2話:八代&真星の日常
これは空白の5ヶ月とされている所の話です。
今回のと、次ので二話ぐらい予定しています。
誤字脱字等があるかと思われますので、感想で言っていただけると嬉しいです。
これは、高校二年生になった八代秋葉と真星唯が出会ってから真星と男が楽しそうに話しているのを、八代が目撃してしまうまでの間の話。
特に何もなかった五ヶ月の話。空白の五ヶ月。
しかし、八代にとっては毎日がバラ色の五ヶ月であったのかもしれない。
◇◇◇
四時間目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、俺を含めクラスメイトが立ち上がる。
次が昼休みということもあって、表情が心なしか軽くなる人が多いように見えた。
「──ありがとうございました」
『ありがとうございました』
日直が一礼すると、それに合わせて俺を含め他のクラスメイトも一礼する。
それが終わると、『やっと昼放課だねー』、『購買いこうぜー』などとクラス中は一瞬にして喧騒に包まれた。
俺もまた、「はあー四時間目終わったー」と背伸びをして疲労に満ちた声を上げる。
そしてカバンの中から《あるもの》を取り出そうとした。
《これ》を取り出している時の俺の顔は、きっとニヤケたものになっている。
いつもしていることなのに心臓がこんなにも鼓動を打っているのはどうしてだろうか。
やっとのことで《それ》を取り出し、俺は自分自身に問いかける。
決まって返ってくる答えは一つ──《これ》にはあの人が詰まっているからだ! と。
あの人とは真星さんのことである。
ちなみに今日の日直はその真星さんだ。
俺はふと左斜め前方の席……つまり真星さんのいる席に目をやった。
目に入りこんできた光景に俺は思わず感嘆の声を漏らす。
「やっぱ、すげーな。うん、ホント俺とは大違い」
真星さんの周りにはすでに何人かの女の子がいた。
弁当箱を取り出して、楽しそうに談笑しながら弁当を食べ始める。
いいな……もし入れるもんなら死んでもいいから入りたい。
「──あ、ヤベ忘れてた」
俺は、自分の机の上に出したままであった《それ》に気づき、《それ》へと意識を向かわせる。
《それ》とは手帳サイズのノートのことだ。
表紙を捲ると、まず一ページ目の上段には『Mの日常』と書かれている。
一見小説か脚本を思わせるタイトルであるが、これの真の姿は『真星唯観察日記』というものだ。
わりと流すように紹介をしたが、これが恐ろしいものであるとイメージがついたであろう。
それは俺にも充分に分かってる! 分かってるが……気づいた時には、これを含め三冊目を突破してしまった。
一度止めようと思ったことはあったが、書く内に妙な愛着が湧き、止めれずに今に至る。
そしてこれの取り扱いについては、俺は細心の注意を払っていた。
まず一つ目。
タイトルを『Mの日常』としていることだ。
先ほどもいったが、一見このタイトルは小説か脚本のタイトルを思わせる。
万が一何かの拍子で落としてしまって、誰かが拾いタイトルを見ても、『うわ、この人ストーカー』と言われるリスクが少しは減るだろう。
次に二つ目。
いくらタイトルをそんなものにしたからといって、内容が──
○月×日。
今日の真星さんは消しゴムを忘れてしまったようだ。
貸してあげたいけど、ここからだと真星さんに迷惑がかかっちゃうかなぁ。
と、こんなのだったら『きもちわる~』とか言われてしまい、瞬く間にクラス中へと伝わる。
そしてそれは真星さんの耳にも入ることで、俺はこのクラスで陰鬱とした日々を過ごすという未来が待っているわけだ。
これを避けるために、小説風にし、微妙に脚色することでカモフラージュしている。
真星さんをMとしているのも、その一つである。
最後に三つ目。
授業中には絶対に書かない。
俺が一番こだわってるのがこれだ。
するとここで、え? と思う人がいるかもしれない。
なので少し捕捉しよう。
仮に授業中に書いていたとする。しかもそれが先生に見つかったとする。
『何だこれは?』
先生は俺の方に鋭い視線を浴びて、そう詰問した。
クラスメイトの視線も徐々に集まってくる。
痛い……痛いから止めて。みんなして俺を見ないで。
ここで俺は黙秘を発動!
「…………」
「……そうか言えないようなものなのか」
腕を組み、自分なりに解釈できたのか先生は頷いた。
──何考えてんだコイツは。どうせあれだろ、R指定とかそういうものを想像してんだろ! 何か妙にニヤケてるし。……キモ。
これはそういうものとは違う……真星唯という一人の人間が描かれているんだ!
心の中で思いを叫び、俺はひたすら黙秘を貫く。
「どれどれちょっと見せてみなさい」
「え、ちょ先生」
死守しようとしたものの、時すでに遅し。
《それ》は先生の手にあった。
内容を読んでるかページをペラペラと捲る。
何かさっきよりもニヤケが増してる気がするんだが。
ほら、クラスメイトの視線も更に痛いものになった。
もう絶対、授業中にあっち系のやってたんだと思われてるよ。
「じゃ、八代。これ先生が預かっとくからな」
「……はい」
──止めて! これ以上は! これ以上はああああああああああ!!
「八代」
少し低めの声が俺の名前を呼ぶ。
その声で俺は妄想から現実へと引き戻される。すっかり入りこんでたらしい。
俺の目の前に立っていたのは、俺の中学校からの友達──桐谷和也である。
ショートの茶髪で、細い目はどことなく怖いと思わせる。
おまけに思ったことをズバズバ言ってくるので、よりそう思えるだろう。
でも、根はいい奴だ。
「……八代、お前まだそんなことやってたのか」
前の人の席を引き、座ると、呆れというものをつくづく感じさせる物言いで言ってきた。
「いいだろ別に」
「ハア。お前本当に馬鹿だな」
「ば、ばかぁ!?」
思わず声が裏返ってしまう。
何人かがその声に反応して、こっちを見るがすぐに踵を返した。
その中に真星さんが含まれていたのは、嬉しくもあり気恥ずかったりもする。
俺は少し声のトーンを下げ、話を続けた。
「……何が馬鹿なんだ?」
「全部」
「な……」
「全部以外他に何の言葉があるっていうんだ?」
「相変わらずキッパリ言い切るな」
「お前なんかに遠慮してやるほど俺は優しくない」
「で、例えばどういうところが馬鹿なんだ?」
ややあって、彼は大きくため息をつき答えた。
「……それ」
彼は『真星唯観察日記』、通称『Mの日常』を指差す。
「これがどうかしたか?」
俺は首を傾げると、彼はまた一段と大きなため息をついた。
「あぁ、もうこれはダメだわ。救いようがない。八代、お前さ……それがどういう行為に値するか分かってんの?」
「それぐらい分かってるよ。これがどれだけ危険なものかってことぐらい。だからこれの取り扱いにはすごく気をつけてんだが」
「捨てろよ」
随分とすんなり言ってくれますねー和也さん。それが出来たらどんなに苦労しないことやら。
そりゃーあなたに今のように前、注意されて一度止めようしましたよ! ええ、しましたよ!
ええ、結局無理でしたけどね。三日坊主で終わりましたよ!
あれだよ、あれ。タバコとかお酒みたいなもんなんだよ、これは。依存性が高いんだよ。
「……簡単に言うなよ」
「え? 捨てるだけだろ」
──ヤバい、初めてだ。コイツムカつく。
俺の中で熱々のマグマが煮え繰り返しそうになる。
「そう言っても、お前だって昔遊んでボロボロになったオモチャとか捨てれないだろ? 色々思い出したりしてさー」
「え? 捨てるけど」
──もうダメだ。勝ち目がない。コイツ恋愛ゲームだと攻略不可能のキャラクターになりそうだな。
「んじゃ、八代。そういうことで、じゃあな」
そう言うと彼は席を立ち、廊下へと向かう。
彼の手には、三代目『真星唯観察日記』が。
「おい和也!」
咄嗟に俺は後を追いかけて、廊下に出る。
俺の目に飛び込んできたのは、今にも三代目『真星唯観察日記』をゴミ箱に捨てようとしている──彼。
やめてくれええええええええええ!!
そう叫ぼうと声にならない。
代わりに頭の中で非常にも反響し、視界が歪む。
必死に彼の元へ駆け、手で彼を掴もうとするも、届かずただ空を切るだけ。
俺の……俺の宝物が……捨てられる。
和也はそんな思いなどいざ知らず、ゴミ箱へとそれを放り込んだ。