4話:八代&真星の日常3
今回は真星視点です。
それと作者は男性ですので、女性の思考等でおかしなところがありましたら感想で教えてもらえると嬉しいです。
日は西へと傾き、辺り一面を赤く染め上げていた。
この後はゆっくりと空は濃い藍色と混ざり合い、夜へと変わっていくだけだ。
季節が冬であれば、もうとっくに日が暮れているだろう。
まだ日が長くて良かった、と心の中で呟いた。
暗い所は怖い。特に自分一人である時は。
「ただいまー」
自分の家に着くと私はそう言った。
すぐさま奥の方から返事が返ってくる。
「唯ちゃんおかえり〜」
のびやかで温もりを感じさせるその声は私のお母さん。
いつもニコニコしていて、声と性格が本当に一致している。
私もお母さんのようになりたい、と何度思ったことやら。
小学生の時に一度、お母さんにその気持ちを言ったことがある。
すると少し照れたような顔になりながらも、優しく諭すような口調でこう言った。
『うん、ありがと。……でもね唯ちゃん。お母さんはお母さん、唯ちゃんは唯ちゃんなのよ。同じ人なんて決していないのよ。だから唯ちゃんは今まで通りでいいんじゃないのかなぁ~。それに唯ちゃんはみんなに優しいし、とーっても真面目! それだけで十分! 唯ちゃんは本当に良い子に育ったねー』
あの時私の頭を撫でる手の感触──今もハッキリと覚えてる。
私は目を閉じて、微かに唇をほころばした。
「あ、唯ちゃん。お風呂湧いているから入っていいよ~」
「はーい」
飛んでくるお母さんの声に、階段を登りながら応答する。
二階にある自分の部屋に着くと、私はベッドの上に畳んである部屋着を手に持った。
そしてクローゼットから着替えを取りだして、そのまま風呂場へと向かう。
洗面台の鏡を見ながら、制服のリボンを取って、洗面台にあるわずかなスペースにそれを置いた。
一息つき、一気に上下の制服を脱ぐと、薄いピンクのブラウスと、黄緑のレースが姿を現す。
さらに脱ぐと、完全な無防備状態となり生暖かい空気が素肌を撫でた。
扉を引き、風呂場へと足を踏み入れる。
右側にはバスタブ。そこから熱気が発生し、それが全身を包みこんだ。
「うぅー」
今すぐお湯に浸かりたいという衝動を抑え、シャワーを浴び始める。
全身にまんべんなく浴びたところでシャワーを止め、左側にあるシャンプーの容器の上を押し、そこから出てくるトロリとした液体を手に取った。
「んっ……」
頭に付けると、少しヒヤッとしていて声を漏らす。
それは一瞬の冷たさで、すぐに中和され私は揉むようにして髪を洗い始める。
周りの女の子は髪を巻いたりしてるけど、あぁいうのは本当に可愛いなといつも思う。
私もあんな風になりたいなーと憧れは抱くものの、結局私は私となってしまい、行動には移さなかった。
それにちゃんとケアをしないと髪が傷むって聞くし、そういうのにいちいち悩みたくないっていうのもある。
一通り洗い終わったかなー、と自分の中で確認をし、再びシャワーで髪についたシャンプーを洗い流した。
またシャワーを止め、次はリンスを取り、今度はそれを染みこませるように髪をとく。
その後にボディーシャンプーを取り、全身を強すぎない程度に力を入れ、丁寧に洗った。
で、最後にやることは──
シャワーで両方を洗い残しがないよう、くまなく洗い流した。
「ふぅ……やっと入れる……」
安堵の息を漏らし、片足をゆっくりとお湯に沈める。
「ちょっと熱いかな」
熱さを感じつつも堪えて、そのまま全身をお湯へと浸からせた。
「…………はぁー……」
本能的に声が染み出る。
私は軽く目を閉じて、今日あったことを振り返っていた。
日直としてちゃんと仕事がこなせていたか。
何かやらかしてしまったことはなかったか。
自分のしたことで、誰かが嫌な思いをしていないか──。
「八代くん……」
ふと自分の口から『彼』の名前が溢れた。
◇◇◇
放課後。
私は学級日誌を書かなければいけなかったので、こうして教室に残っている。
他の子達は部活等で終礼が終わると、流れるようにして教室を出ていった。
──ただ一人を除いて。
私は後ろを振り返り、そこにいる『彼』を見つめた。
『彼』は八代秋葉くん。
高校二年生の始業式で、私を助けてくれた人だ。
そのことを思い出すといつも胸の奥がジンワリと熱くなってくる。
さっきから心臓の鼓動が速くなっているのは気のせいだと思いたい。
気を紛らわすようにしてシャーペンをギュッと握り締め、学級日誌の続きを書き始めた。
書き終えるとシャーペンを置いて、自分が書いた内容を一通り読み返すことにする。
【今日、昼放課が終わってからずっと八代くんは元気がないように見える。この日誌を書いている今も八代くんは机に顔を伏せている。とても心配です……】
──私ったら何書いてるの!!
慌てて筆箱から消しゴムを取り出し、書いた内容を消した。
とりあえず落ち着こう。
あっ、そうだ! 今日の授業で分からなかったことでもいいかもしれない。うん、それにしよう。
自己解決をし、そのことについて書くためにペンを走らせた。
何とか書き終えると、突然叫び声が──
「あーーーー!!」
声がした方へ私は咄嗟に振り返ると、そこには起き上がった八代くんがいた。
途端に心臓の鼓動がはね上がる。
胸が締め付けられる。
今にも死んでしまいそう。
「あ、あの、ま、真星さん! と、突然騒いだりして、その、ごめんなさい!」
少しして彼が私の方に近づき、謝ってきた。
止めて……そんなに近づかないで、じゃないと私──胸がさらに苦しくなるよ。
とりあえずここから早く立ち去りたい。
「……う、うん」
私がそう言うと、重苦しい静寂がその場を支配した。
きっと私と八代くんが向かい合わせの形になっているのがいけないんだと思う。
そういえば、真正面からこうして八代くんを見るのって初めて会った時以来だっけ。
ほんの少しばかし高いところから目線が一転の曇りもない真剣なもので、気恥ずかしくなる。
──どうしてそんな風に見つめるの……?
このままだと私、その目に吸い込まれてしまいそう。
全身が異常なほど熱くなる。
きっと目の前にいる『彼』のせい。
早く立ち去らないと、どうにかなりそう……。
「私の方こそごめん!」
そう私は言う。
そして私は八代くんの返答を待たないまま、カバンと学級日誌を持って、そそくさと教室を立ち去った。
◇◇◇
「きっと八代くん、私の言動が意味不明で困らせちゃったかな」
白色の天井に向かってそう言い放つと、お湯に顔をすくめた。
静寂。
時折お湯を出す蛇口からポトンと雫が垂れる。
しばらくの間黙考して私は考えた。
その結果出た結論は──
いつか何かお礼をしよう! というものである。
まあ迷惑がられたら、うん素直に引き下がればいいだけ。
「…………それでいい」
バスタブから出て扉を引こうととする時、その手をとめ私は自分にそう言い聞かせた。
◇◇◇
お風呂を出ると私は、身体を拭き部屋着へと着替える。
濡れた髪も丁寧にドライヤーをして乾かした。
「さてと──」
洗面台の鏡を見た私は自分の唇を触る。
お風呂上がりにリップクリームを塗ることが私の習慣だ。
「えっとどこに置いたかなー……あれ? 私リップ持ってくるの忘れちゃったっけ? んー制服の中に入れっぱなしかなー」
制服をまさぐるも一向にそれは出てこない。
「あれー? おかしいなー。ひょっとしたらカバンの中かなー?」
私は咄嗟に二階へと駆け上がり、カバンの中を探した。
しかし、
「……ない」
落としちゃったのかな、お気に入りのリップクリームだったのにな。
そんな悲しみを抑えつけるようにして私はベッドへと倒れこんだ。
◇◇◇
「おはよう……」
「唯おはよー!」
憂鬱な気持ちで教室に入り挨拶をすると、元気いっぱいの声で挨拶し返してくる子がいる。
私の大切な友達の朝日奈佳世、小動物のようでクリクリした大きな目が特徴的。
本当に可愛い。
「ねえ唯。元気なさそうだけど大丈夫?」
訝しげな視線を送り、私に尋ねてくる。
「う、うん。ちょっとね……。お気に入りのリップがなくなっちゃったの」
「え? リップなら唯の机の上に置いてあるよ?」
「嘘!?」
「嘘じゃないって、ほら」
佳世に手を引かれ私の席に連れていかれると、確かにそこには──
「私のリップ……」
思わず目の前の光景に目を擦ってしまう。
またリップクリームと共に、紙が置いてあるのに気づく。
【落ちてたよ】
そう書かれた字はこの世の何よりも美しく思えて、思わず紙を自分の胸へと抱き寄せた。
「ありがとう──」
一言そう呟くと、心の中で何度も『ありがとう』と言った。
この字はきっと『彼』のもの。
……いや、考えすぎだよね。どうせ『彼』ではない違う誰かがやってくれただけのこと。
たとえもし『彼』がやったことだとしても、あの時ように、ただ善意でやってくれたことだけ。
けど、これでいい──。
自分の奥底から日だまりのような温かいものが全身を満たし、私を包みこんだ。
ブックマーク件数が80件を突破致しました。
皆様のおかげです。本当にありがとうございます♪