたんだけど、ほんとに待ってたね!」
「おい、待ってねぇよ」
若干納得はいかないが、状況がようやく理解できてアーベルはため息を吐いた。玄関に散らばる、フタの開いた箱を一瞥する。着替えてたのか。冗談言ってるとこに本当に俺が来たら笑えねぇわな。どうやら俺は間が悪いらしい。
まぁそんなことはどうでもいい、それより。
「メルヴィン。お前、ぽんぽん高度なやつ使いやがって」
扉封じに目隠しなんて、子供が使うもんじゃねーのに。自分より遥か下から見上げてくる子供に視線をやる。
「え、そんなにすごい魔法なんですか?」
しかし答えたのはサラだった。
異世界から突然やってきた少女。この子の世界には、もしかして魔法はなかったのだろうか。少し気になるが、思い出させるのも酷だ。
「…扉封じも目隠しも、一般人は使えない。魔力は誰もが持っているが、魔法っつーもんは人間に寄り添うもんだ。火や水がそうだな」
念のためアーベルはかなり噛み砕いて説明したが、正解だったようだ。サラは真剣に話を聞いて、疑問があるのか首をひねった。
「じゃあ、普通は火とか水の魔法しか使えないってことですか?」
たったそれだけかという考えが言外に滲み出ている。サラはメルヴィンの魔法を見すぎたのかもしれないな。
「そう。海の近くに住む民は水、森に住む民は土だったり、様々だけどな。生きる上で必要なものに特化する、それが魔法だ」
サラは感嘆の声をあげて、チラリとメルヴィンを盗み見た。そうだ、扉封じも目隠しも、必要な物ではない。そのガキがやってるのは、高度で技術的な魔法なのだ。
「ねー、サラ、すごい? 僕すごい?」
「うん! メルヴィンってすごかったんだね…!」
この呑気な二人を見ていると、そうも思えないのが不思議だが。
そんな一人蚊帳の外のアーベルに、メルヴィンは一瞬の目配せをしてきた。見間違いかと思うほどに、今はサラとニコニコしている。だがアーベルにはしっかり意は伝わってきた。
…もう喋んなってことね。
「あ、そういえばアーベルさん、今朝はどうされたんですか?」
思い出したかのように笑顔の残るサラに向き直られて、なんとなく視線を逸らす。
「あー…もういい」
本当はメルヴィンとサラの様子を見に来たのだった。二人とも昨日は様子がおかしかったし(メルヴィンはただの嫉妬だが)女子供しかいないこの家は少し頼りない。心配が杞憂に終わって一安心だ。
「えー、変なのー」
ね、とサラに同意を求めてメルヴィンはくすくす笑う。いらんところに同意を求めるな。
「なんだ、お前今日はえらく機嫌がいいな」
今朝のメルヴィンは赤のズボンを履いている。こいつが好きなリンゴの色だ。やっとそんなところに気が回って、自分はずいぶん振り回されていたのだなと思い返す。
「えー? ふふふー」
「なんだよ」
男二人で気持ち悪い会話をさせるな。
「僕ねー、サラとね、おふろ入るの!」
「…は?」
「わ、わ、メルヴィンたらっ!」
焦った風のサラが顔を赤らめながらわーわー言うが全く頭には入ってこなかった。
「それにね、一緒にねるの!」
ふふんっと自慢げなメルヴィンはスルーして、肩身狭そうなサラに視線を合わせる。反応から見て本当っぽいな。
「馬鹿か」
呆れた声にサラはますます顔を染めて所在なさげにしたが、別にサラに言った言葉じゃない。メルヴィンに、だ。
しかし真っ赤になって、本当にこの女は訳がわからない。いつもは自信なさげな恥ずかしがり屋のくせに、余裕そうに俺に触れてきたり、ひどく安心したように笑ってみせたりする。どこまでも自身の魅力を知らずに周りを振り回す勝手な女だ。
「ああ、サラ。マリが遊びに来いってよ」
「え、ア、アーベルさん?」
仕事、いかねぇとな。
急にその思いに駆られてドアノブに手をかけた。マリの伝言も言ったしな。
馬鹿か、ともう一度心の中で呟く。
俺はもう誰も好きにならねぇのはお前が一番知ってんだろ、メルヴィン。




