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22話:君のいない日常に生きる意味なんてない3

加筆遅くなってすみません。

「おま……」


 唇を三日月型を曲げた朝日奈佳世(あさひなかよ)を前に、俺は酷く困惑した。いや、実際は困惑するほど呼吸も心拍も乱れてないし、表情も恐らくあまり変化してないので、傍から見たら「え?」と頭に疑問符を浮かべられそうだが、俺は困惑したのだ。

 まさか彼女がここまでするような奴だと思わなかった。完全に誤算だった。つい癖で首元をさすってしまう。

 尚も彼女は表情を変えようとしない。ただ、平然と、勝ち誇った笑みを浮かべているだけである。


 それと誤解しないでもらいたいのだが、俺は朝日奈と勝負しているわけではない。さっさとコイツから真星唯(まほしゆい)のことを聞き出して、出来ればすぐに立ち去りたい。しかしこの状況を何とかしない限りは、真星のことを聞き出せないはおろか、俺自身も色々とヤバイだろう。


「俺、お前のこと好きじゃないし。というかどっちかと言えば嫌いな方だ」

「私も嫌いだよ」


 当然といえば、至極当然な答えが返ってきたのだが、こうもはっきり言われてしまうと、胸がチクリと痛んだ。

 彼女への好意はないが、歯を剥き出して自分を嫌いだと言い放つ彼女に対して、反抗心に似た何かが燃え上がったのだろう。

 俺は自分より顔一つ分ぐらい小さい朝日奈に刺すような視線を送ると、わずかに口角を上げた。

 すると第六感が働いたのかビクリと肩を震わせる。目に止まらぬスピードで俺から更に距離をとると、机を盾にして、身を縮こまらせた。

 上目遣いでこちらをチラチラ覗き込んでいる。


 意外と臆病な奴なんだな……コイツって。いや断定するのはまだ早い。少しカマでもかけてみるか。


「朝日奈。後ろに誰かいんぞ」

「嘘でしょ!?」


 途端に顔を青ざめさせ、後ろを振り向く。

 そして、そこに誰もいないのを確認すると、ぷうと風船のように頬を膨らませた。そこで俺は確信した。


「お前ってお化け屋敷とかそういうの苦手だろ」


 完全敗北と言わんばかりに、彼女はぐったりと肩を落とし、項垂れていた。もう一度言っていこう。俺は彼女と勝負してるつもりはない。


「……うう……ぐすっ…………怖いものがニガテなとこのどこが悪いのよ!」

「どこも悪くないと思うが」

「いーーーーや! ホントはそう思ってるんでしょ! そうなんでしょ!?」

「だから思ってないが」

「じゃあ……」


 彼女は小さく口を開け、言葉を紡ごうとした次の瞬間、突然その大きな目が潤んだかと思うと、急いで目元を拭った。


「なにが……ひっ……悪いのよぉ……」


 俺はどこも悪くないと思うが、彼女の涙腺が緩むのを見て自責の念に駆られる。


「まあ、誰しも苦手なもんはある。お前だけじゃない。だから強気な時の自分の面子を保つために、怖いものが苦手じゃ駄目だと思わなくてもいいんじゃないか?」


 駄目押しをしてしまったのか、彼女は大声でしゃくり上げ始めた。

 流石に申し訳なくなってきて、近寄ってやり、謝罪の言葉を投げかけてやろうとする。

 しかし机の所にいたはずの彼女の姿がこつぜんと消えてしまった。

 首を回して探していると、胸に柔らかな衝撃が走った。朝日奈が飛び込んできたのだ。

 ずっと溜めてきたのだろう。裏の自分を演じ続ければならない何かがあったのだろう。それは俺には分からないが、いつの間にか彼女の中で制約となって、今日まで彼女を縛り続けていたのだ。それが今、解き放たれた。


「アンタのバカッ! バカッ! バカッ!」


 ひたすらに俺を罵倒し続け、胸板に拳を叩きつける様に、思わず息を飲んだ。俺は彼女の泣くに任せることにした。

 小刻みに震える身体はモルモットやハムスターのようなか弱い生物を思わせる。

 気休めにしかならないだろうが、背中をさすってやった。

 しばらくして朝日奈の泣き腫らした目が見上げてくる。


「落ち着いたか?」

「……う、うん。ありがと。まさかアンタにこんな情けない姿見せることになるとはね」

「人目についてないといいんだけどな。今の状況を見たらどう考えても、()()()()()告白してるんじゃなくて、()()()()()告白してるように見えるんだが」


 彼女は目を瞬かせて、ゆっくりと目線を降ろしていく。

 そして自分が俺の胸に抱きとめられるような格好になっていることに気付いたようだった。

 彼女は耳まで真っ赤にすると、()退(すさ)るように距離を離した。


 おい、頭から湯気が出てんぞ。


 と、突っ込んでやりたいぐらいである。事実を言っただけなのに随分とオーバーリアクションを取るもんだな。


「責任取ってよね!」

「は?」


 訳が分からない。何の責任を取れっていうんだ。

 寧ろこっちが責任を取ってほしいぐらいだ。

 俺がお前に告白するというありもしないことをな。


「聞こえなかったの……? 責任取ってって言ったの」

「だったら俺はお前に変な噂が立てられそうなことの責任を取ってほしいんだが」


 そう言い放つと、彼女はプルプルと拳を震わせて喚いた。


「私が責任を取れって言ったらアンタは素直に従えばいいの!」

「いつから俺は召使いになったんだ。悪いがなったつもりは一度たりともない」

「たった今よ!」


 めちゃくちゃだ。音声テープにでも録音しておいて、後で彼女に聞かせてやりたい。そしたらどうなるのか。

 想像すると、俺の中に蜜かな喜びを感じた。それは笑いに変換されて、どっと溢れ出した。


「はは……お前って面白い奴だな」


 自分でも未だかつて経験したことのない感情に俺は当惑していた。

 どうしてこんなに笑ってるんだ。やばい、止まらない。


「はははははは」


 やがて腹を抱えるまで、俺は笑っていた。笑えて腹が痛いというのはこんな感覚なのか。

 ひょいと彼女を窺うと、急に笑い出した俺を幽霊でも見たかのような目で見ていた。


「……アンタがそんなに笑ってるとこ始めてみたわ」




◇◇◇




 空は荒れ狂う黒から穏やかな青へと変わり、雲の小舟が進んでいく。

 ようやく俺の笑いも収まり、沈黙が訪れた。


「 悪い、変なとこ見せたな」

「へっ!? 全然気にしてな……あっ」


 クツクツと不敵な笑みを浮かべる朝日奈。

 またいたずらでも思いついたのだろうか。その可能性を念頭に置きつつ、俺は口を開いた。


「俺に関する話は禁止な」

「ぐっ」

「やっぱお前」

「あーあ。アンタってほんと鋭いわね」

「いや単純にお前が分かりやすいだけだと思うが」

「言ってくれるわね。私これでも結構演技してるつもりなんだけどなぁ」

「表はな。これでもかってぐらいに上辺の愛嬌を振り撒いてウザイことこの上ないが、裏は本当のお前が出てて、その……なんだ……あれだ。悪くはない……と思うぞ」


 朝日奈を見ながら思ったことを言うと、訳の分からない気持ちが湧き上がってきて、俺の顔を熱くしていく。

 段々とコイツの顔を見ていられなくなって明後日の方向を見た。

 そして俺は先ほど現れた気持ちの正体を知った。

 あぁ、これが恥ずかしいというものだ、と。


「最後の方よく聞き取れなかったんだけど、何言ったのか教えてほしいなぁ」


 風が自分の方に優勢に吹き始めたを過敏に察知したのか、朝日奈は上目遣いをすると、口角をふっと上げるのが見えた。


「まあお前のことそれほど悪くないなと思っただけだ! もういいだろ! それより本題だ。真星のことについて話してくれ」

「それが人に物を聞く態度なのかなぁ?」

「俺はお前に散々迷惑かけられている。それでプラマイゼロだ」

「分かったわ。そういうことにしといてあげる。じゃあ話そうか」


 そう言って、彼女は自らのショートヘアーをかきあげた。


「ねぇ、アンタって進藤京(しんどうけい)って知ってる?」

「知ってるもなにも真星の幼馴染で有名だろ、進藤って。それに父親があの進藤グループっていうでかい企業集団の社長で」

「ご名答。最早聞くまでもないって感じの完璧な答えだったわ。…………()()()()()()()()()


 朝日奈は机に肘をつきながら、俺に正解を与える。しかし、それだけでは終わらず、彼女はやけに芝居ががった口調でそう言い放った。

 どういうわけか彼女の言わんとしていることが先読みできるような気がした。


「真星と進藤は付き合ってるということだな」

「へーどうしてそう思ったのかなぁ? 聞かせてほしいな。アンタの見解を」

「勘だよ。ただの当てずっぽう。根拠なんてない。だから見解を述べることは出来ない」


 彼女の口ぶりからして、彼女は恐らく、真星と進藤が付き合ってると思ってるのだろう。

 どう話を繋げようか。

 ここで俺はあることを思い出した。それを話を繋げるためのダシに使うおうとするが、言いかけようとした後少しところで思い止まる。

 言うべきか言わざるべきか、とどちらの選択を取るべきか逡巡してしまったのだ。

 隠すことには一つの利点がある。

 それは、八代秋葉(アイツ)のプライバシーを守れるということである。

 アイツは真星のことが好きだ。

 しかし、それを公言してるのは俺ぐらいのもんだろう。もしここでアイツが真星のことを好きと言ったら朝日奈佳世(コイツ)はどのような行動に出るのだろうか。


 俺は今一度、朝日奈佳世という人物について考えることにした。


 裏表の激しい性格。そして、裏は真星を守るため。

 真星守るため……。もしかしたら口は硬い奴なのかもしれない。

 信じてみるか。

 隠してる方がこの先の話に支障が出るしな。


「……しかし解せないな。もし仮に真星と進藤が付き合ってるとして、何故昨日、八代と真星が一緒にこの教室で勉強してたんだ?」

「うそっ!?」


 やはり知らなかったようだ。その証拠に彼女の目は限界まで見開かれている。


「残念ながら本当のことだ。真星は善意でやってることかもしれないが、普通放課後の教室で二人っきりというのは、もし真星が進藤と付き合ってるとしたら避けたかったんじゃないのか? でも、実際にはそうならなかった。しかしこれは八代がどうこう言ったからそうなったというわけじゃない」

「そ、それは単に唯ちゃんが誰にでも優しいから!」

「確かに真星は優しい。じゃあこれが真星じゃなくて他の女子だったら? 真星は善意でやってたことが、他の女子は好意でやってたことになるのか? 俺は違うと思う。これは俺の偏見に過ぎないが、少なくとも真星は好意でやってたんじゃないのか?」

「……違う、違う。違うよ……。だって進藤くんが『俺と唯は付き合ってる』って私に言ったことあるもん!」

「それを鵜呑みにしたのか、お前は」

「うん……」


 どこか悲しげに彼女は頷いた。


「だって私、進藤くんに告白したことあるから。その時言われたのがそれ。あー悔しかったなー。でも、当然といえば当然か、すぐに自分の中で納得がいったよ。だって、唯ちゃんを守れるのは進藤くんしかいないと思ってたから」

「どういうことだそれは……?」

「知らないの? って知らないのも無理はないか。んと唯ちゃんはね、過度に男の子と関わることが出来ないの。普段は私が側にいてなるべくそういうのを避けさせているから分からないかもしれないけど、中三の頃はひどかったんだからね」


 『中三の頃』という言い方が何かひっかかる。だが、そこを突っ込むのはコイツに悪いし、この場にいない真星にも悪い。

 なので俺は敢えてそこには突っ込まず、違うことを訊くことにした。


「お前と真星は同じ中学からの友達なのか?」

「そうだね」

「ほぅ」

「なになに私に興味でも湧いたのー?」

「んなわけあるか」

「ざんねーん。まっ、そうくるとは分かってたけどね。しっかしおかしいなー。いくら前よりは軽くなってるとはいえ、八代くんだっけ? と二人きりになるようなものなら絶対大丈夫じゃないと思うんだけど……。あ、そういうことか」


 野球ボールか何かを打つカキンという乾いた音がグラウンドから響いてくる。


「唯ちゃんが今日休んでるのってそれのせいでしょ、絶対」

「多分な」

「…………それとあれも」

「あれも?」


 俺は首を傾げた。

 真星が休んだ理由に昨日の件が関わっているのは誰がどう見ても明白だろう。それは分かる。問題はその後に彼女が続けた言葉だ。


 ──『それとあれも』。


 休んだ理由には昨日の件以外にもあるというのか。

 また、それを口にした彼女の表情が優れないのも気になる。


 彼女は答えようとはしなかった。

 何かに堪えるように強く唇を噛み締め、震えている。


「あれもって何だ?」


 俺のその言葉に踏ん切りがついたのか、彼女は無理矢理にっこりと微笑んだ。


「唯ちゃんね──」

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