第十一話
家を出て少し歩くと石畳の続く街道に出た。にぎやかな音を辿るように進めば、そこは華やかな街の入り口である。いろんな人が楽しそうに行き来する道には様々なお店が並んでいた。幾何学模様の三角の形をした連続旗の色合いがなんとも楽しい。
「ここはユノシスっつー街だ。ちょっとうるせーけどはぐれんなよ」
「はい!素敵な街ですね…」
すれ違う人々みんなに活気と笑顔があった。明るくて、わたしには眩しい。自分が今まで暮らしていた世界は、なんてじめじめしていたんだろう。
「あら、アーベルじゃない! 」
「よぉ、元気そうだな」
「おいおいアーベル仕事はサボりかぁ~? 」
「あんたに言われたかねーよ!」
「アーベル!いい魚が上がったとこだぞ!安くしとくぜ! 」
「後で取りに来させてもらう、ありがとな! 」
そしてもう一つ気付いたこと、アーベルさんは人気者だ。彼が道を進むと老若男女を問わず必ず誰かが声をかけてきた。
「…アーベルさん、顔広いですね」
「ん? ああ、俺ここで働いてるからな」
「…お仕事、大丈夫なんですか? 」
「サラまで言うか」
ピアスをいじるのは癖なんだろうか。透明な石が嵌っただけのシンプルなデザインだけど、人差し指で触れるたびにきらきら瞬く。
「どうにでもなるから大丈夫」
…本当にサボったのかもしれない。
「えーっと、サラ、ここ」
「わ、可愛いお店ですね」
アーベルが足を止めたのはクリーム色のお店の前だった。平たい屋根とドアが若葉色に塗られていて、小さな窓からドレスが並んでいるのが見えた。ドアは閉まっているけれど、アーベルは躊躇いなくノブを捻ろうとした、その時。
「アーベル?! 」
「あ? マリじゃねぇか」
振り返ったアーベルがマリと呼んだのは、肩までの赤毛が目立つそばかすが可愛い女の子だった。わたしとそんなに年が変わらないように見える。マリは店に入ろうとするアーベルに怪訝な表情を作ったあと、佐良を見た。視線がバッチリ合う。
「見たことない子だけど…」
「ああ、こいつはサラ。この街に来たばっかだから必要なもん揃えようと思って」
へぇと言いながら近寄ってくるマリは、よく見ると黒いカーディガンの下に白い調理服を着ていた。銀に光るボタンが眩しい。
「サラね。あたしはマリアンナ。マリでいいよ、よろしくね」
「あ、佐良です、よろしくお願いします! 」
この世界に来て初めての女の子だ。もう呼び捨てにされたって何とも思わないが、少し緊張してしまう。マリは綺麗な翠瞳をしていた。
「ていうか、ねぇ、この店何かわかってるの? アーベル」
「服屋だろ?」
「うん、服屋だよ、とびきり可愛い女の子向けの!大の男が入るお店じゃないんだから! 」
「しょうがねぇだろ…サラはここのこと何も知らねぇんだから」
詰め寄るマリに、アーベルは困ったように髪を乱した。この仕草も二回目だなぁと呑気に観察していた佐良に、マリは人差し指を一本立てる。
「じゃあさ、あたしが見繕ってあげる! 」
「は?」
「え?」
アーベルと間抜けな声がかぶってしまった。
「あたしの方が女の子の流行分かると思うよ? それに、下着も買うんじゃないの? アーベルよりは向いてると思うけど」
下着、と言われて佐良は赤面する。アーベルも「あー…」と迷うような声を出した。
「でも、お前仕事だったんじゃねぇの? 」
「代わりに行ってよ。アーベルのごはんが食べたいってお客さんがいっぱい来てるよ。あんた全然休みとらないしさ」
マリとアーベルはどうやら同じ職場らしい。サボりじゃなかったみたいで一安心だ。それにしても、やっぱりお客さんにも人気なんだ…アーベルさんのごはん美味しいからなぁ。お客さんが待ってるなら、行った方がいいに決まってる。
「アーベルさん。わたし大丈夫ですよ、お仕事休んでまで連れてきてくれた気持ちだけで十分です」
アーベルの背中を押すように一声かければ、困ったような笑顔が返ってきた。頭の上に大きな手が優しくのせられる。
「ごめんな、ありがと。…マリ!」
「なに?」
「ほい、これ。今日の分だから全部使っていい。頼むな」
「うん、任せて」
アーベルはマリに黒い革のポーチを渡してから「帰り、寄って。じゃ」と軽く言い残して背中を向けて雑踏に消えてしまった。
佐良は改めてマリに向き合う。
「マリさん、あの、ご迷惑おかけしますが…よろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げる佐良に、マリはパチクリした。
「やだっ! 敬語なんていいよ~。サラ何歳? あたし二十歳なんだけど」
「あ、いっしょ…二十歳…」
「じゃあ敬語いらないね! いこ、このお店ほんとに可愛いから!」
二カッと笑うとマリはお店のドアノブを掴んだ。笑顔が元気で可愛いなぁこの子…。
同世代の女の子に笑いかけられるという慣れない状況に、佐良は手に汗を握りながらお店のドアをくぐった。




