27話:真星と八代
深夜の投稿申し訳ありません。
待っててくださった方お待たせ致しました。
ちゃんと書けているか不安ですが、最後までお付き合いください。
真星視点です。
高校に入って初めて私は学校を休んでしまった。
皆勤賞が……。いやいや皆勤賞なんてどうでも良くて、行くつもりだった学校に行けなかったのが悔しくてたまらなかった。
◇◇◇
朝七時半。私の家から徒歩十五分でいけるK駅は今頃、人でごった返しているだろう。
いつものように朝食を済ませた私は、靴の爪先で玄関のタイルを叩き、しっかりと靴を履く。出発しようとドアに手をかけるが――、
石化してしまったように手も足も動かなかった。諦めて手を離しその場で立ち尽くしていると、異変に気付いたお母さんが「どうしたの?」と訊いてくる。
しかし理由が全くと言っていいほど分からないので、どう答えたらいいのか分からない。
私の沈黙をどう受け取ったか、お母さんは何かを察したかのように暗い微笑を湛えて、「ちょっと待っててね」と奥へ入っていく。
戻ってきたお母さんの手には体温計があった。
「風邪かもしれないから測りなさい」
「え、私。熱なんてないよ?」
「いいから測りなさい」
その笑顔は怖かった。お母さんに言われるがまま測る。
音がなり、確認。――37.8。
結構あった。
お母さんはそれを見ると、安心したようにため息を漏らした。
「休みなさい。無理して行っても余計身体を悪くするだけよ」
「ううんお母さん。三十七度八分なら頑張れば大丈夫」
「いいから休みなさい。疲れてるから。ほら顔が赤いし。昨日だって京くんがここまで送ってくれたのよ?」
「え?」
「寝てたみたいだから気付かなかったのね」
昨日の記憶が朧だ。どうやって家まで帰って来たのかも分からない。そうか。京くんが送ってくれたんだ。
「京くんにはまたお礼言っとく」
「そうね、そうしなさい。あ、そうだ唯」
「なあにお母さん」
「京くんにはまだあの事話してないの?」
お母さんが急に真剣味を帯びた表情になる。
問われてる内容を察し、私は眉を伏せた。唇を噛み締め、少し震えがちの声で答える。
「…………話してないよ」
「そっか。いつになったら話すの?」
「…………」
「話さないつもりなのね」
「そんなつもりは!」
「辛いもんね」
「…………」
「言いづらいんだけど」
一旦言葉を切った。視線を明後日の方向にやり、凛とした横顔を私に見せる。それから恥ずかしそうに軽く頬を掻いた。
「三日ぐらい前にたまたま京くんに会ってね。言っちゃった」
「嘘でしょ!?」
「ほんとよほんと」
「何してるの!? お母さんのばか!」
「ふふふ思い悩む娘のためを思ってよー」
「能天気すぎるよ……」
「で、心は決まったの?」
「………………決まってる」
「間があったよ。決まってないんでしょ」
「……うん」
やれやれと言わんばかりにお母さんは頭を垂れた。呆れるのも無理はない。決断のタイムリミットはもうあまり残されていないからだ。
生憎昨日の日記は付け忘れてしまった。
あ、言い忘れていたけど、私は毎日日記を付けることにしている。
自分がやったことをいつか見たときに思い出すためでもある。というのはただの建前で私が好きな漫画でヒロインの女の子が日記を使っていたからだ。日記帳を広げ、机に置いてあるピンクのシャープペンで書いていく。
八代くんと二人で勉強した。しかしその後から止まった。
自分のした過ちにどうしようもない罪悪感を感じずにはいられない。あろうことか八代くんの親友の桐谷くんに迷惑をかけるとは。絶対に謝ろう。私は赤の付箋を取り出し、そのページに貼り付けた。
日記を書き終え一息つく。
そして自室のベッドへと身を投げた私は、天井を見つめた。クリーム色のそれは見ていると何だか落ち着いてくる。この天井ともさよならしなきゃならないと思うと、これまでの記憶が鮮明なものとして想起された。
視界が滲んで記憶の映像が霞む。零れる吐息は、嗚咽に変わってしまいそう。涙で煌めく映像は幻想的な淡い輝きになっている。
微睡みに落ちていく感覚が私を包んだ。糸が切れたように、そのまま意識を失った。
ぼんやり眼で外を見ると、もうすっかり日は落ち、夜になっていた。
秋の夜空は遠くて近い。中天にぽっかりと浮かぶ半月が大きく見える。星もまばらに輝いているが、青白く輝く月の前ではその存在も隠されてしまう。
月を見ていると幼い頃にやってた少女向けアニメを思い出す。あんな正義のヒーローが自分の前にも現われてくれたらいいのに。
もう決断しなければいけない。
転校するのかしないのか。
家族の負担を考えると、転校が一番いい。
それに男――いや。
ふと脳裏に八代の顔が浮かんだ。
見た目のせいからか、単に雰囲気からなのか、彼はあまり男らしい感じがしない。二年の春の時、彼の背中に身を預けられたのも。昨日の放課後、二人きりでいても不快にならなかったのも。その要素が大きく起因しているのではないだろうか。
八代くん本人は望んでいないことかもしれないけれど、今の八代くんでいてほしい。
男らしくない八代くんで。
京くんはって?
彼は確かに男らしい。でも大丈夫なのは幼馴染だからだ。よく私なんかと交友関係を続けていてくれる。彼はとっても優しいし、とっても強い。私の自慢の幼馴染。
たまに風に聞く噂で私と京くんが付き合ってるというのがあるが、嬉しくなると同時に悲しくなる。言うまでもないけど、本当に付き合っているわけではない。
私に彼は勿体無さすぎる。あまりの差に絶望してしまう。
そうだ。私が転校したい理由の一つにこれがあった。
――京くんに迷惑をかけたくないという。
下から家のインタホーンが鳴る音がした。
時刻はそろそろ夜八時になろうとしている。回覧板にしても遅すぎるし……。よくお母さんの知り合いが家に遊びに来ることがあるからもしかしたらそれかも。
そう思っていたら、やけ慌てた様子で階段をかけのぼってくる誰か。
「唯ちゃんにお客様よ!」
お母さんだった。
驚きの色が隠せない。
「私に? 来客? 誰?」
「男の子よ。お・と・こ・の・こ。とにかく行きなさーい」
部屋をたたき出され、私は階段を降りながら考えていた。
可能性があるとすれば京くんだ。私の転校の話を聞いているから。
お母さんから聞いたといっても納得していないと思う。ずっと一緒にいた幼馴染が違うところに行ってしまうって悲しいことだから。少なくとも私だったら堪えられない。
玄関の前に立つ。
ドアの向こう側にはおそらく京くんがいる。
動悸が早鐘になっていた。額に汗が滲んだ。もしかしたら京くんでないかもしれない。何でお母さんは誰か言ってくれなかったの。あの心底愉し気な笑顔が、身体を焦がすような苛立ちを生んだ。ドアに触れかけて止める。いつまでも相手に待たせるわけにはいかない。
一回深く呼吸して、全身を這いまわる緊張を追い払う。
ガチャ。
開けたドアの隙間から冷たく乾いた風が一斉に舞い込んできた。反射的に目を閉じる。
少しずつ開けていく視界から情報を仕入れていく。
うちの、朱羽高校の紺に緑の襟のブレザー。細身。所々小さく毛先の跳ねたショートカットの茶色がかった黒髪に、双眸は若干たれ目がち、顔立ちは輪郭が細く儚げな印象。
見間違うはずがない――
――八代秋葉くんが目の前にいた。
瞼の裏が熱い。彼が見ているというのに、理由の分からない涙がこみ上げてくる。
「八代くん、こんな時間にどうしたの……」
頬を仄かに紅潮させ、彼はゆっくり答える。
「し、進藤っているだろ。アイツに聞いたんだよ。ま……真星さんが引っ越すって……。親の転勤が原因なんでしょ? で、別に遠くに行くわけではないでしょ?……で、でも……」
唇を噛み締めた。
だけど言わなければならない。そんな決意が、彼の黒い瞳には宿っていた。
「真星さんにひどいことをした奴と……似たような奴が電車内にもいるかもしれないって! 思ったのかもね! 真星さんのお父さんが。ここの電車の通勤ラッシュっぷりはすごいからねぇー……」
どこか乾いた笑い。笑ってはいるがその表情もどこかぎこちない。
照れているのかな。視線も結構泳いでいる。この感じが私には心地良い。
「でもね!」
がらりと空気が変わった。
泳いでいた視線もこの一言によってしっかりと私に焦点が定まり、やけに凛々しく見えた。
やめてよ。そんな顔しないで。頬の筋肉が少し強張る。しかし完全に拒絶しようともいう気にもなれなかった。寧ろ、普段は見れない一面が見れたという恍惚とした気持ちが湧き上がってきている。
男の子にしては高い、八代くんの声がこう告げた。
「俺は真星さんに転校してほしくない」
その瞬間、世界中の時間は止まったのだと思った。
近くの家の笑い声も、強く吹く夜風の音も、鼓動する自分の心臓の音さえ聞こえない。
限界まで自分の目が見開かれるのが分かった。
「だって、まだ友達にもなってないでしょ? もし俺でよければ――」
八代くんは大きく息を吸い、
「――友達になってください!!」
現在、『シルヴィア・マーガレットは幸福結末を求める』を中心で更新しているので、明日も更新できるとは断言できません。週更新でもいいので、なるべく途切れさせないようにしたいです。