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26話:君のいない日常に生きる意味なんてない7

日曜日に投下するつもりが、諸事情により、遅れてしまいました。申し訳ありません。

 進藤が部屋隅にあるファンヒーターのスイッチを入れると、十分ほどで室内はほどよい暖かさになった。

 先ほどから足と足を擦り合わせていた俺に気を遣ったのかもしれない。


「ありがとな」


 自然とそんな言葉から俺の口から漏れ出した。


「かまうな。じゃ、そろそろ話すとするか」




◇◇◇




 俺は幼い頃からずっと(ゆい)のことがすきだった。

 それは中学に入ってからも変わらず、いつも彼女の近くにいた。

 このままいけば、いつか彼女に自分の気持ちを分かってもらえる……そう思っていた。




 ──なのに、アイツが現れた。




 中学三年生の春。

 昇降口の前にはクラス替えの紙が貼り出されており、大勢の人だかりが出来ていた。

 俺は他人(ひと)よりも首一つ抜けた視界で、自分のクラスをさっと確認。

 女子の方を見たかったのだが……、見えない。


「あ、進藤先輩だー!!」

「きゃー! こっち見てー!」


 そうだな、自分のクラスに行くか。




 クラスに着くと、すでに喧騒に満ち溢れていて、幾つかの集団が出来ているようだった。その集団の一つ、数名の女子の中に彼女がいた。

 見間違うはずもない。


 ──真星さんだ。




◇◇◇




「おい話の邪魔をするな」

「いやー飽きてきちゃってねぇ。早く話の本筋に入れよ」

「話しずらいんだ」


 気持ちは分からんでもない。

 俺だって真星唯観察日記(宝物)について話す時はなかなか主となるところから話さない。うんあったよね。五話ぐらいにね。え、五話ってなんのことだって? まぁいいじゃないか。つまり俺が言いたいのは、誰でも嫌なことを難なく言えるわけはないってことだ。


 自分のことを懐古すると、進藤に対して情が込み上げてくる。

 だが、それを認めたくなくて、俺は進藤に続きを促した。


「正直言って俺はもてた。進藤家っていうブランドがあったからだろう。でも、俺はもてたくなんてなかった」


 おいそれ、世界中のもてない男子たちに喧嘩でも売ってるの?


「……あ、言葉が悪かったな。もてるのは嬉しいよ? そりゃあ。でも、俺は唯だけに見てもらえる。それだけで良かったんだ。そこにアイツが現れて、唯に告った」


 ええええええええ!? とでもなると思った? なるわけないよ。なるわけなんて……。

 なんだろう。急に帰りたくなってきました。ということは真星さんは大人の階段のぼ――だめだ。だめだ! そんなわけないだろ! 希望を持つんだ八代秋葉(やしろあきば)


「無論俺はノーに決まってた。でも、真っ向から言っても唯には通じないだろう? 『なんで?』と返されるのが関の山だ。だから俺は、『唯の自由にすれば?』って言ったんだ」

「…………」

「馬鹿だよな」

「……不器用だけど、馬鹿じゃない」

「ああ、俺が不器用なせいで、唯に辛い思いさせちまった」

「悲観するなよ。お前と話している時の真星さん……本当に楽しそうだったよ」


 悲観するな。誰のどの口で言っているんだと罵られてしまうかもしれないが、悲観ばかりしている俺だからこそ言いたかったのだ。うん羨ましいんだよ。俺はお前が。

 うっかり付き合ってるって思うぐらいはしたしな!


 そのまま、進藤は両手を組み、俯いた。沈静化した室内にはファンヒーターの音だけが聞こえてくる。もう太陽も完全に沈んだようで、空は群青色になっていた。

 俺は俯く進藤にどう声をかけたらいいか分からず、ポケットのスマートフォンを取り出した。通知はない。一つ溜息をついてポケットに戻した。室内を見回す。こげ茶色のローボードの上に大型のテレビが置いてあり、横には写真立て……あれは何の写真だろう。俺はソファから立ちかけて、進藤の存在を思い出した。


「なぁ進藤。あのテレビの横に置いてある写真見てもいいか」

「問題ない」


 茎の先に付ける小さなピンクの花が中心の幼い男女を引き立てるように一面に咲き誇っていた。男の子は恥ずかしいのか女の子を直視することが出来ず、無愛想に斜めを向いていた。女の子のほうはというと、純白に輝く歯を見せて、笑顔で前を向いていた。ピースまでしている。

 おそらく男の子が進藤で、女の子が真星さんだろう。

 写真の右下には下手な筆記体でstatizoと記されている。

 

 ずっとお前は彼女の近くにいたんだな。


 認めたくないが、紛れもない事実。

 認めざるを得ない。よくある話で、結局最後は幼馴染と結ばれるっていうじゃないか。

 少しの間だけ。

 ほんの少しの間だけ……。


 あああああああああ!! 妄想に逃げさせてくれえええええええええ!!




◇◇◇




 遠くでは未だに爆発が続いている。

 道路はひび割れており、あちこちから炎があがっている。俺はその中を走る、走る。

 親友と真星さんを探すため、走る。


 二〇分前。

 穏やかな街が地獄へと変わった。

 突如現れた謎の飛行物体によって街は壊滅状態。


「和也ー。真星さーん」


 周囲の悲鳴や爆発で、呼びかけなど無意味に等しかったが、俺は二人の名を呼び続けた。

先ほどまで三人と一緒にいたのだ。真星さんとデートなどという状況に、今の俺ではとても耐えられそうになかったからである。

 え、意気地なしだって?

 ええ! 和也にも言われましたよ!! 女々しいって!! そんなんじゃ一生真星さんは振り向いてくれないって。

 あー回想が嫌なもんになっちゃったな。

 脳に回想終了の信号を出して、俺は捜索を再開した。見当もなく捜すのがこれだけ大変とは。通りで行方不明者が中々見つからないわけだ。

 見つかってくれ――いたずらに終わるのは分かっているが、祈った。


 すると何てことでしょう。




 奇跡が――




 ――起こらなかった。




 わああああああ、ごめんなさいごめんなさい! 許して下さいってば!!

 そうだよね。こんな非常時にボケるとかゴミだよね? クズだよね? 死んだ方がいいよね!? うん、機会があれば東尋坊にでも行ってくるよ……。

 本当に不謹慎なこと言っちゃったな。

 バチが当たらないといいけど。


 携帯が鳴った。非常時に繋がるとは珍しい。当然回線が混み合っているので、音質は最悪だった。


「……や……ろか? て……す。リオ……だ」

「え? リオのカーニヴァルだって?」

「……ち……う。……リオン……」

「リオン? リオンって公園の!?」


 つー、つー。

 俺は携帯を耳から離し、思いっ切り地面に叩きつけた。


「くそッ!」


 とりあえず利音(リオン)だ。利音公園に行ってみよう。


 利音公園には人だかりができていた。皆、服が破れていたり、すすで汚れていた。


「おーーいどこだ――いてっ」

「どこ見て歩いてんだよ!」

「ごめんなさいッ!」


 四十代半ばのおじさんに怒られながらも、俺は人垣をかき分けて捜す。


 手に汗が滲む。人に何度もぶつかり、舌打ちをされ、白い目で見られる。それでも、俺はその場に座り込もうとせず、踏まれて茶色くなった芝生の大地に足を止めようとはしなかった。全身が悲鳴を上げている。足が鉛のように重い。人を避けようとして体勢を大きく崩し、俺はこけた。

 肩で息をしている。周囲にはこれ見よとばかりに人が集まっているように感じられる。

 おおよそ、こけて動けなくなっている俺に対して、嘲笑のコメントをしているってとこか。ってそんなこと考えてる暇ないや。足が痙攣して動かない。


「大丈夫か? 八代」


 おもむろに顔をあげると、ショートの茶髪、くりっとしていない横に長い目、線の細い顔立ち……。


「和……也か?」

「おう」

「和也!」


 和也の顔が輝いて、幾つもあるように見える。勢いで和也に飛びつこうとするが痙攣した足が猛威を奮った。顔を地面に思い切りぶつける。芝生であったのが不幸中の幸いだった。


「泣くな、抱きつこうとするな、気持ちわりぃ」

「はいはい親友に愛されて嬉しいくせに」

「調子に乗るなよ」


 和也の口角がピエロのそれのようになる。


「悪かったって……」


 これほど笑顔が似合わない奴はそうそういない。だからこそ俺は全身毛が逆立つほどの恐怖を感じた。

 俺は話題を変えた。


「ところで真星さんは? 姿が見当たらないようだけれど」


 近くで爆発。爆風で目が開けていられない。

 すぐに風は収まり、周囲は騒然としだす。和也は爆発した方角をじっと見据えていた。肩が震えている。


「置いてきた。勿論助けようとした。けれど、彼女はそれを良しとしなかった。このまま助けようとしても犬死になるだけって。俺は彼女が生きていると信じて今、ここにいる……。だが今の爆発は彼女のいた方角だ。もう諦めたほうが」

「お前は彼女が生きているって信じているんだろ!? だったら俺達が助けなくて誰が助ける!?」

「死ぬぞお前」


 ひどく乾いた声だった。


「それでも……」


 言葉が出ない。自分の見える世界がどんどん暗く閉ざされていく。


 俺は、真星さんの死と自分の死、どちらに錘を乗せるのか、その境目に立たされていた。




◇◇◇

 



 …………。

 最悪な妄想だ。しかも今の心境と非常に酷似している。


 もう一度、写真を見る。以前花言葉が収録されている本で見かけた気もするが、思い出せない。親指の第二関節で額を軽く叩く。

 一つでもキーワードのようなものがあれば――。

 目を凝らす。やけに目立つ黒い文字が俺の気をひきつけた。

 スマートフォンを取り出し、statizoと入力、検索する。


「……スターチス……」


 危うくスマートフォンを落としそうになった。指先が冷たい。部屋は暖房が効いているはずなのに。

 再度、画面を見るのが怖かったが、俺はそこに書かれているものを読み上げた。

 statizo……ギリシャ語。止めるという意味。そこを語源にしたのがスターチス。また、花の色が褪せにくいことから花言葉はこう呼称されている。




 ――『変わらぬ心』と。


 

 

 この時、俺の気持ちは大きく揺らいでいた。

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