第十七話
脱衣所で体にバスタオルを巻きつける佐良の濡れた肌からは、しきりに湯気が上がっていた。指先から爪先まで、熱い血が勢い良く巡っているのがよく分かる。
「気持ちよかったね。メルヴィン。朝風呂ってすっごくスッキリする!」
「僕…のぼせた…」
鼻歌まじりで体表の水分を拭き取る佐良に、メルヴィンは口を尖らせた。真っ白なタオルを肩の上からぐるぐる巻きにして、てるてる坊主のようである。濡れそぼった髪からはポタポタ雫がしきりなしに落ちる。
「冷たいジュース持ってこようか? メルヴィンたら、湯船に五分も浸かってないのに」
「ジュース、ほしい…」
「はいはい」
どうやらうちの坊やは熱いお風呂が得意ではないらしい。
バスタオルを巻いただけの格好で佐良がリビングに向かおうとすると、タオルの端を小さなてるてる坊主に弱々しい力で掴まれた。
「まって…」
メルヴィンの髪はふわふわが売りだが、このぺちょっと濡れた情けない姿のほうが心臓には悪い気がする。母性本能をもろに抉り出す、というのだろうか。
「サラ、ちゃんと服きなくちゃだめ…」
しかし何を言うのかと思えば、オカンか。
「でもわたし、服持ってきてないの。昨日買ったのは玄関に置きっ放しだし」
反射的に反抗期の娘みたいな返事をしてしまった。
「え…じゃあ、僕ジュースいい」
「なんで、持ってくるよ?」
「いいの…着替えるから、まって」
頑なに佐良の申し出を断って、てるてる坊主はふらふらと立ち上がる。
…いくらなんでもお風呂ごときでダメージ受けすぎ…。
危なっかしすぎて佐良はメルヴィンの着替えを手伝うことにした。大きなバスタオルに振り回されるように体を拭くメルヴィンの隣で、丸襟のシャツのボタンを開けておいてあげる。
「ほら、こっち腕入れて…そう、こっちも」
「…んー」
シャツのボタンもひとつずつ留めてあげると、メルヴィンは恥ずかしそうに俯いた。次は…とメルヴィンのお風呂セットに手を伸ばすと、そこには白い、穴の三つ空いた布があった。
「………」
「サラー? どうしたのー?」
さすがに固まる佐良に、メルヴィンもふらつきながら首をかしげる。そして、佐良の視線の先のものに気づいて声をあげた。
「あ、僕のぱんつー」
「…えーっと」
「サラー、とって」
何気ない感じでおねだりしてくる。
なんでシャツに恥じらってぱんつで恥じないんだ。羞恥心の設置場所を完全に起き間違えているだろう。
しょうがなく佐良はその布を持ち上げた。綿百パーの触り心地が恨めしい。
「んー」
「?!」
するとメルヴィンはしゃがみこんだ佐良の両肩に手を置いた。
「え」
「なーに?」
これはもう履かせろということなんだろうかと焦る佐良に、追い打ちのように、メルヴィンが不思議そうな表情で片足を上げた。
その表情したいのはわたしの方なんだけど。
「…はい」
腹を括った佐良は視線を逸らして(括れてない)メルヴィンの足元に布を持って行った。足を両方通せたら、布を上に引き上げてやる。
うん、気分は保育士さんだ。しかし末っ子にこれはハードルが高い。
「今日のズボンはね、りんごの色」
脱衣所の端でうなだれる佐良とは対照的に、メルヴィンは赤いツイードの短いズボンをさっさと身につけた。のぼせたのはどうなったのか。
黒のハイソックスを一人で一生懸命履いたメルヴィンは、ねずみ色のベストを被りながら佐良の手をとる。
「いこー」
「う、うん…」
メルヴィンはバスルームから出ると、玄関の方へ歩き出した。佐良の服を取りに行ってくれているのかも知れない。正直もう湯冷めしかけているし、ありがたいな。
「わぁ、いっぱいだねー!」
玄関のたくさんの箱を見たメルヴィンは、明るい声を上げながら、繋いでいない方の手を玄関に向けた。その指先から、一瞬淡い光が漏れたのを佐良は見逃さなかった。
「うん、これでだいじょうぶー! アーベルがいきなり入ってきたら大変だもんね」
メルヴィンはにこにこ笑った。今日イチの笑顔である。
「え、メルヴィン何したの?」
「んー? ドア開かなくしただけだよ?」
ケロリとそんなことを言う。
「…開かないとお出かけできなくない?」
「僕が解くまでだけだよ」
この時、この家に鍵がない理由がやっとわかった。
魔法って、便利だなぁ…。
「サラー! ピンクの服出てきたっ!」
「じゃあ今日はそれ着ようかな」
「これはー? これもピンク!」
てててっと駆けてくるメルヴィンはひとつの箱を持っていた。覗き込むと、薄桃色の下着のセットだった。マリがオススメしてくれたものだ。
「で、でも、ここで着替えていいのかな…なんか…」
窓があるし、魔法かけたっていったって子供の魔法だし、玄関だし…。
ドレスを持ってキョロキョロする佐良に、やっぱりメルヴィンは笑った。
「目隠しの魔法もかけてるよ! アーベルが来たら大変だもん!」
一夜明けて、彼のアーベルさんへのこだわりがすごい気がする。




