第十二話
お店に入ると、佐良はくるりと回って口を開けた。クリーム色の壁にちりばめられた小花模様に、陳列されたふわふわのドレス。どれもレースやリボンの女の子らしいデザインだ。
「可愛い…」
「でしょ? サラはー…何色が似合うだろ、色白だからなー」
マリは並んであるドレスをひとつひとつ吟味していて、その光景に佐良はぐっと唇を噛んだ。なんだか、普通の女の子のお買いものみたいだ。
「どんなのがいいとかある? 色とか! 」
「好きな色は…浅葱色」
頭に真っ先に出てきたのはメルヴィンの姿だった。プラチナの髪に、浅葱の瞳。家で見た、最後の不機嫌そうな視線が忘れられない。
伏せた佐良の瞳に、マリも何かを感じ取ったらしい。
「浅葱の色がどうかした? 」
「…大事な人の、瞳の色だから」
「サラの大事な人って、アーベルじゃないの? 」
「え?! 」
思いもよらない質問に佐良は目を剥く。どうしてここでアーベルさんなんだ。
「違うよ! アーベルさんは知り合い! 大事な人っていうのは、家族のことなの! 」
必死で手を左右に振る佐良に、マリは「なーんだ」と安心したように顔を緩ませた。その表情には思い当たるものがある。
「マ、マリ…」
躊躇う佐良に、その心の中を見抜いたようにマリは苦笑いした。
「あたし、さっきまでホントに焦ってたんだ。好きな人が、すっごく可愛い女の子と一緒に歩いてたからさ」
焦っているようになんて、全然見えなかった。
「見たくなかった。ごめんね、アーベルから引き離して…」
「ううん! 」
佐良はぶんぶん首を振った。眉を下げる赤毛の少女に何を言うのが一番いいのか分からない。だけど、だけど。
「わ、わたし、マリが選んでくれたドレスが着たい!」
「…なんで?」
「『よろしく』って言ってくれたの……嬉しかったの」
じめじめしたあの世界で、わたしには友達が一人もいなかった。一緒にお店に入って一緒に服を選ぶなんて、以前の佐良には夢のまた夢だ。女の子と名前を呼び合うなんて、もう一生無いと思っていた。
「…あは、あははっ! サラってば顔が真っ赤! 」
沈黙を破ったのはマリの明るい笑い声だった。
「ばかだね、もう…こんな不器用な子、初めてだよ」
「うぅ…不器用だけど…」
「…あたし食材とか服を買うの大好きなの」
「…? 」
唐突な自己紹介に佐良は首を捻る。食材っていうのが料理人っぽいなぁ。マリの料理もおいしいに違いない。
鈍い佐良に、だから、とマリは強く後を続けた。
「今度行くとき、次はサラが付き合ってよ」
「…いいの?」
次、という単語を頭の中で反芻する。じわっと目に涙の膜が張った。
「いいに決まってるでしょ!」
あ、だめだ。
すぐに溢れ出した液体に顔を覆う。
マリが「お、おおげさよ!」と焦る声が聞こえてきたけど、もう止まらない。背中を撫でる優しい手のひらは逆効果だ。
頭を流れていく過去で、誰かは舌打ちをし、誰かは教科書を刻み、誰かは無視をした。わたしは必死に存在を消し、お弁当を一人で食べ、毎日逃げるように下校した。
「ありがとう…っ」
顔をあげて下手くそに笑えば、「美人が台無しよ」とマリも笑ってハンカチで目元を拭ってくれた。
「なにこれーっ!」
「な、なに、どうしたのマリ」
佐良が泣き止んだ頃、ドレスを物色していたマリが大きな声で叫び出した。手元の黒い革のポーチをのぞき込んで顔をしかめている。あれは…アーベルさんに手渡されてたやつだ。
「これ! アーベルに渡されたお金! 」
「え、それお金だったの?! 」
「そう! すごい金額入ってるんだけど! 予算の都合もあるから確認してみたんだけど、二十着は買えるよ! 」
「に、にじゅう…! 」
そういえばお金の心配なんて頭からすっかり抜けていたけど、アーベルさん親切すぎじゃないか。そして太っ腹すぎる。
「まぁ今日は五着ぐらいにしとこうか」
「うん、五着でも多いぐらいだよ…」
「足りなくなったら、あたしとまた来ればいいんだしさ! …こら、泣くな」
「な、泣かない…我慢…」
とりあえず、と渡されたドレス七着を佐良は何が何か分からぬまま試着する。一番最後のは着ていきなと言われ試着室を出ると、もう会計は終わらせてくれていた。さすが手際がいい。
「結局、他の四着はなにを選んだの?」
「家に帰ってからのお楽しみ~」
最後まで店員は現れなかったし、レジは無人だし、荷物は「宅配した」らしいし、この世界の買い物は分からないことだらけなので、後でアーベルさんにでも聞いてみよう。下着店でも同じ流れで、佐良は何を購入したのか分からないままお店を出た。外は夕暮れの時間だった。
「さてと!行くよ、サラ」
「え? どこに? 」
「あたしの職場」
語尾にハートマークでもつきそうな調子でマリが笑った。




