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20話:君がいない日常に生きる意味なんてない

遅くなってしまいすみません。


 放課後になり、俺──八代秋葉(やしろあきば)が部室へと向かう頃には雨はすっかり上がっていた。渡り廊下を歩いている途中、空を見上げると、空っ風が吹いたせいなのか、雲は七割方流されてしまっている。

 太陽がここぞと言わんばかりに光を放っていた。

 射し込んでくる光は強いもので、俺の身体を温めていく。

 まるで真星さんが欠席して鬱々とした自分の気持ちを、元気づけようとしてくれているみたいで、俺は少し唇を緩ませた。


「よーす」


 挨拶をして部室に入るも、まだ誰も来ていないようだった。

 文芸部の部室は意外にも広い。なんせ教室一個分あるからだ。過去には何十回もどこかの賞を取っている。聞いた話によると、この部活出身の小説家がいるとかいないとか。正直、それの真偽はどうでもいい。

 俺が小説家になる──とまでハッキリと言い張ることは出来ないが、小説家は俺の中学校からの夢であった。

 声にして言えないから文章で。

 文章によって自分の理想、考え方などを表せる小説という魅力に俺は取りつかれていった。

 この高校を選んだのも、文芸部を選んだのも、もしかしたらその夢に近付くことが出来るのではないかという期待があったからだ。


 今年こそは賞に出したい。

 そんな思いを抱きながら、息を吸い込んだ。

 本特有の少しツンとした匂いが鼻を刺す。

 教室中にこの匂いが広がってるのはやはり、本がそこそこ多いからだろう。

 縦二メートル、横一メートルの本棚が六個あり、いずれの本棚にも本が詰まっている。小説から評論、指南書や漫画まである。


 長机の上に鞄を置いて、本棚から一冊の漫画を手に取り、そのままイスに腰掛ける。

 

 この漫画は今いる三年生の先輩が置いて行ったものだ。


 二人の青年が漫画家を目指す物語で、そこに恋愛を絡めているところが面白い。


「ははっ、この人が出てくるだけでいっつも笑っちゃうんだよな。漫画描きたくないのに担当に上手く乗せられて描いちゃうところとか、ネガティブなところとか……ネガティブ?」


 ふと、自分が言った言葉にひっかかりのようなものを覚える。

 天井を眺め、今までの自分の記憶を思い返してみる。──真星さんとの会話。真星さんを観察している時の興奮。それら全てと言っても過言ではほど、俺と『ネガティブ』は合致していた。

 つまりこの漫画のこの人と俺は似ているということになる。


 笑いはするが、こんな人にはなりたくない。


 似ているという事実に悔しさを覚えながら、俺はネガティブキャラが出てくるページを読み返した。


 遊園地でプロポーズ。ベタではあるが、される方も嬉しいと思う。あぁいつか真星さんと遊園地でデート出来たらいいんだけどなぁ。

 こんな感じに……って全然イメージが湧かないんだが。


「あーダメだー! やっぱり真星さんがいないと、想像力が働かない!」

「誰がいないだって?」

「え?」


 視線の先に立っていたのは、同じ学年で部員の早見冬香(はやみふゆか)だった。

 腕組みをして、ムスっとした表情をしている。──威圧感満載である。


「で、誰がいないだって?」


 早く答えてよと言わんばかりに、彼女は指をトントンさせて俺の返答を待っている。


 これって言うべきなのか? 言わないでおくべきなのか?


 視線をさ迷わせて、彼女の威圧から逃れようとするが、『子供を中心に人気のあるゲーム、「バカモン」の技、しろいまなざしを使ってるのかよ!』と言ってやりたいくらいの眼差しを放ってくる。


「ま……ま」

「さっさと言いなさいよ」


 ドアに背中をもたれかけさせ、急かす。


「真星さん」

「うんそれは知ってるからさ」

「じゃあ誰のことが聞きたいんだよ!」

「下の名前」

「なら、始めからそう言ってくれよ……」

「何か言った?」


 距離にしては三メートルぐらいは離れているはずなのに、至近距離で顔を覗かれながら言われてる気がする。しかもそれを言っている目には一滴たりとも感情がこもっていない。


「な、何も言ってないですよ」


 チビりそうになったことはオフレコにしといてほしい。

 と、冗談はさておき、即答えないと本当に危ないだろう。


「唯! 真星唯さんだよ!」


 どうして名前を言うだけなのに、こんなに顔が熱くなっているのかが分からなかった。相手は真星じゃないというのに。


「ふ~ん、まあいいけどね。個人の自由だし。部活を等閑(なおざり)にするくらいのことだったかは別としてねぇ」

「ちょ、等閑にするって言い過ぎじゃないのか? こうしてちゃんと部活に来ているじゃないか」

「じゃあ昨日はどうして来なかったのかなぁ?」


 彼女から目線を逸らして、必死に言い訳を考える。


「えっとぉ……」


 先生に呼び出されていた。違う違う。そんなことを言えば、間違いなく早見は全先生に当たるだろう。早見冬香というのはそういう奴だ。

 じゃあこれならどうだ。


 友達に呼び出されていた。ダメだ。これは先生と同じパターンでやられる。


 だとしたらどうすれば……。


 流し目で彼女を見てみる。

 ──笑顔だ。

 満面の笑みでじっとこちらを見つめていた。ここで一つ補足しておきたいことがある。この笑顔は決して聖母がするような慈悲深いものではない。寧ろ悪魔が人に悪さをするような意地悪なものと言ったほうが良さそうだ。

 不意に彼女と目が合ったので、慌てて視線を戻す。


 俺の第六感がこれはまずいぞと先程から警鐘を鳴らしている。


 今すぐにでも話さないと、色々とヤバイ。

 しゃりん、しゃりんと刃物を研ぐような音まで聞こえてきた。幻聴であってほしい、と切に願うがもう一度流し目で彼女の方を見た途端、俺は息を飲んだ。

 彼女が砥石を長机の上に置いて、黒い笑みを浮かべながら刃物を研いでいるのだ。

 恐ろしくなって、俺は目を瞑った

 下手な誤魔化しとかはやめた方がいい。

 ここは正直に言うことが一番無事に済む可能性が高いだろう。

 ゴクリと喉が鳴る。手には尋常じゃないほど汗をかいていた。


「真星さんに勉強を教えてました」


 しゃりん、という音を一つ響かせる。

 そこで研ぐ音が止み、彼女の盛大な溜息が入った。


「もっと早く言ってくれないかなぁ。遅いよ。あ、これ気になった? 実家が刃物店なのよ」


 『朝食がパンなのよ』ってぐらい、あまりにも普通に言うので、しばらく目が点になった。

 続いてやってきたのは、刃物店の娘って学校で刃物研ぐんだ、というのが常識的かどうかということ。俺は常識的じゃないと思いたい。もし、これが常識的だったら世の中の定理は根本的にねじ曲がってることになるだろう。


「実家が刃物店なのとここで刃物研いでいるのは関係なくないかなぁ」

「文句あるの?」


 陽光に当てられた刃物がギラリと嫌な輝きを放つ。


「ないない!」

「ふ~んそうなんだー。って言うと思った?」

「思ってないです思ってないです!」

「へーじゃあ何で突っ込んだのかなぁ」

「突っ込んで悪かった! この通りだ許してくれ!」

「そんな言葉と(ぬる)い謝罪の姿勢だけじゃねぇ。言葉より行動。誠意ぐらい見せてもらわないとねー。ちょっといつまで頭下げてるつもりなの? 温いって言ってるじゃない。え、頭を机に擦りつけてもダメよ」

「じゃあどうすればいいんだよ!」

「…………ふふふ。ま、全部嘘なんだけどねーー。どう驚いたでしょ?」


 驚いたどころの話じゃない。

 彼女は歯を剥くと、刃物をタオルで丁寧に包んで、鞄にしまいこんでいる。

 全く早見には謎が多過ぎる。この前は漫画描いてたし、学力が高いことは当然だとしても体育で常に上位の成績を取っていると知ったときは驚かざるを得なかった。

 つまり早見は学業優秀・スポーツ万能・容姿端麗の内、二つは確実に当てはまることになる。

 で残り一つは、と聞かれると意見が分かれるかもしれないが、俺個人の主観で言わせていただくと、当てはまるという意見になる。なぜかというと、何かに集中するときに眼鏡を外し、片側に垂らした髪を三つ編みにしていく姿はまるで、アルベール・アンカーの描く可憐な美少女のように人を惹き付ける魅力がある。

 まあ、内面は一癖も二癖もある奴だが。

 いつの間にか彼女ではなく明後日の方向を見ていたので、少し慄然としながら顔を戻す。

 目を丸くした彼女が怪訝そうに首を傾げている。

 ややあって何かに納得したのか、彼女はポンと手を叩いて、口を開いた。


「さて。とりあえず八代くんのお仕置きが済んだところで」

「ちょっと待て」

「ん? 今の私の発言にどこかおかしいところでもあった?」

「お仕置きってどういうことだ」


 すると、彼女は爛々(らんらん)と目を輝かせた。

 お前は恋する乙女か。

 すごくそうツッコミを入れてやりたかったが、俺が骨になっている未来しか見えないので止めておく。


「うん。それなんだけどね、昨日一年生の皆と八代くんにどんなお仕置きをするか話しあったのよ。私はね、鞭打ちとかね、ロウソクとかを提案したんだけど、どれも却下されちゃってね。八代くん、どうしてだと思う?」


 なぜ俺に振る。


「一年生の皆は優しいからだと思うかなーなんて」

「そうよね。優しすぎなのよー」

「いいことじゃないか。どこに不満がある?」

「別に不満なんてないわよ。八代くんの頭って案外腐ってるわね」

「早見に言われたくないかなぁ」

「そう? はは」

「あはははははは」


 空笑いが飛び交う始末である。誰でもいいからこの状況をどうにかしてくれ。

 早見とはそれほど仲は悪くないと思うが、どうも二人きりになると険悪なムードになってしまう。


「おはよーございます!」


 陽気な声が飛んでくる。

 俺の待っていた救世主の登場だ。


「おはよー」「久野くんおはよ」

「八代先輩! 早見先輩! おはよーございます!」


 ハキハキした声で挨拶する彼。彼のフルネームは久野太陽(くのたいよう)。とにかく元気があって、文化系というよりは体育系と言った方がいいだろう。五分刈りの坊主は野球部を思わせる。


「相変わらず元気がいいな太陽は」

「まだまだ有り余ってますからね、エネルギーが」


 ブンブンと拳を振り回して見せる。


「ははは。じゃあ疲れさせてあげよう。図書室に行ってきていくつか本を取ってきてくれないか? 太宰とかそのあたり」

「あ、はい! 超特急で行ってきますね!」

「行かなくていいわよ」


 早見の鋭い声が飛ぶ。

 太陽は駆け出しのポーズで止まり、首を九十度回転させて俺達を見つめている。額に汗が滲んでいるのは、恐らく早見に対する恐怖心だろう。

 早見は深い溜息をつくと、ギョロリと目を剥いて俺に言い放った。


「八代くん、自分のことなんだから自分でしなさい。久野くんに行かせて……恥ずかしいと思わないわけ? 全く呆れるにもほどがあるわ。罰として私の分の本も持ってきてね」


 真っ直ぐ俺の方に指を差した後、ひょいと指を出入り口の方へとやる。

 俺は頷くしかなかった。

 そのまま立ち上がって、俺は出入り口へと歩いていく。心配そうな面持ちで太陽が見届ける。そんな彼の肩に手を置いた。


「早見に従わないと後が怖いぞ」

「…………は……はい!」

「行ってくる」


 引き戸を閉めると、俺は手の平に視線を落とした。


「なんてカッコ悪いセリフ言ったんだ、俺……」


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