21話:君がいない日常に生きる意味なんてない2
話のキリのいいところが中々見つからず、気づいたら1時間も投稿が遅れてしまいました。
窓から風が入ってきて、雨で湿った土の臭いが鼻腔を掠めた。
空は雲で隠れていた太陽が姿を表していて、教室内に明るさを届けていた。
今日の授業は全て終わり、担任が教壇に立って、連絡をしている。
「──と、まー連絡はこんなもんだ。それと最近この近辺で不審者が出没しているそうだから気をつけるよーに!」
「その不審者って、室人先生のことじゃないんですかー?」
一人の生徒が声を上げると、教室内が笑い声で騒めいた。
ちなみに俺の席の隣のやつだ。始めに言っとくが、八代のことじゃない。アイツと俺の席は離れている。
まあそれはさておき、さっきの授業の時、俺はコイツのせいで変な注目を浴びてしまった。
簡単に説明するとこんな感じだ。三行で収まる。
授業受けている時に回し手紙が回ってきて、
それを見たコイツが
「おい和也それラブレターかよ」と立ち上がって言った。
うん、三行で収まった。
言ってしまえばお調子者って奴だ。
あ、一応補足しておくと、隣の奴の名前は高木隼人。男子と女子、共に仲が良く、クラスのムードメーカー的存在だ。このクラスの学級委員長もやっている。
担任もコイツがお調子者だと分かってて、「失礼な奴だな」と言いながら笑っている。
「隼人ー。先生がそんなことするわけないだろう? 昔はプレイボーイだったんだぞ」
「あー……また始まったよ先生の自慢話」
呆れた感じで、隼人が背もたれに寄りかかった。
彼に呼応するかのように、他の生徒も文句を垂れる。
「聞きたくなーい」
「そうだそうだー」
「前その話で三十分も時間、無駄にしたんだからね」
「褒めてくれてるのか?」
顔をニコニコさせながら手もみする担任。
「ないない」
「そうだーそうだー」
「というわけで私は部活いきまーす」
「あ、俺も」
「私もー」
「おい、ちょ待てよ、先生の話を聞いてからにしろー」
次々と生徒が教室から出ていく。
先生もその生徒達を追いかけるようにして、教室から出て行った。
周りを見回すと、八代の他に、朝日奈、その他十人は残っている。
先程の喧騒など嘘かのように教室内は静まり返っていた。沈黙が耳に痛い。
すると朝日奈が、
「先生も行っちゃったし、私たちも帰ろ! 日直さんあいさつー」
右手は頭、左手は腰に添えて、日直を捜している。可愛さをアピールしたいんだろう。裏表のある奴は、表をしっかりと演じ切らないといけないから大変だと思う。
「むむむーいないみたいだねー。と、いうわけで私が日直さんの代わりやるねー。さようならー」
『さようなら』
朝日奈が帰りの挨拶をすると、俺を含め、残った人が挨拶をする。
ここに残ってるということは、大半が大人しい人達の可能性が高く、会話はあってもポツポツと起こるくらいで、あまりうるさくはない。
俺は用件を思い出し、アイツの席へと向かった。
「八代。ちょっと早見達に言ってほしいことがあるんだけど」
「どうした?」
八代は教科書や参考書を鞄の中に詰め込む手を止めて、首を傾げる。
「え……」
どうしてなんだ……コイツに言おうとすると、喉に何かが突っかかったように言葉が出なくなる。原因は分かっていた。
早見冬香の存在である。
俺が、個人間の用事で遅れるということのが彼女に知れれば、色々と文句を言われるだろう。決して悪い奴ではないが。
想像すると、心臓を握り潰されているような感覚になる。
たらり、と、一滴の汗がこめかみから滴り落ちた。
「……やっぱいいや。先行ってて。後で行くから」
「ほーい」
何も疑う様子もなく、八代は受け答えし、再び教科書類を鞄の中に詰め込む作業を再開させていた。俺は、それを一進一退の攻防を繰り広げる試合を観戦するかのような緊張した面持ちで見つめる。
もしここで疑われでもしたら……と思ってしまったのだ。
悪いことはしてないのだが、悪いことをしているような気分にさせられる。
そんな思案に耽っていると、イスを引く音がした。
「よし」
「……じゃあな」
「おう」
八代は親指を立て、剥き出しにした歯が陽光に当てられて輝く。
そのままゆったりとした歩調で教室を出て行った。
アイツの声と俺の声が無くなり、再び教室内に響く音量は小さくなり、静けさを取り戻す。
さわさわと少し涼し気な風が肌を撫でた。
まるでそれは、彼女との約束を果たす機会だと合図を送ってくれているようで、俺は振り返って栗色のショートヘアを凝視する。すると、彼女も俺に視線
に合わせた。
「……朝日奈。悪い、待たせたな」
「…………」
クラスには俺達の他にまだ数人残っている。
彼女は押し黙ったまま、俺の目をじっと見据えている。
不思議に思って、近づくと彼女は不満そうに視線を逸らした。
「桐谷くんって朴念仁なの?」
「は?」
「いやだからね、今の状況見てさ、んーそのー。えっとねぇ……あっ、ちょうどいい。優ちゃーん!」
困った表情を浮かべ、朝日奈は大げさに手を振って残ってる女子に助けを求めた。
優と呼ばれた子は「佳世ちゃんなぁに?」と子供に呼ばれた時の親のように、返事する。一年のクラスの時でもそうだったが、朝日奈が小動物キャラ、いわばマスコットキャラクターの印象がかなり浸透しているのが窺える。
朝日奈はすたすたと優に駆け寄っていき、抱きついた。
「桐谷くんがいじめるよー」
「はっ!?」
彼女の意味不明な発言に俺は思わず声を上げてしまう。
俺が朝日奈をいじめた!? いつ!? どこで!?
疑問が一気に三つも押し寄せてしまうほどの衝撃で、俺は驚きの表情を隠しきれなかった。
「ね? 優ちゃんも見てたでしょ。桐谷くんが獲物を狩る肉食動物のように私を見てたのを」
「そうだねー。確かに……うん、見える」
優は一瞬、俺をちらと見た後、大きく頷いた。
彼女の周りにいる女子達もうんうんと賛成の意を示している。
「ちょっといいか」
どこか誤解されているな、と思い、手を挙げて何とか会話に加わろうとする。
「ど、どうぞ」
手を控えめに前へと差し出した優が、俺の参加を認める。
「目つき悪いというのはよく言われるけど、生まれつきだから仕方が無い。俺は朝日奈をいじめたつもりはないし、第一ソイツに用があったから呼んだんだ。それは会話を聞いていれば後は理解出来るだろ?」
「なるほど」
納得したように優は呟く。
すると、朝日奈が彼女の耳に顔を近づけ、その周りを手で覆った。
どうせこういうことを言ってくれとかそんな感じだろう。俺はポケットに手を突っ込み、彼女達の会話が終わるのを待つ。
二十秒ほどでそれは終わり、優は周りの女子達に何かを話し始めた。
ボソボソと言っていて、しかも少し距離があるので、話の内容までは聞き取れない。
やがて優は俺の方を向くと意味深な笑みを浮かべる。
周りの女子達も同様の表情をしている。
アイツ、一体何を言ったんだ……。
得体の知れない恐怖が足元から這い出てきて背中をなぞり、俺は全身を震わせた。
朝日奈を除いた、優含め女子達はそそくさと立ち去って行く。
優が去り際に口パクで何か言った気がするが、あれは一体なんだったんだろうか。
ヒューとまだ暑さの抜けきらない季節にしては珍しい、冷たい風が入ってくる。気温が一気に二度くらい下がった感じだ。
俺と彼女の他、教室には誰もいない。
朝日奈が一歩一歩近付いてくる。
反射的に俺は後退する。
これ以上後ろに下がれないよ、と言わんばかりに、窓際にある突き出たが俺の後退を妨げた。
尚も朝日奈は近付いてくる。
やがて俺と彼女の距離は無くなった。
すっぽりと彼女の頭が俺の胸板に収まる。何がしたいんだ? コイツは。
意図が分からず、手にはべっとりとした嫌な汗をかいていた。
「心臓の鼓動が速くなった。へー桐谷くんでもこうされると胸がトキめくんだ」
「ちげーよ」
全力で否定した。
「お前が何を企んでるのか分からなくて困ってるだけだ」
「そう、残念」
パッと彼女は俺から身を離すと、小さく舌を出した。
それから表情に黒みを帯び、呆れたような表情になる。そう、彼女の裏の面である。
「あーあアンタってホントに朴念仁なんだね。ちょっと意外だったわ」
「恋愛とか、人間関係が面倒なものには基本興味ないからな」
「へーやっぱ、私とアンタって気が合うね。どう私と試しに付き合ってみない?」
「ふざけるな」
「ははは、そうくると思った。もしこれでアンタが付き合うとかなんとか言ったら腹に一発入れてたところよ」
笑いが堪え切れないのか、腰を曲げて笑っている。
「やっぱお前裏表激しいよな」
「そうかな?」
「そうだ」
「え、でも私。唯ちゃんに手を出そうとしてるやつにしかこうしてないんだけど?」
「何故そうくる。今俺が言ってるのは、お前が裏表の激しい奴だってことだぞ。発生条件なんぞ聞いてない」
「……言われてみれば確かに……」
顎に右拳をあてて、俺の発言を飲み込んでいく。
「納得したか?」
「した」
「で、真星のことについて聞く前に一つ訊いてもいいか?」
「何?」
「さっき優? って女子に何か言っただろ。お前、何を言ったんだ?」
それを聞いた朝日奈の唇が三日月のような嫌な形に変化する。
「知りたいの?」
今にも飛び出しそうな笑いを必死に堪えたいのか、表情はそのままに肩を竦めた。聞かない方が良かったかもしれない、と思ったのは首を縦に振った後だった。後の祭りである。
「アンタが私に告白するらしいから、教室出てもらえないかなって言った」