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24話:君がいない日常に生きる意味なんてない5

 あの後、鈴音とはすぐに別れた。どうやら俺の手伝いをするついでに、演劇に関する資料を捜しに来たらしい。理由を問うと、演劇部に脚本制作を依頼されたからだという。

 何か出来ることがあったらしたかったのだが、一人でも大丈夫です、と言われてしまっては、それ以上何も言うことは出来なかった。


 とりあえず早見に渡す本だけを借りる。俺の読みたかった本は貸出中であったため、無かった。仕方が無い。次訪れる時にはあることを祈ろう。


「──までに返却して下さいね」


 図書委員と思われる女生徒はそう言って、貸出手続きが終わった本を俺の前に置いた。




◇◇◇




 図書室を出ると、もわんとした、湿気を含んだ空気が身を包んだ。

 先刻まで天国と表していいような空間にいたので、外が地獄と思える。たちまち全身から水分が抜けていく感じがした。駄目だ、このままだと干からびて死んでしまう。真星さんと元の姿で対面するなんて叶わなくなる。「八代くんおはよう」とも言ってくれなくなるのか。死んでしまったら……。

 夏のピークはとっくに過ぎ去ったはずだというのに、どうしてこんなにも暑いのだろうか。あれか。温暖化のせいか。

 まったく暑いのは嫌いだ。人のやる気というものをすこぶる削ってくる。


「アイスでも買うか」


 暑くなると異様に冷たいものが恋しくなる。特にかき氷なんかは、凛とした響きを奏でる風鈴の下で、縁側に腰かけてほおばりたい。そしてお決まりの、冷たさが脳の奥深くまで届き、顔を歪ませるのである。夏の風物詩である。暦の上ではもう秋だが。

 とりあえず暑い。このままここに居続けるとゆでダコのように俺の身体もゆで上がってしまうだろう。今なら暑さで溶けていくアイスの気持ちが分かる気がする。


「あ、金持ってるかな」


 そう言ってズボンのポケットをまさぐる。

 硬く、丸い感触。硬貨だ。俺はそれを掴んで取り出す。手を開くと、百円玉が二枚、そこにはあった。

 遠くから吹奏楽部が練習している音が聞こえてくる。じわじわと調子があがってくる曲調が、まるで俺を祝っているかのように聞こえた。

 今ならこの暑さも春のひだまり並みのほどよいものに思えてくる。ギュと拳を握り締め、俺は駆け出した。




◇◇◇




 駄菓子屋は学校を出てすぐのところに木造造りで、長年雨風に打たれたのか、全体的に(すす)けて黒ずんでいた。懐古するかのように、かつては今よりも繁盛していた様子を想像すると、何とも言えない気持ちにさせられる。

 駄菓子屋の入り口の暖簾をくぐり抜けると、出迎えてくれたのは、腰がやや曲がったおばあさん。

 少し甲高い声が俺を迎える。


「はいよ、いらっしゃい」


 俺は会釈して受け答え、高さ八十センチぐらいの冷凍庫の前に立った。そして()()は透明のカバーガラスの中でその身を覗かせている──はずだった。


「あのぅ。アイスは……?」


 あまりに衝撃的な事実を目の当たりにして、声が震える。

 すると、おばあさんは申し訳なさそうに顔を暗くした。


「ごめんねぇ。この前全部売り切れちゃったのよ」


 この時の俺はどのような表情でおばあさんを見ていたのだろうか。

 世界終焉もの映画であれば楽しくショッピングをしていたところに大量のミサイルが打ち込まれて、焦土と化すような光景が、流されているところであろう。

 かといって、おばあさんを責めるわけにもいかない。俺はしずしずと駄菓子屋を出た。

 途端に(まばゆ)い陽光が視界いっぱいに入ってきて、下を向く。

 灼熱の太陽が、クツクツと何ともいやらしい笑みを浮かべているような気がした。吸血鬼(ドラキュラ)さん、今ならアンタらが太陽を嫌う理由が分かるよ。

 謎の共感を覚えつつ、左右を見る。

 ご苦労なことに毎日太陽にあぶられて熱を持ったアスファルトには、陽炎が立っていた。

 うん、この暑い中帰りたくねぇな。

 ここまで来れたのは、アイスが食べられると目的があったからである。しかしその目的を失った今、何を糧にすればいいのか。

 特にこれといって理由はないが、後ろに振り返ってみる。

 駄菓子屋のすぐ後ろは山がそびえ立っている。


「山にでも行ってみようかな」


 暑さで頭がやられてしまったのか、山を見ていたら行きたいと思ってしまった。まぁそんなに距離はないからいいか。自己解決をして、俺は歩いていく。

 鳥居がある。

 大分前に建て付けられたもののようで、苔がこびりついている。触ってみると、ベトッとしていて気持ち悪い。


「触らなければよかった……」


 俺は溜息をついて鳥居から手を離す。汚れた手を見つめ、もう一度溜息をついた。


「とりあえず行くか」


 鳥居からは長い石階段が続いている。恐らく行った先には神社があるのだろう。

 少し強い風が吹いて、俺の髪をたなびかせる。

 それと共に木々は、俺の侵入を待ち構えるかのように葉を揺らして騒めいた。

 不気味なさまに焦燥感にも似た不快な感覚を覚えて、一歩、また一歩と後退りしていく。

 額から汗が垂れ、石階段へと落ち、黒い染みへと変化した。

 しかし不思議なもので、恐怖していながらも行ってみたいという探究心が芯からこみ上げてくる。

 俺はゆっくりと石階段に足を下ろした。乾いた音が一つ響いた。

 もう一段、俺は進んだ。

 そしてまた一段、二段と。

 どれくらい行ったのだろうか。大木に囲まれ、足元は薄暗くてよく見えなくなっている。さらにここを登る前はあんなに暑かったのに、ここは真冬のように寒い。ちょっと冷房が強すぎなんじゃないですかね。あ、冷房ないですね、ここ。

 そんな当たり前なことを思うのには、理由があった。

 誰かに見られているような感じがするのだ。それが真星さんであったらどんなに良かったのだろう。例えその真星さんが幽霊であったとしても俺はその場に叩頭、平伏し、「ありがとう」を連呼していたと思う。

 だが、実際はそこまで生易しいものではなく、単純な恐怖だけが打ち勝った。

 堪え切れず振り返る。しかし、そこには当然の如く誰もいない。

 背筋を悪寒が走ったといった方が適切か。この空間に人間か、獣か、はたまたそれ以外のものがいるという恐怖感であった。


 それでも俺は引き返そうとはしなかった。


 だって……ここまで来ちゃったら最後まで行かないとだめだろ。

 あれだよ。男として意地っていうか、こういうのは行けるとかっこいいとどこかの雑誌に書いてあった。

 逃げたい、という気持ちを押し殺して俺はまた登るのを再開する。

 やがて薄暗く視界をおおっていた森が開け始め、逆光の視界の先に綺麗な青空と神社が見えてきた。やはりというか神社は廃れていて、左右にある狛犬のうち片方は無くなっている。


「手入れしろよ……。これじゃあ神様が可哀想だ」


 文句を垂れる。

 賽銭箱の前に立つ。ポケットに入った百円玉を一枚取り出し、投げ込む。ちゃりんと音を立てて、賽銭箱の中に吸い込まれていった。というか本邪魔だな。本を脇に挟む。

 目の前に垂れ下がっている紐を掴み、鈴を鳴らす。じゃらじゃらと音が鳴った。

 二礼二拍一礼をし、俺は目を閉じる。

 何を願ったかって?




 真星さんが明日学校に来ることをだよ!


 まるで、「俺達の戦いはこれからだ!」というような感じで俺は踵を返して、目を開けた。

 すると、俺の暮らす街が、仄かに暮れの色をたたえた陽にきらきらと浮かび上がる。

 あまりの絶景に目を剥いた。

 すぐ下には俺の通う朱羽(あかばね)高校がある。都会並みとまではいかないもののあちこちに建物が立ち並んでいる。

 その奥には銀の砂を一面にちりばめたような輝きを放つ、海が見えた。

 海と街の両方を見れるところなど恐らくここしかないだろう。俺は自分だけの箱庭を見つけた気分になり、宝物を発掘した少年のような、初めて秘密基地を作ったときのような、淡い情念に駆られた。

 さらに吸い込む息はとても清涼感があって、喉に変なイガイガを感じさせない。


「きれいだ」


 思わず俺は感嘆の声を上げ、しばしその光景を堪能した。




◇◇◇




「ずいぶんと遅かったじゃないの。本は借りたようだけど、どこで何をしていればこんなに遅くなるのかなぁ?」


 悪魔の笑みを浮かべながら、早見冬香(はやみふゆか)は追及してきた。

 あの後、俺は本を借りたまま学校を飛び出していたことを思い出し、大急ぎで戻ってきたのだ。

 その時間が六時半。いつもならこの文芸部は終わっている時間であった。

 だが、コイツだけはここにいる。まぁ俺の友達であり、副部長、桐谷和也(きりたにかずや)もいるということはせめてもの救いであったが。

 言い訳に考えあぐねていると、和也が声を上げた。


「とりあえず戻ってきたからいいじゃないのか? ぱぱっと今日やったことだけコイツに報告すれば」

「なに? 桐谷くん、八代くんの肩を持つっていうわけ?」

「そういうつもりで言ったわけじゃないんだが……」

「まぁいいわ。許してあげる。だけど、今後は気を付けてね。……ったく心配かけさせるんだから……」


 最後の方がよく聞き取れなかったが、彼女はそっぽを向いて何かを言っていた。


「とりあえず今日は本読んだり作品書いたりしてたわ。以上よ! じゃあね!」


 ひったくるようにして鞄を取り、彼女はそそくさと文芸部を後にした。


 なんなんだアイツは。


 和也の方へ目をやるが、分からないと言いたげに首を横に振った。

 静けさが部屋全体に漂う。帰宅する人達の声やまだ練習に勤しんでいる人達の声が聞こえてくる。もしここにピアノやヴァイオリンなどの楽器があれば、かの『3:44』という曲を演奏していることになるだろう。それほどまでに俺と和也はお互いの顔を見合わせ、黙っていた。

 沈黙は嫌いではないが、どこか息苦しい。和也が黙っているのはとても嫌な気がしたのだ。元々あまり喋る奴ではないといっても、それとは何か違う気がする。

 とても重大なことを告げるために機を見てるのではないか、そう思えたのだ。


 外は青、赤、藍の三色の層を成している。


「俺達も帰るか」

「そうだな。……あ、八代。いや、なんでも」

「俺に言いにくいことなのか? だったらかまわない、言ってくれ」

「本当にいいのか……?」


 和也の声はひどく震えていた。


 どういうわけか、ただならぬ恐怖を感じた。和也自身ではない。和也が告げようとしていることに対して、だ。






「──やっぱりやめておくわ」


 結果、俺は逃げてしまった。


 明かりを消すと、部室は夕闇に包まれ、濃い朱色へと変わる。間もなくやってくる夜の訪れを告げていた。




◇◇◇




 パタ、パタと廊下を歩く二つの足音。

 すると、前方から足音が一つ生まれた。

 おぼろげな影はやがてはっきりとした輪郭を描き、俺は眉間に縦じわを作る。

 真星さんの幼馴染──進藤京(しんどうけい)だ。


 進藤は俺の姿を目に入れると、口角を上げた。


「ちょいと時間いいか?」


 否定は認めないという感じだった。


「悪いけど先に帰っててくれないか?」


 和也は迷っている様子であったが、「またな」と言い、立ち去った。

 もしかしたら加筆するかもしれません。そして、一話でキリがつかなかった。無念

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